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ハルベル・フォレメクという男
01
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僕が仕えるリシェス・デュドール様はとても真っ直ぐな方です。
幼い頃から気高く、何よりも自分というものをしっかりもっている。見目麗しさに近付いてきた不埒な輩にも噛み付いていくような気丈さ、そして僕のような人間にも手を差し伸べて下さる。
けれど、そんなリシェス様の表情が曇り出したのはいつ頃か、僕は明確に覚えていた。
今から三年前、第三の性がΩだと医者に知らされたリシェス様は屋敷の中の誰よりも落ち込んでいた。リシェス様のご両親は落胆した様子だったのを見れば無理もない。幸い、リシェス様にはご兄弟も多い。跡継ぎは長兄と決まっていたので然程矢面に立たされることはなかったものの、それでも一族の恥晒しだと言うような古臭い頭の人間も屋敷の中にはいた。
そしてリシェス様自身、血や性別を気にされる方だった。それは自身のプライドの高さ故なのだろう。
自信家なリシェス様が己がΩだと知って落ち込む姿はあまりにも痛々しく、それでも人前では気にしていないように振る舞わられているのを見て僕は胸が焦がれるというのがこういうことなのだと理解した。
「ハルベル、お前はβ……だったか」
そんなある日、家庭教師が来るまでの間リシェス様に話し相手になれと言われて連れ込まれたリシェス様の部屋の中。
突然迫られ、内心少しだけたじろいだ。近付いてきたリシェス様の柔らかな金髪から甘い砂糖菓子のような匂いがしたからだ。
「ええ、そうですね」
「βってどうなんだ?」
「……どう、といいますと」
第三の性については本来ならば軽々しく触れられないようなナイーブな話題だ。目上の人間となると、余計。
正解の答えを探す時間稼ぎに聞き返せば、「その、色々だ」とリシェス様は口籠る。その表情に、ああ、と納得した。
「恐らく、なにも変わりませんよ。普通に生きていく分には特に今まで通りでしたし」
「けど、αのやつとかに馬鹿にされたら頭にこないのか」
されたのか。誰に。と喉元まで出かけて、言葉を飲む。
「性に関すること関係なく、誰に馬鹿にされようともあまり変わらないですね。……それに、僕の場合は慣れもあるかもしれませんが、自分でどうにかできるわけではないものについて馬鹿にされてもどうしようもありませんので」
「……そうか、そうだよな」
「リシェス様は何も変わりませんよ、今までと同じように素敵な方です」
そう続ければ、リシェス様は少しだけむっとしたような顔でこちらを見た。睨んでいるつもりなのかもしれないが、あまり迫力はない。
「お前はいつもそんなことを言うから褒められた気にならないな」
「嫌でしたか?」
「いや、じゃない」
リシェス様は椅子に座り直し、そのままこちらに背中を回す。後ろから覗くその耳が真っ赤になってるのを見て、思わず「ふふ」と笑みが溢れた。
「……ですが、ヒートだけは気をつけてください。僕も細心の注意は払いますので、どうか」
「ああ。……わかってる」
今のところちゃんと薬を飲んでいるし、ヒートらしいヒートを起こしてるリシェス様と会ったことはなかった。
けれど、と、生白く細い首に嵌められた無骨な首輪を見つめる。今までもお綺麗だったが、この首輪のせいでより一層際立ってしまうのも事実だ。けれど、こんなことを言ってしまえば一発でリシェス様に嫌われ兼ねない。
正直なところ、リシェス様がΩだと聞いてショックを受けた。
リシェス様に対する失望ではない。自分がβだと分かっていたからだ。
――リシェス様に、αの運命の番がいる。
その事実にショックを受けることにより初めて僕はリシェス様に密かに恋い焦がれていた自分に気付かされ、同時に失恋した。
きっと、リシェス様がαだったらここまでショックは受けなかったのかもしれない。
けれど、Ωが一般的にどういう扱いをされているのか、この屋敷に来る前に散々見てきた。リシェス様もそんな目に遭うのではないかと考えただけで脳が熱くなる。
僕が、リシェス様をお守りするのだ。
リシェス様の運命の番に出会えるまで、リシェス様が幸せになれるまで、僕がお守りしなければならない。
幼い頃から気高く、何よりも自分というものをしっかりもっている。見目麗しさに近付いてきた不埒な輩にも噛み付いていくような気丈さ、そして僕のような人間にも手を差し伸べて下さる。
けれど、そんなリシェス様の表情が曇り出したのはいつ頃か、僕は明確に覚えていた。
今から三年前、第三の性がΩだと医者に知らされたリシェス様は屋敷の中の誰よりも落ち込んでいた。リシェス様のご両親は落胆した様子だったのを見れば無理もない。幸い、リシェス様にはご兄弟も多い。跡継ぎは長兄と決まっていたので然程矢面に立たされることはなかったものの、それでも一族の恥晒しだと言うような古臭い頭の人間も屋敷の中にはいた。
そしてリシェス様自身、血や性別を気にされる方だった。それは自身のプライドの高さ故なのだろう。
自信家なリシェス様が己がΩだと知って落ち込む姿はあまりにも痛々しく、それでも人前では気にしていないように振る舞わられているのを見て僕は胸が焦がれるというのがこういうことなのだと理解した。
「ハルベル、お前はβ……だったか」
そんなある日、家庭教師が来るまでの間リシェス様に話し相手になれと言われて連れ込まれたリシェス様の部屋の中。
突然迫られ、内心少しだけたじろいだ。近付いてきたリシェス様の柔らかな金髪から甘い砂糖菓子のような匂いがしたからだ。
「ええ、そうですね」
「βってどうなんだ?」
「……どう、といいますと」
第三の性については本来ならば軽々しく触れられないようなナイーブな話題だ。目上の人間となると、余計。
正解の答えを探す時間稼ぎに聞き返せば、「その、色々だ」とリシェス様は口籠る。その表情に、ああ、と納得した。
「恐らく、なにも変わりませんよ。普通に生きていく分には特に今まで通りでしたし」
「けど、αのやつとかに馬鹿にされたら頭にこないのか」
されたのか。誰に。と喉元まで出かけて、言葉を飲む。
「性に関すること関係なく、誰に馬鹿にされようともあまり変わらないですね。……それに、僕の場合は慣れもあるかもしれませんが、自分でどうにかできるわけではないものについて馬鹿にされてもどうしようもありませんので」
「……そうか、そうだよな」
「リシェス様は何も変わりませんよ、今までと同じように素敵な方です」
そう続ければ、リシェス様は少しだけむっとしたような顔でこちらを見た。睨んでいるつもりなのかもしれないが、あまり迫力はない。
「お前はいつもそんなことを言うから褒められた気にならないな」
「嫌でしたか?」
「いや、じゃない」
リシェス様は椅子に座り直し、そのままこちらに背中を回す。後ろから覗くその耳が真っ赤になってるのを見て、思わず「ふふ」と笑みが溢れた。
「……ですが、ヒートだけは気をつけてください。僕も細心の注意は払いますので、どうか」
「ああ。……わかってる」
今のところちゃんと薬を飲んでいるし、ヒートらしいヒートを起こしてるリシェス様と会ったことはなかった。
けれど、と、生白く細い首に嵌められた無骨な首輪を見つめる。今までもお綺麗だったが、この首輪のせいでより一層際立ってしまうのも事実だ。けれど、こんなことを言ってしまえば一発でリシェス様に嫌われ兼ねない。
正直なところ、リシェス様がΩだと聞いてショックを受けた。
リシェス様に対する失望ではない。自分がβだと分かっていたからだ。
――リシェス様に、αの運命の番がいる。
その事実にショックを受けることにより初めて僕はリシェス様に密かに恋い焦がれていた自分に気付かされ、同時に失恋した。
きっと、リシェス様がαだったらここまでショックは受けなかったのかもしれない。
けれど、Ωが一般的にどういう扱いをされているのか、この屋敷に来る前に散々見てきた。リシェス様もそんな目に遭うのではないかと考えただけで脳が熱くなる。
僕が、リシェス様をお守りするのだ。
リシェス様の運命の番に出会えるまで、リシェス様が幸せになれるまで、僕がお守りしなければならない。
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