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四巡目
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見覚えのない部屋だからこそ余計、まだ夢を見ているのではないかという感覚に襲われた。
二つのベッドが並ぶ宿屋の寝室、その奥に取り付けられていたドレッサーの前まで移動する。そして、ドレッサーに反射して映る自分の顔を凝視する。
そこに映し出される見慣れたリシェスの顔に恐る恐る手を伸ばし、触れる。間違いなくリシェスの顔だ。やはり考えすぎか、昨夜飲んだ酒が残ってるのかもしれない。そう、鏡から視線を外そうとした時だった――鏡の中、ぐにゃりとそこに映し出されていたリシェスの顔が歪んだ。
「――な」
――なにが起こってるのだ。
咄嗟に目を擦り、数回瞬きを繰り返したその一瞬。鏡の中の歪みが収まり、その代わりそこの映し出された光景に思わず腰を抜かしてしまいそうになる。
「おい、さっきからガタガタうるさいぞ」
その矢先、寝室の扉が開く。どうやらアンフェールも同じ部屋だったようだ。朝風呂でも浴びてきたのか、濡れた赤髪を掻き上げ、タオルで拭いながら俺の傍までやってきたアンフェール。
「あ、アンフェール……」
「なんだ、鏡がどうかしたのか」
そう、鏡を覗き込んでくるアンフェール。
そこに映し出されるのは現実同様濡れた髪を掻き上げたアンフェールと、リシェス――ではなく、
血色の悪い冴えない黒髪の日本人男性――卯子酉丁酉がそこにいた。今の俺と同じように、アンフェールの隣で驚愕の表情を浮かべて。
「鏡に……どうしてあいつが、なんで」
「……おい、何を言ってるんださっきから。鏡が何だ」
「アンフェール……今、俺は誰だ」
自分でもおかしなことを言っている自覚はあった。
それでも、第三者に確認することでしかそれが現実なのか夢なのか認識できなかった。アンフェールに縋りついた瞬間、鏡の中の卯子酉もアンフェールに縋りついているのが見えて血の気が引く。
「……っ、……!」
咄嗟にアンフェールから離れようとしたときだった。アンフェールの逞しい腕に抱き寄せられる。
「ぁ、んふぇ……」
「お前はお前だ。――リシェス」
そして、頭の上に落ちてくるアンフェールの言葉に、抱き寄せられ重なる体越しに伝わってくる体温に、次第に心の波は落ち着いていくのが分かった。
ほんの数分の間のことだったように思える。
アンフェールに抱きしめられている間、随分と長い間アンフェールの体温に包まれているような感覚に陥っていた。ただ黙って、俺が落ち着くまでアンフェールは俺を抱きしめてくれた。
時間が経過するにつれ、心も頭の中も落ち着いていくのがわかった。
アンフェールの肩越しに恐る恐る鏡を覗けば、そこには見慣れた少年がいた。アンフェールに抱かれるリシェスが。
それを見て、一先ずほっと安堵する。
「……悪い、アンフェール」
冷静になると、次にやってくるのは恥ずかしさだった。そっとアンフェールの胸を押し、離れようとすればアンフェールは「もう大丈夫なのか」と俺を見下ろす。その視線が、普段よりも幾分柔らかい低い声がなんだかとてもこそばゆくて仕方なかった。
ああ、と頷けば、アンフェールは黙って俺から手を離した。それでもまだ、アンフェールに体に包まれてるような名残が体にはあった。
「……なにがあったんだ」
アンフェールが純粋に心配してくれてるのが伝わってきたからこそ、無視できなかった。
それに昨日、あんなことを言ったばかりだったのもあるからこそ余計。
――このまままた一人で抱え込んでいては、アンフェールに余計な心配をかけるのがわかった。
それに、アンフェールも俺と同じ気持ちになるときはあると言っていた。そんなアンフェールだったら、と俺はぎゅっと膝の頭を握りしめた。
「前に聞いただろ、自分が自分じゃないと感じるときはないかって」
「ああ」
「……俺にも、あるんだ。それも、ここ最近でその感覚が強くなっている」
そう口にしたとき、アンフェールの切れ長な目が細められた。
「説明しろ」
疑っているわけではない。信じようとしてくれているのが分かったからこそ、俺はそんなアンフェールの言葉に素直に頷くことができたのだろう。
宿屋の一室。俺はアンフェールと並んでベッドに腰を下ろしていた。
そして、アンフェールに自分の身に起きている異変の一部のことを話したのだ。
流石にゲームの世界だとか、ループしていることはアンフェールには言えない。だから、『もう一人の全く赤の他人の記憶が自分の中にある』――そうアンフェールに説明した。
俺が話している間、アンフェールは静かに俺の言葉を聞いていた。
「……それで、夢の中ではその別人格の俺とお前が仲良くしてて……目を覚まして鏡を見たら、そいつがいたんだ」
「……」
「こんなこと、今までなかった。……夢ならまだしも現実で、こんな幻覚を見るなんてこと――」
「ないこともない」
そして、ずっと黙って話しを聞いていたアンフェールが口を開く。
「お前はここ最近強い心痛を覚えたのではないのか」
「しん、つう……」
「疲れや体調の不調でも構わない。それが関係し、悪夢が現実として現れることはある」
心当たりは――あった。この世界に来る前のアンリとの行為はあまりにも俺には強烈なショックを植え付けた。
「精神魔法は専門外だが、知らずのうちに何者かに記憶を偽りの記憶を植え付けられてる可能性もある」
「っ、そんなこと……」
「不可能ではない。とはいえどそれなりに手もかかるし、きちんと手順を踏み永続的に成功させるにはそれなりの技術と魔力が必要になる。所謂上級魔法の部類だな」
「上級……魔法……」
「それと、他に可能性があるとすれば――」
アンフェールの目が真っ直ぐにこちらを向いた。
薄く、形のいい唇が小さく動く。
「――それが夢でも幻覚でもないということだ」
二つのベッドが並ぶ宿屋の寝室、その奥に取り付けられていたドレッサーの前まで移動する。そして、ドレッサーに反射して映る自分の顔を凝視する。
そこに映し出される見慣れたリシェスの顔に恐る恐る手を伸ばし、触れる。間違いなくリシェスの顔だ。やはり考えすぎか、昨夜飲んだ酒が残ってるのかもしれない。そう、鏡から視線を外そうとした時だった――鏡の中、ぐにゃりとそこに映し出されていたリシェスの顔が歪んだ。
「――な」
――なにが起こってるのだ。
咄嗟に目を擦り、数回瞬きを繰り返したその一瞬。鏡の中の歪みが収まり、その代わりそこの映し出された光景に思わず腰を抜かしてしまいそうになる。
「おい、さっきからガタガタうるさいぞ」
その矢先、寝室の扉が開く。どうやらアンフェールも同じ部屋だったようだ。朝風呂でも浴びてきたのか、濡れた赤髪を掻き上げ、タオルで拭いながら俺の傍までやってきたアンフェール。
「あ、アンフェール……」
「なんだ、鏡がどうかしたのか」
そう、鏡を覗き込んでくるアンフェール。
そこに映し出されるのは現実同様濡れた髪を掻き上げたアンフェールと、リシェス――ではなく、
血色の悪い冴えない黒髪の日本人男性――卯子酉丁酉がそこにいた。今の俺と同じように、アンフェールの隣で驚愕の表情を浮かべて。
「鏡に……どうしてあいつが、なんで」
「……おい、何を言ってるんださっきから。鏡が何だ」
「アンフェール……今、俺は誰だ」
自分でもおかしなことを言っている自覚はあった。
それでも、第三者に確認することでしかそれが現実なのか夢なのか認識できなかった。アンフェールに縋りついた瞬間、鏡の中の卯子酉もアンフェールに縋りついているのが見えて血の気が引く。
「……っ、……!」
咄嗟にアンフェールから離れようとしたときだった。アンフェールの逞しい腕に抱き寄せられる。
「ぁ、んふぇ……」
「お前はお前だ。――リシェス」
そして、頭の上に落ちてくるアンフェールの言葉に、抱き寄せられ重なる体越しに伝わってくる体温に、次第に心の波は落ち着いていくのが分かった。
ほんの数分の間のことだったように思える。
アンフェールに抱きしめられている間、随分と長い間アンフェールの体温に包まれているような感覚に陥っていた。ただ黙って、俺が落ち着くまでアンフェールは俺を抱きしめてくれた。
時間が経過するにつれ、心も頭の中も落ち着いていくのがわかった。
アンフェールの肩越しに恐る恐る鏡を覗けば、そこには見慣れた少年がいた。アンフェールに抱かれるリシェスが。
それを見て、一先ずほっと安堵する。
「……悪い、アンフェール」
冷静になると、次にやってくるのは恥ずかしさだった。そっとアンフェールの胸を押し、離れようとすればアンフェールは「もう大丈夫なのか」と俺を見下ろす。その視線が、普段よりも幾分柔らかい低い声がなんだかとてもこそばゆくて仕方なかった。
ああ、と頷けば、アンフェールは黙って俺から手を離した。それでもまだ、アンフェールに体に包まれてるような名残が体にはあった。
「……なにがあったんだ」
アンフェールが純粋に心配してくれてるのが伝わってきたからこそ、無視できなかった。
それに昨日、あんなことを言ったばかりだったのもあるからこそ余計。
――このまままた一人で抱え込んでいては、アンフェールに余計な心配をかけるのがわかった。
それに、アンフェールも俺と同じ気持ちになるときはあると言っていた。そんなアンフェールだったら、と俺はぎゅっと膝の頭を握りしめた。
「前に聞いただろ、自分が自分じゃないと感じるときはないかって」
「ああ」
「……俺にも、あるんだ。それも、ここ最近でその感覚が強くなっている」
そう口にしたとき、アンフェールの切れ長な目が細められた。
「説明しろ」
疑っているわけではない。信じようとしてくれているのが分かったからこそ、俺はそんなアンフェールの言葉に素直に頷くことができたのだろう。
宿屋の一室。俺はアンフェールと並んでベッドに腰を下ろしていた。
そして、アンフェールに自分の身に起きている異変の一部のことを話したのだ。
流石にゲームの世界だとか、ループしていることはアンフェールには言えない。だから、『もう一人の全く赤の他人の記憶が自分の中にある』――そうアンフェールに説明した。
俺が話している間、アンフェールは静かに俺の言葉を聞いていた。
「……それで、夢の中ではその別人格の俺とお前が仲良くしてて……目を覚まして鏡を見たら、そいつがいたんだ」
「……」
「こんなこと、今までなかった。……夢ならまだしも現実で、こんな幻覚を見るなんてこと――」
「ないこともない」
そして、ずっと黙って話しを聞いていたアンフェールが口を開く。
「お前はここ最近強い心痛を覚えたのではないのか」
「しん、つう……」
「疲れや体調の不調でも構わない。それが関係し、悪夢が現実として現れることはある」
心当たりは――あった。この世界に来る前のアンリとの行為はあまりにも俺には強烈なショックを植え付けた。
「精神魔法は専門外だが、知らずのうちに何者かに記憶を偽りの記憶を植え付けられてる可能性もある」
「っ、そんなこと……」
「不可能ではない。とはいえどそれなりに手もかかるし、きちんと手順を踏み永続的に成功させるにはそれなりの技術と魔力が必要になる。所謂上級魔法の部類だな」
「上級……魔法……」
「それと、他に可能性があるとすれば――」
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