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四巡目

06

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 ユーノの様子を見ること暫く。
 ハルベルが席を立ったあと、テーブルの上にあった料理を平らげたユーノはそのまま椅子から立ち上がる。
 側の通路を歩いていくユーノに咄嗟に俺は顔を逸した。ユーノはこちらには気付いていないようだ。それもそのはずだ、俺達はこの世界では初対面なのだから。

 それぞれのグループを形成し、わいわいと談笑している客たちの間を縫うようにパブを出ていこうとするユーノ。
 その後を追いかけようとしたとき、「お兄さんたち、よかったら一緒にどう?」と二人組の女性客が立ち塞がるのだ。

「い、いや、俺達は……」
「結構だ。相手には間に合ってる」

 学園にはいないタイプの華やかで露出の多い女性に目のやり場に困ってると、「行くぞ」とアンフェールに抱き寄せられた。
 重心が傾き揺れる体をそのままアンフェールに凭れてしまいそうになるが、アンフェールは構わずそのまま俺を連れてパブを出たのだ。



「……見失ったか、さっきの男」

 飲み屋街。近くの路地を確認したが、脇道に酔っ払いが転がっているくらいでユーノらしき男の姿は見当たらなかった。

「そう遠くは行ってないはずだが、探すか」
「……ぅ、ん……そうしよう」
「…………おい」

 低く唸るようにこちらを見下ろすアンフェール。「ぅん?」と顔を上げれば、呆れたように眉間に皺を寄せるアンフェールがいた。

「……中断だ」
「ちゅうだんって、なんで」
「酔いすぎだ、お前」
「……俺は、そうかもしれないが……お前は動けるんじゃないのか、アンフェール」

 酔っていないなどと今更強がるつもりはない。けれど、他にも選択肢はあるだろう。そうアンフェールを見上げれば、アンフェールは眉間を抑える。そして、なにかを耐えるように眉間を揉むのだ。

「……本気で言っているのか?」
「ああ、そうだ」
「そんな状態の婚約者を、こんなところで一人ほったらかしにしろと」
「………………そうだ」
「馬鹿も休み休み言え、俺はそこまで薄情な男に見えるのか」

 ……アンフェールが怒っている。
 赤い髪の下、険しくなるその目に睨まれ、つい一歩後退った。

「……見えない。お前は、結構いいやつだし……」
「結構は余計だ。……この酔っ払いが」

 ぼそ、とアンフェールが低く吐き捨て、そして溜め息を吐く。
 ここにきてせっかくアンフェールが優しくて喜んでいたところにこれだ。俺はまた選択肢を誤ってしまったのだろうか。
 そう戸惑ったときだ。アンフェールは俺の手を掴んだまま歩き出す。

「アンフェール……?」
「宿へ向かう」
「もう戻るのか?」
「お前はこの街では浮く。……変なのに絡まれる前に戻るぞ」

 心配し過ぎではないか、と思ったが、つい先程女性たちに声をかけられたところだった。
 とはいえ、アンフェールだって人のことは言えないはずだ。女性客も、俺よりもアンフェールの方をチラチラ見てた気がするし。
 そんなことを考えては謎の嫉妬心が芽生えたが、それもすぐ、アンフェールに指を絡められると飛んでいってしまう。




 生温い風が、酒で火照った頬を柔らかく撫でていく。
 アンフェールが途中で見つけたという宿までの道中、俺達の間に会話はなかった。

 途中で眠気が限界に達し、俺は半分目を閉じたままアンフェールに連れられて宿へと足を踏み入れることになった。


 そして、次第に意識が微睡んでいく。
 アンフェールに握られた手の感触がやけに生々しかったことだけ覚えていた。



 なんだか、前にもこんなことがあった。
 呆れたような顔をしたアンフェールに手を繋がれ、引っ張っていかれるのを。
 ――あれはいつのことだっただろうか。
 幼い頃のリシェスの記憶でもない、ゲームの中のアンフェールとアンリとも違う。


 ノイズがかった記憶の中、アンフェールはいつもと変わらず制服をきっちりと着込み、こちらを見下ろしていた。

『……一人で出歩くつもりか』

 学園かどこかだろうか。俺の手を取ったアンフェールは訝しげな目をこちらへと向けるのだ。
 瞬間、大きく視界の一部に真っ黒な亀裂のようなノイズが走る。しかしそれもほんの少しのことだった。全体的にモヤがかったような曇った視界の中、俺は一歩退くのだ。
 そして、

『これ以上、迷惑をかけるのは申し訳ないので……』

 続け様に聞こえてきたその声に、強烈な違和感を覚えた。恐らく視点主である俺が返した、はずだ。なのに、発せられたその声は聞き慣れない――否、この世界では聞くことのないはずの声だった。

 ボソボソと、口の中でもごつくようなその声は俺の夢の中、それもこの世のものではない記憶でしか存在しないはずのものだ。
 なのに――。

『またそれか、テイユウ』

 アンフェールが口にした名前に、耳を疑った。
 次の瞬間、掴みあげられた手、近付いてきた顔に息を飲んだ。
 真っ直ぐと、こちらを睨む鋭いその双眸に反射した自分の顔に目を疑った。

 そこには俺の前世である卯子酉丁酉が目を丸くして映っていたのだ。

『既に迷惑なら被っている。……寧ろ、このまま好き勝手される方が迷惑だ』
『アンフェール……さん』
『……アンフェール、でいい。お前は部外者だ。俺の侍者でなければ後輩でもない』

『目の色伺ってご機嫌取りをされるのは好きじゃない』そうアンフェールは淡々とした口調で続けるのだ。

 ――これは、なんなんだ。
 ――何故、俺が、違う。卯子酉丁酉が、アンフェールと一緒にいるんだ。

 体験したことないはずなのに、存在しないはずなのに、強烈なデジャヴュに襲われて目を覚ます。

「……っ、は、……」

 目を覚ませば俺は見知らぬベッドの上にいた。
 静まり返った部屋の中、ぐっしょりと濡れた体を拭うこともできぬまま俺は放心していた。
 瞼裏には未だハッキリと先程夢に見た光景がこびりついて離れない。

 ――なんだったんだ、あれは。

 記憶が混ざり合ってあんな妄想を生み出したのか。そう考えるのが順当なはずなのに。

「……っ、アンフェール……」

 なにか、大切なことを忘れている気がする。
 それがなんなのか分からないが、俺にはあの夢がただの妄想願望幻覚とは思えなかった。
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