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四巡目
03
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アンリがこの世界に転生する前に打てる手は打とう。
あいつも記憶が引き継がれているとすれば、あいつが来てから動くのは悪手だ。あいつには何一つ情報を渡したくない、そうしなければバッドエンドよりもろくな目に遭わないと身をもって知らされた。
その日の授業を終え、放課後になる。
本来ならば教室まで迎えに来たハルベルとともに執務室まで送ってもらうことになるのだが、ここで俺は執務室に向かわずにハルベルに寮舎の自室まで送ってもらうことにした。
「本当に大丈夫ですか、医者に診てもらわなくて」
「ただの寝不足のようなものだと言ってるだろ。問題ない。今日は早めに休む」
「食事はどうしますか?」
「そのときの体調で決める。多分必要ないだろうがな」
「そうですか……」
――寮舎、自室前。
アンフェールに会いに行くのを止め、疲れが取れていないから今日は早めに休むということをハルベルに伝えたときからずっとハルベルはこの調子だった。
無論、これは仮病だ。ハルベルが動きやすくなるように敢えてこの選択を選んだのだが、必要以上に心配そうな顔を擦るハルベルを見ているとその選択肢を誤ってしまった気がしてならない。
「とにかく、俺のことは気にしなくていい。……寝るから邪魔をするなよ」
「リシェス様がそう仰られるのなら……」
半ば強引に押し切り、なんとかハルベルを部屋の前から立ち退かせることができた。
そして自室に入った俺は、そのまま扉に耳を寄せる。扉の向こうでハルベルが動き出すのを確認し、そろりと扉を開いた。
すでにそこにハルベルの姿がないのを確認し、俺は恐らくハルベルが向かったであろう廊下を歩いていくのだ。
俺の知ってるハルベルならば、恐らくすぐにでも俺の安眠のために香油を用意してくれるはずだ。
……でなくては困る。そのためにわざわざ仮病したのだから。
そして想像通りハルベルが寮舎を出ていこうとしているのを見て、俺はこっそりその後を追いかけた。
俺にはずっと引っかかっていることがあった。ユーノという男の存在だ。
前回の世界線ではアンフェールに調べてもらった結果、この学園に在籍している人間ではないと知った。
恐らくあの男はハルベルが街で雇ったのだろう。根拠はないが、本当にハルベルの友人である可能性よりはあるはずだ。
そして、初めて死に戻りの能力を使ったときに襲われたことを思い出す。
あれがユーノとは限らないが、あのとき俺が襲われ、殺された理由も不明だ。考えたくはないがもしハルベルが俺を殺害するようにと俺に依頼をしていたのなら――そんな考えがあった。
それから次の世界線、そこでユーノとハルベルが話し合ってるのを見た。
あのときハルベルの様子を考えるとなにやら企んでる気配は確かにあった。けれどそれはアンリに対するものだった。
けれど、あの世界で実際に命を落としたのはハルベルだった。――しかも、俺の部屋でだ。
そして、死体を見つけた俺を殺したのは間違いなくアンリだった。
ハルベルの死因はしっかり見ていないが、それでもアンリが俺を殺すために使ったあの斧と、ハルベルの死体の夥しい出血量を思い出す。
ハルベルがアンリを殺そうとした結果、アンリがハルベルを返り討ちにした――或いは最初からアンリはハルベルを消すつもりだった。
どちらにせよ、俺がアンフェールの部屋に泊まっている間になにかがあったはずだ。
この世界でユーノのその後は不明だ。
最後に、三つ目の世界線。
ハルベルは恐らくあの世界のアンリを殺した、或いは動けなくなるくらいには負傷させた。
実際にその死体を見ることはできなかったが、アンリのことだ。なにもなく、あの状況で大人しくできるとは思えない。
アンリにも俺と同じように死の概念が存在し、その度に世界を移り変わってる。それとも、複数の世界を同時に俯瞰して眺めてるのか。
――試す価値はあった。
そして、それを実行に移すには恐らく俺一人では不可能だ。ユーノに会う必要がある。
今から俺がやることはた一般人の暗殺依頼だ。
――それもまだ、この世界に存在しない架空のキャラクターの。
ハルベルと直接話すことも考えてきた。ハルベルならば喜んで俺の言うことを聞くということも分かっていた。
けれど、アンリは既にハルベルを要警戒してるのが分かっていたからこそ、ハルベルだけに任せられなかったのだ。
それに、と俺は先を行くハルベルの背中を見詰めた。
……俺はハルベルのことを知っているつもりでなにも知らなかった。
あいつがなにを隠しているのか知りたかった、或いはなにもなくてもいいから自分の目で確認して信じたかったという気持ちもあった。
つまりは好奇心だ。
上着を羽織ったハルベルは、そのまま裏門から森へと抜けた。流石に馬車かなにか用意してるのではないかと思っただけに少し驚いたが、確かに単身の方が動きやすいし街までには然程時間はかからないはずだ。
――実力があればの話だが。
馬でも借りようかと思ったが、音を立てればハルベルにバレてしまう。
裏門前、そのまま森の奥へと消えてしまうハルベルの背中を見て取り敢えず後を追おうかとしたときだった。
「――そんな軽装でどこへ行くつもりだ、リシェス」
頭上から落ちてきた低い声にびくりと背筋が伸びた。
――まさか、こんなところで会うなんて。
丁度訓練場へと向かうところだったようだ。剣を携えたアンフェールがそこに立っていた。
「アンフェール、どうしてここに……」
「たまたま訓練場帰りにお前を見かけただけだ。……それより一人で何してる? いつものあのチャラチャラした世話係は一緒じゃないのか」
チャラチャラした世話係、というのはもしかしなくてもハルベルのことだろう。
相変わらずアンフェールはこの世界でもハルベルのことをよく思ってないらしい。
「ハルベルは……少し野暮用だ」
「それで、お前はなにしてる」
「……野暮用だ」
咄嗟に上手い言い訳が出てこず誤魔化そうとするが、アンフェールはこんな言葉で誤魔化されるような男ではない。
「なんだと?」と眉を釣り上げるアンフェールに「冗談だ」と慌てて俺は付け足した。
こうなったら素直に吐いた方がいいだろう。それに、これ以上ハルベルを見失っても困る。
「少し街へいかなければならない急用が出来たんだ」
「馬車は用意してないのか」
「……急だったからな」
「まさかとは思うが、お前一人で森を下っていくつもりだったのか?」
「……そうだ」
「…………」
「分かってる。危険だという噂も知ってる。……だからこうして迷ってたんだ」
アンフェールに文句を言われる前に先に薄情すれば、アンフェールは呆れたように目を伏せる。そして、
「――俺も同行しよう」
「……え」
「同行する、と行ったんだ。聞こえなかったか?」
聞こえた。こんな通る声を聞き逃すわけがない。けれどもだ。
「けど、アンフェール……疲れてるんじゃ……」
「疲れてない」
「それに、生徒会で忙しいだろ」
「自分の婚約者を危険な目に遭わせるほど男は廃っていない」
「……っ、……こ、んやくしゃ」
「……なんだ、その顔は。俺はおかしなことを言ったか?」
「い、いや……おかしなことはないな、なにも」
――そうだ、俺とアンフェールは婚約者なのだ。
改めてそう言われるとなんだか胸の奥がむず痒い。けれど、アンフェールをこんなことに巻き込んでいいのかという気持ちもあった。
が、「なら問題ないな」と強引にアンフェールに捕まってしまう。
「街へ降りるなら馬を借りてきた方が早い」
「ま、待て、馬はまずい」
「まずい? 何故だ」
「……目立つからだ。あくまで、人目につかないように降りる必要がある」
「…………」
アンフェールの目がひたすら痛い。
疑われているのだと分かった。それでも、この際疑われた方がいいかもしれない。
「……分かった。じゃあこのまま下るぞ」
なんて、俺の思案なんて他所にアンフェールはそのまま校門へと歩き出すのだ。
大股で歩いていくアンフェールを慌てて追いかける。
「おい、本気でくるのか」
「なにか都合が悪いのか」
「……悪くなくは、ない……けどもだな」
いつもだったら興味示さないのに、何故今回はこんなに強引なのか。
しどろもどろと抗議をしたとき、アンフェールは通路のど真ん中でぴたりと立ち止まる。その背中にそのままぶつかりそうになり、慌てて俺は急ブレーキをかけた。
「――お前、俺になにか隠しているだろ」
「……っ、ぇ」
「詳細は後でゆっくり聞かせてもらう。……取り敢えず、急ぎというのなら急いだ方がいい」
――これ以上日が落ちれば、下手に動けなくなるだろうからな。
そう小さく続けるアンフェールに、俺はとうとう頷き返すことしかできなかった。
あいつも記憶が引き継がれているとすれば、あいつが来てから動くのは悪手だ。あいつには何一つ情報を渡したくない、そうしなければバッドエンドよりもろくな目に遭わないと身をもって知らされた。
その日の授業を終え、放課後になる。
本来ならば教室まで迎えに来たハルベルとともに執務室まで送ってもらうことになるのだが、ここで俺は執務室に向かわずにハルベルに寮舎の自室まで送ってもらうことにした。
「本当に大丈夫ですか、医者に診てもらわなくて」
「ただの寝不足のようなものだと言ってるだろ。問題ない。今日は早めに休む」
「食事はどうしますか?」
「そのときの体調で決める。多分必要ないだろうがな」
「そうですか……」
――寮舎、自室前。
アンフェールに会いに行くのを止め、疲れが取れていないから今日は早めに休むということをハルベルに伝えたときからずっとハルベルはこの調子だった。
無論、これは仮病だ。ハルベルが動きやすくなるように敢えてこの選択を選んだのだが、必要以上に心配そうな顔を擦るハルベルを見ているとその選択肢を誤ってしまった気がしてならない。
「とにかく、俺のことは気にしなくていい。……寝るから邪魔をするなよ」
「リシェス様がそう仰られるのなら……」
半ば強引に押し切り、なんとかハルベルを部屋の前から立ち退かせることができた。
そして自室に入った俺は、そのまま扉に耳を寄せる。扉の向こうでハルベルが動き出すのを確認し、そろりと扉を開いた。
すでにそこにハルベルの姿がないのを確認し、俺は恐らくハルベルが向かったであろう廊下を歩いていくのだ。
俺の知ってるハルベルならば、恐らくすぐにでも俺の安眠のために香油を用意してくれるはずだ。
……でなくては困る。そのためにわざわざ仮病したのだから。
そして想像通りハルベルが寮舎を出ていこうとしているのを見て、俺はこっそりその後を追いかけた。
俺にはずっと引っかかっていることがあった。ユーノという男の存在だ。
前回の世界線ではアンフェールに調べてもらった結果、この学園に在籍している人間ではないと知った。
恐らくあの男はハルベルが街で雇ったのだろう。根拠はないが、本当にハルベルの友人である可能性よりはあるはずだ。
そして、初めて死に戻りの能力を使ったときに襲われたことを思い出す。
あれがユーノとは限らないが、あのとき俺が襲われ、殺された理由も不明だ。考えたくはないがもしハルベルが俺を殺害するようにと俺に依頼をしていたのなら――そんな考えがあった。
それから次の世界線、そこでユーノとハルベルが話し合ってるのを見た。
あのときハルベルの様子を考えるとなにやら企んでる気配は確かにあった。けれどそれはアンリに対するものだった。
けれど、あの世界で実際に命を落としたのはハルベルだった。――しかも、俺の部屋でだ。
そして、死体を見つけた俺を殺したのは間違いなくアンリだった。
ハルベルの死因はしっかり見ていないが、それでもアンリが俺を殺すために使ったあの斧と、ハルベルの死体の夥しい出血量を思い出す。
ハルベルがアンリを殺そうとした結果、アンリがハルベルを返り討ちにした――或いは最初からアンリはハルベルを消すつもりだった。
どちらにせよ、俺がアンフェールの部屋に泊まっている間になにかがあったはずだ。
この世界でユーノのその後は不明だ。
最後に、三つ目の世界線。
ハルベルは恐らくあの世界のアンリを殺した、或いは動けなくなるくらいには負傷させた。
実際にその死体を見ることはできなかったが、アンリのことだ。なにもなく、あの状況で大人しくできるとは思えない。
アンリにも俺と同じように死の概念が存在し、その度に世界を移り変わってる。それとも、複数の世界を同時に俯瞰して眺めてるのか。
――試す価値はあった。
そして、それを実行に移すには恐らく俺一人では不可能だ。ユーノに会う必要がある。
今から俺がやることはた一般人の暗殺依頼だ。
――それもまだ、この世界に存在しない架空のキャラクターの。
ハルベルと直接話すことも考えてきた。ハルベルならば喜んで俺の言うことを聞くということも分かっていた。
けれど、アンリは既にハルベルを要警戒してるのが分かっていたからこそ、ハルベルだけに任せられなかったのだ。
それに、と俺は先を行くハルベルの背中を見詰めた。
……俺はハルベルのことを知っているつもりでなにも知らなかった。
あいつがなにを隠しているのか知りたかった、或いはなにもなくてもいいから自分の目で確認して信じたかったという気持ちもあった。
つまりは好奇心だ。
上着を羽織ったハルベルは、そのまま裏門から森へと抜けた。流石に馬車かなにか用意してるのではないかと思っただけに少し驚いたが、確かに単身の方が動きやすいし街までには然程時間はかからないはずだ。
――実力があればの話だが。
馬でも借りようかと思ったが、音を立てればハルベルにバレてしまう。
裏門前、そのまま森の奥へと消えてしまうハルベルの背中を見て取り敢えず後を追おうかとしたときだった。
「――そんな軽装でどこへ行くつもりだ、リシェス」
頭上から落ちてきた低い声にびくりと背筋が伸びた。
――まさか、こんなところで会うなんて。
丁度訓練場へと向かうところだったようだ。剣を携えたアンフェールがそこに立っていた。
「アンフェール、どうしてここに……」
「たまたま訓練場帰りにお前を見かけただけだ。……それより一人で何してる? いつものあのチャラチャラした世話係は一緒じゃないのか」
チャラチャラした世話係、というのはもしかしなくてもハルベルのことだろう。
相変わらずアンフェールはこの世界でもハルベルのことをよく思ってないらしい。
「ハルベルは……少し野暮用だ」
「それで、お前はなにしてる」
「……野暮用だ」
咄嗟に上手い言い訳が出てこず誤魔化そうとするが、アンフェールはこんな言葉で誤魔化されるような男ではない。
「なんだと?」と眉を釣り上げるアンフェールに「冗談だ」と慌てて俺は付け足した。
こうなったら素直に吐いた方がいいだろう。それに、これ以上ハルベルを見失っても困る。
「少し街へいかなければならない急用が出来たんだ」
「馬車は用意してないのか」
「……急だったからな」
「まさかとは思うが、お前一人で森を下っていくつもりだったのか?」
「……そうだ」
「…………」
「分かってる。危険だという噂も知ってる。……だからこうして迷ってたんだ」
アンフェールに文句を言われる前に先に薄情すれば、アンフェールは呆れたように目を伏せる。そして、
「――俺も同行しよう」
「……え」
「同行する、と行ったんだ。聞こえなかったか?」
聞こえた。こんな通る声を聞き逃すわけがない。けれどもだ。
「けど、アンフェール……疲れてるんじゃ……」
「疲れてない」
「それに、生徒会で忙しいだろ」
「自分の婚約者を危険な目に遭わせるほど男は廃っていない」
「……っ、……こ、んやくしゃ」
「……なんだ、その顔は。俺はおかしなことを言ったか?」
「い、いや……おかしなことはないな、なにも」
――そうだ、俺とアンフェールは婚約者なのだ。
改めてそう言われるとなんだか胸の奥がむず痒い。けれど、アンフェールをこんなことに巻き込んでいいのかという気持ちもあった。
が、「なら問題ないな」と強引にアンフェールに捕まってしまう。
「街へ降りるなら馬を借りてきた方が早い」
「ま、待て、馬はまずい」
「まずい? 何故だ」
「……目立つからだ。あくまで、人目につかないように降りる必要がある」
「…………」
アンフェールの目がひたすら痛い。
疑われているのだと分かった。それでも、この際疑われた方がいいかもしれない。
「……分かった。じゃあこのまま下るぞ」
なんて、俺の思案なんて他所にアンフェールはそのまま校門へと歩き出すのだ。
大股で歩いていくアンフェールを慌てて追いかける。
「おい、本気でくるのか」
「なにか都合が悪いのか」
「……悪くなくは、ない……けどもだな」
いつもだったら興味示さないのに、何故今回はこんなに強引なのか。
しどろもどろと抗議をしたとき、アンフェールは通路のど真ん中でぴたりと立ち止まる。その背中にそのままぶつかりそうになり、慌てて俺は急ブレーキをかけた。
「――お前、俺になにか隠しているだろ」
「……っ、ぇ」
「詳細は後でゆっくり聞かせてもらう。……取り敢えず、急ぎというのなら急いだ方がいい」
――これ以上日が落ちれば、下手に動けなくなるだろうからな。
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