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二巡目
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それから、ハルベルとともに登校する。
今日からはまたアンフェールのイベント回収の日々が始まる。そのためにどうすべきか色々考えている間にあっという間に時間は過ぎていった。
そして昼休み。小腹も空いてきたところでアンフェールを昼飯にでも誘いに行くか、と立ち上がったときだった。
教室の前、通路側がやたらと騒がしいことに気付く。
今日なにかイベントはあったか?なんて思いながらも教室の外へと目を向けた時だった。開いた扉の前、ひょっこりと顔を覗かせるそいつを見つけた。
柔らかそうな黒髪、そして人畜無害の擬人化のようなその小動物みのあるシルエットは――。
「アンリ」
なんでお前がここにいるんだ。
目が合えば、アンリは「あ、り、リシェス君……っ!」とぱっと嬉しそうな顔をするのだ。
まさか、俺に会いに来たということか?こんなこと、今までにはなかったはずだ。
緊張しないわけがなかった。けれど、確かに一週目――原作にはなかったルートを歩んでいることには違いない。それも、アンリに成り代わってアンフェールの好感度を上げて、尚且つアンリとも有効な仲を保とうとするなどというややこしいルートを。
教室を出れば、どうやらこの騒然とした空気はアンリが原因のようだ。出生も不明な謎の転入生ということで、周りの連中もアンリに興味津々のようだ。
今更ではあるが、これ以上目立つのも面倒だった。
「どうした、こんなところに。……アンフェールならこの教室にはいないぞ」
「はい、アンフェール君から聞いたんです。リシェス君の教室を」
「俺の教室を?」
なんで、と純粋な疑問がわき上がる。そんな俺の顔色なんて関係なしに、アンリは「はい」と照れ臭そうに笑った。あらゆる攻略対象を落としてきたあの笑顔を俺に向けて。
「その、一緒にご飯でもどうかなって……」
「ご飯って、俺と?」
「はい。……その、もしかして迷惑だったかな?」
――まさか、アンリルートに入ってる?
いや、そんなものは存在しないはずだ。でもここはもう俺の知ってるゲームの世界ではない。何が起きるのか、サブキャラの俺には分からない。
アンリの言葉を受け、ほんの少し思考停止してしまった。そんなとき、伸びてきた生白い手にそっと腕を掴まれそうになり、ハッとした。
顔を上げれば、「リシェス君?」と心配そうな顔をしたアンリの顔。
「いや、……迷惑じゃない」
どの選択肢が正解なのか今の俺には分からなかったが、ここで歩み寄ってきたアンリと敵対するようなことがあればそれこそ正規ルートと変わらない結末を迎えることになってしまう。
――それだけは避けなければ。
俺の言葉を聞いたアンリは、ほっとしたように頬を緩ませた。
「よかった……実は緊張してたんだ。アンフェール君に『絶対断られるぞ』なんて脅されちゃったから」
そのアンリの言葉に汗が滲んだ。そうか、と応えるのが今の俺には精一杯だった。
アンフェールが『俺が誘いを断らなかった』と知った時の反応を考えたら恐ろしかった。そして、俺が知らない間になんだかアンリとアンフェールの仲が進展してるような気がしてならなかったのだ。
もしかして選択を誤ってしまったか。遅かったか。大事なイベントを見逃がしたのではないか。アンフェールの機嫌をもっとちゃんと取っておくべきではなかったのか。
そんな後悔と恐怖が、込み上げては泡沫のように消えていく。
「どもよかった。……それじゃ、行こうか」
今考えたところで仕方ない。アンフェールのことは後だ。またあとで執務室に顔出して様子と、それとなくアンリとの関係もどのくらいのものなのか確かめればいい。そう半ば無理矢理自分を落ち着かせながら、「ああ」とだけ答える。
そのままアンリとともに歩いていると、丁度俺を迎えに来ようとしていたハルベルと鉢合わせになる。
「あれ、リシェス様と――アンリ様?」
俺とアンリの二人という組み合わせが余程以外だったようだ。目を丸くするハルベルに、「丁度良かった」と俺はハルベルに目配せをする。
「これからこいつと食堂へ行くところだったんだ。……お前も一緒に来い、ハルベル」
それは救難信号に近い。
俺とアンリの二人だけでは、どうこの目の前の少年と向き合えばいいのか分からなくなってしまう。
けれどハルベルならばアンリとも上手く会話をこなすこともできるだろう。
ハルベルは「はい」とだけ頷き、「アンリ、構わないか」と隣のアンリに目を向けた時だ。
ほんの一瞬だけではあったがアンリが見たことのない顔――正確には一度見たことがある。“原作”では見せたことなかったあの冷たい目をしていたのを見て内心緊張した。が、瞬きをした次の瞬間には消えていた。
その代わりに朗らかな笑顔が浮かんでいた。
「うん、もちろん。食事は賑やかな方が楽しいですし」
――このセリフは、別の攻略対象相手にアンリが吐いていたセリフだ。
だったらなんで今そんな怖い顔したんだ、と喉元まで出かかったがそんな勇気俺にはない。
口籠る俺の代わりに、ハルベルが「ありがとうございます、アンリ様」と応えてくれた。
……せめて、この好感度があがっているのかどうかだけ見せてくれ。
そんな不安と緊張に押し潰されそうになりながらも、俺とハルベルとアンリという異様なメンツでの食堂へと向かうのだった。
それから、三人で食堂で食事をすることになる。
基本的にお喋り好きのハルベルがアンリの相手をしてくれていたが、あっという間に仲良くなっていく二人を見ていてなんだか胸の奥にもやもやとした輪郭のない不安のようなものが広がっていく。
まさかハルベルとアンリが仲良くなりすぎてルート開通しました、なんてことは……流石にないか。
けれど、この世界は俺の選んだ選択肢によって少なからず影響を受けていることには違いない。
「リシェス様、リシェス様っ?」
なんて考えていると、隣に座っていたハルベルが驚いたように声をかけてくる。
「え?」と振り返れば、「お飲み物が」と小声で声かけてくるハルベル。その視線の先に目を向ければ、俺の手にしていたカップは傾いたままテーブルに中に入った飲み物を零していた。
「うわ……っ」
思わず間抜けな声も出てしまう。慌てて立ち上がった拍子に、テーブルの縁にまで広がっていたそれが太腿を濡らしたとき。そのままハルベルはハンカチを取り出して濡れたテーブルに被せるのだ。
「リシェス君、どうしたの?」
俺の声に驚いたような顔をするアンリに「大丈夫です、気にしないでください」とハルベルは俺の太腿の上に別のハンカチを被せ、そのまま俺の太腿に触れる。
「……っ、ハルベル」
「また考え事ですか?」
「わ、悪い……」
ほんの一瞬、ハルベルと目があって思わずその顔を直視できなかった。
ハルベルの指は優しく俺の太腿を拭っていく。テーブルの下とはいえ、普段人に触られる場所ではないだけに少し緊張した。
「ハルベル、……もう大丈夫だ」
「……」
「……ハルベル?」
聞こえなかったのだろうかと、もう一度名前を呼んだとき、ようやくハルベルの手が離れた。
それから水気を吸ったハンカチも回収したハルベルは心配そうにこちらを見るのだ。
「また考え事ですか?」
「いや……いまのは、少し違う」
「違う?」
まさか、ハルベルとアンリのことを心配してこの先のことを憂いていた、なんて言えなかった。
「色々だ」と咄嗟にはぐらかせば、ハルベルはそれ以上無理に言及してくることはなかった。
ハルベルに掴まれた腿にまだやつの手の感触が残っているようだ。そこはじんわりと熱い。
それからアンリと食事を済ませたあと、『一度着替えましょう』というハルベルの言葉によって学生寮まで帰ってくることになった。
――学生寮・自室。
「リシェス様はアンリ様のことが苦手なのですか?」
単刀直入。そういうものはもう少し言葉を選ぶものではないのか、と思わず驚いた。が、ハルベルらしいといえばハルベルらしいが。
俺の着替えを用意しながら、そのままハルベルは俺のベルトに手をかける。
「苦手……というか、どう接していいのか分からない」
「確かに、リシェス様の周りにはあまりいないタイプの方ですよね」
「けど、お前とは合いそうだな」
そうぽつりと口にしたとき、下を脱がせようとしていたハルベルは「そんなことを考えてたんですか?」と目を丸くした。
その反応に『しまった』と後悔する。これではまるで――。
「べ、つに……変な意味じゃないからな」
「分かっていますよ。確かにアンリ様は不思議な方ですね」
「……ああ、そうだな」
人の懐に入るのが上手い。この世界で生き残るため、そういう風に作られたキャラだとしてもこの世界の人間ならば誰でも懐柔されてしまうのではないか――そんな考えが脳裏をちらつく。
下着一枚になった下半身、俺の足元に傅いたハルベルに予め用意していたぬるま水で濡らされた布で太腿を拭われる。布を当てられたとき、「んっ」と小さな声が漏れてしまった。
「ですが、そんなことを考えたなんて……あれが熱々のスープなどではなくてよかったです」
「あ、ああ……気をつける」
「気をつけなくていいです。……そのために僕がいるんですから」
布きれ越し、ハルベルの指が柔らかく太腿に食い込むのを感じて思わずハルベルの手を掴んだ。
俺の足元、ハルベルがこちらを見上げる。その目と視線がぶつかった瞬間、胸の奥がぞわりと熱くなった。
「……っ、そこは、もう大丈夫だ」
そう口にすれば、ハルベルはなにもなかったように「分かりました」と笑った。
いつもと変わらない笑顔のはずなのに、なんだかその笑顔が少しだけ怖く感じてしまったのはなんだろうか。
バッドエンドを回避することばかりに必死になってしまっているせいで、人の反応や表情に過敏になってしまってるのかもしれない。
そんな妙な空気のまま、俺はハルベルの手によって新しいスラックスへと着替えさせられる。
「先程の話の続きではありますが」
そして、制服を着替え直した俺の前に向かい合うように立つハルベルは微笑んだ。
「何度も申し上げていますが、僕はリシェス様だけです。……いつだって、何があっても、僕の一番は貴方なんですから――そんな不安そうな顔をしないでください、リシェス様」
ハルベル、と名前を呼ぶよりも先に掴まれた手の甲に唇を押し付けられる。
俺はそんなに分かりやすい反応をしてしまっていたのだろうか。なんて、今更恥ずかしくなってきたが、ハルベルの言葉を聞いて腹の中で渦巻いていたもやもやが薄らいでいくのがわかった。
「……ああ、俺もだ」
ハルベルの言葉に嘘はないとわかっているが、この世界は人為的に起こされたエラーやバグには勝てない。それでも、信じたいという気持ちは変わらない。
手の甲に頬を寄せるハルベルの頭をそっと抱き締めた。
今日からはまたアンフェールのイベント回収の日々が始まる。そのためにどうすべきか色々考えている間にあっという間に時間は過ぎていった。
そして昼休み。小腹も空いてきたところでアンフェールを昼飯にでも誘いに行くか、と立ち上がったときだった。
教室の前、通路側がやたらと騒がしいことに気付く。
今日なにかイベントはあったか?なんて思いながらも教室の外へと目を向けた時だった。開いた扉の前、ひょっこりと顔を覗かせるそいつを見つけた。
柔らかそうな黒髪、そして人畜無害の擬人化のようなその小動物みのあるシルエットは――。
「アンリ」
なんでお前がここにいるんだ。
目が合えば、アンリは「あ、り、リシェス君……っ!」とぱっと嬉しそうな顔をするのだ。
まさか、俺に会いに来たということか?こんなこと、今までにはなかったはずだ。
緊張しないわけがなかった。けれど、確かに一週目――原作にはなかったルートを歩んでいることには違いない。それも、アンリに成り代わってアンフェールの好感度を上げて、尚且つアンリとも有効な仲を保とうとするなどというややこしいルートを。
教室を出れば、どうやらこの騒然とした空気はアンリが原因のようだ。出生も不明な謎の転入生ということで、周りの連中もアンリに興味津々のようだ。
今更ではあるが、これ以上目立つのも面倒だった。
「どうした、こんなところに。……アンフェールならこの教室にはいないぞ」
「はい、アンフェール君から聞いたんです。リシェス君の教室を」
「俺の教室を?」
なんで、と純粋な疑問がわき上がる。そんな俺の顔色なんて関係なしに、アンリは「はい」と照れ臭そうに笑った。あらゆる攻略対象を落としてきたあの笑顔を俺に向けて。
「その、一緒にご飯でもどうかなって……」
「ご飯って、俺と?」
「はい。……その、もしかして迷惑だったかな?」
――まさか、アンリルートに入ってる?
いや、そんなものは存在しないはずだ。でもここはもう俺の知ってるゲームの世界ではない。何が起きるのか、サブキャラの俺には分からない。
アンリの言葉を受け、ほんの少し思考停止してしまった。そんなとき、伸びてきた生白い手にそっと腕を掴まれそうになり、ハッとした。
顔を上げれば、「リシェス君?」と心配そうな顔をしたアンリの顔。
「いや、……迷惑じゃない」
どの選択肢が正解なのか今の俺には分からなかったが、ここで歩み寄ってきたアンリと敵対するようなことがあればそれこそ正規ルートと変わらない結末を迎えることになってしまう。
――それだけは避けなければ。
俺の言葉を聞いたアンリは、ほっとしたように頬を緩ませた。
「よかった……実は緊張してたんだ。アンフェール君に『絶対断られるぞ』なんて脅されちゃったから」
そのアンリの言葉に汗が滲んだ。そうか、と応えるのが今の俺には精一杯だった。
アンフェールが『俺が誘いを断らなかった』と知った時の反応を考えたら恐ろしかった。そして、俺が知らない間になんだかアンリとアンフェールの仲が進展してるような気がしてならなかったのだ。
もしかして選択を誤ってしまったか。遅かったか。大事なイベントを見逃がしたのではないか。アンフェールの機嫌をもっとちゃんと取っておくべきではなかったのか。
そんな後悔と恐怖が、込み上げては泡沫のように消えていく。
「どもよかった。……それじゃ、行こうか」
今考えたところで仕方ない。アンフェールのことは後だ。またあとで執務室に顔出して様子と、それとなくアンリとの関係もどのくらいのものなのか確かめればいい。そう半ば無理矢理自分を落ち着かせながら、「ああ」とだけ答える。
そのままアンリとともに歩いていると、丁度俺を迎えに来ようとしていたハルベルと鉢合わせになる。
「あれ、リシェス様と――アンリ様?」
俺とアンリの二人という組み合わせが余程以外だったようだ。目を丸くするハルベルに、「丁度良かった」と俺はハルベルに目配せをする。
「これからこいつと食堂へ行くところだったんだ。……お前も一緒に来い、ハルベル」
それは救難信号に近い。
俺とアンリの二人だけでは、どうこの目の前の少年と向き合えばいいのか分からなくなってしまう。
けれどハルベルならばアンリとも上手く会話をこなすこともできるだろう。
ハルベルは「はい」とだけ頷き、「アンリ、構わないか」と隣のアンリに目を向けた時だ。
ほんの一瞬だけではあったがアンリが見たことのない顔――正確には一度見たことがある。“原作”では見せたことなかったあの冷たい目をしていたのを見て内心緊張した。が、瞬きをした次の瞬間には消えていた。
その代わりに朗らかな笑顔が浮かんでいた。
「うん、もちろん。食事は賑やかな方が楽しいですし」
――このセリフは、別の攻略対象相手にアンリが吐いていたセリフだ。
だったらなんで今そんな怖い顔したんだ、と喉元まで出かかったがそんな勇気俺にはない。
口籠る俺の代わりに、ハルベルが「ありがとうございます、アンリ様」と応えてくれた。
……せめて、この好感度があがっているのかどうかだけ見せてくれ。
そんな不安と緊張に押し潰されそうになりながらも、俺とハルベルとアンリという異様なメンツでの食堂へと向かうのだった。
それから、三人で食堂で食事をすることになる。
基本的にお喋り好きのハルベルがアンリの相手をしてくれていたが、あっという間に仲良くなっていく二人を見ていてなんだか胸の奥にもやもやとした輪郭のない不安のようなものが広がっていく。
まさかハルベルとアンリが仲良くなりすぎてルート開通しました、なんてことは……流石にないか。
けれど、この世界は俺の選んだ選択肢によって少なからず影響を受けていることには違いない。
「リシェス様、リシェス様っ?」
なんて考えていると、隣に座っていたハルベルが驚いたように声をかけてくる。
「え?」と振り返れば、「お飲み物が」と小声で声かけてくるハルベル。その視線の先に目を向ければ、俺の手にしていたカップは傾いたままテーブルに中に入った飲み物を零していた。
「うわ……っ」
思わず間抜けな声も出てしまう。慌てて立ち上がった拍子に、テーブルの縁にまで広がっていたそれが太腿を濡らしたとき。そのままハルベルはハンカチを取り出して濡れたテーブルに被せるのだ。
「リシェス君、どうしたの?」
俺の声に驚いたような顔をするアンリに「大丈夫です、気にしないでください」とハルベルは俺の太腿の上に別のハンカチを被せ、そのまま俺の太腿に触れる。
「……っ、ハルベル」
「また考え事ですか?」
「わ、悪い……」
ほんの一瞬、ハルベルと目があって思わずその顔を直視できなかった。
ハルベルの指は優しく俺の太腿を拭っていく。テーブルの下とはいえ、普段人に触られる場所ではないだけに少し緊張した。
「ハルベル、……もう大丈夫だ」
「……」
「……ハルベル?」
聞こえなかったのだろうかと、もう一度名前を呼んだとき、ようやくハルベルの手が離れた。
それから水気を吸ったハンカチも回収したハルベルは心配そうにこちらを見るのだ。
「また考え事ですか?」
「いや……いまのは、少し違う」
「違う?」
まさか、ハルベルとアンリのことを心配してこの先のことを憂いていた、なんて言えなかった。
「色々だ」と咄嗟にはぐらかせば、ハルベルはそれ以上無理に言及してくることはなかった。
ハルベルに掴まれた腿にまだやつの手の感触が残っているようだ。そこはじんわりと熱い。
それからアンリと食事を済ませたあと、『一度着替えましょう』というハルベルの言葉によって学生寮まで帰ってくることになった。
――学生寮・自室。
「リシェス様はアンリ様のことが苦手なのですか?」
単刀直入。そういうものはもう少し言葉を選ぶものではないのか、と思わず驚いた。が、ハルベルらしいといえばハルベルらしいが。
俺の着替えを用意しながら、そのままハルベルは俺のベルトに手をかける。
「苦手……というか、どう接していいのか分からない」
「確かに、リシェス様の周りにはあまりいないタイプの方ですよね」
「けど、お前とは合いそうだな」
そうぽつりと口にしたとき、下を脱がせようとしていたハルベルは「そんなことを考えてたんですか?」と目を丸くした。
その反応に『しまった』と後悔する。これではまるで――。
「べ、つに……変な意味じゃないからな」
「分かっていますよ。確かにアンリ様は不思議な方ですね」
「……ああ、そうだな」
人の懐に入るのが上手い。この世界で生き残るため、そういう風に作られたキャラだとしてもこの世界の人間ならば誰でも懐柔されてしまうのではないか――そんな考えが脳裏をちらつく。
下着一枚になった下半身、俺の足元に傅いたハルベルに予め用意していたぬるま水で濡らされた布で太腿を拭われる。布を当てられたとき、「んっ」と小さな声が漏れてしまった。
「ですが、そんなことを考えたなんて……あれが熱々のスープなどではなくてよかったです」
「あ、ああ……気をつける」
「気をつけなくていいです。……そのために僕がいるんですから」
布きれ越し、ハルベルの指が柔らかく太腿に食い込むのを感じて思わずハルベルの手を掴んだ。
俺の足元、ハルベルがこちらを見上げる。その目と視線がぶつかった瞬間、胸の奥がぞわりと熱くなった。
「……っ、そこは、もう大丈夫だ」
そう口にすれば、ハルベルはなにもなかったように「分かりました」と笑った。
いつもと変わらない笑顔のはずなのに、なんだかその笑顔が少しだけ怖く感じてしまったのはなんだろうか。
バッドエンドを回避することばかりに必死になってしまっているせいで、人の反応や表情に過敏になってしまってるのかもしれない。
そんな妙な空気のまま、俺はハルベルの手によって新しいスラックスへと着替えさせられる。
「先程の話の続きではありますが」
そして、制服を着替え直した俺の前に向かい合うように立つハルベルは微笑んだ。
「何度も申し上げていますが、僕はリシェス様だけです。……いつだって、何があっても、僕の一番は貴方なんですから――そんな不安そうな顔をしないでください、リシェス様」
ハルベル、と名前を呼ぶよりも先に掴まれた手の甲に唇を押し付けられる。
俺はそんなに分かりやすい反応をしてしまっていたのだろうか。なんて、今更恥ずかしくなってきたが、ハルベルの言葉を聞いて腹の中で渦巻いていたもやもやが薄らいでいくのがわかった。
「……ああ、俺もだ」
ハルベルの言葉に嘘はないとわかっているが、この世界は人為的に起こされたエラーやバグには勝てない。それでも、信じたいという気持ちは変わらない。
手の甲に頬を寄せるハルベルの頭をそっと抱き締めた。
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