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世界が歪んだ日
全てを正す魔法の薬
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そもそもここはアリスの夢の中だという。
それならば何が起きてもおかしくはない、という前提があるとしてもだ。
「……それで、その時の僕は?」
「それだけです。一時的な記憶の混濁かは分かりませんが、数日も経てば以前のようにクイーンとして振る舞われておりました」
「その後、何度かお母様についても尋ねたのですが私にも話してくださらなかったのです」そういうことが何度かありました、と白ウサギは少し寂しそうにしながらも続けた。
「一番考えられることは精神的な負荷が原因かと。……今でさえ即位された時に比べて国は平和になったものの、貴方には常に凡ゆる責務が付き纏ってくる。それに、今は大事な時期ですし……」
そう言いかけて、白ウサギは「失礼、言葉が過ぎました」と小さく咳払いをする。
その態度がなんだか引っかかった。「言え」と白ウサギの袖を引っ張れば、白ウサギは迷ったように視線を泳がせる。
「……後継の話が出ているではありませんか。もしかしたら、そのことで体調がより崩れやすくなっているのかと」
「後継……?」
「……子を授かるための準備というか、そのプレッシャーもあるのではないかと」
――子。
言いにくそうに言葉を選ぶ白ウサギのその意味を理解した瞬間、全身の血液が一気に頭に昇っていくのが分かった。
何を、何を言ってるのだ。そもそも僕はあの男の子供で、でもこの世界では僕はあの男と血が繋がっていないということになってるのか。いや、それを言うなら。
「僕が子を産めるわけがないだろ! ぼ、僕は男だ……っ!」
思わず声が裏返ってしまう。「落ち着いてください、クイーン」と白ウサギに肩を掴まれ再びベッドへと寝かしつけられるが、これが落ち着いてなど居られるか。
つまり白ウサギはこう言いたいのだろう、僕がここ最近体を崩しがちだったのはそのことを気にして居たからだと。
「やはり記憶が混濁しているようですね。……以前、貴方は私に仰っておりました。もしもの時は養子を向かい入れると」
「……っ、よ、うし」
「代理で産ませ、その子供を連れてくると。……ですが、そのことについて王と些か揉めていたようですね」
まさか僕が養子だった、というわけではないはずだ。僕は歴とした女王の息子だ。母様の血が流れているはずだ。あくまでもこの世界の話だと思いたいが、何が現実で夢なのか分からなくなってくる。
「ああ……クイーン、あまり考え込まないで下さい。私は貴方の味方です、貴方のご命令とあらば尽力しましょう」
気が遠くなりそうになる中、憐れむように僕の手を取った白ウサギは静かに囁きかけてくる。それは僕に向けてなのか、“女王”に向けてなのか最早判断すら付かない。
「……確かに、これはなかなか厄介だ。子供などと……」
「キングが急いているのは貴方の体調のこともあるのでしょう。そのせいでより貴方が苦しむと気付いているのかは定かではありませんが……」
朧げだが、僕とあの男のこの世界での関係性がうっすらと見えてきた。
キングの目的は後継だ。元の世界でのクイーンは体を崩すこともなかったし、僕と言う息子も産んでいる。
しかし、僕がクイーンになってしまった以上そこが解れとなっているのだ。本来の体よりも自由の効かないこの体は恐らく、キングの存在のせいである。
「……白ウサギ」
「はい、なんでしょうか」
「僕は、あの男の子供を産むつもりはない」
アリスの夢とは言えど、もし本当に子供が授かることができるという認知の歪みが存在して居たとしてもその気持ちは変わらない。
きゅ、と白ウサギの裾を掴む指先に力が篭る。「はい」と白ウサギは僕の手を握り締めたまま静かに頷いた。
「それと、お前の言う通りだ。……僕のこの体の不調は、間違いなくあの男が原因だろう。あの男に触れられた途端、体が自分のものではないみたいだった」
ハートのキング、と唇を動かせば、白ウサギは今度はなにも答えなかった。赤い目が二つ、僕を真っ直ぐに覗き込む。
「白ウサギ、お前はどんな薬も用意することが出来るんだな?」
「ええ、貴方が望むのなら」
幸いにも現状を打破すべきために必要なものは今僕の手元に揃ってる。予期しない形ではあるものの、それは十分すぎるものに。
不確定要素が強いが、それでも最悪なことになるのを避けなければならない。アリスの狂った筋書きを塗り替えすためにも。
僕が白ウサギに耳打ちした時、白ウサギは驚くわけでも咎めるわけでもなくただ「畏まりました」と小さく微笑んだ。
恐らく僕達が考えていたことは一緒だった。何が最善なのか、この国のためになるのか。
だったら、何が間違っていて何が不要なのか――答えは一つしかないのだから。
それならば何が起きてもおかしくはない、という前提があるとしてもだ。
「……それで、その時の僕は?」
「それだけです。一時的な記憶の混濁かは分かりませんが、数日も経てば以前のようにクイーンとして振る舞われておりました」
「その後、何度かお母様についても尋ねたのですが私にも話してくださらなかったのです」そういうことが何度かありました、と白ウサギは少し寂しそうにしながらも続けた。
「一番考えられることは精神的な負荷が原因かと。……今でさえ即位された時に比べて国は平和になったものの、貴方には常に凡ゆる責務が付き纏ってくる。それに、今は大事な時期ですし……」
そう言いかけて、白ウサギは「失礼、言葉が過ぎました」と小さく咳払いをする。
その態度がなんだか引っかかった。「言え」と白ウサギの袖を引っ張れば、白ウサギは迷ったように視線を泳がせる。
「……後継の話が出ているではありませんか。もしかしたら、そのことで体調がより崩れやすくなっているのかと」
「後継……?」
「……子を授かるための準備というか、そのプレッシャーもあるのではないかと」
――子。
言いにくそうに言葉を選ぶ白ウサギのその意味を理解した瞬間、全身の血液が一気に頭に昇っていくのが分かった。
何を、何を言ってるのだ。そもそも僕はあの男の子供で、でもこの世界では僕はあの男と血が繋がっていないということになってるのか。いや、それを言うなら。
「僕が子を産めるわけがないだろ! ぼ、僕は男だ……っ!」
思わず声が裏返ってしまう。「落ち着いてください、クイーン」と白ウサギに肩を掴まれ再びベッドへと寝かしつけられるが、これが落ち着いてなど居られるか。
つまり白ウサギはこう言いたいのだろう、僕がここ最近体を崩しがちだったのはそのことを気にして居たからだと。
「やはり記憶が混濁しているようですね。……以前、貴方は私に仰っておりました。もしもの時は養子を向かい入れると」
「……っ、よ、うし」
「代理で産ませ、その子供を連れてくると。……ですが、そのことについて王と些か揉めていたようですね」
まさか僕が養子だった、というわけではないはずだ。僕は歴とした女王の息子だ。母様の血が流れているはずだ。あくまでもこの世界の話だと思いたいが、何が現実で夢なのか分からなくなってくる。
「ああ……クイーン、あまり考え込まないで下さい。私は貴方の味方です、貴方のご命令とあらば尽力しましょう」
気が遠くなりそうになる中、憐れむように僕の手を取った白ウサギは静かに囁きかけてくる。それは僕に向けてなのか、“女王”に向けてなのか最早判断すら付かない。
「……確かに、これはなかなか厄介だ。子供などと……」
「キングが急いているのは貴方の体調のこともあるのでしょう。そのせいでより貴方が苦しむと気付いているのかは定かではありませんが……」
朧げだが、僕とあの男のこの世界での関係性がうっすらと見えてきた。
キングの目的は後継だ。元の世界でのクイーンは体を崩すこともなかったし、僕と言う息子も産んでいる。
しかし、僕がクイーンになってしまった以上そこが解れとなっているのだ。本来の体よりも自由の効かないこの体は恐らく、キングの存在のせいである。
「……白ウサギ」
「はい、なんでしょうか」
「僕は、あの男の子供を産むつもりはない」
アリスの夢とは言えど、もし本当に子供が授かることができるという認知の歪みが存在して居たとしてもその気持ちは変わらない。
きゅ、と白ウサギの裾を掴む指先に力が篭る。「はい」と白ウサギは僕の手を握り締めたまま静かに頷いた。
「それと、お前の言う通りだ。……僕のこの体の不調は、間違いなくあの男が原因だろう。あの男に触れられた途端、体が自分のものではないみたいだった」
ハートのキング、と唇を動かせば、白ウサギは今度はなにも答えなかった。赤い目が二つ、僕を真っ直ぐに覗き込む。
「白ウサギ、お前はどんな薬も用意することが出来るんだな?」
「ええ、貴方が望むのなら」
幸いにも現状を打破すべきために必要なものは今僕の手元に揃ってる。予期しない形ではあるものの、それは十分すぎるものに。
不確定要素が強いが、それでも最悪なことになるのを避けなければならない。アリスの狂った筋書きを塗り替えすためにも。
僕が白ウサギに耳打ちした時、白ウサギは驚くわけでも咎めるわけでもなくただ「畏まりました」と小さく微笑んだ。
恐らく僕達が考えていたことは一緒だった。何が最善なのか、この国のためになるのか。
だったら、何が間違っていて何が不要なのか――答えは一つしかないのだから。
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