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79【side:真夜】
しおりを挟む四六時中看病という名目で愛ちゃんの隣に入れる時間は楽しかった。
ただ話してたまに触れ合うくらいでSubとするセックスと同等の快感を得られるなんて不思議だと思う。側からみたら俺はどんな風に見えてるのだろうか。
桐蔭菖蒲が消えて数ヶ月。
長期休暇も終わり、夏が過ぎ、秋がやってこようとしていた。
「真夜、少し離れて歩け。歩きづらい」
「いいじゃん」
「人前でベタベタするのは嫌いだと言ったはずだが」
「はいはい。……んじゃ、手」
「手?」と小首傾げる愛ちゃんの手を取る。前より柔らかくなった指の谷間に自分の指を嵌める。おい、と手のひらの下で反応する愛ちゃんの手を握りしめれば、少し愛ちゃんの体が緊張した。
そうだ、この手は。
あの日、痕が残るほど強く桐蔭菖蒲に握りしめてられていたのを思い出す。
「嫌?」
「……」
こく、と小さく頷く愛ちゃん。
こんな形であの男を思い出させるのは本意ではない。俺はそのまま愛ちゃんから手を離し、その代わりに頭を撫でた。
「おい、真夜っ」
「ごめん」
「――いや、別に……」
そうもごついた愛ちゃんは俺の手の下から逃げ出したと思えば、何故だか反対側に回ってきた。
「なに、どしたの」
ちら、とこちらを見た後、愛ちゃんはそろりと俺の制服の端を掴んでくる。
「……何してんの」
「手、は嫌だから……これなら許してやる」
「キスしていい?」
「な、なんでそうなるんだよ」
また愛ちゃんが逃げ出す前に、そのままがしっと捉えた愛ちゃんの頭頂部に唇を押し付けた。俺が持ち込んだシャンプーの匂い、ホワイトムスクの香りがふわりと鼻腔を擽る。脳が幸福に満ちていく。猫を吸う人間ってこんか気持ちだったんだ、って感じ。
「……」
「っ、す、吸うな……っ! おい、真夜……っ!」
「……ずっと、こうしてたい」
「お、おい……最近お前変だぞ……ますます」
「ん~? そお? ……愛ちゃんが忙しくて構ってくれなかったから?」
「人のせいにするな。……一緒に寝てるだろ」
「んー……まあね」
物足りない。もっと愛ちゃんと一緒にいたい。やっぱ、生徒会なんてやめさせたらよかった。
けど、小晴が生徒会に残る条件が愛ちゃんがいることだったから。
今回の件で理事長に貸を作ってしまったのは悪手と呼べるだろう。
SSランクのDomをどうしても生徒代表として置いてアピールしたい理事長にとって、桐蔭菖蒲の代替品に選ばれたのが俺たちだ。本人は死ぬほど面倒臭がっていたが、海陽先輩がいなくなったときはまた俺も生徒会に復帰する手立てになってる。表向きお行儀よくしてりゃいい。おまけにSubの愛ちゃんとも対等に仲良くしてる生徒会ですってアピールしておけばいい、とか。よく言えば広告代わりだ。
まあそれなりの恩恵もあるし、今まで遊んできたツケと思えば安い。
「今日も生徒会長くなるんだろ」
「学園祭の準備があるからな」
「……俺も会議混ざろっかな」
「なんでだよ」
「終わる時間帯、生徒会室まで迎えに行くから。ちゃんと連絡しろよ」
「……お前って結構」
「なに」
「なんでもない。連絡、すりゃいいんだろ」
「ん、そうそう。そうやって最初から素直になればいいんだよ」
「お前こそ、ふらふらしてんなよ」
「安心しろよ、ちゃんと大人しく待ってるから」
愛ちゃんはまだなにか言いたげな顔をしていたが、諦めたように頷いた。
愛ちゃんにコマンドが効かなくなったとはいえやっぱり心配なものは心配だし、多分会議してる間もあの特別教室棟から中の様子を見守るだろうが。
いっそのこと盗聴でもしてた方がいいか?と思ったけど、バレたら愛ちゃんに嫌がられそうだしな。
誰も信用できない。小晴だって、愛ちゃんのこと気に入ってるし。海陽先輩もなんか愛ちゃんに距離近いし。
星名は――ああ、あいつは大丈夫か。
あの一件以来、学園内でまだ星名と顔を合わせてない。かと言って愛ちゃんにわざわざあいつのことを聞く必要もない気がして、一回あいつと仲良かった小晴に聞いてみた。
『あいつの、SubとDomが切り替わるきっかけがわかったんだよ。……それで、あいつ、今Subに戻ってさ』
小晴はおかしそうに笑っていた。
なるほど、と納得した。そりゃ今人前に出てくるのはまずい。理事長が隠してるのだろう。散々悪目立ちしてヘイトを買まくったあと、誑かして利用した。その代償をSランクのSubが一人で担うのはなかなか大変だろう。このまま転校させるつもりなのか、『俺に言ってくれりゃまたスイッチ切り替えてやんのに』と小晴は楽しげに笑っていたのを覚えてる。荒療治にも程がある。
とどのつまり、目下のライバルが自分の半身という奇妙な状況だが――ま、小晴が特定のSubに恋愛感情を持つことはないだろう。あいつからしてみたらSubはあくまで玩具で、それ以上でも以下でもない。所有欲ならば他のSubでも補える。
放課後。そろそろ生徒会活動が終わる頃合いだろう。愛ちゃんからの連絡がないのを確認しつつ、俺は生徒会室へと向かう。
そういや食堂では愛ちゃんが楽しみにしてた秋限定のスイーツが出たんだっけな。数量限定らしいから先にテイクアウトしとくのも悪くない。
そうしたら愛ちゃん、喜んでくれるだろうか。あのキラキラした目で俺を見てくれるだろうか。
……ダメだな。俺は俺だ。俺の方法で愛ちゃんを愛すると決めたはずなのに。
結局食堂で秋限定新作メニューと睨めっこした結果、取り敢えず一番人気らしいやつを上位から適当にいくつか選んだ。どれか一つくらいは愛ちゃんは気にいるだろう。
それを箱に詰めてもらい、スイーツ片手に生徒会室へと向かう。真っ赤な夕陽に包まれた昇降口。殆どの部活動は終わり人気はない。
生徒会の活動は他の部活や委員会よりも長引くことはある。待たされて焦ったさもあるが、こうして愛ちゃんのことを考える時間は嫌いではなかった。
「随分と楽しそうじゃないか、真夜」
背後から声が聞こえた気がした。
シン、と静まり返った校舎内。半開きになった窓から吹き込んだ風の音かと思った。だって、そうだろう。なんであの男の声が聞こえてくるんだ。
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