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67【side:菖蒲】
しおりを挟む愛佐との食事。
今までならば別に特別でもなかったのに、今は緊張してしまう。
どう接するべきか。明確に感じたあの子の壁を前に上手く立ち回る方法が浮かばない。
別に、余計なことを考える必要はない。
あの子に平穏な時間を提供すれば良いのだ。それが僕の役目なのだから。
それでも、と欲深くなる自分を叱咤し、腕時計の盤面を確認する。
――愛佐が遅い。
あの通話から準備してるとしても、そろそろ来てもおかしくないのではと思えるほど時間は経過していた。
かと言って急かす程の時間ではない。
あの子にはあの子のペースがあるのだからゆっくり待とう。迎えに行って入れ違ったときの方が最悪だ。
食事に誘ったものの別に空腹というわけでもない。
食堂前、既に殆どの生徒は食事を終えたらしい。残っている生徒もいない。
そんな中、ふと足音が近付いてくる。そのゆったりとした足取りから愛佐ではないことは分かった。
「どーも、会長」
聞こえてきた声は、少し懐かしさすらもある。
一時期は毎日のように聞いていた。顔を上げずとも声の主は想像つく。
「……何の用かな? 真夜」
眼球だけ動かして確認すれば、隣へとやってきた真夜は笑う。壁に凭れ掛かり、あの時と変わらない挑発的な笑顔を浮かべて。
「は、冷て。そういう態度、愛ちゃんに見られたら嫌われるんじゃないです?」
「お喋りしたいなら他を当たってくれないか。僕には先約がある」
「奇遇すね。俺も会長に用事があったんすよ」
――月夜野真夜。
小晴の双子の弟で、元僕の補佐をやらせていた男だ。
今更何の用事というのか。少なくとも、ろくなことではないのは確かだろうが。
「そんなに警戒しないで下さいよ。」
「で、話は何? ここで話せないようなことなら日を改めてもらえるかな」
「アンタの可愛い可愛いわんちゃん――愛ちゃんのことですよ」
この男の言葉を真剣に呑み込むこと自体が誤りだと知っている。
けれど、その口から出てきた名前を聞かなかった事にするわけにはいかなかった。
「噂にもなってるみたいじゃないですか。アンタとの関係」
「外野には好きに言わせておけば良い。どうせ三日経たずとも飽きるよ、観衆っていうのはそういうもんだ」
「アンタはそれで済むんだろうな。……分かってんだろ? 特別扱いする気ないんだったら離してやれよ」
月夜野真夜というやつは軽薄で掴みどころがなく、適当な甘い言葉で煙に巻くような男だと認識していた。少なくとも、今までは。
そんな真夜の口からわざわざこうして直接的な言葉を投げかけられたのは驚きだった。
――よりによって、あの子のことで。
「……へえ、お前に面と面合わせて口出しされる日が来るなんてね」
「ボランティアの飼い主ならもう必要ない。あの子はアンタに言い出せないだろうから代わりに俺が伝えに来たってこと」
「余計なお世話だ。僕たちの関係に口を挟まないでもらえるかな」
「サブドロップしてるSubも癒せないで何がDomだよ」
「お前」と喉に言葉が詰まる。
まさか、と咄嗟にスマホを取り出して愛佐に連絡する。が、繋がらない。
何をしたのか、あの子に。
それを真夜本人に問い詰める時間すらも惜しい。踵を返し、すぐさま愛佐の部屋へと向かった。
人混みを掻き分けてやってきた愛佐の部屋の前。インターホンを鳴らし、扉をノックする。が、一向に扉が開く気配はない。
「……」
爆弾を抱えているかのように脈打つ心臓を必死に落ち着かせる。
落ち着け。もしかしたらシャワーを浴びていて扉の音にも気付いていない可能性もある。
――そんなわけ、あるか。僕からの連絡にはすぐに飛び付いていたあの子が。
部屋の前から移動し、周辺の通路も確認する。エレベーターの側にいた生徒にも確認しようとしたとき、後方。ラウンジの前で溜まっていたグループの声が聞こえてきた。
「なあ、やばくね?」
「関わんねー方が良いって。あいつSubらしいじゃん、コマンドかけられたら俺らもやべえし」
「――ねえ、それなんの話かな?」
歩み寄り、顔を覗き込めば生徒たちはサッと顔を青くする。
「か、会長……っ?!」
「あ、あの……俺たちはただ通りかかっただけで……」
そんな言い訳を並べてる暇があるならさっさと答えろ。この無駄なやり取りする時間すらも煩わしい。ああ本当に。この性質は。
「《言え》」
足枷でしかない。
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