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しおりを挟む自分の肉体なのに自分の意思関係なく他人に操作される。それほど不快なことはない。
「真夜、帰ってくれ……もう」
「でも一人になったらバッド入っちゃうじゃん、愛ちゃん」
「大丈夫、だから。……頼むから帰ってくれ」
頭を下げて懇願する。このままお前と一緒にいるだけで操作されるのが怖かった。また気付かぬ内にこの男に首輪を掴まれると思うと、ぞっとしない。
そんな俺の態度が真夜の気に障ったらしい。まるで自室のようにソファーに腰をかけスマホを弄っていた真夜は「愛ちゃん」と俺を呼ぶ。その声だけで見えない首輪を引っ張られるみたいに体が引き寄せられた。
「……っ、な、んだよ」
「《こっちに来い》」
膝の指され、今度こそ拒めない。強い磁力で引き寄せられるように足は動く。真夜の肘の上に座ろうとしたところでそのまま腰に回される腕にバランスを崩し、抱き寄せられた。
「お、い……っ!」
「遅い」
「……っ、……」
「ごめんなさいは?」
「………………っ、……わる、かった」
なんで俺が謝らないといけないのか理解できない。けど、逆らえば洗脳されてしまうのではないかと恐怖が強かった。
「そうそう」と満足気に俺の肩口、顎を乗せる真夜にほっとする。それも束の間のこと。
「で? なんだって? ……俺に帰れって?」
「が……学校、あるから。明日も、朝から……真夜だって授業……」
「そんなものサボりゃいーじゃん。サブドロップだって立派な体調不良なんだから。生徒会には小晴が適当に言ってくれてるだろうし」
「一人に……なりたいんだよ」
帰ってくれ。放っておいてくれ。お前の顔を見たくない。そう言ってもこの男には通じない。この男からしてみれば、俺のサブドロップは菖蒲さんのせいだという認識だからだ。
じっと俺の目を覗き込んでくる真夜。敵意も害意もない。それでもこの男の存在そのものが今の俺にとっては危険分子だった。
「……」
「っ、コマンド、やめてくれ。……頼む」
「俺とプレイもしたくなくて、ケアされんのもやだって? ……愛ちゃんは難儀だねえ」
「真夜……」
なんでこんな男に下手に出て顔色を窺わなければならないのか。ヘタに逆らえば脳味噌から作り変えられるハメになりかねないからだ。
全部自業自得とは言え、体に刷り込まれたこの男の存在は拒めないところまで侵食している自覚はあった。少なからず許してしまった浅はかな自分のせいだ。
それでも、心の底から恨めない。憎めない。そういう風に刷り込まれてるから。
そう割り切ることまで出来ない自分の甘さのせいで、余計に首が締まっていく。
「じゃあ、約束しろよ」
「約束……?」
「俺と必ずプレイすること。何かあったら俺に連絡すること。あと俺が呼び出した時はすぐに応えること。……これ、約束できる?」
コマンドでも命令でもなく、約束。
そこには俺の意思が介入する。
「そんなの、その時の都合が……」
「それ、会長にも同じこと言えんの?」
汗が滲む。真夜の目が怖い。笑ってるのに笑ってないみたいに真っ直ぐにこちらを突き刺してくる真夜の目が。
「わ、かった……善処する」
「善処じゃなくて、絶対」
「………なら、お前もプレイのとき以外コマンド使うの……やめてくれるのか?」
恐る恐る尋ねれば、真夜は「ああ」と頷いた。
「元はと言えば愛ちゃんが俺とのプレイ嫌がるから慣れさせてたわけだし? 愛ちゃんが俺のパートナーになってくれるんだったらな」
こいつから逃げるためだとしても、こんな形で菖蒲さん以外のDomと関係を結ぶことに激しい抵抗を覚えた。
それも、これは無理矢理コマンドふっかけられるのとでは訳が違う。けれど、俺たちの間には本来信頼し合ったDomとSubのように関係を証明するための首輪や指輪があるわけではない。結局、口だけの関係だ。
……それは、俺と菖蒲さんも同じだが。
「……分かった」
その場しのぎ。こう応えることでしかこの男から自由になることは出来ない。
そう諦めにも似た気持ちで俺は真夜の申し出を受けた。
「その代わり、セーフワード……」
「それはまだダメだ」
「な、んで。話が……」
「違うって? あの時はまだ愛ちゃんがまともだったけど、今のお前はちょい怖いからな~。下手にセーフワード連呼されたら俺が死んじゃうから、……もうちょいお前が落ち着いたら決めてやるよ。セーフワード」
俺が正常ではないみたいにこの男は口にする。自分の精神状態が不安定だと分かってるが、さも自分は正常であるような口振りに思わず反論が出かけたが、堪えた。
悔しいが、真夜の判断は間違ってはいない。あくまでそれは俺が本当に危うい状況であれば、という前提があればだ。
「……勝手にしろ」
病人扱い、腫れ物扱いも慣れている。反論するだけ神経が衰弱していくだけだ。
とにかく今は平穏な時間が必要だった。こいつのいない時間が。
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