飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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「はっ、ぁ、あ、う……っ、ま、よる……っ」

 散々弄られた乳首は空気に触れるだけでも感じそうになった。
 夢を見てるような感覚の中、真夜は俺の胸に顔を埋め、甘く柔かく乳首を吸い上げるのだ。瞬間、限界まで神経が昂っていたそこに甘い電流が走る。

「っは、ぁ……っ! ぅ、あ、まよ……っ」
「……っ、ん、ふ……っ、エロい声~……思った通り、俺愛ちゃんの声好きだわ」

 唾液でたっぷりと濡れた舌先は突起全体を押し潰す。穿り返されてもまた固くなる突起を、今度は乳輪まで口に含んで更に集中して刺激された。逃げたくなるが、背中へと回された腕はそれを許さない。それ以上に、まだ俺の頭には《動くな》とコマンドが効いていた。

「は、ぁ……ん、くう……ッ!」
「ん、……っは、普段ツンツンして声わざと低くしてんのに……っ、気持ちよくなったら上擦っちゃって可愛い声出んの……堪んねえ」
「そ、こで、喋んな……ぁ……う……っ!」

「悪い悪い」と全く悪びれた様子もなく真夜は今度は乳首を吸い上げる。刺すような痛みにも似た快感が走り、無意識の内に快感を逃そうと体を丸めようとするが――ままならない。

「ぁ、……っあ、や、やめろ、真夜……っ、ぅ、あ……ッ!」

 ぢゅぷ、と音を立てて赤く腫れ上がった乳首を舌先でたっぷり転がされる。吸引と絡みつくような愛撫に意識を奪われそうになっていたところ、そのまま腰を抱くように尻を揉まれ、「んっ」と声が漏れた。

「っは、……ぁ、あ、真夜……っ」
「……ん、は……なあ、愛ちゃん。《俺の目を見ろよ》」
「……っ、ぁ……」
「そーそー……良い子。そのまま……」

 ちゅ、ちゅ、と乳首の先、胸元、腹筋、そして臍まで落ちてくる真夜の唇から逃げることはできなかった。
 近付いてくる、真夜の唇が。

「……っふ、……」
「ところで愛ちゃん、『このまま』と『ベッド』はどっちがいい?」

 ベルトを外しながら、スラックスを押し出すように膨らんだ性器の天辺にキスをする真夜。
 なにが、と言わずとも分かった。

「こ、のまま」

 考えるよりも口から言葉が漏れていた。この男にこれ以上プライベートな部分まで踏み込まれたくない。そんな無意識の部分が反応したのだろうが、真夜は別の受け取り方をしたらしい。
「りょーかい」とその口元に笑みが浮かんだ。


 真夜の言葉の意味は嫌でも理解することができた。
 何がどう手っ取り早いのか、プレイとケアを並行して行い、Subを満たすその方法を。

 まず相手を自分を受け入れさせる。
 そこからコマンドに応える度に性的刺激とケアを同時に加えられ、性的快感をケアの一種だとSubの頭と体に刷り込むのだ。
 そうすれば、触れ合うことでお互いに満たされる――という、ことなのだろう。
 そのためには相手から拒まれることは本意ではなく、主導権を与えない。相互ケアに見せかけた一方的な性的搾取。
 それを、月夜野真夜は『プレイ』と呼ぶ。


「っ、は、ぁ……ッ、あ……っ、ん、む……っ」
「気持ちいいねえ、愛ちゃん。ほら、《キス》すんぞ。……愛ちゃんの大好きなやつ」
「んむ、ふ、ぅ゛……っ」
「は……ッ、本当、会長によく躾けられてて助かるわ……っ、ん、は……ほら、奥、たくさんよしよししてやるからな?」

 夢現の中、聞き覚えのある声と知らない甘い声が辺りに反響していた。それから、肌を打つ音。中を掻き回される音。みっちりと奥まではめられたまま脈打つ性器の熱。首筋にかかる息と、壁と背後の男に押しつぶされそうになったまま前立腺ごと腹の奥を摩擦される感覚。そこでようやく、女みたいな鼻にかかった声が自分の喉奥から発せられるものだと理解する。

「ぉ゛、う、……っ、ひ、ぐ、ぅ」
「《何も考えるな》」
「ぁ、は……っ」
「《俺だけを見ろ》」
「っ、ま、よ……」
「《お前は気持ちいいのが大好き》――だろ?」
「あ、ぁは、ッ、ふー……っ、ぅ゛……っ」

 どぷ。どちゅ。ぐちゅ。
 肉を潰すような音ともに浴びせられるコマンドに脳を掻き回される度に視界が赤く点滅する。それに応えようと脳が信号を送り過ぎて、バグってる。
 腿を掴まれ、上体を捻るように真夜の方を向かされ、目の前の真夜から目を逸らすことができない。「《キスしろ》」と命じられるまま俺は目の前の唇に無心でしゃぶりついた。

「んッ、う゛、う……ッ! んう、ふ」
「……っは……必死にしがみついてきてんの、必死過ぎ。かわい……っ、ほら、ここ掴んでろ。……振り落とされないようにな」
「っん、う、まよる、ぅ゛」

 だめ。もうだめだ。何も考えられない。
 真夜の腕にしがみつきながら、俺はただ何度も突き上げてくる性器を受け止めることしか頭になかった。気持ち良くて、全身抱き締められながらキスされる。菖蒲さんはこんな乱暴な抱き方をしない。もっと、優しくて、俺の頭を撫でながら時折気にかけてくれて――。

「っ、ぉ゛ぐ……ッ!」

 閉じたそこまで入ってきた亀頭はそのまま体重をかけるようにみちみちと閉じた口を開いていく。頭が入ってくる、と逃げようと腰を浮かした次の瞬間、ぐぽ、と熱した肉の塊が更に奥へと入ってきた。

 待て、と声をあげることすらもできなかった。
 息苦しいはずなのに、それよりも散々慣らされた粘膜を更に摩擦されながら奥までぢゅぷ、ぢゅぷと音を立てながらキスをされる。
 突き上げられる度に頭の中で得体の知れない感覚が広がり、逃げようと壁にしがみつくがすぐに手を握りしめられ、絡め取られる。そのまま力任せに奥まで一気に貫かれ、声にならない声が喉奥から溢れた。

『可愛い』『好き』『いい子』『偉い』『よく出来ました』『よしよし』――俺の欲しい言葉とともに中を何度も何度も突き上げられ、少しでも拒もうとすればお仕置きと称して言葉と動きを封じられ、そしてされるがままひたすら犯され続けた。
 何度中に吐き出されたのかも分からない。俺が従う気力しかなくなるのを見てまたケアと称して体内を最奥まで可愛がり、乳首を弄られながら何度も何度も執拗に俺が泣こうがもう射精するものがなくなって萎えっぱなしになってようが構わずやつは俺の体を使って快楽を得るのだ。
 それは刷り込みのそれだ。そして、恐ろしいことに何時間も体位、場所を変えて執拗犯され続けると体は順応する。せざるを得ない。
 それがこの男のタチの悪いところだった。

 一度バグらせ認識を歪ませる。そこに畳み掛けるように体質を利用し、subを骨までしゃぶり尽くす。
 下手すればサブドロまっしぐらなやり方だ。それからおそらくこの男はこれを他のsub相手にでも常用してる。やけに慣れた様子、そして軽い言動から見てとれた。

 そしてなによりも恐ろしいのは、それを分かってても尚この男を拒むことが出来なかったというその事実だ。



 ベッドの上、浴室の方から聞こえてくるシャワーの音を聞きながら俺は服を着替えることや精液で汚れた下半身を拭うことは勿論、指一本動かすこともできなかった。
 襲いかかってくるのは自己嫌悪。よりによってなぜこんな男を相手したのかという強い後悔。
 まだひりつき、性器が入ってるような下半身。少しでも動こうものなら中に溜まっていた性器が溢れ出すことだろう。既に汗と体液で濡れ、冷たくなっていたシーツの上。俺は最低の気分のまま天井の照明をただ見ていた。

 悔しいことに性行為に夢中になっていたおかげか、あれだけ脳を占めていた怒りや不平不満は消え去っていて、その代わりに強烈な喪失感が俺を襲った。

 今更言い逃れは出来ない。
 それ以上に、まるで自分の体が自分のものではないような乖離感が強くなっている。
 今は俺はまだ起きているはずで、こうして体にも感覚はある。なのに、どこか最低な映画を見てるようなそんな感覚だ。

「……」

 寝よう。寝て忘れるわけではない。それで済むなら一番いいが。
 現実から逃避するように俺は目を閉じる。
 全て、なにもかも限界だったとはいえ、この男に抱かれることを望んだのは俺だ。
 そして真夜の言う通り、本気で嫌がることもできた。その代わり、どうなるか厭わない状態で。

 ……菖蒲さんを裏切った。
 星名にコマンドのせいでセックスすることになったときとは訳が違う。
 けど、菖蒲さんにとっては悪いことではないのだろう。

 そう考えることでしか俺は自分の感情を消化することはできなかった。
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