飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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 快眠、というのはこういうことを言うのだろう。
 久し振りに夢も見ないくらい深い眠りに落ちた気がする。
 そして次に目を覚ましたら、菖蒲さんの姿はなくなっていた。
 もしかして寝過ごしたのだろうか。
 慌てて空になったベッドから降りる。そして寝室から出た俺は再び固まった。

「み、海陽先輩……?!」

 ソファーの背もたれ越し、見えた広い背中に俺は思わず声を上げていた。
 神妙な面持ちで朝のニュースのペット特集を見ていた海陽先輩はこちらを振り返る。

「起きたか」
「あの、ぁ……会長は……」
「桐蔭は急用で出かけている。……その代打で来た。お前の体調が心配だと」

 なるほど、と納得する。それにしても心臓には悪いが。
 寝癖が付いてないだろうか。寝起きの情けない姿を尊敬する先輩相手に晒したくはない。
 不意に、立ち上がった海陽先輩が目の前までやってきた。

「熱出てぶっ倒れた拍子に頭を打ったらしいな」
「……ま、まあ、そんな感じです」

 あまりにもいつもと変わらない。
 海陽先輩と菖蒲さんの間にどんなやり取りがあったのかは分からないが、俺が菖蒲さんの部屋で寝てるということには対して気にしていないらしい。

 海陽先輩の手が伸びてきて、そっと額を触れられ、思わず目を瞑った。菖蒲さんとは違う、硬い指先と分厚い掌。

「……熱はないな」

 そうぼそりと呟き、海陽先輩はすぐに俺から手を離した。

「念の為、体温計でも測っておけ」
「あ、あの、海陽先輩……」
「食欲は」

 条件反射で「あります」と間髪入れずに応えれば、海陽先輩の口元が少しだけ緩んだ――ような気がした。

「なら問題ないな」

 これはもしかして俺は夢を見てるのだろうか。
 普段まともに海陽先輩と話すことはなかった分、酷く緊張する。菖蒲さんのことは尊敬しているが、海陽先輩は別なのだ。

 それから俺は用意された制服に着替える。その間海陽先輩はテレビのペット特集を眺めて待っててくれていた。
 動物、好きなのか。
 そんなことを考えながらも身支度を済ませ、俺は海陽先輩とともに菖蒲さんの部屋を出た。




「あいつは昔から心配性だった」

 ――場所は変わって食堂。
 生徒会役員用の席にて、向かい合うように腰を掛けた海陽先輩は何かを思い出すように呟く。

「そういえば、会長と幼馴染……だとか」
「ああ。……毎回犬や猫を拾ってきては俺にも面倒を見ろと言ってきた」
「……そ、そうだったんですか」
「大分落ち着いたと思ったが……気の所為だったらしいな」

 海陽先輩と目が合う。
 こんなに喋る海陽先輩、初めて見たかもしれない。どうやら俺は海陽先輩からしてみたら犬猫と同じカテゴリらしい。だから俺達のことに対して触れてこなかったのだろうか。
 普段から他人に対して関心を見せない人だからこそ余計謎は深まる。
 ……それにしても小さい頃の菖蒲さん、見てみたいな。なんて思いながら俺は焼き鮭を突いた。そんなときだった。

「あ、一凛!」

 静かな空気の中、飛んできた明るい声に俺は掴んでいた焼き鮭を落としそうなった。
 階段を上がって生徒会のフロアにやってきたのは星名――そして小晴だった。小晴は大きな欠伸をし、それから俺に笑いかけてくる。
 珍しい組み合わせ、ではないのか。もう。

「ほ、星名……」
「俺、一凛の部屋まで行ったのに――って、海陽?」

 ソファーの隣に強引に座ってくる星名はそこでようやく向かい側に座る海陽先輩に気付いたらしい。星名に名前を呼ばれた海陽先輩は無言で頷く。
 ああ、せっかくたくさん話してくれていたのにいつもの無口な海陽先輩に戻ってしまった。

「珍しい組み合わせっすね。海陽先輩」
「……まあな」
「隣、いいです?」

 好きにしろ、と言うかのように小晴のために椅子を引く海陽先輩。「あざーす」と笑いながら小晴は腰をかける。
 ……なんだか、一気に騒がしくなったな。原因は言わずともこの隣の男だが。

「なんだ、海陽と一緒だったんだな! 一凛、また具合悪くなったのかと思って心配したんだぞ」
「心配はいらん、この通りだ」
「そっか、よかった」

 言いながらぎゅうっと腕にしがみついてくる星名。やや関節が悲鳴を上げている。
 もう少し菖蒲さんの昔の話を聞きたかった、というのが本音だったが、これ以上は無理そうだ。

「それにしても……お前らが一緒にいるのも珍しいな」
「ああ、星名がちょろちょろしてるの見つけたから。そんで、捕まった」
「捕まったってなんだよ! でも良かった、一凛、アヤメの部屋に泊まったんだな!」

 さっきから声がデカいな、こいつ。
 ある程度下の一般生徒フロアとは切り離されてるとは言えだ、聞かれると少々面倒ではある。俺は生徒会役員の一人だということで菖蒲さんと一緒にいることは許されてるものの、菖蒲さんのファン――親衛隊は過激な連中も多い。表立って馬鹿なことをするようなやつらはいないが、その分煮詰まってるのだ。

「声を落とせ、声を。食事する場所だ」
「……むぐ……わ、悪い……俺、嬉しくなるとつい声大きくなっちゃって……」
「……嬉しい?」
「うんっ、一凛と一緒に飯食えんの嬉しい!」
「…………」

 なんつーか。憎めないやつ、なんだよな。
 俺の苦手なタイプなのに、ここまで真っ直ぐに好意を示されるとなんか、言う事聞かない犬に懐かれたような気分になるのだ。
 言葉に詰まる俺に、向かい側の小晴がにやにやと笑ってることに気づく。

「分かったから、お前も早く飯食えよ。……授業、遅れるだろ」
「うん、食う!」
「……」

 調子が狂う。
 けど、こいつがいつも通りで安心した。
 元はと言えば嫌がらせ受けたんだからな。授業に出て大丈夫なのかとも心配になったが、見たところ元気そうだし。

 それから俺達は賑やかな食事――というよりも約一名が賑やかな食事を済ませることになる。それからいつものように食堂を後にした。
 海陽先輩たちに一年教室まで送ってもらった。この二人が揃うと余計目立つが、着いてくると言って断れそうになかったので諦めた。

 そして別れ際、

「ああ、そうだ。愛佐君」

 小晴に腕を掴まれ、呼び止められる。

「《昼休み、視聴覚室に来い》」

 また、コマンド。ぽん、と叩かれる肩が酷く重くなり、息が苦しくなる。
 なんで、と聞き返すよりも先に「星名も一緒に」と耳打ちされる。
 ますます理由が分からなかったが、小晴は言いたいことだけ言って立ち去るのだ。
 拒否権もない。この男は人を操作することに躊躇がないらしい。

「なあ、どうした?」

 暫くその場から動けなくなっていた俺を不審に思ったらしい。背中にぴっとりとくっついてくる星名にはっとする。

「……いや、なんもねえよ」

 ……嫌な予感がする。
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