飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

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 生徒会に入って――菖蒲さんと出会って半年程経とうとしていた。

 菖蒲さんに触れられる度に、名前を呼ばれる度に、その時は幸福で満たされる。
 けれど毎回、プレイが終わった後は虚しさがあった。その理由は分かっていた。菖蒲さんが忙しくなったからだ。
 一時的なドーパミンだけでは紛れさせることはできない。ただでさえ負担を掛けてる菖蒲さん似無理させたくない。今は生徒会の引き継ぎもあるし……。

 そんなことをぐるぐる考える度に腹の底から負の欲求が込み上げてくる。
 部屋の中。机の引き出しの奥に仕舞い込んでいた制御剤を口の中に放り込み、水で流し込んだ。
 どうしても菖蒲さんが卒業したあとのことを考えると薄暗い気持ちになる。
 菖蒲さんみたいな強いdom相手だからこそホルモンが狂わされていたのもあるかもしれないが、でも、それでも俺は菖蒲さんと一緒にいて嬉しかった。

「……駄目だ、こんな時期に……」

 せめて菖蒲さんが辞任するときまでは、しっかりした姿で見送りできるようにしなければならない。俺ももうすぐ二年生になるんだから。
 そうぺちんと頬を叩き、喝を入れ直す。
 薬が効いてきたらしい。強い睡魔に抗いながら、俺は気を取り直してその日の課題に手をつけた。


 ◆ ◆ ◆


 ある日のこと。
 俺は普段は来ない二年生の教室前までやってきていた。騒がしい廊下を抜ければ、好奇の目がこちらを向いた。それを無視し、目的の教室の前までやってきた俺は扉を開く。

「月夜野」

 そう名前を呼んだとき。

「なに?」
「呼んだ?」

 教室の真ん中、陣取っていた二つの同じ顔がこちらを振り返った。
「違う。兄の方」と短く口にすれば、片割れの男はわざとらしく肩を落とす。

「残念、せっかく愛ちゃんに誘われたと思ったのに」
「誘われたいんだったらちゃんと授業に出席しろよ、月夜野弟」
「はいはい、気をつけるよ」

 生徒会会計・月夜野小晴――の双子の弟である月夜野真夜まよるは態とらしく肩を落とした。派手な兄とは対象的に黒髪の彼だが、表情、立ち振る舞い全てまでも鏡写しのようだった。
 真夜の肩を叩き、立ち上がった小晴は俺の元までやってくる。

「んで、俺になんか用?」
「次のミーティングのことで変更点があるらしい。至急お前に任せたい仕事があると会長から預かってきた」
「……」
「おい、聞いてるのか?」

 無言で人の顔を見つめていた小晴。返事くらいしたらどうだ、と睨みつけたときだった。
「えい」と眉間を指で小突かれ、頭のどっかの血管がぶちりと音を立てて千切れそうになった。

「…………ふざけてるのか?」
「あはっ、愛佐君の眉間の皺やばすぎ。ちゃんと睡眠取ってんのか?」
「誰かさんたちが余計な仕事を増やさなければな」
「あはは、だってよ弟!」
「うぜ、弟呼びしていいのは愛ちゃんだけだっての」

 いつの間にか人の背後にやってきていた真夜に肩を抱かれる。何故だかこの男はやたらと人に絡んでくる。
 小晴曰くこの男は元々会長補佐だったらしい、が、即辞めたとか。俺が生徒会に入る前のことだったので詳しいことは知らないが、この男のお陰で今生徒会にいられるというのも微妙な話だ。
「馴れ馴れしい」とその腕を振り払おうとするが、重たい。

「っ、は、なせ……! この……っ!」
「愛ちゃんさ~まだ菖蒲のパシリやってんの? 生徒会なんてあんなところやめようぜー」
「会長のことを呼び捨てにするな! 大体先輩に対してなんだその言い方は……!」
「それ言ったら愛ちゃん、一応俺達も愛ちゃんの先輩なんだけどな?」
「先輩というのは尊敬できる相手のことだ。よって、お前らは違う」
「は、手厳しいじゃん。愛佐君」

 怒るわけでもなく、双子は顔を見合わせてカラカラと笑った。
 元々生徒会加入したばかりの俺に敬語なんてやめろ、と言い出したのは月夜野小晴だったが、今ではそれがすっかりと染み付いていた。
 ……まあ、実際小晴は尊敬できる男ではない。いい加減だし、こうしてよく人を小馬鹿にした態度を取る。

「……要件は以上だ。俺はこれで失礼する」
「えー、もう会長のところ戻るの?」
「つれないなあ。たまには俺達とも遊んでよ」
「そんな暇はない」
「会長にはべったりなくせに~?」

 小馬鹿にしたような真夜の声が飛んできたが反応するのも馬鹿馬鹿しかった。そのまま俺は教室の前を後にする。

 つくづく腹立つやつらだ。小晴はまだ良いが、真夜、あいつはなんなんだ。俺の先輩でもなければ生徒会の人間でもないくせに。
 なんであんなやつが少しの間でも生徒会長補佐になっていたんだ。
 理解し難いが、菖蒲さんにも考えがあったのかもしれない。それにあの双子、いい加減だけど変なところでずる賢いしな。感心には値しないが。

「……」

 なんだかドッと疲れた。
 昼食でデザートを一品多めに注文したところで怒られることはないだろう。菖蒲さんとのプレイを控えるためにも、少しでもストレスを回避しなければ。
 今日の昼食のメニューを考えながら、俺は自分の教室へと戻る。




「愛ちゃん、ほんっとかわいー……あれ無自覚なの?」
「おい。まだ駄目だって言ってるだろ」
「はーい、分かってるよ」
「愛佐君も頑張って生きてるんだ。少しくらい尊重してあげないとなあ?」
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