成り代わり物語

田原摩耶

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前編【誰が誰で誰なのか】

05

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 見知らぬ部屋の中。布団の上で目を覚ました俺は、部屋を見渡しながら上半身を起こす。
 確か、昨日俺は自室のベッドで眠ったはずなんだけど。
 体を動かせば、至るところがずきずきと痛む。顔をしかめた俺はふと痛む箇所に目を向け、息を飲んだ。
 至るところに滲む鬱血の跡に、引っ掛かれたようにできた無数の裂傷。身に覚えのない傷だらけの体に、寝惚けていた意識が一気に覚醒する。
 服も、寝る前に着ていたのと違う。
 ……どういうことだ。
 混乱する頭で考えても正しい答えがでるはずもなく、俺は益々訳がわからなくなってくる。
 とにかく、ここがどこなのか調べた方がいいかもしれない。
 自分が寝ている間に誘拐されたとかそんなことがあるとは思わなかったが、それを判断するには情報が少なすぎた。
 ベッドから降り、俺は部屋に置かれた勉強机に近付く。それはどこにでもあるようなもので、この部屋の持ち主らしき私物が置かれていた。
 机の上に置かれていた教科書を手に取った俺は、そのままそれを裏返す。名前欄に目を向ければ、そこには見覚えのある名前が書かれていた。

『馬淵周平』
 馬淵……馬淵?なんで馬淵の教科書がここにあるんだ。
 そこまで考えて、俺はこの部屋が馬淵の部屋だということに気付く。が、その事実は俺にとって不可解なものだった。
 ここが馬淵の部屋だとして、なんで俺が馬淵の部屋にいるんだ。教科書を手に持ったまま一人考え込んでいると、不意に足音が聞こえてくる。

『周ちゃん、お友達来てるわよ』

 馬淵の母親だろうか。下から呼ぶ声が聞こえてくる。周ちゃんって誰だよと思ったが、どうやら馬淵の下の名前のようだ。まさか、馬淵もいるというのだろうか。
 持っていた教科書を机の上に置き、俺は室内を見渡す。が、この部屋に馬淵の姿は見当たらない。
 もしかしたら他の部屋にいるのかもしれない。だとしたら丁度いい。本人を見つけ出してどういうことか洗いざらい吐かせるか。思いながら、俺はそのまま馬淵の部屋を出た。
 廊下に出れば、少し先に階段を見つける。馬淵の姿を探してみるが、それらしき姿はどこにもない。
 隠れているのだろうか。こうなったら馬淵の母親に拉致られたとでも言って無理矢理馬淵を炙り出させるか。いや、もしかしたら馬淵の母親もグルの可能性がある。警察に電話した方が早いだろう。
 そう冷静に判断した俺は、なにか外部と連絡できるものを探すことにした。が、二階にはそれらしきものは見当たらない。
 一階ならあるかもしれない。そう思った俺は、そのまま手摺を掴み階段を降りようとしたときだ。
 階段下の玄関口に見慣れた顔があった。

「あれ、まだ寝てたのか?」

 階段から降りようとする俺を見て目を丸くする久保田は、「早く着替えてこいよ」と可笑しそうに笑う。
 下で待っていた久保田に、冷静を取り戻していた俺の思考回路が再びこんがらがった。
 なんで久保田がここにいるんだ。久保田も馬淵とグルだったってことか?

「どうしたんだよ、そんな顔して。まだ足痛むのか?」

 ……足?確かに、身体中が痛い。痛いけど、なんで久保田がそんなこと知っているんだ。
 まさかこの傷を作ったのは久保田とか言い出すんじゃないだろうな。いや、それはないか。久保田はそんなことをするようなやつじゃない。でも、だとしたら益々わからなくなってくる。

「おい、まじで大丈夫かよ。無理すんなよ、馬淵」

 俺は大丈夫だから。
 心配そうな顔をして階段に近付いてくる久保田にそう笑みを浮かべながら答えようとして、久保田の口から出てきた名前に体が硬直する。
 まさか、俺と馬淵を間違えたのか。
 馬淵と間違えられることに酷くショックを受けた俺は、目を丸くして久保田を見る。が、久保田は訂正しない。
 こいつ、寝惚けてんのか?
 馬淵なんかと間違えられたことに憤りを感じたが、相手が久保田だからだろうか。怒りよりも悲しみが大きかった。

「……誰が」

 誰が馬淵だよ。そう笑いながら軽く受け流そうと口を開いた俺は、そう続けようとして固まった。
 口から出掛けたその声は、俺の声じゃなかった。
 どこかで聞き覚えのある低めのか細い声。そうだ、馬淵だ。
 俺の声は馬淵の声になっていた。

 意味がわからなかった。
 たまたま似たような声が出たかもしれない。そう思いたかったが、瓜二つだったその声に俺はきゅっと喉が締まるのを感じた。

「なあ、久保田」

 ただの聞き間違いだと信じて、もう一度俺は声を出す。どこをどうしても、馬淵の声だった。
 呼び捨てされたことに目を丸くしながらも、久保田は「どうした?」といつもと変わらない顔で聞き返してくる。

「俺の名前って……なに?」
「なにって、変なこと聞くなよ。まだ寝ぼけてんのか?」

 恐る恐る尋ねれば、久保田は可笑しそうに笑い「馬淵だろ、馬淵周平」と続けた。
 タチの悪い冗談か、久保田がボケているだけか。恐らく、そのどちらでもないようだ。
 引きつった笑みを浮かべながら、俺は自分の髪に触れた。
 重く、俺の髪よりも長めの髪。間違いない。俺は馬淵になっている。
 その事実を容認するまで然程時間はかからなかった。流石に夢だと思いたかったが、こうなった今どうしようもない。
 順応性があってよかった。少しは混乱したが、冷静な判断を下せる思考は機能している。
 俺が馬淵になっているとすれば、俺の体はどうなっている。馬淵は?馬淵はどこにいるんだ。
 普通に考えれば答えはでる。俺の体には、恐らく馬淵がいるはずだ。なんで俺が馬淵になっているのかその経緯や理屈はわからなかったが、なってしまったものは仕方ない。
 一先ず、俺になった馬淵に会う必要があるだろう。そう判断した俺は、なるべく荒波を立てないよう馬淵のフリをしておくことにした。

「……ごめん、なんでもないよ。ところで、古屋君は一緒じゃないの?」

 馬淵にしては少しハッキリ喋り過ぎたような気がしたが、大雑把な久保田がそんなことを気にかけるはずがなく。

「ああ、古屋なら先行っといてくれってよ。なんか腹壊したって」

 そう笑いながら答える久保田に、俺は「やっぱり」と口の中で呟いた。
 俺には馬淵と話した覚えも腹を壊した覚えもない。間違いなく、久保田が会ったという俺は馬淵なのだろう。
 本当に俺と馬淵が入れ替わったとして、馬淵に俺の私物を見られたり触られたりするのは面白くない。

「ねえ、携帯貸してよ」
「え?なんで?」
「古屋君に用があったんだ。ねえ、いいでしょ?」
「ああ、別に良いけど」

 そう頼めば、久保田は「画像フォルダとか見んなよ。いや、別に見られて困るもんねーけどな」とかなんか言いながら取り出した携帯電話を俺に手渡す。
 まあ正直既に久保田の携帯電話はチェック済みなので今さら感があるが、久保田が嫌がるのなら見ないようにしよう。
 因みに久保田の画像フォルダにはエロ画像しかなかった。性癖フェチ嗜好は大体調べついている。ロリ顔と巨乳とボーイッシュな子が好きらしい。
 思いながら、俺はアドレス帳を開き自分の名前を探す。沢山の名前が登録してあるそこに、俺の名前は登録されていた。そのまま自分の携帯に電話してみるが、どんだけ経っても馬淵が俺の携帯に出ることはなかった。ただ単に携帯から離れているだけか、気付いていないか、それとも敢えて無視しているか。恐らく後者だろう。
 通話を切った俺は、「ありがとう」と言いながら久保田に携帯電話を返した。

「出なかった?」
「うん」
「可笑しいなあ、あいついつもならすぐ出るんだけど」

 それは相手が久保田だからに決まってるだろう。
 そう困ったように笑う久保田にそんなこと言えるはずもなく、なんだか気恥ずかしくなりながらも「そういえば」と話を逸らすことにした。

「久保田君、鏡持ってない?」

 結論から言えば、俺の顔も体も馬淵のものになっていた。
 声が変わっているということで既に覚悟はしていたが、やはり結構ショックは大きい。
 身体中の痛みも、元から馬淵の体のものだと思ったら納得した。
 取り敢えず、迎えに来てくれた久保田を待たせるわけにもいかなかったので慌てて制服に着替えてきた俺はそのまま久保田とともに登校することになる。
 いつもと変わらない久保田との登校なのに、なんとなく違和感があった。恐らく周りの態度だろう。いつもなら見かけると挨拶してくれるようなやつらが、俺を見ると顔を見合わせ意味ありげな笑みを浮かべる。
 感じ悪いなとイラついたが、自分が馬淵の姿だと言うことを思い出し納得した。
 学校へ行く途中、いつものくせで挨拶しそうになったがギリギリのところで思い返し、どれも未遂で済んだ。
 途中俺を無視して久保田にばかり話しかけるやつらが目障りで堪らなかったが、無事何事もなく学校へつくことになる。


 教室前廊下。

「おい、馬淵どこ行ってんだよ」

 一旦教室に荷物置いてこようと自分の教室に入ろうとすれば、久保田は呆れたように笑いながら止めてくる。言われて、自分が今馬淵だということを思い出した。
 ということは、教室も馬淵の教室か。
 ややこしいな。なんて思ってすぐ、俺は馬淵が久保田と同じクラスだということを思い出す。

「あ、そういや古屋に用あるんだったけ。古屋いる?」
「……いや、いない」
「そっか。まあ、廊下で待っとけばすぐ来るだろ」

「俺も一緒に待っとくからさ」そう笑いかけてくる久保田の優しさに、俺はついときめきそうになる。
「……ありがとう」素で照れてしまい慌てて顔を逸らす俺に、久保田は「おう」とだけ笑った。
 俺に対しても優しい久保田は知っているが、なんだろうか。この庇護されている感は。
 か弱い相手を庇うような優しさに、なんとなく身体中がむず痒くなる。
 この優しさを受けているのがあの馬淵だと思えば尚更だ。
 優しくされて嬉しい気持ちとなんで馬淵に優しくするんだという気持ちが入り交じり、混沌とした感情が産まれる。

「おー久保っちゃーん、おはよー」

 不意に、向かい側からやってくる複数の生徒は俺たちの姿を見付けるなりそう笑いながら近付いてきた。自然に体が強張る。
 制服違反をしている生徒たちには見覚えがあった。俺が馬淵を虐めるのを頼んだやつらだ。

「なんだよ久保っちゃんって」
「かわいーだろうが、久保っちゃん。なーまぶっちゃん」
「まぶっちゃんはねーわ」

 可笑しそうに笑う久保田と不良に対し、その取り巻きたちは肩を揺らして笑った。
 まぶっちゃんはねーな。なんて思いながら、俺は口の中で舌打ちをする。
 せっかく久保田と話しているのに、邪魔するなんて。恐らく、目的は俺だろう。

「仲良くしてるところ悪いけどさー、ちょーっと馬淵貸してもらうね」
「なんだよ、また馬淵か?たまには俺の相手もしろよな」
「はいはい、久保田はまた今度な」

 久保田が快く見送る予想はついていたが、まさか久保田が不良と仲良いのは驚いた。
 まあ久保田の人脈の広さは知っているから今さらなのだが、もしかして俺のこと聞いてるんじゃないのかなんて心配を覚える。
 が、久保田の態度からしてそれは無さそうだ。

「んじゃ、馬淵君あっち行こうかー」

 そう一人の不良が腕を掴んでくる。久保田は笑顔でそれを見てる。
 ここまでは、ここ最近毎朝俺が見ている風景と変わらない。ただ違うのは、馬淵の立ち位置に俺がいることくらいだ。

「さっさと歩けよ」

 耳元で囁かれる。不愉快極まりなかったが、久保田が見ている手前不自然な行動は取りたくない。
 恐らく、このまま俺は人気がない場所まで連れていかれるだろう。
 そのとき、追い払えばいいか。
 不良に背中を押され、前へ転ぶように歩き出した俺は然り気無く制服のズボンのポケットに触れた。
 馬淵の部屋に置いてあったカッターナイフ。殺傷力は高くないだろうが、脅すくらいは出来るだろう。
 不良たちに促され、俯きながら歩く俺は人知れず笑みを浮かべた。


 場所は変わって男子便所。
 中に入るなり思いっきり背中に蹴りを入れられ、派手に転ばされそうになる。
 こっちが手ぇ出さないからって調子に乗んなよ。
 壁に手をつき体勢を建て直した俺は、顔をしかめながら背後の不良を睨む。

「なにその反抗的な目、まじウケるんですけど」
「そんな怖い顔すんなよ。全然迫力ねーけど
「あはは!強がっちゃってかわいー」

 好き勝手なことを口にする不良ABC。馬淵の貧弱な容姿のせいで全く持って台無しだ。ちくしょう。
 茶化されたのが頭に来て、不良に向き合った俺はそのまま制服のポケットに手を突っ込む。
 そのままカッターを取り出そうとしたとき、俺は男子便所の入り口付近に誰か立っていることに気付いた。
 無造作な黒髪に、派手なTシャツ。相変わらず指定された制服の上着を着ていないそいつ、もとい渡利敦郎は、女子トイレから持ってきたらしいモップを手にしていた。
 俺に夢中になっている不良たちは、背後から迫る渡利に気付いていない。
 ああ、そういえばこいつには便利なお友達が居たんだっけか。
 不良Aの頭に向かってモップのブラシの部分を降り下ろす渡利を眺めながら、俺はカッターから手を離す。
 次の瞬間、後頭部をぶん殴られた不良Aは前のめりに倒れた。

「っうわ!なんで渡利君!ちょっ待って、なんかそれ臭い!」

 コンクリートの床の上で膝をつく不良Aを見て、ようやく背後の渡利に気付いた不良Bと不良C。次の瞬間には薙ぎ払う振り回したモップで思いっきり顔面を殴られていた。
 噂通りだ。容赦がない。
 たかがモップとは言えど、使い方によっては人を痛め付けるのには十分なもので。
 顔を押さえて踞る不良の一人に近付き、そのまま後頭部に踵落としを食らわせる渡利に俺は顔を引きつらせる。
 凄まじいというか、こりゃ周りから引かれて当たり前だな。
 気を失うまで相手に殴る蹴るの暴行を加える渡利。
 悲痛な呻き声を漏らしながら鼻血で顔を赤く汚す不良に耐えられず、俺は顔を背けた。

 三人が渡利によって強制的に気絶させられるのに然程時間はかからなかった。
 ようやく三人目から手を離し、肩で息をする渡利に唖然としていると、不意に渡利はこちらを振り向く。

「……大丈夫か?」

 静まり返った男子便所内。
 床の上でのびている不良を足で払い、そのまま持っていたモップを床に捨てる渡利はそう尋ねてきた。
「あ……うん」つい素で返しそうになり、自分が馬淵であることを思い出した俺は慌てて言い換える。

「この前、危なくなったらすぐ呼べって言ったろ。なにノコノコついてきてんだよ」

 勿論今朝馬淵に入れ替わったばかりの俺がそんなこと知ってるはずがなく、怒ったような顔をしながら手についた返り血をTシャツで拭う渡利に俺は「……ごめん、囲まれちゃったらなんだか怖くて動けなくなっちゃって」と馬淵が言いそうなことを言っておいた。

「怖くて?お前がか?」

 なのに、渡利は意外そうな顔をして俺を見る。なんだ、なんか変なこと言ったか俺。

「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」

 俺から顔を逸らした渡利は洗面台の前に立ち、水道の水で手を洗いながらそんなことを言う。
 珍しいのか。俺としての馬淵のイメージで話したつもりだったので、意外そうな顔をする渡利の言葉の方が逆に意外で仕方無かった。

「今度からは気を付けろよ」

 上から目線で高圧的なものの言い方をする渡利だが、どうやら馬淵を心配してるのには違いないようだ。
 が、残念ながら俺はこういう偉そうなやつはあまり好きじゃない。

「わかってる」

 言いながら渡利から目を離した俺は、床の上の不良たちに目を向けた。
 好きじゃないが、使える。
 馬淵と入れ替わった今、邪魔で仕方なかった渡利がここまで役に立つとは。
 こいつがいる限り、俺は手を出さないでもいいわけだ。余計な心配だったかもしれない。
 ポケットの中のカッターナイフを思い出しながら、俺は小さく笑った。
 渡利が返り血を洗い流し終わるまで待ち、俺は渡利と便所を後にする。
 もちろん、不良たちはそのままだ。運が良ければあとからやってきた生徒に発見され、運が悪ければ渡利が呼び出しを食らうだろう。
 渡利がいない間のことを考えれば、やはり少し警戒していた方がいいかもしれない。
 そんなことを考えながら渡利の後をついていっていると、不意に呆れたような顔をした渡利がこちらを振り返る。

「お前、授業いいのかよ。もうそろそろだろ」

 ……そういえば。
 なにかあったときのため、なるべく渡利と一緒にいた方がいいだろうとばかり考えていたせいだろうか。
 当たり前のように教室に向かわない渡利の後ろをついていく俺は、渡利に言われて気付いた。

「渡利君はいまからどうするの?」

 気まずくなって、咄嗟に話題を変えようとすれば渡利は「俺?」と驚いたように目を丸くする。

「別に、なんもしねぇよ」
「教室行かないの?」
「いかねー。面倒くせえし」
「ああ、そう。じゃあ僕は行くから」

 素行が悪いやつだとは思っていたので大体予想していたが、ここまでベタなやつとは。
 毎回うとうとしながらでも頑張って授業を受けていた久保田を見習えよ。
 思いながら、わざわざ渡利についていっても仕方ないと判断した俺はその場で渡利と分かれることにする。
 立ち止まり、そのまま教室に向かって歩き出そうとしたときだ。

「おい」

 渡利に声をかけられる。立ち止まった俺は、渡利を横目に「なに?」と聞き返した。

「教室まで一人で大丈夫か」
「さあ?」
「なんなら送るけど」

 そこまでするくらいなら自分も教室に入ればいいのに。
 思いながら、俺は「じゃあよろしく」と続ける。
 利用できるものはできるだけ利用したい。自分のものなのなら、尚更だ。素直に好意を受け入れる俺に、渡利は「そうか」とだけ答えた。
 それから、俺は渡利とともに馬淵の教室へと向かった。
 途中渡利がなんか色々話し掛けてきて適当に頷く。
 そんな単調な会話を繰り返しながら教室へと続く廊下を歩いていった。
 朝のHRまであと少し。廊下にたまっている周りの生徒たちがやけにこちらを見てくる。
 最初は不良の渡利が朝から登校するのがそんなに珍しいのだろうかと思っていたが、どうやら違うようだ。
 俺だ。俺が見られている。

「ねえ、確かあの二人ってさー」
「うわ、まじで?やばくね?」

 顔を見合わせればクスクスと笑い声を漏らす女子生徒に、俺は先日自分が流した噂のことを思い出す。
 因果応報か。好機や侮蔑が混ざったような目をこちらに向けてくる生徒に、俺は口の中で小さく舌打ちをする。こんなことになるなら、余計な真似しなければよかった。
 思いながら俺は前を歩く渡利に目を向ける。
 周りの声が聞こえていないのか、渡利は気にしていないようだった。まあ、聞こえていたなら今すぐにでも殴りかかりそうなやつだしな。聞こえてなくてよかったのかもしれない。
 なんて思いながら、同様俺は聞こえないフリをしながら教室に向かう。
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