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第四章【モンスターパニック】
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しおりを挟むなんか、すごいことになってしまった。
どこにいたのか、いつの間にか広間には普段は見慣れない妖怪たちが集まってきては酒だの料理だのなんだのをどんどん目の前に積み上げられていく。
いつも俺達が食べてる食事よりもなんだか豪勢に感じるのは俺の主観の問題だけではないだろう。心なしか食器類も良いものに見える……これは主観だけども。
「すごい美味しそう……」
「好きなだけ食らうといい、遠慮はいらんぞ」
「い、いただきます」
「おう、食え食え」
――京極さん、皆に怖がられてるみたいだけどユアンたちに比べると余程いい人っぽいな。
強面だがわりと子供みたいな笑い方するし、なんて思いつつ、小鬼によそってもらった料理をまじまじと見る。なんの肉か分からないが、美味しそうな匂いがする。
念のため黒羽の様子を確認すると、こちらを見ていた黒羽は小さく頷いた。合わせておけ、ということのようだ。
俺はそのまま肉の塊を口にする。
「……! お、おいひい……っ」
「慌てずとも肉は逃げん、その肉が気に入ったのならもっと持ってこさせよう」
「あひはほうほはいまふ。……んぐ、あの、これってなんのお肉なんですか?」
「ん? 人だ」
「…………え?」
ごくん、とどの奥に流し込んだ肉の塊が一気に熱くなった気がした。
固まる俺を見て、京極は大きな口を開けて笑う。
「ただの豚だ。それを生きたまま灼熱の炎で骨が溶けるほどじっくり煮込ませた。もっといい肉があるといわれるが俺はこの料理が昔から好きでな」
「な、なるほど……」
「俺の口には些か甘すぎるが、人間には丁度よかったようだ」
あまりにもさらっととんでもないこと言いだしたお陰で後半の京極の話がまるで入ってこない。
妖怪ジョークが高度すぎる、というよりも俺からしてみれば洒落にならないのだ。そもそも、京極達の口ぶりからして少なからず一度は人を食った事実はあるだろうし。
こんな楽し気な場で考えてはならない。それに、昔の話だって言っていたはずだ。
多様性、価値観の違い、エトセトラ。
そんな言葉をまじないの代わりに呟きながら俺は二口目に手を伸ばす。
京極は鬼に盃に酒を注がせ、一気にそれを飲み干した。そして「曜」とこちらを見る。
「今度は貴様の番だ、聞かせてもらおうか」
辺りに広がる酒の匂い。少し離れて座ってる俺でも京極が口にしている酒の強さが分かるほどだ。
流石鬼の大将、ということなのだろうか。俺はそちらに慄きつつも、「分かりました」と頷いた。
「なるほど、犬畜生を用意するとは中々酷なことをするではないか。あやつは昔から犬っころが天敵だった。それを利用するとはな」
「あ、えと、俺が用意したわけじゃなくて……その、能代さんのお友達の人が用意してくれたんです」
「トゥオだな」
「お知り合いですか?」
「あいつの注ぐ洋酒はなかなか悪くない。能代から聞いて何度かここで働いてもらったことがある」
酒を呑み、運ばれた料理を喰らいながらも京極は上機嫌に頷く。
そんな繋がりがあったなんて。
「この塔から出られればもっと色んな店を渡れるんだがな」
すごい、と驚く俺の横、京極はもう何杯目か分からない酒を呷る。
酒の匂いだけでふわふわしてきた俺とは対象的に、未だ京極の顔色は変わらない。
……そういえば、どうして京極は出られないんだろう。
胡座を掻いた足元、丸太のように逞しいその足首にぶら下がる足枷にちらりと見たとき、「なんだ」と京極が俺の後頭部を掴む。もしかしてこれは撫でられてるのだろうか。顔を上げれば、なんだか犬でも可愛がるような目で京極がこちらを見ていた。
「なにか物言いたげな顔ではないか、曜」
「あの、その足枷……それのせいで出られないんですか?」
「まあそのようなものだ。貴様のこれと同じだな」
そう制服の襟の下、するりと伸びてきた太い指に首筋を撫でられて驚いた。京極にもこれが見えているのか。
「管理するために扱いやすいよう制限を掛ける。如何にも小賢しい魔物が考えそうなことだ」
「京極さんくらい強くてもその拘束具って壊せないんですか?」
「ははっ! 貴様は怖い物知らずだな、俺を煽っているのか?」
「あ、いえ、その……ごめんなさい、煽ってるつもりじゃ……」
「良い、子供は素直が一番だ。それに、確かに貴様の疑問はもっともだ」
擽るように、京極の指は首輪の表面をなぞっていく。皮膚との分かれ目のところをぐるりと撫でられ、思わず身を捩った。
そのままこちらを覗き込むようぐい、と顔を寄せた京極は俺にだけ聞こえる声量で呟く。
「貴様のこれと同じものだ、契約破棄は自滅を意味する。それは個々の強さも強靭な肉体も意味も成さない、文字通り呪いそのものだ」
「……っ、……」
「それに、不満はあったが今は多少楽しむことができている。その理由が分かるか、曜」
「え、えーと……」
「自信を持て、貴様ならばその理由がよおく分かってるはずだ」
「お、……俺が来たから……?」
言いながらもあまりにも自意識過剰すぎるセリフに我ながら照れてくる。
じわじわと顔が熱くなったが、京極はそれを馬鹿にすることはなくただ頷いた。
「それで間違っていない。正確には、貴様が来たおかげでここでは“変化”が起きている。ああ、良くも悪くもな」
確かに、俺もここに来てから色々なことを体験することになった……というか現在進行系ではあるが、昔からここで生活してる京極はそれを俺が来たからだという。
それは喜んでいいものかと悩んでると、ふと俺の手元の御猪口に目を向けた京極は眉を顰めた。
「曜。酒が全然進んでいないようだが」
「あ、えーと……俺、お酒は飲んじゃ駄目で……」
「それは人間界の新たなしきたりか? 随分と詰まらぬ規則をつくりおって……まあよい、俺が許す。呑め、曜」
言いながら、並々とお酒が注がれたお猪口を俺の手に握らせる京極。そのまま強引に口元へと持っていかれそうになり、つい足を崩してしまったときだった。
「お愉しみのところ失礼します」
聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。
黒羽だ。見兼ねた黒羽が間に入ってくる。
「京極様、申し訳ございませんが伊波様はまだ魔界の酒に慣れておりません」
「黒羽、俺は貴様に話しかけたつもりはない。下がれ」
あくまで下から宥めようとする黒羽に対し、京極の態度は恐ろしいほど冷たかった。
先ほどと打って変わって京極の声がワントーン落ちる。瞬間、先程まであれほど賑やかな空気で満ち溢れていた宴会場の空気が一瞬にして凍りついた。
宴会場にいた鬼たちの視線が俺達に向けられている。まるで無数の凶器を全身に突きつけられてるような嫌な緊張感の中、京極は部屋の隅で転がされていた巳亦に目を向けた。
「それとも、そこの蛇と並べて吊るしておくか。装飾にしてはあまりにも不格好すぎる。……となれば焼き鳥も悪くはないか。好まんが、貴様は食えるところが多そうだ、黒羽」
これも、妖怪ジョークなのか。
耐えきれず、慌てて俺は黒羽と京極の間に立とうとしたときだった。
いきなり背後から伸びてきた手により座らせられる。そして、
「京極様」
耳障りの良い声が響く。
視界の隅、ふわふわとした白銀の尻尾が揺れるのが見えた。――壬生だ。
俺を座らせた壬生はそのまま黒羽を押し退け、そして自ら俺と京極の間に割って入った。
「京極様お手ずからのお酌は恐れ入ります。私めが酌人を努めさせていただきましょう」
薄く京極に微笑みかける壬生。
もしかしなくても助けてくれたのだろうか。
どことなく冷たい印象がある人だったので驚いたが、それはすぐに確信に変わることになる。
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