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√c:ep.1『嘘吐きは三文の得』
02
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食堂での食事を終え、三階へと戻ってきた俺たち。
阿佐美が宥めてくれたお陰で大分胸も軽くなったいた。
そんな俺の前に立ち塞がるように現れた人影を見て思わず立ち止まる。
「っ、……ひ、とせ、君」
「遅かったじゃん、ゆう君。……ああ、それと……阿佐美君だったっけ?」
ついさっきこいつの話をしていたばかりのせいか、よりによってこのタイミングで出てくるのかと肝ガ冷えていくのを感じた。
今すぐにでも逃げ出したい――そう思っていたが、隣に阿佐美がいたからだろう。まだ、落ち着いていられた。それは落ち着かなければという自己暗示にも等しいが。
「……なんで、ここに」
「なんでって、迎えに来たんだよ。ゆう君のことを」
「む、かえって」
「ほら、早く帰るよ。……阿佐美君も、こいつの我儘に付き合わさて悪かったね」
そう笑いながら歩み寄ってくる壱畝。そして、その目は笑っていない。
伸びてきた手に手首を掴まれそうになり、咄嗟に腕を振り払おうとした矢先だった。
壱畝が俺の手首を掴むよりも先に、阿佐美が壱畝の手を掴んだのだ。
先程まで胡散臭い笑顔を貼り付けていた壱畝だったが、突如入った邪魔に壱畝の顔から笑顔が抜け落ちる。
「……なに?」
「ゆうき君は帰らないよ」
「は?」
「丁度良かった。……少しいいかな」
「君に話があったんだ」と阿佐美は口を開く。
その言葉に俺も、そして壱畝も言葉に詰まる。何を言い出すのか。
「詩織」と咄嗟に阿佐美を見る。なんだか嫌な予感がしたのだ。
「待って、なにを……」
「俺に話? ……君が? なんで?」
「同じクラスメイトの好だからだよ。……それ以上に理由がいるのかな」
普段ならば壱畝はにこにこ笑って快諾していただろう。けれど、タイミングもタイミング。阿佐美のことを警戒してるのが分かった。
それは俺だって同じだ、阿佐美になにかがあったらと不安だった。
けれど、阿佐美は「ゆうき君は先に行ってて」と影で部屋のキーを渡してくるのだ。
阿佐美は俺の名前を出していない。本当にただ話をするつもりなのか――なんの?
「わ、かった……」
これがいいことなのかわからないが、阿佐美になにか考えがあるのだろう。それを信じたい気持ちもあったし、この場からいち早く立ち去りたい気持ちもあった。壱畝に見られないようにキーを制服のポケットに仕舞い、俺はそのまま二人から離れた。
「それで、話って?」
「……君の部屋、いいかな。俺の部屋は汚いから」
そんな二人の会話を聞きながら落ち着かない気持ちになっていた。志摩のときと同じだ。それでもまだ安心して任せられるのは、先程ちゃんと話したばかりの阿佐美だったからだろうか。
俺はその二人の会話を最後に、小走りで自室まで戻ってくる。
部屋の中は出ていったときと同じ様子だった。俺は時計を確認し、阿佐美が戻ってくるのをただ待っていた。
そんなとき、不意に扉が叩かれる。
もしかして阿佐美が帰ってきたのかもしれない。そう思って、慌てて俺は玄関の扉を開いた。
「っ、し、しお……」
そしてそこに立っていた人物を見上げ、凍りつく。
視界に入ったのは真っ赤な髪、そして。
「残念、詩織ちゃんじゃねえよ」
「……ぁ、がまつ、先輩……ッ」
「ってことは詩織ちゃんは留守かぁ? ……チッ、無駄足かよ」
言いながら、足で扉を蹴り飛ばしてくる阿賀松に飛ばされそうになりながら慌てて後退する。
「邪魔すんぜ」と笑い、阿賀松はそのまま俺を無視して部屋の奥へと上がっていった。
なんだ、なんでよりによってこんなときに来るんだ。この人は。
このまま無視することもできず、扉を閉めた俺は阿賀松を追いかけてリビングへと戻る。
「あ、あの……」
「仲直りしたんだな、お前ら」
「え……」
そう言えば、不本意ではあるが阿佐美と直談判するに当たって阿賀松にも手を借りていたのだった。
「お、お陰様で」と答えれば、ソファーにどかりと腰を下ろした阿賀松は「良かったじゃねえか」と笑う。
「ま、俺としてもお前にわざわざ会いに行く手間省けて楽だしな」
「……ぁ、あの……」
「んで? 詩織ちゃんはどこだ?」
「し、詩織は……その……」
どこまでこの男に言うべきか。けれどあまりにもプライベートな部分だ、「俺も、詳しいことは」わからないです、と口にすれば煙草を咥えたまま阿賀松は「使えねえな」と溜息を吐く。
「す、すみません……」
「ま、いいわ。俺もアポ無しできただけだし」
阿佐美がいないと分かったんなら帰ればいいのに、腰を据えたまま阿賀松は喫煙始める。
この部屋に灰皿なんてものは見当たらないが、阿賀松にとやかく怒られる前に灰皿代わりになりそうな阿佐美の飲み捨てた空き缶をそっと渡した。
「あ? なんのつもりだ?」
「あ、灰皿……」
「携帯灰皿持ってるっての、あいつの部屋にねえくらい分かってんだから」
なんだか余計怒らせてしまった。「す、すみません」と慌てて缶を引っ込める。
油断すればその辺のテーブルで火消ししそうなものを、そもそも阿賀松にそんなエチケット意識があったということに驚いた。
……そんなことを言えばどやされること間違いないだろうが。
阿賀松と二人きりになるのは気まずい。
またなにか無茶ぶりされるのだろうかと思ったが、そんなことはなかった。
煙草を咥える阿賀松の方を見ることもできないまま、時計の秒針をただ見つめる。
早く、阿佐美帰ってこないかな、なんてそんなことを願うばかりだった。
そのときだった。再び玄関の方で音が聞こえてきて、俺は慌てて立ち上がる。そしてそのまま扉を開けば、そこには阿佐美がいた。
「っ、し、詩織……っ」
「わ、ゆ、ゆうき君……わざわざ待っててくれたの?」
そこにいたのは阿佐美だ。
もし壱畝になにかされていたらどうしようかと思ったが、見たところ阿佐美に怪我もなさそうだ。思わず阿佐美の体を確認すれば、「ゆうき君?!待って、くすぐったいから」と止められた。
そして、ふとすん、と鼻を鳴らした阿佐美は部屋の奥を見る。
「……あっちゃん来てるの?」
「あ、うん……詩織に用があるって」
「……そっか、わかったよ」
そうそっと俺の頭を撫でた阿佐美は、そのまま俺の横を通り抜けて阿賀松の待つリビングへと向かった。
そして、
「よお、詩織ちゃん。お帰りなさい」
「……あっちゃん、俺の部屋で煙草吸わないでって言わなかったっけ?」
「あ? そうだっけか? お前もいい加減慣れろよ」
「……はあ」
笑いながらも、丁度二本目を吸い終えた阿賀松は携帯灰皿に吸い殻を捨てる。そして座ったまま阿佐美に視線を投げかける。
「珍しいな、お前がお出かけなんて」
「ちょっとね。……それより、今度はどうしたの? 電話で良かったのに」
「あ? ついでだついで」
なんて親しげに話してる二人を見て、なんだか俺は一人落ち着かない気分になっていた。いや、親しげかどうかはわからない。けど、血の繋がってる話を聞いたからか、見れば見るほど対象的に思えた。
二人の間に割って入ることとできないままリビングの入口前で突っ立っていると、ふと阿賀松がこちらを見てきたのだ。
「おいユウキ君、いい子だからちょっと部屋の外で待っとけ」
「……え?」
「聞こえなかったか? 邪魔だから外出ろって言ってんだよ」
「あっちゃん、言い方……」
「ああ? 優しく言ってやってんだろうが」
つまり、消えろということらしい。「わ、わかりました」と慌てて俺は玄関へと向かう。
普段ならば俺が居ようが居まいが気にしない阿賀松だ、そんな阿賀松が俺に失せろと言ってる。
二人の話の内容も気になったが、なんだか面倒臭そうな気配を察知した俺はそのまま大人しく部屋の外に出た。
阿佐美に壱畝のことも聞きたかったが、阿賀松が帰ってからの方がいいだろう。
部屋を出た俺はまた壱畝と鉢合わせないように部屋の前から移動する。行く宛などなかったが、じっとしててもそれこそ待てをされた犬みたいで嫌だった。
◆ ◆ ◆
「はあ……」
――学生寮三階・ラウンジ。
結局休憩する場所なんて限られていて、取り敢えず飲み物でも買って時間でも潰そうかとやってきたラウンジに意外な先客がいた。
「あれ、佑樹?」
どうやら他の二年生と話していたようだ。自販機の前、ジュースの入ったボトルを手にした十勝はラウンジに入ってきた俺を見て驚いたような顔をした。
それは十勝と一緒にいた生徒も同じだ。「げ」というような顔をして、十勝の友人らしき生徒たちは「じゃあまたな」などと口々にしながらその場を立ち去っていくのだ。
すれ違う生徒たちを尻目に、俺は十勝の元に向かう。
「ご……ごめん、なんか邪魔したかな」
「全然! つか寧ろすげー丁度よかった」
「丁度いい?」
「会長が佑樹のこと気になってたみたいだったからさ、後で会いに行ってやれよ」
「え……」
「なんだよ、えって。恋人なんだろ?」
まあ確かにそういうことになっていたが、まさかそれをわざわざ第三者に言われるなんて。
……余程気にしてくれていたのだろうか。
「そうだね。……ありがとう、教えてくれて」
「いいっていいって。あ、お礼は惚気でいいから」
「会長、あんま惚気ねえから佑樹の口から聞いてみたいんだよなあ」なんて笑う十勝に俺は「はは」と笑い返すことで精一杯だった。
……正直、会長と顔が合わせづらくないといえば嘘になる。
ここ最近は阿賀松の無茶ぶり無茶要求もなかったので命拾いしていたが、また会長と仲良くしているところを見られて変に阿賀松を焚き付けても厄介だ。
けど、人伝とはいえど少しでも会長が俺のことを心配してくれていると聞いてなんだか不思議な感覚だった。
会長がどうして俺のことを助けてくれるのかわからないが、それでも俺がいないところで俺の心配してくれていると聞くと変な心地だ。
「……会長は、俺も最近会えてなくて。その、学園祭の後片付けとか忙しそうだったみたいだし」
「あー、まあ色々あったもんなあ」
「うん……」
「じゃあ今から会いに行くか?」
しんみりとした空気になりかけた矢先だった。突然の十勝の誘いに「えっ?」とアホみたいな声が出てしまう。
「ほ、本気で言ってる?」
「今ならまだ生徒会室にいるんじゃねえかな」
「流石に悪いよ、いきなりなんて」
「別に会長だっていきなり佑樹のこと呼び出すときあるんだからいいんじゃね?」
……まあ、それはそうかもしれないが。
「でも」なんて問答していると、ふとラウンジの扉が開く。
「十勝君、ここにいましたか」
――灘だ。
扉から現れた灘に『また生徒会が増えた』と驚く隙もなく、灘は真っ直ぐに十勝の元へと向かってくる。
「あっれ、和真じゃん! 丁度よかった、今から佑樹とさあ……」
「それより十勝君、携帯の充電切れてませんか」
「え? ……あ」
「……会長が十勝君のことを探していました、至急生徒会室に来るようにとのことです」
「うわ、やべ! 充電忘れてたわ、やべー絶対会長怒ってんじゃん!」
会長からの呼び出しに青褪めた十勝は、「悪い、また今度会長の機嫌がいいとき行こうな!」とラウンジから飛び出した。すごい速さだった。
そして取り残された俺と灘。十勝を見送っていた灘は、十勝が向かったのを確認してこちらを見た。
「お話のところ邪魔してすみませんでした」
「い、いや……大した話はしてなかったし」
「……そうですか」
「…………」
「…………」
……会話が終わってしまった。
というか、灘も生徒会室に戻らなくていいのだろうか。なんとなく気まずくなってちらりと灘を見たとき、なんとなく違和感を覚えた。
相変わらず何考えているのかわからない真っ直ぐな目。落ち着いた言葉も、感情の読み取れない言動もあまり変わらないのに。
「……灘君、どうしたの?」
「なんのことでしょうか」
「い……いや、気のせいだったらいいんだけど、なにか……」
疲れているように見えた、なんて言ったら灘は「気のせいです」と即答するだろう。
それに、さっきの呼び出しの内容を考えるとなんとなく胸がざわつくのだ。
「……生徒会で、なにかあったの?」
そう声を抑えて尋ねれば、灘はじっとこちらを見たまま押し黙る。
「あ、あの、本当になにもなかったならそれでいいんだけど、もしかして俺のせいで……」
「貴方のせいではありません」
「――……え?」
「……」
ほんの一瞬、灘の唇が『自分のせいです』と動いたような気がした。
気のせいかもしれないし見間違いかもしれない、それでも灘の様子からしてそれは間違いではないような気がしてならなかった。
「……っ、な、なにかあったの?」
胸の奥がざわつく中、灘は視線を逸した。
灘が言葉に迷うこと自体珍しい。
「……貴方も来ますか、生徒会室へ」
そして迷った末、こちらへと再び視線を向けてくる灘に俺は考えるよりも先に小さく頷き返した。
阿佐美が宥めてくれたお陰で大分胸も軽くなったいた。
そんな俺の前に立ち塞がるように現れた人影を見て思わず立ち止まる。
「っ、……ひ、とせ、君」
「遅かったじゃん、ゆう君。……ああ、それと……阿佐美君だったっけ?」
ついさっきこいつの話をしていたばかりのせいか、よりによってこのタイミングで出てくるのかと肝ガ冷えていくのを感じた。
今すぐにでも逃げ出したい――そう思っていたが、隣に阿佐美がいたからだろう。まだ、落ち着いていられた。それは落ち着かなければという自己暗示にも等しいが。
「……なんで、ここに」
「なんでって、迎えに来たんだよ。ゆう君のことを」
「む、かえって」
「ほら、早く帰るよ。……阿佐美君も、こいつの我儘に付き合わさて悪かったね」
そう笑いながら歩み寄ってくる壱畝。そして、その目は笑っていない。
伸びてきた手に手首を掴まれそうになり、咄嗟に腕を振り払おうとした矢先だった。
壱畝が俺の手首を掴むよりも先に、阿佐美が壱畝の手を掴んだのだ。
先程まで胡散臭い笑顔を貼り付けていた壱畝だったが、突如入った邪魔に壱畝の顔から笑顔が抜け落ちる。
「……なに?」
「ゆうき君は帰らないよ」
「は?」
「丁度良かった。……少しいいかな」
「君に話があったんだ」と阿佐美は口を開く。
その言葉に俺も、そして壱畝も言葉に詰まる。何を言い出すのか。
「詩織」と咄嗟に阿佐美を見る。なんだか嫌な予感がしたのだ。
「待って、なにを……」
「俺に話? ……君が? なんで?」
「同じクラスメイトの好だからだよ。……それ以上に理由がいるのかな」
普段ならば壱畝はにこにこ笑って快諾していただろう。けれど、タイミングもタイミング。阿佐美のことを警戒してるのが分かった。
それは俺だって同じだ、阿佐美になにかがあったらと不安だった。
けれど、阿佐美は「ゆうき君は先に行ってて」と影で部屋のキーを渡してくるのだ。
阿佐美は俺の名前を出していない。本当にただ話をするつもりなのか――なんの?
「わ、かった……」
これがいいことなのかわからないが、阿佐美になにか考えがあるのだろう。それを信じたい気持ちもあったし、この場からいち早く立ち去りたい気持ちもあった。壱畝に見られないようにキーを制服のポケットに仕舞い、俺はそのまま二人から離れた。
「それで、話って?」
「……君の部屋、いいかな。俺の部屋は汚いから」
そんな二人の会話を聞きながら落ち着かない気持ちになっていた。志摩のときと同じだ。それでもまだ安心して任せられるのは、先程ちゃんと話したばかりの阿佐美だったからだろうか。
俺はその二人の会話を最後に、小走りで自室まで戻ってくる。
部屋の中は出ていったときと同じ様子だった。俺は時計を確認し、阿佐美が戻ってくるのをただ待っていた。
そんなとき、不意に扉が叩かれる。
もしかして阿佐美が帰ってきたのかもしれない。そう思って、慌てて俺は玄関の扉を開いた。
「っ、し、しお……」
そしてそこに立っていた人物を見上げ、凍りつく。
視界に入ったのは真っ赤な髪、そして。
「残念、詩織ちゃんじゃねえよ」
「……ぁ、がまつ、先輩……ッ」
「ってことは詩織ちゃんは留守かぁ? ……チッ、無駄足かよ」
言いながら、足で扉を蹴り飛ばしてくる阿賀松に飛ばされそうになりながら慌てて後退する。
「邪魔すんぜ」と笑い、阿賀松はそのまま俺を無視して部屋の奥へと上がっていった。
なんだ、なんでよりによってこんなときに来るんだ。この人は。
このまま無視することもできず、扉を閉めた俺は阿賀松を追いかけてリビングへと戻る。
「あ、あの……」
「仲直りしたんだな、お前ら」
「え……」
そう言えば、不本意ではあるが阿佐美と直談判するに当たって阿賀松にも手を借りていたのだった。
「お、お陰様で」と答えれば、ソファーにどかりと腰を下ろした阿賀松は「良かったじゃねえか」と笑う。
「ま、俺としてもお前にわざわざ会いに行く手間省けて楽だしな」
「……ぁ、あの……」
「んで? 詩織ちゃんはどこだ?」
「し、詩織は……その……」
どこまでこの男に言うべきか。けれどあまりにもプライベートな部分だ、「俺も、詳しいことは」わからないです、と口にすれば煙草を咥えたまま阿賀松は「使えねえな」と溜息を吐く。
「す、すみません……」
「ま、いいわ。俺もアポ無しできただけだし」
阿佐美がいないと分かったんなら帰ればいいのに、腰を据えたまま阿賀松は喫煙始める。
この部屋に灰皿なんてものは見当たらないが、阿賀松にとやかく怒られる前に灰皿代わりになりそうな阿佐美の飲み捨てた空き缶をそっと渡した。
「あ? なんのつもりだ?」
「あ、灰皿……」
「携帯灰皿持ってるっての、あいつの部屋にねえくらい分かってんだから」
なんだか余計怒らせてしまった。「す、すみません」と慌てて缶を引っ込める。
油断すればその辺のテーブルで火消ししそうなものを、そもそも阿賀松にそんなエチケット意識があったということに驚いた。
……そんなことを言えばどやされること間違いないだろうが。
阿賀松と二人きりになるのは気まずい。
またなにか無茶ぶりされるのだろうかと思ったが、そんなことはなかった。
煙草を咥える阿賀松の方を見ることもできないまま、時計の秒針をただ見つめる。
早く、阿佐美帰ってこないかな、なんてそんなことを願うばかりだった。
そのときだった。再び玄関の方で音が聞こえてきて、俺は慌てて立ち上がる。そしてそのまま扉を開けば、そこには阿佐美がいた。
「っ、し、詩織……っ」
「わ、ゆ、ゆうき君……わざわざ待っててくれたの?」
そこにいたのは阿佐美だ。
もし壱畝になにかされていたらどうしようかと思ったが、見たところ阿佐美に怪我もなさそうだ。思わず阿佐美の体を確認すれば、「ゆうき君?!待って、くすぐったいから」と止められた。
そして、ふとすん、と鼻を鳴らした阿佐美は部屋の奥を見る。
「……あっちゃん来てるの?」
「あ、うん……詩織に用があるって」
「……そっか、わかったよ」
そうそっと俺の頭を撫でた阿佐美は、そのまま俺の横を通り抜けて阿賀松の待つリビングへと向かった。
そして、
「よお、詩織ちゃん。お帰りなさい」
「……あっちゃん、俺の部屋で煙草吸わないでって言わなかったっけ?」
「あ? そうだっけか? お前もいい加減慣れろよ」
「……はあ」
笑いながらも、丁度二本目を吸い終えた阿賀松は携帯灰皿に吸い殻を捨てる。そして座ったまま阿佐美に視線を投げかける。
「珍しいな、お前がお出かけなんて」
「ちょっとね。……それより、今度はどうしたの? 電話で良かったのに」
「あ? ついでだついで」
なんて親しげに話してる二人を見て、なんだか俺は一人落ち着かない気分になっていた。いや、親しげかどうかはわからない。けど、血の繋がってる話を聞いたからか、見れば見るほど対象的に思えた。
二人の間に割って入ることとできないままリビングの入口前で突っ立っていると、ふと阿賀松がこちらを見てきたのだ。
「おいユウキ君、いい子だからちょっと部屋の外で待っとけ」
「……え?」
「聞こえなかったか? 邪魔だから外出ろって言ってんだよ」
「あっちゃん、言い方……」
「ああ? 優しく言ってやってんだろうが」
つまり、消えろということらしい。「わ、わかりました」と慌てて俺は玄関へと向かう。
普段ならば俺が居ようが居まいが気にしない阿賀松だ、そんな阿賀松が俺に失せろと言ってる。
二人の話の内容も気になったが、なんだか面倒臭そうな気配を察知した俺はそのまま大人しく部屋の外に出た。
阿佐美に壱畝のことも聞きたかったが、阿賀松が帰ってからの方がいいだろう。
部屋を出た俺はまた壱畝と鉢合わせないように部屋の前から移動する。行く宛などなかったが、じっとしててもそれこそ待てをされた犬みたいで嫌だった。
◆ ◆ ◆
「はあ……」
――学生寮三階・ラウンジ。
結局休憩する場所なんて限られていて、取り敢えず飲み物でも買って時間でも潰そうかとやってきたラウンジに意外な先客がいた。
「あれ、佑樹?」
どうやら他の二年生と話していたようだ。自販機の前、ジュースの入ったボトルを手にした十勝はラウンジに入ってきた俺を見て驚いたような顔をした。
それは十勝と一緒にいた生徒も同じだ。「げ」というような顔をして、十勝の友人らしき生徒たちは「じゃあまたな」などと口々にしながらその場を立ち去っていくのだ。
すれ違う生徒たちを尻目に、俺は十勝の元に向かう。
「ご……ごめん、なんか邪魔したかな」
「全然! つか寧ろすげー丁度よかった」
「丁度いい?」
「会長が佑樹のこと気になってたみたいだったからさ、後で会いに行ってやれよ」
「え……」
「なんだよ、えって。恋人なんだろ?」
まあ確かにそういうことになっていたが、まさかそれをわざわざ第三者に言われるなんて。
……余程気にしてくれていたのだろうか。
「そうだね。……ありがとう、教えてくれて」
「いいっていいって。あ、お礼は惚気でいいから」
「会長、あんま惚気ねえから佑樹の口から聞いてみたいんだよなあ」なんて笑う十勝に俺は「はは」と笑い返すことで精一杯だった。
……正直、会長と顔が合わせづらくないといえば嘘になる。
ここ最近は阿賀松の無茶ぶり無茶要求もなかったので命拾いしていたが、また会長と仲良くしているところを見られて変に阿賀松を焚き付けても厄介だ。
けど、人伝とはいえど少しでも会長が俺のことを心配してくれていると聞いてなんだか不思議な感覚だった。
会長がどうして俺のことを助けてくれるのかわからないが、それでも俺がいないところで俺の心配してくれていると聞くと変な心地だ。
「……会長は、俺も最近会えてなくて。その、学園祭の後片付けとか忙しそうだったみたいだし」
「あー、まあ色々あったもんなあ」
「うん……」
「じゃあ今から会いに行くか?」
しんみりとした空気になりかけた矢先だった。突然の十勝の誘いに「えっ?」とアホみたいな声が出てしまう。
「ほ、本気で言ってる?」
「今ならまだ生徒会室にいるんじゃねえかな」
「流石に悪いよ、いきなりなんて」
「別に会長だっていきなり佑樹のこと呼び出すときあるんだからいいんじゃね?」
……まあ、それはそうかもしれないが。
「でも」なんて問答していると、ふとラウンジの扉が開く。
「十勝君、ここにいましたか」
――灘だ。
扉から現れた灘に『また生徒会が増えた』と驚く隙もなく、灘は真っ直ぐに十勝の元へと向かってくる。
「あっれ、和真じゃん! 丁度よかった、今から佑樹とさあ……」
「それより十勝君、携帯の充電切れてませんか」
「え? ……あ」
「……会長が十勝君のことを探していました、至急生徒会室に来るようにとのことです」
「うわ、やべ! 充電忘れてたわ、やべー絶対会長怒ってんじゃん!」
会長からの呼び出しに青褪めた十勝は、「悪い、また今度会長の機嫌がいいとき行こうな!」とラウンジから飛び出した。すごい速さだった。
そして取り残された俺と灘。十勝を見送っていた灘は、十勝が向かったのを確認してこちらを見た。
「お話のところ邪魔してすみませんでした」
「い、いや……大した話はしてなかったし」
「……そうですか」
「…………」
「…………」
……会話が終わってしまった。
というか、灘も生徒会室に戻らなくていいのだろうか。なんとなく気まずくなってちらりと灘を見たとき、なんとなく違和感を覚えた。
相変わらず何考えているのかわからない真っ直ぐな目。落ち着いた言葉も、感情の読み取れない言動もあまり変わらないのに。
「……灘君、どうしたの?」
「なんのことでしょうか」
「い……いや、気のせいだったらいいんだけど、なにか……」
疲れているように見えた、なんて言ったら灘は「気のせいです」と即答するだろう。
それに、さっきの呼び出しの内容を考えるとなんとなく胸がざわつくのだ。
「……生徒会で、なにかあったの?」
そう声を抑えて尋ねれば、灘はじっとこちらを見たまま押し黙る。
「あ、あの、本当になにもなかったならそれでいいんだけど、もしかして俺のせいで……」
「貴方のせいではありません」
「――……え?」
「……」
ほんの一瞬、灘の唇が『自分のせいです』と動いたような気がした。
気のせいかもしれないし見間違いかもしれない、それでも灘の様子からしてそれは間違いではないような気がしてならなかった。
「……っ、な、なにかあったの?」
胸の奥がざわつく中、灘は視線を逸した。
灘が言葉に迷うこと自体珍しい。
「……貴方も来ますか、生徒会室へ」
そして迷った末、こちらへと再び視線を向けてくる灘に俺は考えるよりも先に小さく頷き返した。
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