天国か地獄

田原摩耶

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√α:ep.last 『ロウリスクハイリターン』

04※

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 灘と別れ、縁がいる校門裏へと向かう。
 いつでも灘と連絡が取れるように携帯端末を左手に、もう片方でバールを握り締めった。

 ようやく縁を捕まえられる。
 そう思うだけで顔面の痛みも硬直も気にならなかった。

 早く、この馬鹿げた遊びを、終わらせるんだ。

 ◆ ◆ ◆

 校門付近、縁の動向を再度確認しようと灘に電話を入れる。
 けれど、誰かと通話中のようだ。電話が繋がらない。
 ……栫井だろうか。
 もしかして何かあったのだろうかと不安になったが、もう一度電話を掛け直せばすぐに灘が出た。

『……齋藤君』
「俺だけど、もしかして栫井に何かあったの?」
『……』

 微かに沈黙が走る。
 電話越し、灘の様子がおかしいというのはすぐに分かった。

『齋藤君、予定変更です。俺がいいと言うまでそこから動かないで下さい』
「え?」
『少し、厄介なことになりました。……栫井君のところに行くので、監視室に戻るまで君はそこにいて下さい』

 やっぱり、と思った。
 縁がすぐ傍にいるのにと思う反面、それなら仕方ないと納得する自分もいた。それよりもだ。

「厄介なことにって、どうしたの?もしかして、志摩に何か……」
『志摩亮太は無事です。栫井君が逃がしてくれました』

 その一言に、全身の緊張の糸が切れた。
 志摩が、無事。それだけで、俺には充分だった。
 けれど。
 一難去ってまた一難とはこのことか。

『また後でこちらから連絡します。なので、君はどこかに身を隠していてください』

 そう、一方的に告げた灘は通話を切る。
 ツー音が響く携帯を握り締めたまま、俺は後方に佇む学生寮を見上げた。
 俺も、戻った方がいいのだろうか。
 志摩が自由になった今、俺には恐れることは何もない。
 それならば、と携帯をポケットに仕舞おうとしたときだった。

「長電話は終わった?」

 すぐ背後、伸びてきた手に携帯を奪われた。
 耳朶に生暖かな息が吹き掛けられ、全身が震え上がる。
 咄嗟に、持っていたバールを思いっきり振り上げた時、パシリと音を立てそれを受け止められた。

「縁……ッ」
「もう先輩呼びは止めちゃったの?残念だなぁ、俺、君と先輩後輩ごっこするの楽しかったのに」

 腸が煮え繰り返るとはこのことだろう。
 当たり前のように、依然とした態度でそこに佇む縁に全身を巡る血が怒りで湧き上がりそうだった。
 けれど、それよりもだ。
 ノコノコと自分から餌をぶら下げ現れた縁に俺は笑いそうになる。予測不可能な人だと思っていたが、ここまで愚かな人だとは。

「そんな惚けた顔をするのはまだだよ、齋藤君。俺に直接触れるのがルールなんだから」
「……は?」
「俺を脱がして触ってみなよ」

『直接』と、笑う縁に頭の血管が切れそうになる。
 そんなの屁理屈だ、といいかえしたかったが、俺の腕を掴む縁が革の手袋を身に着けてるのを見て、舌打ちが出る。
 直接触れるのなら、脱がさなくても他に露出されてる場所があるじゃないか。
 笑う縁の顔面に向かって手を伸ばせば、笑う縁はそれを躱す。

「あーあー、色気がないなぁ、君は。その唇で触れてくれるのならまだしも」

 手を伸ばしても、掠りもしない。
 それは縁が身軽というだけではなく、俺にも原因があるのは分かった。

 片方だけの視界、おまけに薄暗い空の下。
 縁の姿を捉えるだけでも精一杯だった。

「っ、糞……ッ」

 ヤケクソに、持っていたバールを振り回す。
 縁から見た俺はさぞ滑稽なのだろう。それでも、出血で回らない頭の中、ろくに考えることも出来なかった。

 無茶苦茶に振り回していたそれに、確かな手応えを感じた。
 位置からして縁の腕だろうか、よし、と思った次の瞬間、バールの先端を縁に掴まれた。

「それだから、君はダメなままなんだよ」

 正面、顔を寄せてきた縁にすぐ耳元で囁かれたかと思った次の瞬間、先程までとは非にならない力でバールを奪わ
 れる。
「しまった」と思ったと同時に容赦なく振り翳されるバール。その先端が目先に迫り、咄嗟に身を退けば、宛を外したバールの先端はすぐ背後にあった植木に直撃する。
 鈍い音ともに無数の木の破片が飛び散り、その先端が深くのめり込んだ。

 そして、その様子に血の気が引く間もなく縁の蹴りが脇腹に食らわされる。
 肋に鈍い痛みが走った。瞬間胃液が込上がったが寸でのところで堪えたが、間髪入れず、引き抜かれたバールの先端が視界の隅に映ったのを見て、俺は咄嗟に首を捻った。
 そして、コメカミの辺りを掠めた先端に数本の髪が切れ、宙を舞う。それだけではない、尖った先端が引っ掛かったせいで皮膚が避け、生温い液体が額を流れ始めた。

 縁方人は、俺が死んでも構わないと思っている。
 頭では理解できていたはずなのに、止めどなく溢れる血がぼたぼたと服に落ちてくるのを見て、死を感じた今、体が思うように動かなくなった。
 そして、容赦なく振り上げられたバールは今度こそ俺の脳天を直撃した。

 ああ、死んだ。そう、直感で悟った。
 夜、あんなに真っ暗だった辺りが白ばむ。
 笑みを消した縁を最後に、俺の記憶はぷつりと途切れた。

 ◆ ◆ ◆

 今度こそ死んだ。
 音のない闇の中、全身から熱が失せていくのを感じながらここが天国なのだろうかなんて考えていた時。
 夢現に唇に何かが触れた。
 そして、小さく開かされたそこに何かが宛てがわれたと思った次の瞬間、大量の水が勢い良く口の中に注がれる。

「ん、ぶッ」

 意志に反してどんどん喉の奥から腹へと注がれる冷水に、それを塞ごうと舌でホースの先端を塞ぐが敵わなかった。
 それどころか変な器官に入り、噎せ返りそうになるが口の中大量に満たしていくそれに吐き出すことも噎せることもできなくて。

 次第にはっきりしていく意識の中、俺の上に跨っていた縁と目が合い、やつはにっこりと微笑んだ。
 そして。

「ん゛ん゛んんん!!ぅう!!ん゛ー!!」

 縁が蛇口を最大まで開いた瞬間、先程までとは桁違いまで水量は膨れ上がる。
 異様なまでに膨らんでいく自分の腹部に気持ち悪さとこのままだと破裂するのではないだろうかという恐怖に血の気が引いていた。
 やめてくれ、と体を捻ってホースの先端から逃れようとする度に腹の中の水がチャプチャプと音を立てる。それが余計恐ろしくて、滲む視界の中、喉の奥まで咥えさせられ直接器官に流し込まれるそれに首を振って縁に懇願する。

「すごい、齋藤君のお腹すごい膨らんでるよ?……ほら、まるで赤ちゃんが出来たみたいじゃない?これ」

 うっとりと笑う縁は俺の腹部に指を這わせ、シャツを捲りあげる。
 服の上からでも分かるくらい膨らんでいたそこは無理矢理皮膚を伸ばしたように膨らんでいて、血管の浮かぶそこを愛しそうに撫でた縁はより一層笑みを深くする。

「けど、俺子供嫌いだからなぁ……」

 そう、上半身を起こした縁はホースを俺の喉から引き抜いた。
 大量の水を吐き出すそれはビチビチと魚のように地面の上で跳ねている。
 その水が服に掛かるが、そんなことどうでもよかった。
 動いた縁が足を軽くあげるのを見て、それどころではなかったからだ。

 やめろ、やめてくれ、と逃げようとするが、全身にはろくに力が入らなかった。
 その場で虫の息の俺を見て舌なめずりをした縁。
 その靴底が、見えた瞬間。
 限界まで膨れた腹部に、内臓が裂けるような衝撃が走った。

「――ッ!!」

 声を上げることすら出来なかった。
 大量の水が逆流し、穴という穴から噴出する。
 勢いのある水は刃物同然だと何かで読んだことがある。
 まさに、それだ。臓器や器官、主に内臓を引き裂されたような激痛が走り、頭が、目の前が真っ白になる。
 顔面を濡らすものが涙なのか溢れた水なのか分からなかった。

 腹の中に残った水を絞り出させるように、縁は何度も俺の腹を踏み付ける。笑いながら。楽しそうに。

「すっごい、見てこれ、齋藤君びしょ濡れだ。こんなに水飲んでたんだね、すごいね」

 痛む喉では声を上げることすら出来ない。
 呼吸を繰り返すことで精一杯な俺に縁は「齋藤君魚みたいだね」とクスクス笑う。

「まるで打ち上げられた魚だ。なら、水を失った君はもう死んじゃうのかな?」
「……ッ、……げほ……ッ」
「あれ、まだ大丈夫そうだね」

「良かった、安心したよ」と笑う縁が地面で跳ねてたホースの先端を握るのを見て、全身が震える。
 やめてくれ、と首を横に振れば、縁の指先が頬に触れた。
 冷たい手。それは手袋をしてるせいだとは思わなかった。

「聞こえないなぁ、齋藤君。もっと大きな声で言わなきゃ」
「……め、て……下さ……ッ」
「ん?今度は鼻の穴にぶち込んでほしいの?いいねぇ、君の綺麗な顔が崩れるのは好きだよ、俺」
「や……やめて、下さい……っ」

 喉が裂けるのを感じながらも、俺は精一杯声を張り上げる。
 俺の鼻筋を撫でていた縁の動きがぴたりと止まったと思った瞬間、「ああ」と縁は目を細めた。

「君は、こっちの方が好みだったっけ」

 そう、下腹部に伸びる縁の手に濡れた股を撫で上げられる。
 そして、服の上から肛門の位置を指でぐっと押された瞬間、背筋が凍り付いた。

 逃げてはダメだ。分かってるのに、腰が引いてしまう。
 地面を這い、後退る俺に手を伸ばした縁はそのままベルトを掴み、乱雑に腰を持ち上げてくる。
 瞬間、全身に刺すような痛みが走った。

「っ、ぁ、ぐ」
「ほら、齋藤君脱がされるよ?いいの?もっと嫌がらないと?さっきみたいに俺のことぶん殴って逃げないと」

 言いながらも、その手は躊躇いなく俺の衣類を脱がそうとする。
 足を閉じ、スラックスを履こうとするがベルトごと引っ張られれば呆気なく縁に奪われた。

「つ……ッ、ぅ……っ!」

 水浸しになった地面の上に捨てられるスラックスに視線を取られた時だった。

「ほら、ご開帳」

 腿を掴まれ、大きく開かれる両足に目を見開く。
 下着を身に着けてるものの股間、それも普段他人に見られない部分を人目に暴かれることへの恥ずかしさよりも、これからされることを考えただけで血の気が引いた。

「……っ……、は……っ」

 どこかを傷付けてしまったのだろう、呼吸をするだけで喉の奥がチクチクと痛み、息が苦しい。
 せめて、バールを取り戻すことが出来れば。
 視線を彷徨わせ、探すがそれらしきものは見当たらない。俺が気絶してる間にどこかに置いてきてしまったのだろうか。よく見てみれば、先ほどまでの校門裏からは離れているようだった。
 こんな状況下、周りを気にする俺が縁の気に障ったらしい。
 手の甲に、鉄の塊を落とされたような鈍い痛みが走る。

「ぐ、ぁッ!」
「へぇ~?俺がいるのに余所見なんて随分と余裕じゃん、齋藤君」

 躊躇いもなく俺の手の甲を踏み躙る縁。
 芳川会長に刺された傷が完治しかけていたそこに硬い踵を落とされれば、掛かる体重に、痛みに、堪らず声が漏れてしまう。

「えに、し……ッ」

 痛みを堪えるよう、砂利を握り締めた俺は縁を睨み付けた。痛みを痛みで掻き消すことで精一杯な俺を見て、ご満悦の縁は俺の手を一蹴し、そして愉快そうに喉を鳴らした。

「そんな可愛い顔したってダメだよ。俺は傷付きやすいんだからさぁ、気を付けてくれないと」

 そう言って、座り込む縁は俺に視線を合わせてくる。
 この距離なら殴れる。そう思うも束の間、剥き出しになった下腹部に這わされた手が動き、全身が震えた。
 下着の裾を軽く持ち上げ、そのまま大きく広げて肛門を露出させる縁にぎょっとした。

「っ、や……ッ」

 落ちてたホースを手に取る縁。飛び跳ねた水が素肌に触れ、その冷たさに身が凍り付く。
 縁はこれを俺の中に入れようとしている。
 飲まされるのとでは訳が違う。
 異物を挿入されることの痛みと恐怖を思い出し、背筋が震えた。

「あははっ、本当君って可愛いね。……こんなに縮み込んじゃって」

 青褪める俺に、縁は笑いながら萎えきったそこをつついた。その感触すら恐怖でしかなくて、動けなくなる。
 動くにも、出血のせいか思うように指先に力が入らない。
 せめて少しでも緩和出来るように、と唇を噛み締め堪えようとすれば、目の前の縁が吹き出した。

「なにそれ?我慢してるつもり?諦めちゃったの?もう?つかさ、降参には早すぎるんじゃねえの?」

「……もっと抵抗してくれないと、つまんねーから」肛門に触れる縁の指が、無遠慮にそこを広げて。
 その感触に目を瞑った次の瞬間、硬質なゴムが当たる。
 入ってくる、と身構えたと同時に指よりは太いそれが体内へと侵入してくる。
 今までに比べたらまだ痛みはないが、それでも先端から溢れ出す水の冷たさに声が出そうだった。

 縁が蛇口を操作したようで、水の威力は思ったよりも強くなかった。けれど、直接腹の奥に注がれる水が気持ち悪くて、目が回りそうだった。

「なぁ、齋藤君」

 ゆっくりと目を開けば、蛇口を手にした縁が映り込む。

「これ、最大出力にしたら君の中はどうなんのかな」

「せっかく手術してもらったのに、傷口開いちゃうかな?」と、いたずらっ子のように笑う縁に、今度こそ生きた心地がしなかった。
 先ほど器官を流れていった大量の水が、傷の癒えてない腸内に放出されると想像しただけで、身の毛がよだつ。

「や、めて……」

 捻られる蛇口。
 体の奥、深くへと挿入されたホースの先端から吐き出される水が徐々に、それでも確かに、威力を強めていく。

「……っ、とめて、とめて、下さ……ッ」
「今更敬語?さっきみたいに『やめろ縁』って凄みなよ」
「っ、やめ……っ」
「あぁ……やっぱもっと奥じゃないと溢れちゃうなぁ。なんかこれ君が漏らしてるみたいだね」

 ぐっと、体の奥へと押し込まれるホース。
 その異物感に吐き気を覚える暇もなく、押し寄せてくる冷水が俺の意志と関係なく腹の中を満たしていく。
 内部から押し広げるような圧迫感に、嗚咽が漏れた。
 それでも縁は俺の様子を観察しながらも、一定の間隔で水の量を増やしていく。
 先程までとは非にならない勢いでどんどん溜め込まれていく水。
 その音は、縁にも聞こえているようだ。

「すごい水の音。全部君の中に入っていってるんだよ、このホースを通って。ここに。……すごいよなぁ、人の体って!」

 そう、楽しげに笑う縁は先程以上に膨らむ下腹部に手を這わせる。
 少し抑え付けられたら中が溢れてしまいそうな、それ程までに限界に近付いているそこを優しい手付きで触れる縁に寒気を覚えた。

「どこまでいったら君は壊れるのかな」

 そんなことを口にする縁に恐怖よりも悔しさが込み上げてくる。
 俺は、壊れない。こんなことで、負けたくない。
 悔しさは自己嫌悪と混ざり合い、どろどろとした感情が込み上げてくる。それは、殺意によく似ていた。

「もうキツイ?そろそろダメそう?」

 水の音がすぐ傍から聞こえてくるようだった。
 水を吸い込んだ布のように、全身が重い。指を動かすことすら億劫になるほどだった。次第に薄れていく意識の中、それでも確かに自分の中を満たしていく水の冷たさを浴びながら俺は縁を見上げた。

「……る……」
「ん?何?」
「……殺して、やる……」

 自分にもっと力があれば、もっと体が丈夫だったら、もっと、運動が出来ていたら。
 縁に対抗出来たのだろう。
 そう思えば思うほどされるようにされる自分がただ情けなくて、吐き気がした。
 呻く俺に、一瞬、呆然とした縁だったがそれも束の間のことだった。
 肩を震わせた縁は唇を歪め、笑う。

「……そうだよ、それだよ」

 惚けたような、蕩けた瞳で。
 唇を舐め、厭らしく笑う縁を俺は睨み付ける。
 それすらも、愛おしそうに縁は受け入れた。

「いいねぇ。……齋藤君、やっぱり君はそっちの方が似合っている」

 そう言って、口角を上げ、無邪気に笑う。
 縁の手が頬に触れる。
 濡れた革の感触が気持ち悪くて、それでも、逃げることすら癪だった。

「俺を殺してみせてよ、齋藤君。酷ったらしく、君の手で……俺を」

 吐息混じり、囁かれる声は先程よりも強まった水の音に掻き消された。
 湯船に水を張るが如く勢いよく溢れ出す水に、体内のホースが跳ねる。
 声を上げる暇もなかった。
 チカチカと点滅する視界の中、尋常ではない勢いで膨らんでいく自分の腹部を見て、生理的に体が震えた。

「っ、ぁ、ぁあ……っ」

 声帯までもが震え、無意識の内に声が漏れる。
 体の内側から氷付けられるような感覚のお陰か、次第に全身の感覚が麻痺していくのが分かった。
 腹部に大きな石を乗せられたような苦しさだけが俺を襲う。
 そして、その苦しみから逃れるどころか嵩を増すばかりで。

「齋藤君、苦しい?」
「……っ、は、ぁ……」
「俺も苦しいよ、君を見てると……胸が苦しくなる」

 そう、俺の腹部を撫で回す縁はうっとりと目を細め、頬を紅潮させた。

「すごい……っ、たぷたぷだな、お腹。はち切れちゃいそう……。苦しいだろ?こんな、目に遭わされてさぁ……俺が憎いだろ?齋藤君……っ」

 乾いた唇を舐める縁。その下腹部が傍目に分かるくらい張り詰めてるのを見て、嫌気が差す。

「……へん、たい……」
「あは、はははっ!……安心したよ、まだ無駄口を叩く元気があるみたいだな」

 腰を持ち上げられればホースが刺さったままの肛門から水が溢れ出す。
 中の体温で温まった水がぬるくなってるのが余計気持ち悪くて、やめろと首を横に振るが無視して高く腰を持ち上げる縁に、溢れた水が吹き掛かる。
 それを目の当たりにし、上半身を濡らした縁は笑いながら水滴る前髪を掻き上げた。

「あーあ、お漏らししちゃったね?……俺までぐっしょり濡れちゃったじゃん、どうしてくれんの?」
「……っ」
「何か言えよ」

 ぐっとホースを深く押し込められ、先程よりもスムーズに直腸へ注がれる大量の水に腰が震える。
 体勢を変えようとしてもろくに身動きが取れず、喘ぐ俺を見下ろし、縁は笑った。

「ムカつくだろ?吐き気がするだろ?殺したくて仕方ない?……もっとさぁ、本気出せよ。君、これくらいでへばる程弱いの?……そんなんで俺に楯突いたわけ?」
「……ぐ、ぅ……ッ!」

 悔しかった。俺だって、抵抗したい。したいし、ろくに力がない自分がただ歯がゆかった。
 だから、俺は、精一杯の力を振り絞って地面の砂利を握り締め、それを縁に投げ付けた。

「……っ」

 ダメージになるとは思ってない、目くらましになれば万々歳だ。それでも、縁からしてみればただのじゃれ合いかもしれない。それでも、言われっぱなしが嫌だった。
 正面から砂利を受けた縁は目を細め、何もなかったかのように髪に付いた砂利を落とす。
 そして。

「ッぁあ゛ああ゛っ!」

 聞こえてきたそれが自分の口から発せられたものだと理解するのに時間が掛かった。
 最大まで捻られた蛇口に、叩きつけられるような水はもはや小粒の鉛のようで。
 寒いのに、熱い。
 地面の上、這いずる俺から視線を外した縁は制服のポケットから何かを取り出した。

「お、君のナイトから電話だ」

 そう言う縁の手に握られたのは俺の携帯で、着信音の代わりにバイブレーションを設定していたのを思い出すのも、ディスプレイに表示された灘の名前に絶望する。

「や、め、ろ……ッ!出るな……ッ!」

 手を伸ばし、縁の足を掴む。
 けれど、軽くそれを避けた縁に手首を踏み付けられた。

「出るなって言ってるだろ!」

 俺の声が届かないかのよう、縁は端末を操作する。
 そして。

「はぁーい、もしもしぃ?こちら齋藤君の電話でーす」

 目の前で電話に出る縁に、俺は、今度こそ目の前が真っ暗になるのを感じた。
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