天国か地獄

田原摩耶

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√α:ep.5 『最後まで一緒に』

【side:志摩】

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『ぅ、うあ、あ……ッぁ、あぁ……ッ』
「……」
『っ、はッ、ぁ、あ、ひ、…ッん……!』
「……」

 薄暗い部屋の中、椅子に座らされた俺は目の前の液晶画面に映し出された映像を見せられていた。
 嫌な程見覚えのある二人の男に挟まれて喘ぐそいつにも嫌って程見覚えがあって。
 嗚咽混じり、映像の中で乱れる齋藤を見た瞬間、心臓が止まるかと思った。
 けれど、見れば見るほど、心が落ち着いていく。
 齋藤が心の底から喜んでないと分かったから、これはただの行為だ。そこになにもない。だって齋藤は恥ずかしがり屋で、甘えん坊で、最中も俺の名前ばっか呼んで抱き着いてくるんだ。けれど、映像の中の齋藤は心の底から満足していない。だからだろう。だからこそ、俺の頭は次第に冷静になっていく。
 そして、行き場を失った不快感、怒りは勿論、この映像を用意した男に向くわけで。

「それで、ご自慢のカメラの高画質を俺に見せて満足ですか?」

「方人さん」と、眼球だけを動かし、椅子の隣に立つ男を見上げる。画面の明かりに照らされ、薄暗い室内でも鮮やかな青い髪。笑顔を貼り付けた縁方人はリモコンを指で弄びながら、椅子の背もたれに手を掛ける。

「そんなわけないだろ?お前が会いたがっていた齋藤君が元気なところを見せてやろうかと思って、優しさだよ、優しさ」
「俺のためを思うんなら本人を連れてきた方がいいですよ。ましてやこんなもの、勃起するにも邪魔なものが多すぎて使い物にならないじゃないですか」

 笑い返しながら、俺は映像の齋藤に視線を戻す。
 俺なら、もっと齋藤の髪に触れてやれるのに。俺なら、もっと齋藤を気持ちよくさせてやることだってできるのに。
 そんなことを思いながら見る映像はとても不愉快で、俺以外のやつが齋藤の体に触れているのだと思ったら気が触れてしまいそうだった。
 けれど、辛うじてそうならないで済んだのは俺を、俺だけを見てくれている齋藤を知っているからだろう。
 不快感とともに込み上げてくる優越感が顔に出てしまっていたのだろう。こちらを眺めていた方人さんは目を丸くする。

「……へぇ、意外だな」
「もしかして俺が嫉妬で怒り狂うとでも思いましたか?」
「そうだな、狭量なお前のことだから液晶画面ごとかち割るかと楽しみにしてたのになぁ……変なものでも食ったか?」
「心外ですね。……どうせ脅したんでしょ?齋藤は馬鹿だからすぐ体開くんですよ、誰にでも簡単に」

 誰かのためになるならとわざわざ自分から茨の道を進んでいく齋藤に何度頭を傷めつけられたのか数えだしたらキリがない。今回だってそうだ、どうせ灘和真を助けるためにだとかなんだとか理由つけてこんな馬鹿な真似をしてるのだろう。ああ、馬鹿馬鹿しい。こんなやつ、見捨ててしまえばよかったのに、本当齋藤は見境がない。けど、仕方ない。齋藤は俺がいないとまともな判断が出来ないんだ、やっぱり、俺がいないと齋藤はダメなんだ。だからこんな映像を撮られてると気付かないでこんな顔を晒してみっともない声を出せるんだ。俺がいないと、ダメなんだ。

「あぁ、あと、こんなことをしても齋藤の気持ちは変わらないですよ」
「それはどうかなぁ。お前、思い込み激しいところあるから」
「そう思うならそれで構いませんけど。齋藤は俺のことが好きで好きで死にそうなくらい好きっていうのは事実なんで」
「もしそうじゃなかったらどうすんの?」

 興味本位。こちらを見る方人さんに、目を向ける。
 そんな可能性あるわけがない。馬鹿馬鹿しい。想像しただけで、笑えない。面白くもなんともない。

「齋藤を殺して俺も死ぬ」
「……即答かよ」
「ってことなんで、俺のためにわざわざこんなもの用意しなくても俺の答えは変わりませんので」

「どうせまた何か企んでるんでしょう」方人さんの性格は嫌ってくらい知っている。
 楽しむためなら手段を厭わない。
 だからこそ最初は気が合ったのだが、自分が対象になるのなら話は別だ。

「だったらどうすんの?俺を止める?」
「……阿賀松は知ってるんですか、あんたが企んでること」
「知らないよ。って言ったらチクんだろ、お前」
「別に……。それに、あの男があんたに弄ばれてるところも見てみたいし」
「ハハハッ!相変わらずだよなぁ、お前。恩知らずの糞ガキが」
「俺は恩を売ってもらった記憶はないんですけど」
「そうだよな、お前はそういうやつだよな。はー、少しは齋藤君のお陰でましになってると思ったけど全然だな」

 少なくとも、それを方人さんに言われたくなかった。
 俺からしてみれば、阿賀松伊織と行動するようになって大人しくなったと聞いていただけに相変わらず自分が楽しむことしか脳にない方人さんにうんざりした。
 ま、自分の逆境すら興奮剤にするような人種だ、元から常識が通用するとは思っていない。

「それと、焦ってる時程よく喋る口もな」

 不意打ち。
 ぐっと頬を引っ張られ、目を見開けばこちらを覗き込む方人さんと目が合った。

「齋藤君はいつまでお前のことを想ってるかな」
「……賭けましょうか」
「何を?」
「俺が負けたら、約束通り齋藤を殺して自害してやりますよ」

 引っ張られた口元に、俺は笑みを浮かべる。引っ張られた頬のせいで上手く笑えた気がしないが、それでも、俺は方人さんから目を逸らさなかった。

「あんたが負けたら阿賀松を殺してあんたも自害しろ」

 この手で殺しても気が済まない。
 俺たちの時間を、齋藤の体も、俺の自尊心も、全て自分が楽しむこととして利用する縁方人に吐き気がしてならなかった。この手で触ることすら、嫌になる程に。
 目の前の男を睨み付ければ、縁方人は「お前は本当極端過ぎるんだよな」とヘラヘラ笑った。

「そっちこそ二言はないな?」
「期限はあんたと齋藤のお遊びが終わるまで。ルールは齋藤が俺以外のものを優先した場合。それでいいでしょ」
「構わないけど、驚いたな、お前にそんな自殺願望があったなんて」
「逆だよ。俺はあんたが負けてみっともなく自殺してる姿が見たいんだ」

 そう答えれば、薄ぼんやりと照らされた縁方人の横顔は歪み、蕩けたような笑みを浮かべた。

「へぇ、気が合うな。俺もだ」

 それが俺が死ぬところを見たいという意味なのか、それとも俺の言葉を丸々同調した意味なのか分からなかった。
 知りたくもなかった。
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