天国か地獄

田原摩耶

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√α:ep.1『本当で嘘で』

01

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『壱畝遥香です。皆、よろしくね』

 転校生としてやってきた壱畝遥香の自己紹介を見るのはこれで二度目だ。
 俺同様クラスメートたちは前の学校のときほど盛り上がらなかったが、どうせ壱畝遥香はあっという間にこの空気に馴染むことが出来るのだろう。

 疎らな拍手の中、壱畝遥香の紹介が終わった。
 教壇から降りた壱畝は、そのまま予め用意してあった席につく。

 ――季節外れの転校生。というのだろうか、やつの場合は。

 何故壱畝遥香がこの学園に来たのか全く理解出来ないが、興味もなければ知りたくもなかった。
 壱畝がこの教室にいるというだけで気が重くなり、乱される。いいことなんてなにもない。
 そんな調子で朝のHRは終わり、何人かが壱畝に話し掛けに言っていた。
 ああ、始まった。と思った。そんなときだった。

「……ゆうき君、早くしないと先生行っちゃうよ」

 不意に声を掛けられ顔を上げれば、そこには阿佐美が立っていた。
 そう阿佐美がちょいちょいと指差す方へと振り向けば、そこには丁度教室を出ていこうとする担任の後ろ姿が見えた。

「あ……っ」

 そうだ、阿佐美がルームメイトになってくれるのを了承してくれたと伝えなければ。
 そう慌てて立ち上がり、担任のあとを追いかけようとしたときだった。
「ゆう君」と耳障りな声が聞こえてくる。
 振り返ればそこには壱畝遥香が立っていた。

「ゆう君、よかったよ。また同じクラスになれるなんて……部屋も同じなのにね」
「……」

 なんなのだ、こいつは。わざわざそんなことを言いに来たのか。
『部屋も同じ』という言葉に阿佐美が微かに反応するが、それも束の間。

「悪いけど……今急いでるから」

 どうせなにか裏で細工でもしたのだろう。外面だけはいい壱畝のことだ、教師に取り入ることだって容易いことのはずだ。
 こんなくだらない問答に時間を使う暇などなかった。
 それじゃあ、とその場を後にしようとするが、壱畝はそれを許さない。

「へえ。君、ゆう君の友達? 背高いね。俺、壱畝遥香っていうんだ。ゆう君とは前の学校からの親友で……」

 何が親友だ。俺が相手をしないとわかれば今度は阿佐美か。
 早速毒牙を掛けようとするやつに、さっと血の気が引く。考えるよりも先に、俺は咄嗟に阿佐美の腕を取った。

「詩織……早く行こっか」
「あ、ゆうき君……っ」

 担任への用事も勿論あったが、これ以上自分の周りの人間が壱畝に荒されるのが嫌だった。
 独占欲とかそんなものではない。とにかく嫌で、俺はうろたえる阿佐美を引っ張って教室を後にした。

 ――教室前・廊下。

「……っ、ゆうき君、ちょっと待って……こ、転んじゃう……っ!」
「……あ、ご……ごめん、つい」

 担任を追いかけることは二の次に、俺はただ壱畝のいる教室から離れたいが一心で歩いていた。
 そのせいで阿佐美のスタミナが切れたらしい、ぜえぜえと肩を大きく上下させ、阿佐美は息を吐く。

「……さっきのが、新しいルームメイト?」

 やはり壱畝の言葉をちゃんと聞いていたらしい。
 誤魔化しようも、誤魔化す必要もないだろう。
 こくりと頷き返せば、「そっか」と阿佐美は小さく口にする。長い前髪の下、阿佐美がどんな表情をしているのか、何を考えているのかはわからないが、それでもそれ以上阿佐美がこのことに対して執拗に踏み込んでくることはなかった。

「そうだ、先生……」

 そこまで考えてはっとする。
 確か、こちらの方へと歩いていたのは見えたのだが――。
 そう辺りを見渡したときだった。見覚えのある広い背中を見つけ、俺は「先生!」と咄嗟に呼び止めた。
 すると、丁度職員室へと戻ろうとしていたようだ。立ち止まった担任はこちらを振り返り、俺達の姿を見ると「おお」と笑った。

「珍しい組み合わせだな。どうした?」
「あの、この間のことで話があって……今、時間大丈夫ですか?」
「ああ、もしかして同室のことか?」

 俺と阿佐美の組み合わせを見てピンときたようだ。
 図星を刺されて驚いたが、話が早くて助かる。

「はい、詩織に頼み込んだらOKしてもらって……」
「そうか。阿佐美も本当にそれでいいんだな?」

 元はといえば、阿佐美の方から俺との同室を破棄したようなものだ。
 担任の最終確認に、阿佐美はこくりと頷き返す。
 そんな阿佐美に安心したようだ、「そうか、わかった」と担任は大きく頷いた。

「阿佐美の部屋に佑樹が移るということでいいんだな?」
「はい。大丈夫です。……あの、それで、出来たら今日中に部屋を移したいんですけど……」
「ああ、そうだな。手続きは俺の方で済ませておく。佑樹、お前は部屋の荷物を纏めとけ」

「夜、先生たちが引っ越すの手伝うから」と続ける担任に、思わず「夜ですか?」と口にしてしまう。俺の反応が意外だったのだろう、「なにか都合が悪いのか?」と逆に驚く担任。
 ――ああ、悪い。なんなら最悪もいいところだ。
 出来ることなら今すぐにでも壱畝から逃げ出したい俺にとって、壱畝が部屋にいる時間帯に引っ越しなんて自殺行為に等しい。
 しかし、ルームメイトに無断で部屋を変えるなんていったら担任に疑われるかもしれない。
 どうしよう、と考え込んだときだった。隣にいた阿佐美が「先生」と口を開く。

「……荷物運びはこっちでやるので、先生の手伝いは結構です」
「え? お前ら二人で大丈夫か?」
「……はい。知り合いに荷物運びが得意な人たちがいるので」

 阿佐美の言葉ははっきりとしたものだった。あまりにもすぱっと断るものだから、担任がどこか寂しそうな顔をしていたがやがて担任は「わかった」と大きく頷くのだ。

「それじゃあ、荷物運びは自分たちでやるんだな。カートとか必要だったら貸し出しもできるから言えよ」
「はい、ありがとうございます」

 そんな二人のやり取りを眺めながら、俺はなんとなく阿佐美のいう荷物運びが得意な知人に嫌な予感がして仕方がなかった。


 ◆ ◆ ◆


「ゆうき君、あれでよかったんだよね」
「うん、ありがとう詩織……本当に助かったよ」
「流石に、夜はまずいだろうからね」

 担任と別れた俺達は、早速荷物を纏めるために学生寮へと向かっていた。
 本来ならば授業が始まった頃合いだろう。廊下には殆ど人気はなく、こんな風に堂々と帰ってるのがなんだか不思議な感じだった。
 隣に阿佐美がいるからだろう、一人のときのような後ろめたさなどはない。……サボりとあまり変わらないのだが、状況が状況だ。仕方ない、と自分に言い聞かせることが精一杯だった。

「……本当にありがとう、詩織」
「ゆうき君……」

 壱畝のこともだが、志摩のこともそうだ。阿佐美だって薄々気付いているのだろう、俺と志摩が完全に仲直りしたわけではないということを。
 それでも深くは聞かず、察してくれてるのだ。
 ……阿佐美にだって迷惑かけているのに。

 それから、俺達は言葉少なに学生寮へと戻ってきた。

 ――学生寮、333号室前廊下。

 携帯端末を取り出した阿佐美がどこかへ連絡と連絡すること数分後、阿佐美曰く荷物運びが得意な知人たちはやってきた。

「本当酷いと思わない? 俺だって忙しいのにさ。ま、齋藤君のお願いだっていうのならそりゃまあ俺はなんだってするつもりだけど、たまにはご褒美がほしいなー……なんて。俺が言いたいこと分かる? 齋藤君」
「わ……わかりません」
「なるほどねえ、本当君って俺のこと弄ぶのが上手なんだから。良いよ、なら俺が直接君に教えて……――」

「へえ、誰になにをどう教えるんだって?」

「なあ方人、教えろよ。ほら、さっさと説明しろよ。俺に」そう、詰め寄ってくる縁の背後。
 ぬっと現れた影に俺も縁も固まった。
 が、それも束の間。ぱっと俺から手を離した縁は何事もなかったようにいつもと変わらぬ人良さそうな笑顔を浮かべるのだ。

「あれ、伊織いたんだ。はは、いたんなら先に言えよ」
「居ちゃわりいかよ。……で? なんだっけ? 方人君は何を教えてくれるんだっけなぁ?」
「やだな、冗談だって冗談。ほらそんな危ないもの持っちゃダメだって。せっかくの伊織の綺麗な手に傷が入ったりでもしたら大変じゃん?」
「なら俺に無駄なことさせんじゃねぇよ。ユウキ君から離れろ、それは俺のだぞ」

 そう言うなり、伸びてきた阿賀松の手が肩を掴んでくる。そのまま縁から引き剥がされる俺に、「うーわ、独占欲強」と縁は肩を竦めるのだ。

「無駄なこととか言いながらわざわざ手伝いに来てんだもんねえ、こいつ。こういうの矛盾だと思わない? 齋籐君」
「うるせえ、散れ散れ。早く詩織ちゃんの手伝いしてこい」

 そうしっしと縁を追い払った阿賀松は、そのまま俺を引っ張って歩き出す。

「あ、あの……先輩……」
「あ? なんだよ」
「お、俺も手伝いに……」
「いいんだよ、テメェは。どうせろくなもんも運べねえだろ、その体じゃ」

 阿賀松の言葉に内心ぎくりとした。
 先日のことを言われてるのか、それとも俺の力がないことを言ってるのか……それともそのどちらもかもしれない。

「それより、付き合えよ。休憩だ休憩」

 休憩もなにも、実際に荷物を纏めたり運んでくれているのは殆ど仁科と縁だ。阿賀松に至っては今着たばかりではないのか。

「んだよ、その目は。嫌だってか?」
「い、いえ……っ!」
「だよなぁ? ユウキ君がんなこと言えわけねえよな。……じゃ、こっち来い」

 そう言う阿賀松に連れられてきたのは三階、最寄りのラウンジだった。授業中ということもあって利用者は俺達以外にはいない。
 阿賀松は一番奥のボックス席のソファーにどかりと腰を下ろした。そのまま隣をぽんぽんと叩く阿賀松に促されるまま、俺は渋々その隣に縮こまって座る。数人がけのはずなのに阿賀松に押しつぶされそうになりながら、俺は足が当たらないように股を閉じる。が、その分阿賀松は距離を詰めてくるのだ。

「結局詩織ちゃんと仲直りしたんだな」

 結局ソファーの端へ寄っても太ももがぶつかるくらいの距離まで追いやられ、俺は諦めた。
 そのままこちらを覗き込んでくる阿賀松に内心ギクリとした。
 昨日、阿賀松と阿佐美の部屋の前で出会ったときのことを思い出した。

「は、はい……」
「良かったな、詩織ちゃんが優しくて」
「……はい」

 何が言いたいんだ、この人。もしかして暗に責められてるのだろうか、と阿賀松を見たとき。ばちりと目が合ってしまう。

「お前の同室のやつ、名前なんだっつったっけ? 忘れた。けど、お前と中学同じだったよな」
「……っ」

 なんで知ってるのか、と驚いたが、元々この男は俺が虐められていたことも調べるようなやつだ。知っててもおかしくないのかもしれない。が、それは俺にとっては触れられたくないものだった。

「都合良いときばっか詩織ちゃんを頼るんだな、お前」
「……ッ、……」
「そんな震えんなよ、別に悪いことだって言ってねえだろ。寧ろ、行動力のねえお前がそこまでして避けたいやつって興味沸くよな」
「……そ、れは……」
「壱畝遥香」

 全身の毛穴が開き、汗が滲むような感覚を覚えた。
 思わず目を見開き凍りつく俺に、阿賀松はただこちらを見ていた。いつものだらしない下品な笑みもなく、ただこちらを見ていた。観察するような醒めた目。

「お前、あいつに虐められてたんだろ」

 それは疑問文でもなんでもなく、確信を得たような言葉だった。

「……っ、阿賀松先輩……」
「お前、馬鹿だよなぁ。……わざわざ頼み込む内容が『逃げるから手伝って下さい』って。んなことしてなんの解決になんだよ」
「それは……」
「最初から俺に言えばいいだろ、『あいつ、目障りなので二度と僕を虐めないようにしてください』って」

 汗が流れる。阿賀松から顔を逸らすことができなかった。
 安久も駆けつけたらしい、遠くで縁たちの声が聞こえてきた。このラウンジの中だけが別の空間のように、ゆっくりと体の芯から冷やしていくような冷たい空気が流れていた。

「可愛い恋人のためだ、俺だって甘えられて悪い気はしねえ」

「それとも、そんなこともしねえ冷たい男に見えたのか?」なんて阿賀松は笑う。何も言えなかった。そもそも俺はそんなことを考えていなかった、壱畝に報復なんて……そんなこと。
 鼓動とともにどくどくと心臓からたくさんの血液が押し流されていく。汗が滲む。視界が、目の縁が熱くなっていくようだった。

「……っ、それは――」
「ま、テメェが頼ったのは恋人の俺じゃなくて『詩織ちゃん』だったわけだけどな」

 そのときだった。阿賀松は立ち上がり、こちらを見下ろす。

「なら、俺の役目はねえな」

 そして、そう笑って阿賀松はそのままラウンジから出ていった。
 暫く俺はその場に残されたまま動けなかった。
 もし阿賀松の方から切り上げなかったら俺は、自分はなんと答えるつもりだったのだろうか。
 そんなことばかりがぐるぐると脳裏に残っていた。



 それから俺は阿佐美の部屋までやってきた。
 既に333号室の俺の荷物は運び出し終わり、それを新しい阿佐美との部屋に運び込む。
 阿賀松はああ言っていたが、流石に全て仁科たちに任せるわけにもいかない。俺も一緒になって衣類など詰め込んだキャリーバッグを運んでいた。
 部屋の中では一足先にやってきていた阿賀松が我が物顔でソファーに座って寛いでいた。なんなら部屋の持ち主である阿佐美よりも寛いでいた。

「それにしても、びっくりした。あっちゃんには言ってなかったと思うんだけど……」
「だよな。水くせーじゃねえか、詩織ちゃん。こんな素人使わずとも業者呼べばいいだろ」
「ぎょ、業者って……流石にそれは」
「ま、こいつらも似たようなもんか?」

 阿佐美も阿佐美で阿賀松が来るとは思ってなかった。
 業者扱いされた仁科は微妙な顔をしていたが、阿賀松たちと関わりたくないというかのようにせっせと働いていた。

「それに、俺は可愛い可愛い詩織ちゃんが困ってんだ。助けねえわけねーだろ」
「あれ、でも伊織さんこの前阿佐美の引っ越し手伝いのときいなかっ……」
「安久ちゃん、お前にはこの荷物を運ぶ権利をやる」
「わあ、ありがとうございます!」

 そして然り気無く話逸らされていることにも関わらず、持っていた段ボールの上に別の三箱一気に積み上げられる安久は満面の笑みを浮かべる。重くないのだろうか。

「ま、今日はたまたま暇だったから様子見に来ただけだ。ユウキ君が影でこそこそ頑張ってるみてえだったからな」

 そうこちらを見てくる阿賀松。先程とは打って変わって、そこにはいつもの笑みが浮かんでいた。

「それにしてもユウキ君、お前あっち行ったりこっち行ったり大忙しだな」
「あっちゃん……そんなこと言うなら、ゆうき君に絡むのやめてよ」
「絡んでねえよ、可愛がってやってんだ」
「……あっちゃん」
「んだよ、ユウキ君だって喜んでんだろ」

「なあ、ユウキ君」と突如矛先を向けられ、思わず「えっ」と言葉に詰まってしまう。
 阿賀松と阿佐美、二人の視線がこちらを向いた……ような気がした。

「い、いや……えと、……はい」
「返事が遅えな」
「は、はいっ!」
「声うるせえ」
「う……」
「あっちゃん……ユウキ君を虐めないで」
「ははっ! 妬いてんなよ、詩織ちゃん」
「や……ッ、違うから……ほら、ゆうき君も困ってるじゃん」

「ごめんね、ゆうき君」と阿佐美は阿賀松から俺を離してくれる。俺は大丈夫だとだけ応え、なるべく二人の邪魔をしないように部屋の奥、クローゼットの方へと向かった。
 阿佐美が今回のためにわざわざもう一つ用意してくれた空のクローゼットに、キャリーバッグから取り出した服をどんどんハンガーに掛けていく。
 そんなとき。

「本当、相変わらず仲いいよねえ。あの兄弟」
「……そうですね」

 通りかかった縁に話しかけられ、つい俺は反射で頷き返す。
 仲がいいと言われればなんとも言えないが……とそのまで考えて、さらりととんでもないことを縁が口にしたことに気付いた。

「……って、え? きょ、兄弟……?!」

 今、兄弟って言ったか。この人。

「あれ? なに? もしかして知らなかったの?」
「え、でも、名字」
「ああ、伊織の方が阿賀松に養子で引き取られてるからあの名字なんだよ」

 初耳だ。なんだそれ。
 そう言われてみれば一度阿佐美の顔を見たことがあったが阿賀松にどことなく似ていた。そういうことか。なんだそれ。

「へえ、まさか知らないなんてな。伊織のやつ、まじで齋籐君になんにも言ってないんだな」

 開いた口が塞がらない俺に、縁は更に止めを刺してくる。
 阿賀松はともかく、阿佐美もなにも言ってくれなかった。知られたくなかったのか。
 理由は分からないが、その事実にただ自分が部外者であることを突き付けられたような、そんな疎外感に包まれる。

「ま、あんなに目立つ二人なかなかいないからね。大体は見たら気付きそうなものだけど」
「……」

 笑う縁の声がやけに遠く聞こえる。
 阿佐美を一方的に責めるつもりは毛頭ないが、もし阿佐美と阿賀松が繋がっていて全てが筒抜けになっているかもしれない。その可能性があると考えると指先が震えてきた。
 そういえば、先程も阿賀松は壱畝の事を知っていた。もしかして俺が阿佐美に言った言葉が筒抜けになっているのか。
 ……阿佐美がそういうやつではないとわかっているだけに尚更、少しでもそんな風に疑ってしまう自分に嫌気が差した。

「齋藤君?」
「あ……は、はい……っ!」
「どうしたの? 急に黙り込んじゃって」
「い、いえ……なんでもないです」
「そう? 重たいもの持つなら手伝うからいつでも声をかけてね」
「……ありがとうございます」

 そう、縁は再び部屋を出て通路の方へと向かう。
 俺は阿賀松と談笑していた阿佐美の横顔を盗み見た。
 ……あまり考えないようにしよう。
 そもそも、阿佐美が公言しなかったのも知られたくなかったからかもしれない。
 こんな形で知ってしまった以上はどうしようもないが、色眼鏡で阿佐美を見るような真似だけはしたくなかった。
 俺は視線を外し、作業へと集中することにした。
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