74 / 368
六月四日目【催事】
08
しおりを挟む
場所は変わって生徒会室前。
逃げるように保健室を飛び出した俺は、そのまま早歩きで階段を駈け上がりここまでやってきた。
見世物らしい見世物がないせいか、他の階と比べて恐ろしく閑散とした廊下の途中――俺はあらかじめ約束したとおりに阿賀松に今から会長に会うと旨のメッセージを送信する。
そして携帯をしまい、そのまま生徒会室の扉をノックする。すぐに扉が開き、現れた会長に「入れ」と促される。
生徒会室には会長以外の役員の姿はなかった。
――会長と二人きりだ。
とうとうこのときが来てしまったのだ。震えそうになる手をぎゅっと握り締め、俺は会長に促されるがまま生徒会室へと足を踏み入れた。
「……お邪魔します」
「済まなかったな。バタバタと慌ただしくて。……座れ。疲れただろう」
そう会長に背中を押される。意識しすぎるあまり、ほんの少し触れられただけでも反応してしまいそうだった。
会長に誘導されるがまま、ソファーに腰を下ろす俺。
先程まで会長が使っていたのだろうか、ソファーはほんのり暖かい。そして目の前のテーブルの上には大量の紙とマーカー、新品らしき金槌が散らかっていた。
後夜祭で使うのだろうか。なんて思っていると、生徒会室中のカーテンを締め終えた芳川会長が近付いてくる。
「お茶とジュースどっちがいい」
「え、ああ、あの……じゃあ、麦茶で」
「わかった。すぐ準備しよう。それまでそこでゆっくり寛いでくれ」
言うなり、飲み物を用意しに生徒会室の奥へと向かう芳川会長。
静まり返った生徒会室内に、芳川会長が作業する物音と時計の針の音だけが響く。酷く落ち着かない気分だった。
結局芳川会長に全て任せる形になり、そのまま手ぶらでやってきてしまったが……。
待ってる間落ち着かず、もぞもぞと何度も膝を擦り合わせているとふと芳川会長が戻ってきた。その手には一人分のグラスが乗ったトレーともう片方の手には紙の束が抱えられていた。
芳川会長はグラスを目の前に置き、そのまま俺の隣へと腰を降ろした。僅かにソファーが軋む。
少し腕を動かせばぶつかってしまいそうな距離の近さに芳川会長のことを意識せずにはいられなかった。けれど、芳川会長はあくまで普段と変わらない。
このままで大丈夫なのだろうか。会長のことを疑っているわけではないが、あまりにもいつもと変わらない芳川会長に不安になってくる。
貰ったグラスを手にし、中に入ったお茶に口をつける。ちらりと芳川会長の横顔を盗み見ようとしたとき、不意に視線がぶつかった。
ぎくりとした矢先、「齋藤君」と名前を呼ばれる。
「は、はい……」
声が震える。声だけではない、喉や指先も。
真正面から顔を覗き込まれる。そして、すぐ目の前に迫る芳川会長の鼻先に心臓が暴れ出しそうになるのだ。
「あ、あの……っ、会長……っ?」
どくん、どくん。と、会長の耳にまで聞こえているのではないかと思えるほどの心音が響く。
それでも逃げ出すこともできない。どうすればいいのか分からず、石のように固まる俺に芳川会長はしっと人差し指を唇に押し当てた。
静かにしろ。
そう、確かに芳川会長の唇が動く。
慌てて口を噤んだとき、芳川会長は先程飲み物と一緒に持ってきた用紙を一枚めくった。
そこにはでかでかと太いペン字で書かれていた。
『これからこの紙に書いてある指示に従ってくれ。声を出すな。余計なことも言うな。』
書き殴ったような崩れた字だったが、確かにそう書かれていた。
突然始まった筆談に戸惑うが、俺はただ芳川会長に従うしかない。こくりと頷き返す。
すると芳川会長は二枚、三枚目の紙を持ち出し、俺の目の前に翳した。どうやら既にいくつかの用紙を準備していたようだ。
『今から身体検査をさせてもらう。君が阿賀松と接触したときやつからなにか仕掛けられた可能性がある。それを確認するだけだ。』
『この体勢はキツいだろうが少しの間だけ我慢してくれ。盗聴されている場合会話を途切れさせると怪しまれる可能性もあるので普段通り話してくれるとありがたい。』
相変わらず読みにくい字ではあるが、そこに書かれていた内容にただただ背筋が冷たくなる。
盗聴。
聞き慣れない、聞き慣れたくないその単語に緊張が走る。
通りで先程から芳川会長がなかなか本題には入らないと思えばそういうことだったのか。
……確かに、阿賀松にはべたべた身体を触られたがまさか盗聴機なんて。そう思いたかったが阿賀松のことだ、ないと断言することもできない。
言葉に詰まっていると、更にもう一枚芳川会長は用紙を取り出した。
『わかったら、小さく頷いてくれ』
先程の用紙にあった『身体検査』という単語が妙に気になったが、ここは素直に芳川会長に任せていた方がよさそうだ。カンペの豊富さに驚きながらも、俺は小さく頷き返す。
そんな俺に、会長は手にしていたカンペをテーブルへと置くのだ。
そして次の瞬間、手にしていたグラスを会長に取り上げられた。そのままテーブルの上へと置く会長。あ、と思った次の瞬間だった。
芳川会長が俺の膝の上に乗り上げてくる。
「……っ!」
膝の上に会長の体重を感じるよりも先に、伸びてきた手にネクタイを掴まれる。
なんで、とか、近い、とか。言いたいことは色々あったが、形のいい会長の指先がしゅるりとネクタイを解くのを見て息が止まりそうになる。
「っ、ぁ、の……っ」
「……随分と具合が悪そうだな。大丈夫か?」
脈絡のない『それらしい』会話。合わせろということなのだろう。「はい」となるべく自然に答えるつもりだったが、会長の指が第一ボタンに触れ声が上ずってしまう。
確かに身体検査とは言っていたが、会長に脱がされるとは予想していなかった。
せめて自分で脱ぎます、と会長にジェスチャーして伝えるが止められた。どうやら阿賀松が本当にになにかを仕掛けてるとしても、それに気付いてるのが芳川会長だけだと思わせなければならない……ということのようだ。
声の距離、動き、物音。全て聞き耳を立てている阿賀松に怪しまれないようにする。それならばもう実践した方が早いという結論に至ったようだ。
そう、先ほど見せられた芳川会長のカンペには書かれていた。凄まじい準備の良さだった。
……確かに阿賀松が盗聴器を仕掛けたときのことを考えれば最善の方法かもしれないが、もしそうでない場合を考えたら生きた心地がしない。
けれど、会長のことを頼ると言ったのは俺だ。恥ずかしいのは俺だけではない。ぐっと堪え、なるべく会長を意識せず済むように目を閉じる。これが悪手だった。
静かな場所と自分の置かれた状況のせいか、芳川会長の動作を意識せずに入られない。
「ふ、……ッ」
「………」
「……ん」
「……」
ぷちぷちと丁寧に外されていくボタン。胸元が緩められるのがわかり、薄く目を開けばすぐ側に芳川会長の顔があって息が止まりそうになる。
「大丈夫か」と小さく尋ねる芳川会長。その指は腹部のボタンを外す。それも演技なのか、それとも本当に聞いてくれてるのか。どちらにせよ、俺は「はい」と答えることしかできなかった。
どうやら、全てのボタンを外し終えたようだ。
そのままシャツを脱がされれば、その下に着ていた薄手のインナーシャツ一枚になってしまう。
そのシャツにまで手が伸び、まさかこれも脱がされるのかと身構えたが芳川会長は軽く服の上から体を調べるだけで終えた。それでも、こんな薄着で会長に触れられるだけでも冷静ではいられない。
俺は検査を終えると慌ててシャツを着直した。
顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしい。阿賀松の前で脱ぐのとはまるで訳が違う。
いそいそと袖に腕を通していたとき。
「そういえば今日は十勝の手伝いもしてくれたそうだな」
芳川会長の手が下腹部に手が伸びてきたと思った矢先、ベルトを掴まれぎょっとする。
「……っ」
脱がされそうになり、思わず会長の手を掴もうとしたがすぐに先程のカンペの内容を思い出す。
――あくまでも平静を装え。
あのカンペにはそう書かれていた。
つまり、この場違いな世間話に合わせろということだろう。
「手伝いっていうか……その、着いていっただけで……」
「いや、それだけでも十分助かった。一人いるだけでも十分だ、あいつには」
器用にベルトを緩められる。もうここまできたらされるがままだった。
気付けばソファーの上に芳川会長に押し倒されるような体勢になっており、そのまま腿を撫でるように掴まれれば息が詰まる。
「っぁ、あの……」
「すまなかったな、せっかくの学園祭なのに」
「いえ……っ、気にしないでください。あの、俺も楽しかったですので……」
いつもと変わらない他愛ない会話、なのに芳川会長の一言一言、一挙手一投足にかき乱される。
ベルトを引き抜いた会長はそのままそれを調べ、テーブルへと置く。その間、心許ない気持ちのまま芳川会長を見つめてると、ふと視線がぶつかった。
「君がそう言ってくれて助かるが……してもらうばかりでは悪い。今度また正式に礼をさせて貰おう」
会長の指が下腹部の奥、熱を持ち始めていたそこに触れる。そのままファスナーを摘み、下ろそうとしてくる芳川会長に「そんな、大丈夫です」と俺は小さく首を振るが芳川会長はそれを無視する。金属音の擦れるような小さな音を立て、そのまま摘みを下ろされた。
窮屈になっていた前を緩められ、顔をあげることもできなかった。
あろうことかこんな状況にも関わらず、否こんな状況だからだろうか。緊張のあまりに、下着の中で僅かに膨らみ始めていた下腹部が顕になる。
会長もこんな近くで見れば分かるだろう、それでもそんな俺を見て会長は眉一つ動かすことはなかった。
その代わり。
「別に遠慮しなくていい。……俺がしたいと言ってるんだ」
するりとスラックスのウエストを掴まれ、そのまま両足から引き抜かれる。身に着けてるものが靴下と下着と上だけになり、下着丸出しの下腹部に体が震えた。
「か、いちょう……っ」
流石に耐えきれず、必死にシャツの裾を引っ張って下腹部を隠そうとする。
こんなことならもう一サイズ大きめのサイズを用意してもらうべきだった。
そう後悔していると、伸びてきた会長にやんわりと手首を掴まれる。そのまま手をシャツの裾から離される。剥き出しになる下半身、膨らみに息を飲む。
「で、でも……っ、か、会長も……忙しいと思うので……」
「気にしなくてもいい。……君のためなら時間ぐらい用意する」
ああ、頼む見ないでくれ。耐えきれず、首を横に振って拒もうとするが会長はそのまま下着のウエストのゴムを引っ張られる。
「っ、会長……っ」
「不満か?」
「い、いえ……会長が、そう言うなら」
俺は構いません。口にはするが、流石にこれ以上はまずい。そう必死に会長の手を掴む。骨張った指先は力強い。俺の指先が震えてしまっているだけなのか。
だめです、会長。そう首を横に数回振れば、会長は諦めたように俺から手を離す。そしてテーブルの上から一枚のカンペを手にとり、それを突き出してくる。
『過度の抵抗は相手に悟られる可能性がある』
「……っ」
確かに会長の言葉は最もだ。これはあくまで身体検査なのだ。なにもやましいことはないはずだ。そう思うが、本当にこれ以上する必要あるのかという疑問が湧き上がる。
それ以上に、恥ずかしい。締め切られた部屋の中とは言え、明るい照明の下。必死に会長の手を握ったまま固まってると、会長は俺の耳元に口元を寄せた。
そして。
「……すぐ済ませる。少しの辛抱だ」
それはカンペではない、芳川会長の言葉だった。
俺にだけ聞こえるような囁く声に、その距離の近さに呼吸が浅くなる。
そうだ、わざわざ自分のためにしてくれている相手に対してこんな態度を取るのは失礼じゃないのか。いつもと変わらない芳川会長の優しい声に、こんなことくらいで恥じらっている自分が惨めな存在のように見えた。
……そうだ、勿体ぶるようなものでもない。
「……わかり、ました」
声が震える。必死に羞恥心を押し殺し、俺は会長の腕から手を恐る恐る離した。
逃げるように保健室を飛び出した俺は、そのまま早歩きで階段を駈け上がりここまでやってきた。
見世物らしい見世物がないせいか、他の階と比べて恐ろしく閑散とした廊下の途中――俺はあらかじめ約束したとおりに阿賀松に今から会長に会うと旨のメッセージを送信する。
そして携帯をしまい、そのまま生徒会室の扉をノックする。すぐに扉が開き、現れた会長に「入れ」と促される。
生徒会室には会長以外の役員の姿はなかった。
――会長と二人きりだ。
とうとうこのときが来てしまったのだ。震えそうになる手をぎゅっと握り締め、俺は会長に促されるがまま生徒会室へと足を踏み入れた。
「……お邪魔します」
「済まなかったな。バタバタと慌ただしくて。……座れ。疲れただろう」
そう会長に背中を押される。意識しすぎるあまり、ほんの少し触れられただけでも反応してしまいそうだった。
会長に誘導されるがまま、ソファーに腰を下ろす俺。
先程まで会長が使っていたのだろうか、ソファーはほんのり暖かい。そして目の前のテーブルの上には大量の紙とマーカー、新品らしき金槌が散らかっていた。
後夜祭で使うのだろうか。なんて思っていると、生徒会室中のカーテンを締め終えた芳川会長が近付いてくる。
「お茶とジュースどっちがいい」
「え、ああ、あの……じゃあ、麦茶で」
「わかった。すぐ準備しよう。それまでそこでゆっくり寛いでくれ」
言うなり、飲み物を用意しに生徒会室の奥へと向かう芳川会長。
静まり返った生徒会室内に、芳川会長が作業する物音と時計の針の音だけが響く。酷く落ち着かない気分だった。
結局芳川会長に全て任せる形になり、そのまま手ぶらでやってきてしまったが……。
待ってる間落ち着かず、もぞもぞと何度も膝を擦り合わせているとふと芳川会長が戻ってきた。その手には一人分のグラスが乗ったトレーともう片方の手には紙の束が抱えられていた。
芳川会長はグラスを目の前に置き、そのまま俺の隣へと腰を降ろした。僅かにソファーが軋む。
少し腕を動かせばぶつかってしまいそうな距離の近さに芳川会長のことを意識せずにはいられなかった。けれど、芳川会長はあくまで普段と変わらない。
このままで大丈夫なのだろうか。会長のことを疑っているわけではないが、あまりにもいつもと変わらない芳川会長に不安になってくる。
貰ったグラスを手にし、中に入ったお茶に口をつける。ちらりと芳川会長の横顔を盗み見ようとしたとき、不意に視線がぶつかった。
ぎくりとした矢先、「齋藤君」と名前を呼ばれる。
「は、はい……」
声が震える。声だけではない、喉や指先も。
真正面から顔を覗き込まれる。そして、すぐ目の前に迫る芳川会長の鼻先に心臓が暴れ出しそうになるのだ。
「あ、あの……っ、会長……っ?」
どくん、どくん。と、会長の耳にまで聞こえているのではないかと思えるほどの心音が響く。
それでも逃げ出すこともできない。どうすればいいのか分からず、石のように固まる俺に芳川会長はしっと人差し指を唇に押し当てた。
静かにしろ。
そう、確かに芳川会長の唇が動く。
慌てて口を噤んだとき、芳川会長は先程飲み物と一緒に持ってきた用紙を一枚めくった。
そこにはでかでかと太いペン字で書かれていた。
『これからこの紙に書いてある指示に従ってくれ。声を出すな。余計なことも言うな。』
書き殴ったような崩れた字だったが、確かにそう書かれていた。
突然始まった筆談に戸惑うが、俺はただ芳川会長に従うしかない。こくりと頷き返す。
すると芳川会長は二枚、三枚目の紙を持ち出し、俺の目の前に翳した。どうやら既にいくつかの用紙を準備していたようだ。
『今から身体検査をさせてもらう。君が阿賀松と接触したときやつからなにか仕掛けられた可能性がある。それを確認するだけだ。』
『この体勢はキツいだろうが少しの間だけ我慢してくれ。盗聴されている場合会話を途切れさせると怪しまれる可能性もあるので普段通り話してくれるとありがたい。』
相変わらず読みにくい字ではあるが、そこに書かれていた内容にただただ背筋が冷たくなる。
盗聴。
聞き慣れない、聞き慣れたくないその単語に緊張が走る。
通りで先程から芳川会長がなかなか本題には入らないと思えばそういうことだったのか。
……確かに、阿賀松にはべたべた身体を触られたがまさか盗聴機なんて。そう思いたかったが阿賀松のことだ、ないと断言することもできない。
言葉に詰まっていると、更にもう一枚芳川会長は用紙を取り出した。
『わかったら、小さく頷いてくれ』
先程の用紙にあった『身体検査』という単語が妙に気になったが、ここは素直に芳川会長に任せていた方がよさそうだ。カンペの豊富さに驚きながらも、俺は小さく頷き返す。
そんな俺に、会長は手にしていたカンペをテーブルへと置くのだ。
そして次の瞬間、手にしていたグラスを会長に取り上げられた。そのままテーブルの上へと置く会長。あ、と思った次の瞬間だった。
芳川会長が俺の膝の上に乗り上げてくる。
「……っ!」
膝の上に会長の体重を感じるよりも先に、伸びてきた手にネクタイを掴まれる。
なんで、とか、近い、とか。言いたいことは色々あったが、形のいい会長の指先がしゅるりとネクタイを解くのを見て息が止まりそうになる。
「っ、ぁ、の……っ」
「……随分と具合が悪そうだな。大丈夫か?」
脈絡のない『それらしい』会話。合わせろということなのだろう。「はい」となるべく自然に答えるつもりだったが、会長の指が第一ボタンに触れ声が上ずってしまう。
確かに身体検査とは言っていたが、会長に脱がされるとは予想していなかった。
せめて自分で脱ぎます、と会長にジェスチャーして伝えるが止められた。どうやら阿賀松が本当にになにかを仕掛けてるとしても、それに気付いてるのが芳川会長だけだと思わせなければならない……ということのようだ。
声の距離、動き、物音。全て聞き耳を立てている阿賀松に怪しまれないようにする。それならばもう実践した方が早いという結論に至ったようだ。
そう、先ほど見せられた芳川会長のカンペには書かれていた。凄まじい準備の良さだった。
……確かに阿賀松が盗聴器を仕掛けたときのことを考えれば最善の方法かもしれないが、もしそうでない場合を考えたら生きた心地がしない。
けれど、会長のことを頼ると言ったのは俺だ。恥ずかしいのは俺だけではない。ぐっと堪え、なるべく会長を意識せず済むように目を閉じる。これが悪手だった。
静かな場所と自分の置かれた状況のせいか、芳川会長の動作を意識せずに入られない。
「ふ、……ッ」
「………」
「……ん」
「……」
ぷちぷちと丁寧に外されていくボタン。胸元が緩められるのがわかり、薄く目を開けばすぐ側に芳川会長の顔があって息が止まりそうになる。
「大丈夫か」と小さく尋ねる芳川会長。その指は腹部のボタンを外す。それも演技なのか、それとも本当に聞いてくれてるのか。どちらにせよ、俺は「はい」と答えることしかできなかった。
どうやら、全てのボタンを外し終えたようだ。
そのままシャツを脱がされれば、その下に着ていた薄手のインナーシャツ一枚になってしまう。
そのシャツにまで手が伸び、まさかこれも脱がされるのかと身構えたが芳川会長は軽く服の上から体を調べるだけで終えた。それでも、こんな薄着で会長に触れられるだけでも冷静ではいられない。
俺は検査を終えると慌ててシャツを着直した。
顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしい。阿賀松の前で脱ぐのとはまるで訳が違う。
いそいそと袖に腕を通していたとき。
「そういえば今日は十勝の手伝いもしてくれたそうだな」
芳川会長の手が下腹部に手が伸びてきたと思った矢先、ベルトを掴まれぎょっとする。
「……っ」
脱がされそうになり、思わず会長の手を掴もうとしたがすぐに先程のカンペの内容を思い出す。
――あくまでも平静を装え。
あのカンペにはそう書かれていた。
つまり、この場違いな世間話に合わせろということだろう。
「手伝いっていうか……その、着いていっただけで……」
「いや、それだけでも十分助かった。一人いるだけでも十分だ、あいつには」
器用にベルトを緩められる。もうここまできたらされるがままだった。
気付けばソファーの上に芳川会長に押し倒されるような体勢になっており、そのまま腿を撫でるように掴まれれば息が詰まる。
「っぁ、あの……」
「すまなかったな、せっかくの学園祭なのに」
「いえ……っ、気にしないでください。あの、俺も楽しかったですので……」
いつもと変わらない他愛ない会話、なのに芳川会長の一言一言、一挙手一投足にかき乱される。
ベルトを引き抜いた会長はそのままそれを調べ、テーブルへと置く。その間、心許ない気持ちのまま芳川会長を見つめてると、ふと視線がぶつかった。
「君がそう言ってくれて助かるが……してもらうばかりでは悪い。今度また正式に礼をさせて貰おう」
会長の指が下腹部の奥、熱を持ち始めていたそこに触れる。そのままファスナーを摘み、下ろそうとしてくる芳川会長に「そんな、大丈夫です」と俺は小さく首を振るが芳川会長はそれを無視する。金属音の擦れるような小さな音を立て、そのまま摘みを下ろされた。
窮屈になっていた前を緩められ、顔をあげることもできなかった。
あろうことかこんな状況にも関わらず、否こんな状況だからだろうか。緊張のあまりに、下着の中で僅かに膨らみ始めていた下腹部が顕になる。
会長もこんな近くで見れば分かるだろう、それでもそんな俺を見て会長は眉一つ動かすことはなかった。
その代わり。
「別に遠慮しなくていい。……俺がしたいと言ってるんだ」
するりとスラックスのウエストを掴まれ、そのまま両足から引き抜かれる。身に着けてるものが靴下と下着と上だけになり、下着丸出しの下腹部に体が震えた。
「か、いちょう……っ」
流石に耐えきれず、必死にシャツの裾を引っ張って下腹部を隠そうとする。
こんなことならもう一サイズ大きめのサイズを用意してもらうべきだった。
そう後悔していると、伸びてきた会長にやんわりと手首を掴まれる。そのまま手をシャツの裾から離される。剥き出しになる下半身、膨らみに息を飲む。
「で、でも……っ、か、会長も……忙しいと思うので……」
「気にしなくてもいい。……君のためなら時間ぐらい用意する」
ああ、頼む見ないでくれ。耐えきれず、首を横に振って拒もうとするが会長はそのまま下着のウエストのゴムを引っ張られる。
「っ、会長……っ」
「不満か?」
「い、いえ……会長が、そう言うなら」
俺は構いません。口にはするが、流石にこれ以上はまずい。そう必死に会長の手を掴む。骨張った指先は力強い。俺の指先が震えてしまっているだけなのか。
だめです、会長。そう首を横に数回振れば、会長は諦めたように俺から手を離す。そしてテーブルの上から一枚のカンペを手にとり、それを突き出してくる。
『過度の抵抗は相手に悟られる可能性がある』
「……っ」
確かに会長の言葉は最もだ。これはあくまで身体検査なのだ。なにもやましいことはないはずだ。そう思うが、本当にこれ以上する必要あるのかという疑問が湧き上がる。
それ以上に、恥ずかしい。締め切られた部屋の中とは言え、明るい照明の下。必死に会長の手を握ったまま固まってると、会長は俺の耳元に口元を寄せた。
そして。
「……すぐ済ませる。少しの辛抱だ」
それはカンペではない、芳川会長の言葉だった。
俺にだけ聞こえるような囁く声に、その距離の近さに呼吸が浅くなる。
そうだ、わざわざ自分のためにしてくれている相手に対してこんな態度を取るのは失礼じゃないのか。いつもと変わらない芳川会長の優しい声に、こんなことくらいで恥じらっている自分が惨めな存在のように見えた。
……そうだ、勿体ぶるようなものでもない。
「……わかり、ました」
声が震える。必死に羞恥心を押し殺し、俺は会長の腕から手を恐る恐る離した。
50
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる