天国か地獄

田原摩耶

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五月五日目【庇護】

01

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 朝起きると、ベッドが広いことに気付いた。
 ここ最近阿佐美が潜り込んでることが多かったお陰か、当たり前であろうそれに違和感を覚えつつ目を覚ます。
 ……阿佐美は、いないのか。
 体を起こし、辺りを見渡したとき、丁度洗面室の扉が開くところだった。現れたのは、制服に着替えた阿佐美だ。驚く俺に気付いたようだ、阿佐美は少しだけ擽ったそうな顔をする。

「変なところ、ないかな」
「な、ないよ。……いい、と思う」

 本当はちょっと寝癖がついてるが、そんなこと今の俺の目には入らなかった。阿佐美が制服を着てることが純粋に、嬉しかった。
 ……もしかしたら、昨日からの俺の不調を心配してくれたのだろうか。
 だとしたら申し訳ないが、純粋に阿佐美と登校できるかもそれないというのは有り難い。
 ……志摩とのこともあったからこそ余計、そう思うのかもしれない。
 俺も阿佐美を待たせないように制服を着替えることにする。
 それにしても、何時に起きたのだろうか。普段ならまだ寝てるはずの阿佐美が俺よりも早く起きて、早く準備を済ませてるなんて。
 ……案の定、ソファーの上に座って待ってる阿佐美はあくびを噛み締めていた。……眠たそうだ。

「ごめん、お待たせ」

 阿佐美がうたた寝をしない内に慌てて制服へと着替えた俺はベッドの横に置いてあった鞄を手に取り、阿佐美に声を掛けた。
 阿佐美はハッとした様子で姿勢を正し、そして、「大丈夫だよ」と頷いた。目元が見えないのでわからなかったが、もしかしたらもう既に寝かけていたのかもしれない。思ったが、敢えて突っ込むのはやめておく。
 昨日、ゆっくり休めたお陰だろう。体は前日に比べたら調子がいい。痣はまだ取れないが、それでも痛みは大分引いた。
 それだけでも気分はましだった。……まあ、だからとはいえ心配事は尽きないのだが。
 阿佐美とともに部屋から出たとき、扉の横に人影が有ることに気付いた。
 ずっと待っていたのか、壁に凭れていた志摩は俺の姿を見るなりこちらへと振り返る。

「おはよう齋藤」

 そう、俺に近付いてくる志摩。昨日同様、右目部分は白い眼帯で覆われている。痣が広がってるようだが、その色は大分薄れてるようだ。顔の腫れも大分引いてるように見えた。
 俺と志摩のその間に立つようにして部屋から出てきた阿佐美は「おはよう」と志摩に返す。
 瞬間、にこやかなその志摩の笑顔は凍りついた。
 なんでこいつがいるんだよ、と言いたいのだろう。睨んでくる志摩の視線を敢えて流しつつ、俺は志摩から離れる。

「……随分と早起きなんだね、今日はゲリラ豪雨にでもなるのかな」
「今日は降水率10%だよ」
「知ってるよ、そんなこと」

 相変わらず険悪な二人だが、この場に阿佐美がいてくれてよかったと思わずにはいられない。
 志摩と二人きりなるのは、本音怖かった。怖いというか、志摩といると、緊張してしまう。以前、それほどまでには感じなかった緊張感や息苦しさのようなものが、実態を帯びて絡みついてくるような……そんな気分になるのだ。
 だけど、間に阿佐美がいてくれる。それだけで、まだブレーキになってくれている、ような気がした。
 少なくとも流石の志摩も阿佐美の前で妙な真似をしてくることはないだろう。
 チクチクと突き刺さる視線は、ないことにはできないが……。

「齋藤、朝は何が食べたい?」
「……俺は、別に、なんでも……」
「それじゃあ食堂でいいよね。この時間帯ならまだ空いてるだろうし」
「……うん」

 志摩の切り替えも中々だと思う。
 もしかしたら喧嘩になるかもしれないと思ったが、すぐに志摩は阿佐美の存在を無視して俺に話しかけてくるのだ。それでも、こちらに向けられた視線に棘がないといえば嘘になる。
 けれど、あくまでいつもと変わらない態度で距離を詰めてくる志摩に、俺もつい普通に答えそうになるのだ。

「それじゃあ、行こうか」

 俺の方しか見ずに志摩はそう微笑む。わざと阿佐美を視界に入れないようにしてる気がしないでもないが、変に喧嘩になるよりはこうしてくれた方がいいのだろうか……?
 志摩の考えなんてわからない。俺は、一先ずその意見に賛同する。
 食堂に向かう途中、志摩の言うとおりあまり生徒の姿は多くは見かけなかった。
 普段よりも三十分ほど早く行動しているからだろう、人の目が少ないのは確かに嬉しい。
 今度から早起きするのもいいかもしれない、そんなことを考えながらも俺たちは沈黙の中、食堂前までやってきた。と、その時だ。
 食堂に続く蝶番の扉の前、見覚えのあるやけに目立つ三人組を見つけた。……否、三人組と一括にするのも悪いかもしれない。

「いい加減にしろよ、お前、さっきから会長に向かって何様のつもりだ? あぁ?!」
「何様もなにも、僕はただ善意で言ってあげてるだけだけど?……ねえ、会長さん、男には興味ないの? 僕、アンタの好きそうなオススメのいい子、知ってんだけど」

 どうやら、というよりも案の定揉めているようだ。
 女子と呼ぶには線がごつい女装男子もとい櫻田と、櫻田に掴みかかられるピンク頭の男、安久。そして、安久の視線の先にいるのは、芳川会長だ。

「……また、面倒なのが」

 志摩が口に出した横で、阿佐美が小さく頷いた。どうやら、二人ともこのメンツに対する認識は共通してるようだ。俺も同じ気持ちである。
 会長には悪いが、ここはやっぱり巻き込まれるよりも前に退散すべきではないだろうか。そう、志摩にアイコンタクトを送ろうとしたときだった。
 安久の目が、こちらを向いた。そして、やつの顔に凶悪な笑みが浮かぶ。
 ――丁度いいところに。そう、微かに安久の唇が動いたような気がしたのを見て、俺は猛烈な嫌な予感を覚えた。
 逃げよう、条件反射で後退った矢先だ、伸びてきた安久の手に肩を掴まれる。そして会長たちの前に放り投げるように引っ張り出された。

「齋藤佑樹。……こいつはどう? 確か、齋藤佑樹……お前、会長のこと好きだって言ってただろ」
「な、な、何言って……」
「役立たずのグズと性悪メガネ、お似合いの二人じゃないか」

 会長がこっち見てる。会長だけではない、阿修羅像のような顔をした安久に、不可解なものを見るかのような目をした志摩、そして……阿佐美。
 俺はもう、安久が何言ってるのか全くわからなかった。ただ、それぞれの反応を見て察し、血の気が引いた。
 顔が、熱くなる。安久の言葉に、すぐに否定しきれない自分に、周りの目に、頭がパンクしそうだった。
 名指しをされたにも関わらず、芳川会長の態度はあくまで変わらなかった。

「やめないか、周りの生徒の邪魔になる」
「流石模範生、他人の気持ちよりも体裁気にするんだ」
「んだと? このクソピンク野郎、そろそろまじでぶっ殺すぞ!!」
「……おお、怖い怖い。よく吠えるワンちゃんだね、飼い犬の吠えグセくらいなんとかしてほしいところだけど……」

 これ以上は本気で食い掛かりそうな櫻田の気迫を感じたのか、安久は立ち去ろうとする。そして、立ち去り際、安久に背中を叩かれた。

「ああ、そう言えば、伊織さんが放課後は開けておけってさ」

「僕は確かに伝えたから」それだけを言い残せば、安久はそのまま阿佐美や志摩の間を擦り抜けて立ち去った。
 ……迅速に立ち去るのは賢明な判断だとは思う。

「二度とその面見せんじゃねえぞ!!」

 が、せめてこの怒り狂う男に一つくらいフォロー入れてほしかったというのも本音だ。
 ……それにしても、どういうつもりなのか、安久のやつ。動きがない俺に発破掛けに来たつもりだろうが、余計波風を立てられた俺としては溜まったものではない。
 それに、阿賀松からの伝言。……今日の放課後にまた何か聞かれることは違いないだろう。
 そう考えるだけで、酷く気分が悪くなる。
「齋藤、だいじょう……」
「大丈夫か」

 志摩が声を掛けるのを遮るように、側にやってきた会長に手を取られる。
 叩かれたと思ったのか、背中を擦られ驚いて顔をあげれば、会長と目があった。

「行く必要はない。……放課後は生徒会室に来ればいい」

 ……聞こえていたのか、会話。
 俺だけに聞こえるくらいの声量で耳打ちされ、俺はハッとする。すぐに答えることができず、暫く固まっていた俺に会長の手はすぐに離れた。

「……巻き込んでしまって済まないな。……櫻田、お前も挑発に乗るな。あの手の挑発には慣れてる、一々相手にしていては身が保たんぞ」
「でも会長、なんなんすかあいつ、本当気に食わねーあのピンク頭! 似合ってねえんだよ髪痛んで禿げろッ!!」
「口を慎め櫻田。……他の生徒もいる、行くぞ」
「はースッキリしねえな……クソ……っ」

 どうやら帰り際だったらしい。まだ納得してなさそうな櫻田だったが会長に言われると逆らえないらしい。
 連れられていく櫻田は、通り過ぎる直前にこちらを睨み、そしてそのまま通り過ぎて行く。
 なんとなく櫻田の目が気になったが、一先ずは辺りに静けさが戻り、安堵する。
 が、全てが終わったわけではなかった。

「随分と、会長に気に入られてるみたいだね」

 隣にやってきた志摩に声を掛けられ、びくりと緊張する。
 口元は笑っているはずなのに、こちらを見るその目は少しも笑っていない。だからこそ余計不気味で、嫌な汗が滲んだ。

「……別に、俺が……転校生だから気にかけてくれてるだけだよ」
「どうだか。……齋藤はよく思わせぶりな態度取っては勘違いさせるみたいだしね」
「志摩」

 見兼ねた阿佐美が志摩を止める。
 その様子を見て、志摩は「こんな風にね」と肩を竦めて笑うのだ。

「ゆうき君に言いたいことがあるならハッキリ言えばいいだろ」
「別に、俺は思ったこと言ってるだけだからね。それとも何、今度は齋藤のナイト気取りなの? ……掛け持ちはキツイんじゃない?」

 たった一言だった。
『掛け持ち』という単語に、阿佐美が反応したように見えた。伸びた前髪の下、僅かに覗いたその目には見たことのない怒りが滲んでいる。
「短気なところはそっくりだ」とクスクス笑う志摩に、何がなんだかわからない俺だったが阿佐美の様子からして志摩が酷いことを言ってるのはわかった。
 怖いが、このまま放っておけば本当にただ事じゃなくなりそうな気がして、「やめなよ」と慌てて志摩を止めようとする。それが余計な真似だったようだ。

「その様子じゃ、齋藤にも言ってないんだね。まあ、言えるわけないか、そんなこと知られちゃったらさ、仲良くご飯なんて無理だろうしね。……俺なら、齋藤と一緒にいられないよ」

 言い終わるよりも先に、阿佐美が志摩の胸倉を掴む方が早かった。まさか、と目を疑う。
 阿佐美が、怒ってる。……あの温厚な阿佐美が。

「し、詩織!!」
「……驚いた、アンタでも怒るんだ」
「……そうだね、俺も驚いたよ。……こんなしょうもない挑発に乗るなんて」

 バカバカしい、と阿佐美は志摩から手を離した。
 そこで殴り合いにならずにほっとしたが、それでも、鼓動は収まらない。

「し、詩織……」
「……驚かせてごめん、もう、大丈夫だから」

 恐る恐る阿佐美に声を掛ければ、そう言って阿佐美は俺の頭を撫でる。優しい手付き、申し訳なさそうな阿佐美だったが、志摩に向けるその目は冷たい。

「言いたきゃ言えばいい。……都合悪いのは、お前も同じだろ。……亮太」
「……あーあ、やだやだ、ムキになっちゃってさぁ……これだからやなんだよ、アンタらは」

 緩めた口元とは裏腹に、露骨な嫌悪を滲ませる志摩は阿佐美に掴まれ、乱れた襟を直す。
 一発触発なその空気に、慌てて俺は二人の仲裁に入る。二人を止めるような屈強な筋肉があるわけでもなければ、口が回るわけでもない。それでも止めなければ、という思いが先走った。

「っ、二人とも……喧嘩は……」
「やだなぁ、喧嘩じゃないよ、別に」
「……」
「……ごめん、心配させて、大丈夫だよ」
「……」

 本当、だろうか。
 二人の様子からして今のでお互い納得したようにも見えないし、蟠りは確かにそこにあるのに、二人とも敢えてそれに触れないようにしてるとしか思えない。
 俺たちの、否、俺の周りにだけ分厚い壁が立ち塞がっているみたいで、孤独感にも似たようなものを感じずにはいられなかった。
 ……俺は転校してきたばかりだから、二人のことも何も知らないし、転校前のことなんてもっての外だ。文字通り蚊帳の外。けれど、わざわざ自分から厄介事に踏み入れるのもおかしな話だ。
 俺は、何も言えなかった。
 暫くの沈黙の末、二人は何事もなかったかのように食堂へと足を踏み入れる。俺はその後を追った。
 寂しい、と思うのはお門違いだろう。けれど、なんだろう……モヤモヤする。

 食堂内も大分空いているように見える。
 四人座りのテーブルに、右隣に志摩、向かい側に阿佐美が座る形になっているが……落ち着かない。
 適当な料理を頼んだはいいが、肝心の料理が運ばれてきてもあまり食欲がそそられなかった。
 美味しそうなことには違いないのだが、何故だろうか、昨日の夜から物を入れてないのにも関わらずお腹がいっぱいになのだ。
 取り敢えず一口食べてみるが、味がしない。
 理由は、わかっていた。

「それにしても齋藤、会長さんに安久にって、本当面倒なのに目を付けられるよね」
「……そ、れは」
「転校生だから? ……本当にそれだけなのかな」

 それだけを言い、志摩はパンを齧る。
 向かい合わずに座るのは、直接相手の顔を見ずに済むと思っていたのだが右隣からチクチクと刺さる視線は近い分、余計居心地悪く感じてしまう。

「それにしても、会長さんがああいう風に贔屓するのって珍しいね。……元々ああまで露骨に一般生徒を贔屓するようなタイプじゃないでしょ。本当に転校生って理由だけなのかな?」
「……そんなこと、言われても……」
「齋藤、何かした?」
「し、してないよ!」

 慌てて否定したあまりに、声が裏返ってしまう。
 いきなり大声を出してしまったせいで、近くの生徒が何事かとこちらを見た。俺は、慌てて咳払いをして、俯く。

「……会長だって人間だよ、ロボットじゃないんだから、必ずしも全員に無関心ってわけじゃないんだろ」
「へえ、阿佐美は会長さんが齋藤に惚れたとでも言うんだ」
「…………何でもかんでもそういう話に持っていくのはどうかと思うよ。普通に、友好的な態度だと思うけど」
「ふーん……」

 阿佐美がフォローしてくれたお陰で一先ず志摩は落ち着いたらしいが、納得したわけではなさそうだ。
 横目に見てくる志摩に、なんだか落ち着かない気持ちになる。
 会長に、好かれている。とは、思う。……でなければわざわざ一緒に食事に行こうと誘ってもらえるとは思わない、けれど阿佐美の言うとおりだ。会長に優しくしてもらえるのは確かに嬉しいし有り難いと思うが、志摩や……極端な話縁のようなそれとは違うのは明らかだ。

「何度も言うけどさ、会長とは関わらない方がいいよ」
「っ、そんな、こと……」
「友達だから心配してるんだよ」

 友達、という単語に、思わず俺は志摩を見た。
 至近距離、志摩と目が合う。珍しくその目は、笑っていない。真剣な顔をした志摩に、俺は言葉を失った。
 確かに、芳川会長と親しくなるに連れ、阿賀松や親衛隊の反応が日に日に悪化しているのは分かっていた。
 現に、芳川会長に贔屓されてると汲んだ阿賀松からとんでもない命令をされているのも事実だ。

「違う、俺が言ってるのは……会長さんにって意味だよ」

 押し黙る俺から何を感じたのか、志摩は静かに続ける。
 一瞬、時間が停まったような気がした。

「どういう意味だよ、それ」
「へえ、俺のことは興味ないのに会長さんのことは気になるんだね」
「……っ」

 どうして、こういう言い方をするのだろうか。
 そういうわけではない、と言えばいいのだろうが、咄嗟に反応することができなかった。

「否定しないんだ」
「別に、そんなつもりは……」
「どうだか、齋藤は誤魔化すのが下手だからね」
「……志摩、いい加減にしろよ」

 阿佐美は、多分、いや間違いなく、いいやつなんだと思う。食事の手を止め、そう仲裁に入る阿佐美に、志摩はというと悪びれる様子もなくひらりと手を広げた。

「なに? ただ俺は齋藤と仲良くしてるだけなのに」
「少なくとも俺にはそうは見えないよ。……ゆうき君が困ってる」
「困ってなんかないよ」

「ね、齋藤」と、細められた瞳がこちらを向く。
 微笑みかけられ、俺は咄嗟に俯いた。
 答えなくていいとでもいうかのように、阿佐美は息を吐いた。

「……そういうのが困らせてるんだって」
「だとしたら阿佐美だってそうなんじゃないの? ……齋藤齋藤言ってるわりに、結構勝手だもんね、お前」

 その志摩の一言に、阿佐美の口元が引き締まる。表情が、強張るのを見て、慌てて俺は首を横に振った。

「そ……っんなこと……ないよ」
「優しいね、齋藤は。阿佐美相手に気を遣わなくてもいいのにさ、俺には冷たいのに」
「違う、そんなんじゃ……なくて……」

 何を言っても伝わらない。責められる度に胸の奥が苦しくなって、それだけで、具合が悪くなりそうだった。
 噛んでも味がしない食事は、最早喉を通ることすらできなくなっている。

「……ごちそうさま」

 俺は、手にしていた箸をプレートに置く。
 そのまま席を立ち、片付けをしようとする俺を見て志摩は驚いたように目を細めた。

「え、齋藤全然食べてないじゃん」
「……食欲、ないから」
「そんなんじゃ午後まで保たないよ。ほら、これあげるから、これだけでも飲みなよ」

 そう言って志摩が差し出してきたのは、志摩が飲もうと買っていた野菜スムージーだ。
 正直見ただけでも胸がこってりきたのだが、「それとも、飲ませてほしいの?」と続ける志摩に俺は渋々それを受け取った。

「……っ、わかったよ……」

 刺さった太めのストローを咥える。見た目よりは味はあっさりしてて飲みやすい。けど、本当に俺がもらっていいのだろうか。
 ちらりと志摩を見れば、志摩は俺が飲んでるのをただじっと見てる。居たたまれなくなって俺は視線を外した。
 今度は、向かい側の席で心配そうな顔をした阿佐美と視線ががち合った。……ような気がした。

「……ゆうき君、具合が悪いの?」
「……いや、そんなんじゃない……と思う……」

 元々食が太いわけではない。
 人に責められながら食事をする気にはとてもじゃないがなれない、そう言ってしまえばまたひと悶着起きそうなので俺は敢えて何も言わなかった。
 けれど、それを理由に一先ず喧嘩やめてくれたのは……喜ぶべきなのだろうか。心配してくれる二人に、なんだか俺は素直に喜べないような、よくわからない気分になっていた。

 それから喧嘩という喧嘩はなく、ネチネチとした志摩の言動は相変わらずだったが時折阿佐美が話題を変えてくれたお陰でその矛先が俺から阿佐美へ変更されたりと阿佐美に助けられることにはなった。
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