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カースト最下位落ちの男と生徒会副会長。

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 俺の言葉が最初理解できなかったようだ、一番ケ瀬の表情が凍りつく。

「……待てよ、なんでそうなるんだ?」

 一つずつ説明してくれ。
 そう自身を落ち着かせるかのように一番ケ瀬はゆっくりと息を吐き、そして俺を見る。そこに普段俺に見せていた明るい笑顔はない。

「お前、生徒会に顔出してないんだってな。……俺に付きっきりなせいで」
「……八雲先輩か。あの人は大袈裟に言うところがある、気にしなくていい」
「けど、どちらにせよこのままずっと俺に付きっきりってわけにもいかないだろ。もし、リコールされたら……いや、もっとお前の立場が悪くなったらどうするんだよ」

 それだ、そこが一番俺にとっての懸念点だった。
 俺一人が我慢してどうにかなる話なのだ、これは。それを、こいつは俺のために自分まで犠牲にしようとしてる。

「……立場って、大袈裟だな」
「大袈裟じゃない。あの何考えてるか分からない会長さんならやりかねないだろ」

 なんたっていきなり四軍を作って、ほぼ会ったことのない俺にそれを押し付けてくるような男だ。
 今更他の生徒を四軍に落とすと言われてもおかしくはない。

「十鳥お前、俺のことを心配してくれてるのか?」
「あ、当たり前だろ……」
「そうか、ありがとな」
「ありがとなじゃなくてだな、俺は――……」
「けど、俺はお前を放っておくつもりはないよ」

「お前がなんて言おうともな」そう、そっと俺の手を取った一番ケ瀬は微笑むのだ。
 ああ、なんなのだこいつは。人が本気で心配してるのに何故寧ろ嬉しそうなのだ。お前のことだぞ。
 言いたいことはたくさんあったのに、あまりにも嬉しそうな顔をする一番ケ瀬に思わず言葉に詰まってしまった。

「……お、お前……そうじゃないだろ」
「そうだよ。俺は別にリコールされても構わないよ」
「俺が嫌だ」
「一軍の友達が減るからか?」
「そうじゃないに決まってんだろ!」

 あまりにも笑えない冗談を一番ケ瀬が口にするものだから、自分でも驚くほど大きな声が出てしまう。目を丸くした一番ケ瀬はすぐに「悪い」と小さく呟いた。

「……そうだよな、お前はそういうやつだ。俺の立場なんて関係なく俺と仲良くしてくれた」
「一番ケ瀬、お前……」
「けど、悪いが十鳥、お前の頼みでもその願いは聞き入れられない」

 それはきっぱりとした言葉だった。
 俺の手を握り締めたまま、一番ケ瀬は真っ直ぐにこちらを見てそう断言したのだ。
 あまりにも迷いのない、真っ直ぐな目。嘘やその場しのぎではないと分かったからからこそ余計胸が苦しくなるし、歯がゆくなった。

「……っ、なんでだよ、なんでそこだけ頑固なんだよ」
「なんでだと思う?」
「分かるわけ、ないだろ」

 そう口にしたとき、「お前が好きだから」とあいつはなんとなしに口にした。

「お前が好きだからだよ、十鳥。なあ、俺はお前が守れるんだったら別に自分がどうなってもいいと思ってるんだよ」

 まるで好きなデザートの種類を述べるような、そんな軽い口調で。けれど、向けられた視線はこちらから逸らされないままで。
 だから、代わりに俺が顔を逸した。俯いて、顔を掌で覆う。

「……お前、なんで今それ言うんだよ」
「お前が知らないふりするからだ。俺の気持ちは知ってただろ」
「……っ、だとしてもだよ。――俺は、」

 そう口を開けた時。「ああ、待ってくれ」と一番ケ瀬に言葉ごと遮られる。
 今度はなんなのだ、と顔を上げれば、目があった一番ケ瀬は少しだけ眉尻を下げた。

「その先は聞きたくない」
「……勝手なやつだな」
「ああそうだな。俺は案外勝手なやつだよ、知らなかったか?」

 開き直るやつがいるか、馬鹿一番ケ瀬。
 そう睨めば、一番ケ瀬は笑う。そして俺を抱き締めるのだ。

「……それに、元はといえばこうなったのも俺のせいだ。責任くらい取らせてくれ」
「責任を感じるくらいだったら俺の言うことを聞けよ、今すぐお前は俺を放っておけ。それから、生徒会にも顔出せよ」
「そんなことしたら一人になったお前を誰が守るんだ?」
「自分の身くらい自分で守れる」
「それであんな目に遭ったのにか」

 思わず一番ケ瀬の顔を見たまま口籠った。なにも言えなくなる俺に「悪い、言い過ぎだ」と一番ケ瀬は小さく付け足した。

「……どちらにせよだ、俺は覚悟の上だしお前のためなら別にどうなろうが構わないと思ってる。これ以上、十鳥がなにを気にする必要がある?」
「それは……っあるだろ、色々」
「色々?」
「……お前に助けられっぱなしなのは嫌だ」

 一番ケ瀬に引き出され、そして自分で口にしてそこでようやく気付いた。
 俺は何一つ一番ケ瀬に恩返しもできていない。貰ってばかりで、返すことも返すものもなかった。そんな俺の言葉に対し、一番ケ瀬は「そんなことか」と笑うのだ。

「わかった。お前は俺に借りを作るのが嫌なんだな」
「そういう言い方やめろ、……そうだけど」
「じゃあ、俺と付き合ってくれ」

 またなにかを言い出した。
 そんなこと言ってる場合か、と呆れそうになったが一番ケ瀬は撤回する様子はない。それどころか、至って真面目な顔をして俺を見下ろすのだ。

「俺の恋人になってくれ、十鳥」
「恋人、って」
「俺と付き合えば、――恋人同士なら一緒にいるのもお前のことを優先させるのもなんらおかしくはない。なんなら、恋人を守るという立場だけで牽制することだってできる」

「俺にとってもお前にとっても悪くない話だと思うけどな」どうだ、と一番ケ瀬は続ける。
 ……一応これ、告白されてるんだよな。
 そう思わず自分に尋ねてしまうほど、一番ケ瀬の言葉は告白というよりも“提案”に近い。
 俺が特別ロマンチストというわけでもないはずだ。けれど、確かに胸の中に浮かんだのは喜びよりも違和感だった。

「確かに、そうだけど……けど」
「けど、なんだ?」
「お前はそれでいいのか」

 少なからず俺にとって付き合うというのはお互いに好き合いのが前提だと思っている。
 一番ケ瀬のことは、好きだ。けれどそれはあくまでも友人としてで、恋愛対象として見たことはない。そして一番ケ瀬もそのことを知ってるはずだ。

「別に構わないよ、俺は」

 あいつは、いつもと変わらない笑みを浮かべて続ける。

「確かに十鳥が俺のことを好きで、その上で付き合えたら最高だと思うけどな。……けど、別にそれは後からでもいいだろ」
「後からって、なんだよ」
「最初は形だけでいい、って話だ。後から好きになってくれてもいいし、卒業してからなかったことにしてもいい」
「……」

 ――卒業まで。
 今までは漠然と考えていたが、そうだ。そもそもこの学園を卒業すればカースト制度からも解放されるのだ。
 その期間、一番ケ瀬と付き合う。そうすれば少しはこの立場から逃れることができるというのか。本当に?

「もし、仮にだ。俺が付き合うと言ったとして、そしたら……ちゃんと生徒会にも顔出してくれるのか?」
「……可愛い恋人からの頼みなら考えるかもな」

「ふざけるなよ」と一番ケ瀬の胸を軽く叩けば、一番ケ瀬は小さく笑う。そして、そのまま俺の手に指を絡めるのだ。
 するりと重ねられる一番ケ瀬の指先。指の谷間を撫でられ、思わずひくりと喉が鳴る。

「お前がそこまで本気で俺に応えてくれるって言うんなら、そりゃな。俺もお前を守れる立場にいなきゃなとは思うよ」
「……なんで、俺なんだ?」
「は? ……今その話か?」
「今だろ、というか、俺には分からない。なんでお前がそこまでしてくれるのか……」

 純粋な疑問を口にすれば、一番ケ瀬は「まあ、お前はそうだな」と何故だが楽しげに笑っていた。

「けど、それは秘密だ」
「秘密って」
「恥ずかしいから」
「……なんだよそれ」
「それで? どうするんだ?」

「俺は一応どちらでもいい。お前が何を選んでも、今更俺は十鳥に失望するわけでも落ち込むわけでも逆恨みするわけでもないしな」今までと同じだ、と一番ケ瀬は静かに続けるのだ。
 それでも向けられる視線には確かに期待が孕んでる。キラキラと光ってて、眩しくて、俺には直視することができなかった。

「……本当に、俺でいいのか?」
「お前がいい」
「嫌になったら、すぐ言えよ」
「おい、なんで先に終わる前提で話すんだよ」
「――……」

 ああ、嫌だ。むずむずする。
 言葉だけだ。そうわかってるはずなのに自然と緊張してしまっている自分がいた。
 一番ケ瀬も言っていた、周りの認識が変わるだけで、俺たち自身の関係はなにも変わらないと。

 だから、俺は一番ケ瀬の手を恐る恐る握り返した。

「……よろしく、お願いします」

 そう口にした瞬間、伸びてきた一番ケ瀬の手に思いっきり抱き締められる。息苦しいものなんてものではない、骨が砕けるかと思った。
 ただでさえ図体デカイ一番ケ瀬を受け止めることができず、バランスを崩した俺はそのままリビングの床に尻もちをついた。そんな俺にお構いなしに抱きしめたまま、一番ケ瀬は笑った。

「ああ、任せとけ。――全部俺に任せとけ、十鳥」

 太陽のようにキラキラとした笑顔で、そう一番ケ瀬は頬を赤くして嬉しそうに笑ったのだ。
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