アダルトな大人

田原摩耶

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よいこの御主人様倶楽部

ボンテージと鞭と今夜の献立

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 ……って待て、そういえばさっきさらっとなんか聞き捨てならないことを言われた気がする。

「…え、じゃあ今向坂さん……SMクラブで勤務してるってことですか?!」
「っていっても内勤……ボーイってやつね。でも彼、Мの素質ありそうだからキャストでもありだよねえ」
「そんな羨……っい、いや、通りで最近向坂さんの姿を見ないなと思ったらそんなことに……」
「原田さん、ぽろぽろ本音が漏れてますよ」

 確かに向坂さん、似合いそうだな。と思わず納得しかけてしまった。
 紀平さんの言葉を聞いてからというもの、もう俺の頭の中はいつの日か見た動画でいっぱいになっていた。笹山の生暖かな視線が痛い。
 一人戦慄いていると、ソファーの背凭れに深く体を預けた四川は「はっ」とこちらを見て笑う。

「クソ雑魚童貞のお前が女風は無理だろ。寧ろ金払う側じゃね?」
「う、うるせえ! 俺はなんも言ってねえだろ!」
「顔に書いてんだよ、どうせエロ漫画知識で考えてんだろ童貞」
「ちちち、ちげえし! 動画だアホ! バーーカ!」
「ああ……図星を刺されてしまって原田さんの悪口のボキャブラリーが貧相に……」

 四川のやつ、人のことを散々馬鹿にしやがって。
 俺だって頑張れば……頑張れば……いやSMってなんだ……?!
 やばい、知恵熱が出てきそうだ。ボンテージと鞭と蝋燭に脳が支配されていく。

「はは。まあまあ。でも少なくともかなたんには向いてないだろうね。キャストは」
「き、紀平さんまで……」
「かなたんはうちで働くのがいいよ、ね?」

 そう隣にやってきた紀平さんに肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。その顔に浮かんでるのはいつもの爽やかな笑顔だが、なんだろうか。なんだか妙な圧があって俺は首を縦に振るのが精一杯だった。
 バーに残っていたアイスをそのまま一口で齧った紀平さんは「よく言ったね、偉い偉い」と俺から手を離した。そのまま立ち上がり、ゴミ箱へと木の棒っきれを捨てる。

「ってことで、今度菊乃さんが来たら俺はいないって言っておいてね。あと、菊乃さんからなんか言われても断っていいから」

「そんじゃ、よろしく~」そう俺達の反応を見ることなく休憩室を出ていく紀平さん。ばたんと閉まる扉。
 紀平さんがいなくなったあと、俺達は無言で目を合わせた。

「紀平さん、やっぱ菊乃さんと揉めたな」
「詮索するのは野暮だよ、阿奈。……原田さん? どうしたんですか?」
「え、い、いや……なんでもねえ……」

 SMか。
 どうしても実家での嫌な記憶が呼び起こされるため避けてきたジャンルではあったが、なんとかトラウマを克服した今の俺ならばいける気がしてきた。
 ……今夜はSMもの探すか。

「ほっとけ笹山、どうせ今夜のオナネタ考えてんだろ」
「あ?! なんでわか……ってちげーよ、お前じゃあるまいし……! 職場だぞ!」

「原田さん……」と憐れむような笹山の目と「アホ」とシンプル悪口吐き捨てる四川から逃げるように俺はそのまま休憩室を飛び出した。
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