アダルトな大人

田原摩耶

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土砂降り注ぐイイオトコ

襲い受けの定義

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 ――笹山を襲え。

 そう店長に命じられた俺は店内へと戻り、笹山の姿を探していた。

 その時の俺はというとこのあとの祝勝会で頼む肉と酒のことでいっぱいだった。認めよう。
 けれど勿論、その第一には笹山のこともある。
 なんでもするということに二言はないが、一人になって改めて『襲うってなんだ』という疑問が沸いてきていた。

 まああれだ、要するに痴女・逆レイプモノで見かけるあれみたいなことか……って、そんなこと俺できんのか……?
 いや、深く考えるな。こういうのは勢いが大事なんだし……。

 そう一人ぶつくさ呟きつつ、脳内シミュレーションしながら歩いていると棚の奥に笹山の姿を見つけた。
 こちらに気付いていないようだ。
 そのまままたどこかへ行こうとしていた笹山に、俺は慌てて「あ、笹山……っ!」と駆け寄ろうとした。
 瞬間、爪先になにかがぶつかる。なんだと思ったら丁度踏み台がそこにあった。
 躓く俺。傾く俺を振り返り、ぎょっとする笹山。
 こんな狭い通路で転んだら商品棚ぶちまけてしまう、と死を覚悟して目を瞑ったときだった。

「危ない……っ!」

 伸びてきた手に体を引っ張られる。
 高い棚でも陳列された商品たちの中でもなく、暖かくて硬い感触に全身が包み込まれた。
 そして、今は嗅ぎ慣れたお菓子みたいな甘い匂い。顔を上げずとも誰の香りなのか分かってしまう。

「……大丈夫ですか、原田さん」
「さ、笹山……ありがと……」
「いえ……でも、店内で走ったら危ないですよ。今みたいに転倒して怪我でもしたら大変です」

 ごもっともだった。
 脇の下を掴まれ、そのままそっと立たされる体。
 そのままアホみたいな顔をして笹山を見つめてると、俺の視線に気づいた笹山は「……すみません」と慌てて俺から手を離した。

「そういえば、なにか俺に用だったんですか?」

 少し気まずそうに聴いてくる笹山。
 俺は先程の店長の言葉を思い出し、ハッとした。
 そうだった、ここでぼやぼやしている場合ではなかった。
 笹山を襲うという重大任務が俺に与えられていたことを思い出す。

「そうだ、笹山……!」
「はい、なんですか?」
「え、えーと……えーとだな、そのぉ……」

 ノープランは流石にまずかったか。
 どうしようどうしようと辺りを見渡したが、ヒントなんて転がっているわけでもなく。

 ええい、こうなったらヤケクソだ。
 そう俺は目の前の笹山に抱き着く。
 瞬間、先程まで優しかった笹山の表情が「え」と凍りつくのが見えた。

 わかる、そうなるのもわかる。なんだったら今俺もそんな顔になってる。

「は、原田さん?! な、なにを……っ」
「笹山、す、す……すす…………いつもありがとな!」

 好き、は流石に俺にはハードルは高かったので感謝と好意だけ伝えれば「え、それはどういたしまして……」と動揺しつつも応えてくれる笹山。いいやつか。

「って、どうしたんですか原田さん。ここ、店内ですよ……っ!」
「お、俺に聞かないでくれ……っ! ほら、なんかこう……むらっとして……」
「今このタイミングでですか?!」

 だよな、流石にそれは脈絡なさすぎるよな!

 もうだめだ、俺の煮詰まった脳味噌を絞ってももうなんも出てこねえ。
 斯くなる上は、と俺は更にぎゅうっと笹山に抱き着いた。
 瞬間、笹山の鼓動が跳ねるのを感じる。「原田さん」と困惑したように声を振り絞る笹山にチクチクと罪悪感が刺されるが、悪い笹山。俺にはこうすることしかできないのだ。お前と焼き肉のためなんだ。

「う、うう~~……っ、笹山、頼む……俺から逃げないでくれ……避けないでくれ……」
「は、原田さん……けど、それでは」
「分かってる、俺もお前も危ねーかもしれないんだよな」

 理由もなく笹山が避けるようなやつではないと俺がよく一番知ってる。こいつはいいやつなのだ。お菓子くれるし、ご飯も上手いし。

「……だから、俺に協力してくれないか」

 そして、俺はそのまま顔をあげる。
 こうやってまじまじと笹山の顔を見たのも久しぶりな気がする。
 笹山はこちらを見下ろしたまま、「原田さん」と小さく唇を動かした。

「店長から言われたんだ、いい方法があるって」
「……それは、一体」
「詳しくはわかんねーけど、けど、その方法がさ……」

 そのままそっと背伸びし、笹山の耳元に唇を寄せる。

「……お前を襲えって言われたんだ」
「え」
「だから、……手伝ってくれないか」

 笹山、と小さく名前を呼ぶ。
 流石に俺も笹山も『襲う』というのがイコールなんなのかは理解してるつもりだ。
 だからこそ、目を見開いた笹山は迷うように目を逸した。

「……取り敢えず、場所を移動しましょう」

「流石にここでは、お客様の邪魔になりますので」そう、腰に回された手にどきっとしながらも俺はこくこくと数回頷いた。
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