曖昧なパフューム

宝月なごみ

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未熟な関係

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 普段の朱夏からは想像もできない、乱れた姿。貴人の胸が、ドッドッと激しく脈打った。

 彼の知る朱夏は、まじめで少し不器用で、失恋で食欲をなくすほど純粋な年上の女性だ。しかし……。

『もっと……もっと、悦くして、ねえ、博己さん……っ』

 白い素肌をわななかせ、朱夏はますます乱れていく。秘部をかきまわすのとは別の手が、ふくよかな胸を掴んで、立ち上がった赤い粒を引っ掻く。

 その官能的な姿にくらくらしていると、貴人はふと、朱夏の目から涙があふれていることに気づく。

『ねえ、捨てないで……っ。こんなに、好き、なのに……わたし……っ』

 喘ぎよりも悲痛な泣き声が目立つようになるのと同時に、彼女の体から熱と興奮が冷めていくのがわかった。

 濡れた指はいつしか足の間から引き抜かれ、その手は泣き顔を覆って隠した。

 ごろりと横向きに寝返りを打った朱夏の背中が、ひっくひっくと小刻みに震える。

『博己、さん……っ』

 その瞬間、誰だか知らないがその〝ヒロキさん〟という男に、無性に腹が立った。

 近頃彼女に元気のない原因は、そいつのせい違いない。どういうつもりなんだ。俺の大切な同居人をこんなふうに泣かせて、体まで蝕んで。

 貴人は今一度、悲しみに暮れる朱夏の背中に視線を注ぐ。

 この手であの滑らかな肌に触れたら、少しは朱夏を癒すことができるだろか。

 正直、その時の気持ちは恋愛感情というより、飼い主の痛みに寄り添いたいと願う、忠犬のような心境だった。

 ギイ、と軋んだ音を立てて扉を開けると、朱夏の背中がビクッと震える。買い物に行ったはずの貴人が戻ってくるなんて夢にも思わなかったのだろう。

『朱夏さん』

 声を掛けると、背中を向けたままでゆっくり上半身を起こした彼女が、おそるおそる首を動かして貴人の姿をとらえる。

 羞恥で顔を真っ赤にし、唇はぶるぶると震えている。貴人が〝見ていた〟ことに、瞬時に気がついたようだった。

『貴人くん……どう、して』

 朱夏は絞り出したような掠れ声で言いながら、今さらのようにブランケットを引き寄せ体を隠す。

『ごめんなさい、見るつもりはなかったんです……傘を借りようと思って』

 ばつが悪そうに語った貴人に、朱夏は無理やりに作った笑顔で自嘲する。

『そう……。軽蔑したでしょう。未練たらしく失恋相手を想って、あんなことするなんて』
『そんな、軽蔑なんて』
『いいの。私自身が、こんな自分は大嫌いだから』

 相変わらずぎこちない笑顔で強がる朱夏の姿に、貴人の胸はきつく締めつけられた。

 無理に笑う必要も、自分を嫌いになる必要もない。

 弱くても情けなくても、あなたはあなたでいい。どうしたらそれを伝えられるだろう。

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