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⑪この感情の名は
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三日三晩、不眠不休の禊に始まり、還俗するための神への謝罪の神句、神殿に残る神官らからの喝と言う名の暴力。
身嗜みも満足に整えられずに明けた四日目の朝、グレイルは長らく共にあった青みが掛かった腰まであった髪を、ヨウル神官長の手により切られ、錫杖と神官服の返還を並み居る神官らの前で行い、彼自身は青年貴族の正装である、黒のストレートチップの靴に、同じく黒のベスト、白いシャツ。
白いシャツの襟には同じく白い刺繍糸でこれからの人生が良いものでありますようにとの祝福を込められた柊とオリーブの模様が施されている。
「長い間、ハーシュラ様への信仰、民への慈しみ、よくぞ勤めあげた。これよりは己の道を己で見つけ、歩んでいくがよい」
翠色のリボンで肩までの長さに切られた髪を結われ、神殿の重く固く閉ざされていた扉が、少年神官見習いらの手によって引き開かれ、眩しいほどの光が神殿に入り込んできた。
肩を軽く、優しく促すように叩かれ、跪いていた姿勢から真っ直ぐに立ち上がり、開かれた扉から外へと歩いていく。
神官見習いの少年らは、神殿に数いる神官らの中で一番穏やかで優しく、時期神官長とも呼び声も高かった人物の還俗が未だに受け入れられないのか、涙ぐんでいる者が多かったが、彼の瞳の中にある、確かに幸福そうな光と熱に、これからの人生の幸福を願った。
カツリ、カツリ。
石の床を叩く靴の音が、ざりっと、砂を踏む音に変わった時。
「やぁ、おかえりグレイル。いや、これからはスーデン伯爵と呼ぶべきかな?」
「お帰りなさいませ、グレイル様。お帰りを今か今かとお待ちしておりましたわ」
グレイルの妻となる少女マリエッタと、腹違いの弟である王子、シュタットの出向いに、グレイルは微笑みかけたが、ピクリと眉宇を顰めた。
二人は仲が良さそうに腕を組み、その後ろではげっそりと妙に疲れている風情のエヴァが、疲れた笑みを浮かべ、その目は澄み切った青い空を見上げているが、何も見えていないだろうな、と、グレイルは推察する。
そんなことより。
「どうしてお二人が一緒に?」
「おや、何か問題でも?私と彼女は婚約破棄はしたが、友人関係までは辞めたつもりはないよ、ね、マリー」
「腐っても千切れない腐れ縁なだけですわ」
嘘を吐かないで下さいましな、と、親し気に腕を組みながら上目遣いに、隣の男を睨み上げる少女の姿に、グレイルの胸の奥にカッと熱い塊が生じ、それと同時にどろどろとした黒い何かが蠢いた。
それを見逃すような男ではないのが、国一番食えない男であるシュタットである。
マリエッタはそんな幼馴染にも似た関係の男の今の心の内を想像して、仕方のない人、と、呆れも含んだ笑みを唇に浮かべ、組んでいた腕を外し、一歩前に踏み出た所で、まるで暴風に攫われるかのような強さで、グレイルの胸元へと抱き寄せられていた。
瞬きの間もない一瞬の出来事に、マリエッタは自分でも知らぬうちに、うっとりとした幸福感と、歪な愉悦感を憶え、すりっと、抱き寄せた男の胸に甘えるように頬ずりをしてみせたが、突如己の中に生まれた暴力的な感情に支配されかかっている男には、甘やかな感情はなく、ただ、黒い何かに操られるがままに妻となることが決まっている少女を異母弟の目から隠すようにして、公爵家の門が刻み込まれた馬車に乗るなり、乱暴に扉を閉め、馭者に馬車を出すように鋭く短い言葉で命じた。
身嗜みも満足に整えられずに明けた四日目の朝、グレイルは長らく共にあった青みが掛かった腰まであった髪を、ヨウル神官長の手により切られ、錫杖と神官服の返還を並み居る神官らの前で行い、彼自身は青年貴族の正装である、黒のストレートチップの靴に、同じく黒のベスト、白いシャツ。
白いシャツの襟には同じく白い刺繍糸でこれからの人生が良いものでありますようにとの祝福を込められた柊とオリーブの模様が施されている。
「長い間、ハーシュラ様への信仰、民への慈しみ、よくぞ勤めあげた。これよりは己の道を己で見つけ、歩んでいくがよい」
翠色のリボンで肩までの長さに切られた髪を結われ、神殿の重く固く閉ざされていた扉が、少年神官見習いらの手によって引き開かれ、眩しいほどの光が神殿に入り込んできた。
肩を軽く、優しく促すように叩かれ、跪いていた姿勢から真っ直ぐに立ち上がり、開かれた扉から外へと歩いていく。
神官見習いの少年らは、神殿に数いる神官らの中で一番穏やかで優しく、時期神官長とも呼び声も高かった人物の還俗が未だに受け入れられないのか、涙ぐんでいる者が多かったが、彼の瞳の中にある、確かに幸福そうな光と熱に、これからの人生の幸福を願った。
カツリ、カツリ。
石の床を叩く靴の音が、ざりっと、砂を踏む音に変わった時。
「やぁ、おかえりグレイル。いや、これからはスーデン伯爵と呼ぶべきかな?」
「お帰りなさいませ、グレイル様。お帰りを今か今かとお待ちしておりましたわ」
グレイルの妻となる少女マリエッタと、腹違いの弟である王子、シュタットの出向いに、グレイルは微笑みかけたが、ピクリと眉宇を顰めた。
二人は仲が良さそうに腕を組み、その後ろではげっそりと妙に疲れている風情のエヴァが、疲れた笑みを浮かべ、その目は澄み切った青い空を見上げているが、何も見えていないだろうな、と、グレイルは推察する。
そんなことより。
「どうしてお二人が一緒に?」
「おや、何か問題でも?私と彼女は婚約破棄はしたが、友人関係までは辞めたつもりはないよ、ね、マリー」
「腐っても千切れない腐れ縁なだけですわ」
嘘を吐かないで下さいましな、と、親し気に腕を組みながら上目遣いに、隣の男を睨み上げる少女の姿に、グレイルの胸の奥にカッと熱い塊が生じ、それと同時にどろどろとした黒い何かが蠢いた。
それを見逃すような男ではないのが、国一番食えない男であるシュタットである。
マリエッタはそんな幼馴染にも似た関係の男の今の心の内を想像して、仕方のない人、と、呆れも含んだ笑みを唇に浮かべ、組んでいた腕を外し、一歩前に踏み出た所で、まるで暴風に攫われるかのような強さで、グレイルの胸元へと抱き寄せられていた。
瞬きの間もない一瞬の出来事に、マリエッタは自分でも知らぬうちに、うっとりとした幸福感と、歪な愉悦感を憶え、すりっと、抱き寄せた男の胸に甘えるように頬ずりをしてみせたが、突如己の中に生まれた暴力的な感情に支配されかかっている男には、甘やかな感情はなく、ただ、黒い何かに操られるがままに妻となることが決まっている少女を異母弟の目から隠すようにして、公爵家の門が刻み込まれた馬車に乗るなり、乱暴に扉を閉め、馭者に馬車を出すように鋭く短い言葉で命じた。
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