2 / 4
第1章 擬装された封印
第2話 消えた記憶、消えない想い - 黒い塊を壊せ -
しおりを挟むユウヤさまの口から発せられたお言葉は。
「レイラさま。これより他に、貴女さまを生かす道はございません。封印を拒否なさるなら、討伐を受け入れていただかなくてはなりません。
…ですが、討伐は消滅を意味します。それは絶対に避けなければなりません。封印だけが最後の望みなのです。
受け入れ難いことは承知のうえで申し上げます。封印を受け入れてくださいませ」
なにを仰っているのでしょう?
わたくしの恨み。憎しみ。
ここに至るすべての過程を、ユウヤさまはご覧になっている。
最大の嘆きが貴方さまだったことも、ご存じのはず。
- 討伐されたくなければ、封印を受け入れろと? -
確かにユウヤさまは生きておられた。
だからと言って、ユウヤさまが現れれば、わたくしが人間の罪をすべてが許し、封印を受け入れるとでも? 他の狭姫族の皆の生死すらわからぬのに?
- ユウヤさま?
…死にかけたショックで、頭がネジが数本吹っ飛んでしまわれたのですか?
誰も知らぬ土地を見つけ、結界を設け、共に生きる。狭姫族の生き残り…例え僅かであっても…、繋ぎの取れる日を待つ。帰るその日を待つ。
わたくしは、ユウヤさまからそのようなお言葉を頂けるとばかり思っておりました。
貴方さまだけはお味方だと。
それが、封印か討伐かと…。
なるほど。貴方さまもやはり人間だったのですね。そうであればそのように考えるのも納得です。
重ねて申します。どちらも受け入れる義理はございません。それが例え、ユウヤさまの手によって為されるのだとしても、です。 -
私の答えに、ユウヤさまは目を瞑りました。
そして、諭すように仰います。
「いまのレイラさまは、何も見えてらっしゃらないのです。絶大な力を持つ貴女さまが、狭姫族の皆が、どのような経過でこのような窮地に陥ったか、貴女さまも身を以てご存知でしょう?」
それは…確かに。
小賢しい人間にまんまと嵌められ、魔族と戦わされ、あのような手段によって力を奪われ、拘束された。
ただこの力を、人間の意のままにしたいがために。
- 同じ手を二度食らうなど、愚かな真似は致しません。
わたくしは力を取り戻しております。人間の本性もはっきりと見極めました。あのような愚かな計画、卑劣な罠に引っ掛かる可能性など、万に一つもございません。
…例えユウヤさまであっても、討伐や封印を迫られるのであれば、この場で戦うことも厭いません。 -
如何に強くとも、生身の人間のユウヤさま。
多少手心を加えてしまうかも知れませんが、長くとも数分でそのお命を頂戴することだって、造作もありません。
これは、最後通牒でございます。
ユウヤさまですから特別に、考える時間を差し上げましょう。
いま去るのならば、見逃して差し上げましょう。
しかし、ユウヤさまは仰いました。わたくしをまっすぐに見つめて。
「レイラさま。私は貴女さまを討伐するつもりはございません。討伐するくらいならば、喜んで貴女に討たれましょう。
しかし。
しかしでございます。
人間を甘く見てはなりません。確かに貴女は大国を数日で滅ぼしました。
…けれども貴女はたった一人。
人間はこの地上に数千万とおります。
一人一人の力は弱くとも、人間は集団で戦略を立て、集団で統率をとり戦う知能を有しております。
裏をかき、策を弄することも軽々とやってのけます。
力を発する時間に限りがあり、補う時間が必要な貴女を、時を見計らい攻勢を仕掛けるなど、造作もないことなのです。
いま封印と申しますのは、そうでもしなければ貴女さまが本当に死んでしまう…
そのような事態は絶対に回避しなければならないのです!」
わたくしを討てない。わたくしを討つくらいなら、自分が討たれよう。
ユウヤさまは、まっすぐわたくしを見つめ、そう仰いました。
少しだけ、胸が温かくなりました。
でも。
あとに続いたお言葉は、折角灯った温かさを急速に冷やしました。
攻撃の無い折を見計らい、一斉に攻勢をかける。ええ。そうするでしょうね。数だけは多い人間、その作戦は最適解と言えましょう。
愚かなユウヤさま。それくらいは見越しておりますわ。
休む間は結界を展開しております。人間など、近づくことすらかないません。
いまは、ユウヤさまなればこそ結界を開けました。
他の方ならばそんなことは致しません。
それに、ユウヤさまがお持ちの器。それは永遠の封印…例え天変地異が起きようとも、例え神々であっても解くことができない、「完全封印」の器でしょう?
完全封印は、「寿命」の概念の無い、道を外した天上界の神や、アンデットのような生命を持たぬ者の活動を、永遠に止める目的として作られたものです。
彼らにとっては討伐道具を意味しているのです。
そんな完全封印と討伐。何の違いがございましょうか?
- 仰りたいことは理解いたしました。しかしいままで、休息時の結界が破られたことはございません。破ろうとした者はすべて、死を与えておりますわ。わたくしが人間に討たれるなど万に一つも…
「それが間違っているのです!」
ユウヤさまが叫ぶように仰いました。
間違っている?何を指しておられるのですか?
わたくしが動き出してからは、誰も影すら追えなかったでしょう。結界に手の触れられるところまで近づけた者も、ユウヤさま以外にはいらっしゃらないのですよ?
「貴女さまは、守られていたのです!」
守られていた?何をおっしゃっているの?
そんなことがあったとしても、誰に?…神々でございましょうか?
しかし神々の声は、もはや数千年前から届いておりません。
「違います。お忘れですかレイラさま。
ある一人の人間でございます。
川に流され森の中の川岸に打ち上げられていた貴女さまを、お救いになった魔術師でございます」
人間?
人間が、完全に力を復活させたわたくしを守る?
狭姫族を人間が守る?
そのようなこと万に一つも…
「レイラさま。貴女さまがこの世界を炎と破壊に包むため動き出したあと、幾つか焦土とすることが出来なかった地がございますね?
一つは、私との思い出の場所の数々。そしてもう一つ。何故か、旧王国の南の森の一部だけは、焼き尽くされることはなかった。全く害が及ばなかった。しかも、周辺が焼け野原になった後、その森は無数の薬草が絶え間なく育つようになった。
ご自身が焼き尽くさなかった森があることを、覚えていらっしゃいませんか? 私はその噂を耳にした時確信したのです。
何らかの理由により、レイラさまの記憶からは消えているかもしれないが、あの森に何か大事なものがあったのではないか、と」
確かに、ユウヤさまとの思い出の深い数々の場所。それはわたくしにとっての聖地です。ゆえに、破壊はしませんでした。
そして、もう一つの場所…何もない森ではありましたが、何故か心に引っ掛かりを覚え、焼き払うことができませんでした。
「レイラさまとお会いする前の事です。私はその森であるお方とお会いしました。そして破壊が始まった後、再びそのお方とお会いしました。その時、その方がレイラさまとお会いした、と。
レイラさま。思い出せませんか?」
記憶の片隅を探ります。
ふと、記憶の繋がりの中に、黒い黒い塊のようなものが鎮座し、時間の繋がりを分断しております。
これは何でしょう?とても気持ちが悪い塊です。この塊を開かねば。
意識を集中し、塊に様々な術をかけ開封を試みます。
精巧で、解析に苦労しますね。
開封の術に、複合と組み換えが必要なようです。難しい術ではありませんが、高い精度と練度で構成されています。
次第に手ごたえが返ってきます。
…ん?んん???
塊の前後の記憶が、変わっていく…
変わった光景は、前後が分断され、全く繋がりません。
この間にある塊を崩さねば…
更に意識を集中させると…
次第に塊が霧となり、その向こうにぼんやりと、ある一晩の光景が浮かび上がりました。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる