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第一章・始まりは…

19・操り人形は誰?

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 ヴィクトァールが領地ロックフォースへと旅立つ一月程前、漸くリュシフェルと会う時間が設けられることとなったーー


 指定された場所はクレピュス辺境伯の館である。跡継ぎ息子が肩入れしている令嬢を一目見たいと父であるクレピュス辺境伯本人が望んだからだ。

 明るく振る舞うものの独りで居る時は沈み込むことの多い娘を心配していたノワール伯爵夫妻が気分転換を兼ねてヴィクトァールへ会うことを勧めた結果、リュシフェルはクレピュス辺境伯邸に現在お邪魔している。


 客間で挨拶を交わし暫し歓談した後、満足したのかクレピュス辺境伯は客間を後にする。使用人以外はふたりだけが残された。

 挨拶も済ませたことだしとヴィクトァールは館の庭園へとリュシフェルを誘う。緊張を解いたリュシフェルは頷き、有名なクレピュス辺境伯邸を彩る庭園の散策を楽しむ時間が齎された。


 色とりどりの薔薇が季節を問わず咲き乱れる庭園は流石と言えるもの。思わず咲き誇る薔薇に見惚れ足を止めることもしばしばのリュシフェルを眺めるヴィクトァールの頬も柔らかく緩むようだ。

 やがて蔓薔薇が見事なアーチを作る四阿に辿り着いたふたりは腰を下ろし、久しぶりに交わす会話を楽しんでいた。

 ゆったりとした時間の流れる中、ヴィクトァールが口を開く。


「先日のリュシフェル嬢はどうやら私の前でも張らずとも良い意地を張っていたようだね。私はどんな君も受け入れる覚悟がある…だから安心して何でも話してくれないか」

「まぁ…随分私のことをご理解くださっているお優しいお言葉をありがとうございます。本音は私に何をお聞きになりたいのでしょう?」

「では、聞かせてもらうとしようか…リュシフェル嬢、君はコームプシェ男爵令嬢を憎んでいるのではないか?」

「ええ、恨みも憎しみもございますわ。今更、綺麗事を申し上げるつもりなどございませんもの」

「…それだけ、かな?」

「それでは、私もヴィクトァール様へお伺いいたしますわ…ミナールをけしかけていたのはヴィクトァール様でしたのね?そして、この私も貴方の思う通りに動かされていた。そのことに遅ればせながらも気付きましたの。
 ですからミナールのことを恨むなど、単なる操り人形如きを憎むなんて愚かな振舞いだとヴィクトァール様ならば仰るのではありませんか?」

「そうだね。リュシフェル嬢自身も私の操り人形だったという身の上を知ってしまったのならば…操っていた私を恨んでいるのではないか?」

「ご明察ですわ!すっかりヴィクトァール様の振る舞いにのぼせ上がり、良いように踊らされていたことが口惜しいのです」

「君より格下だと思っていたコームプシェ男爵令嬢と同じ私の操り人形だっただけではなく、リュシフェル嬢の心をも動かそうとしていた私に見事なまでに誑かせれていた事実が到底君には許せないのだろう?」

「仰る通りですわ…私は友人と言いながらもミナールのことを見下げておりました。
 自分は少しは出来がいいと、マシだと思いながら、自身はヴィクトァール様に見事なまでに欺かれていたことにも気付かず、その上お目出度くも心まで動かされていたなんて…愚か過ぎて余りにも滑稽ですわよね?」


 リュシフェルの頬を涙が伝う。枯れ果てていた筈の水源が復活するように溢れてくる涙。
 
 ヴィクトァールはハンカチを懐から取り出すと、膝の上でギュッと固く手を握り締めていたリュシフェルの手を開いてやり、その手のひらの上にハンカチをそっとのせた。


「…ヴィクトァール様はひどい御方です。その気遣いで私をいつも…貴方を憎もうにも憎むことさえ躊躇いを抱かせてしまう……」

「その気持ちは私に向けてだけかな?君はコームプシェ男爵令嬢のことも同じように思っているのではないか」

「ミナールのことを恨みたい、憎みたいのに…憎み切れないのです。それなのに許すこともできない……中途半端な自分が苦しくて、辛くて…嫌になってしまいます」

「私のことを恨めばいい。コームプシェ男爵令嬢は私の指示に従い私に利用されたのだから、罪は私にある。思う存分、私を罵り、心ゆくまで憎めばいい!」

「……うっ……」

「しかも、リュシフェル嬢を騙して誑かそうとした張本人が私だ、躊躇う必要など微塵もない。その心に抱いている恨みも憎しみも当然のこと。思う様全てを私にぶつければ良い」


 堪え切れずにリュシフェルは声を上げ泣き出していた。止めどなく流れる涙にハンカチでは足りなくなり顔を上げると、


「淑女の泣き顔を無闇に見せてはならない。例え、使用人の前でも…」


 諭すように声を掛けるヴィクトァールはリュシフェルの頭を自らの胸へと凭れ掛けさせるとそのまま抱き寄せた。


「ほら…大きなハンカチだと思って私の胸を使いなさい。君への謝罪代わりだ」


 ヴィクトァールの胸は広くて大きくて、幾ら泣いても大丈夫なように温かった。
 
 包み込むように抱きしめられているからリュシフェルの大泣きも外にはあまり漏れ聞こえてはいかないだろう。

 嗚咽を漏らすリュシフェルの銀髪を柔らかく梳く様にヴィクトァールが撫でてくれるのが不思議と心地よく、漸くリュシフェルは思う存分泣くことが叶ったのだった。






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