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第一章・始まりは…
08・自惚れ令嬢の勘違い
しおりを挟むミナールは貴族令嬢としてはどこか崩れた雰囲気があり、その為に異性の目にも留まることが多い。
だが、ミナール本人はモテているのだと錯覚し、その高慢なまでに自信たっぷりな態度は見ていて片腹痛くなってしまうほどだ。
榛色の冴えない瞳を持つミナールにとって桃色のふわふわとした髪は唯一の自慢である。
にもかかわらず、不思議なのだが自身の容色に対して過剰な自信を抱いている。
どこが???などとツッコミ所は満載だが、嗜みを重んじる令嬢方の中に敢えて指摘するような猛者はいなかった。
その為、スクスクと無闇な自信ばかりが育ち、その自信家ぶりにも益々拍車がかかっていく。
もはや手を付けられない有り様でしかないのだが、当たらず障らずで皆やり過ごしていた。
話は逸れたが、そんな自信家ミナールは大きな勘違いをヴィクトァールにもやらかしてきたのである。
「ねえ…ヴィクトァール様、リュシフェル様の件が片付きましたら私との時間も取れるようになりますわよね!今からとっても楽しみで待ちきれませんわ…」
うっとりとした目でヴィクトァールを見上げるミナールは、その手をヴィクトァールの腕にねっとりと絡ませてくる。
当然のことだが、ヴィクトァールは訳が分からずにポカンとしてしまった。
「あら…ヴィクトァール様ったら!意外と純情な御方ですのね…私に触れられただけでボーッとなさるなんてお可愛らしいわ」
ハッと我に返ったヴィクトァールは嫌悪を込めてミナールの手をバシッと振り払う。
「…い、痛いわ。何をなさるの?そんなに照れなくてもいいのに」
上目遣いで頬を染めてヴィクトァールを見詰めながら身を捩るミナールを目にしたヴィクトァールは思わずその場から消えてしまいたくなった。
何とも驚くべきことなのだが、リュシフェルを言い訳にしながら恋するヴィクトァールが自分へと近づいてきた、と自惚れた上に妄想混じりのミナールは思い込んでしまっているのだ。
どうやら契約の話をした際に、ヴィクトァールが敢えて自分の求める『御令嬢』の名を明かさずに話したことも災いしてしまったらしい。
話の流れから薄々勘付いているものとたかを括ったことが裏目に出てしまった。
リュシフェルの名を出すことでミナールが余計な危害を加えてくる危険性を避けようと、その名を伏せたはずなのに…
何故かミナールはその『御令嬢』のことを自分自身と思い込み勘違いしているのだ!
全く…自惚れるのも大概にして欲しいものである。
これには流石のヴィクトァールもほとほと頭を悩ませてしまった。
だが、怜悧な頭脳を有する男ヴィクトァールである。直ぐにミナールを利用することを思い付く。
付き纏うミナールにほとほと困らされていると悩みをリュシフェルへ相談することにより互いの距離を近付けようと考えたのだ。
ヴィクトァールが巡らせた画策は見事に功を奏していく。
朗読発表会での優勝をきっかけに偶に会話を交わすようになった先輩ヴィクトァールと偶々会ったリュシフェルは軽い挨拶の後、学院の庭園にある四阿へと誘われる。
庭園の少し奥まった場所にある四阿は周囲に聞かれたくない話をするには最適な場所だ。
どこか思い詰めたような表情を浮かべたヴィクトァールのことが気に掛かったリュシフェルは誘いを承諾し、二人は今、四阿に対面で腰掛けている。
「少し話してもいいかな?リュシフェル嬢はコームプシェ男爵令嬢とは面識があるのかい?」
「はい。ミナールは友人のひとりですわ」
「そうなんだね。ならばコームプシェ男爵令嬢のことで相談にのってはもらえないだろうか?」
「勿論ですわ。それで相談とは?」
「実は…何故か私がコームプシェ男爵令嬢に恋していると勘違いされていてね。毎日のように彼女に付き纏われているんだよ」
リュシフェルは返す言葉もなく黙り込んでしまった。
「遂に、ミナールはこの学院生憧れの先輩にまでやらかしてしまったのか!」と思ったからである。
ミナールの自惚れは有名だったからリュシフェルは僅かの疑いさえも抱くことはない。
この気遣いも優しく大人の対応ができるヴィクトァール様にまで御迷惑をお掛けしているとは…!
本当に何を考えているのよ、ミナールは!!
真剣にヴィクトァールの心労を気遣い、ミナールに対しても腹立ちと怒りを抱きながらも友人として心配してしまうリュシフェルだった。
「リュシフェル嬢さえ迷惑でなければ、是非、友人としての立場から意見を聞かせてもらえないだろうか?
言いにくいこともあるだろうけれど、実際問題として何とかしなくてはならない所まで来ていてね…」
「も、申し訳ございません!ミナールが御迷惑をお掛けしていることを友人として代わりに謝罪させてくださいませ。
ヴィクトァール様の御迷惑が減らせるならば勿論のこと協力させていただきます」
「リュシフェル嬢、ありがとう!その言葉だけでも嬉しいよ」
「そんな!言葉だけとは言わず、是非協力させてくださいませ」
「そう?リュシフェル嬢がそこまで言ってくれるなら、お願いがあるのだけれど…」
「何でしょう?」
「無理にとは言わない。もしかしたら君にも迷惑が掛かってしまうかもしれないから断ってもらっても全く構わない。
例え、コームプシェ男爵令嬢と言えども私に恋人が居るならば諦めてくれると思うのだ。
もし君さえ良ければ、リュシフェル嬢と私は恋人同士という風にコームプシェ男爵令嬢の前で振る舞ってもらえないだろうか?」
「それでは、ミナールがヴィクトァール様のことを諦めるまでというお約束でもよろしいでしょうか?
ミナールの前だけという形でならば私は構いませんわ。お困りになられているヴィクトァール様をお助けするお手伝いを是非とも私にさせてくださいませ」
「…ありがとう!心から感謝するよ。リュシフェル嬢がいてくれるならば私も一安心できそうだよ」
先ほどまでの思い詰めた表情から一転、晴れやかな微笑みを浮かべたのはヴィクトァール。
そんな微笑みを見てリュシフェルは自分が引き受けることでヴィクトァールの悩みを減らせたことを素直に喜んでいた。
真実は、ミナールの煩わしさがもたらした最良の結果に満足した微笑みをヴィクトァールは浮かべていたのだが。
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