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第一章・始まりは…

05・ただ、それだけ。でいいのか?

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「おいっ!アラットロ副隊長!!
もう聞いているか?ヴィクトァールが王宮に来るらしい」

「ヴィクトァール!懐かしいな…ロックフォース領からか?」

「なんでもクレピュス辺境伯が王都における辺境伯関連の仕事を学ばせる為にヴィクトァールを王宮へ遣わすらしいぞ」

「ふ~ん。次期辺境伯の準備もいよいよってことか」

「だがな、ヴィクトァールといえば、あの性格だろう?王宮の文官の間でも評判はかんばしくなくて…世話役の押し付け合いになっているらしい」

「ま、仕方ないんじゃないか?」

「確かに、それもそうなんだが…」


 王立学院時代、オリフェウスやヴィクトァールと同級生だった騎士達が砕けた口調で賑やかに話し込んでいる。

 話に加わらず、副隊長席で書類を捌いているオリフェウスを騎士の一人がチラリと見遣る。


「その世話役に決まったのは…一体、誰だと思う?」

「さあな?勿体ぶらずに早く教えろよ」

「なんと!ノワール文官だったのさ!」


 ノワール文官の名前を耳にした途端、オリフェウスの書類を捌く手がピタリと止まる。


「…それは確かなことか?」

「勿論!」

「いいのか、オリフェウス!お前の大事な大事なノワール文官がヴィクトァールの世話役を拝命だぞ?」


 オリフェウスが幼馴染であるリュシフェル・ノワール文官に心底惚れていることは周知の事実だ。

 しかも、ノワール伯爵家へ婿入りの可能性のある者を密かに排除しているらしい噂を知らぬ者はいない。

 オリフェウスもリュシフェルに要らぬ虫が付かぬよう噂を否定せず、寧ろ、好都合とばかりに広まるに任せていた。


「そうだ!ヴィクトァールといえば、ノワール文官と学院時代に付き合っていなかったか?」

「あ、それ!オレも聞いたことがある!」

「そういえば婚約したという話も聞かないところをみると、二人は『願いの泉』には行かなかったのかなあ?」

「お前、顔に似合わずロマンチストなんだな?クックク…」

「でもさ、もう終わった関係じゃないのか?」

「ま、でも分からないぞ?やけぼっくいに火が…なんてことだって、世の中には腐るほどあるからな」

「なんたって二人ともいい大人だ。年頃の男女が長い時間一緒に過ごしていたら…」


 黙り込むオリフェウスからは静かだが、どす黒い怒気が放たれている。

 関わり合いになりたくない黒い気配を察知した者は、皆一様に口を閉ざしてしまった。


 オリフェウスの漆黒の髪から覗く透き通った海のようなアクアマリンの瞳は、今まさに射殺さんとするように冷え冷えとした怒気を放っている。


「……ヴィクトァール」


 まるで地の底から発せられたかのような声が執務室の中に響き渡った。


「オリフェウス…落ち着け!落ち着くんだ…」

「そうだぞ?俺達はあくまでも仮定の話をしているだけだからな?」

「そ、それに…」


 ギリッと奥歯を噛み締める音が執務机から聞こえてくる。


「俺達も何か協力しようか?」

「…要らぬ」


 空の一点を見詰めているオリフェウスの殺気がただ怖しい。


「…じゃあ、俺達はこれで!またな」


 バタバタと我先にと執務室から騎士達は出て行く。


 急に静かになった執務室の扉が開き、立派な体格をした焦茶の短髪もスッキリとした偉丈夫が入室して来た。


「ゴードン隊長、お疲れ様です!」

「ああ、ありがとう…オリフェウスもお疲れ」


 スタスタと大股で隊長席へと向かいながらゴードン隊長はオリフェウスの傍を通り過ぎて行く。

 通り際、ゴードン隊長の低く重みのある声音が響いてきた。


「見ているだけでは手に入らない…心ごと奪っちまえ」


 思わず、顔を上げてゴードンへと視線を向ける。


「なんだ、怖気づいたか?臆病者は無理などしないことを勧めるがな」


 ポトリと放たれた小石が波紋を広げながら水底へ沈み込んでいくように、ゴードン隊長の声音がオリフェウスの心にも深く深く沈み込んでいった。




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