上 下
281 / 287

280話「クランハウスに帰って」(視点・ヒロヤ→リズ)

しおりを挟む
 全身に負った傷(打撲や恐らくは何ヶ所かの骨折)は、レナの『回復ヒーリング』で治ったものの、本人の体力を消耗して傷を治す『回復ヒーリング』の魔術は、傷が酷ければ酷いほど体力を消耗する訳で……

「すー……」

 俺より酷い状態だったアスカは、体力の消耗も激しかったんだろう。すやすやと隣で眠っている。
 揺れる馬車内だけど、俺もやがて睡魔に襲われて──



 気がつけばリズとドロシーに支えられて、クランハウスの大浴場の湯船に浸かっていた。

「お、起きたかヒロヤ」
「ヒロヤさん、お身体は洗っておきましたので」

 二人の笑顔が俺の目の前にあった。

「ベッドに寝かせてあげようかと思ったんだけどね……温泉に浸かるのが一番の体力回復になると思って」
「うん。随分と楽になったよ。やっぱりこの温泉はヤバいよな」

 俺は目の前で湯に浸かるレナに微笑みかけた。その向こう側では、マルティナとアルダ、メルダに支えられてアスカも湯に浸かっている。

「みんなには──迷惑を掛けてしまった。アタシは、一番自分に求められている事を……みんなの期待に応えられなかった」
「あんな強いモンスターだったんだから仕方ないよ。ヒロヤとアルダがなんとか仕留めてくれたけど……個体によってはランクSのものも居るらしいからね牛鬼って。ミリア校長が言ってたよ」

 項垂うなだれるアスカを慰めるように頭を撫でるカズミ。

「そうか……アルダが頑張ってくれたのか」
「アルダの得物はハンマーだからね。アイツには相性が良かったんだ」

 頭を下げるアスカに、照れ臭そうに頭を掻くアルダ。

「そんなに卑下する事ないよアスカ。牛鬼に苦戦したのは完全に俺の判断ミスだよ。ムキになってこの姿のままで戦ってやろうとしちゃったからね。──ああいう時こそ『浩哉の力』を使うべきだった」

 そうなんだ。恐らく『浩哉』を解放していれば、もっとあっさりと斃せたはずだった。

「ヒロヤ様とアルダ様、凄かったです~!特にヒロヤ様はあの牛の攻撃をまるで予知するみたいに躱してたです~!」
「え!?」

 振り向くと、美しい白い髪を洗うウーちゃんの姿が。初めて見るウルフメイドの裸体は、カズミやレナよりも未成熟で……

「やん♡ あんまり見られると恥ずかしいです~♡」
「ご、ごめんっ!」

 まさかウーちゃんも一緒に入ってるとは思わなかった。

「お、なんか元気になったか?」
「ヒロヤさん……元気になられてます♡」

 リズとドロシーが、視線を落として顔を赤らめる。

「い、いや、これは……別にウーちゃんの裸を見たからじゃなくて……!」
「じゃなくて?」

 カズミのジト目が痛い。

「み、みんなの魅力的な身体に……か、囲まれてるから……さ?」
「ヒロヤ様! ウーちゃんで欲情したです~?」

 髪を洗い終わったウーちゃんが、後ろから首にしがみついてきた。

「ウーちゃんだめーーーーっ!」

 メルダが慌てて湯船から上がり、ウーちゃんを引き離そうとする。
 その時だった。

「アスカ! 大丈夫ッスか!」

 ガラガラと大浴場の扉が開いて、ゴージュが飛び込んできた。が……

──ガコンッ! バコンッ! ボコンッ!

 瞬時に投擲された複数の風呂桶が彼に襲い掛かり、そのすべてを頭部に受け、そのまま転倒して気を失った。

「アタイの裸を見ていい男はヒロヤだけなんだよ!」
「急に入ってくるなんて信じられない!」
「アタシ以外の女子おなごも入っているというのに……このバカ!」

 リズ、アルダ、アスカ……コントロール良すぎだよ。



「新居の家具類を受け取りに行ってたッス……帰ったら、アスカが牛鬼にやられたって聞いて慌てて風呂に行ったッス……すいませんッス……」

 頭部にできたたんこぶをカリナ姉さんに『回復ヒーリング』で治療してもらいながら謝るゴージュ。

「レナが防御魔術を掛けてくれていたからな。着込んでいた鎖帷子が破壊されたが、少々の打撲と骨折で済んだ──すまないなカリナ」

 ゴージュの頭部を確認して、カリナ姉さんに礼を言うアスカ。

「け、け、怪我が酷ければ酷いほど……ひ、ひ、回復ヒーリングでの体力消耗は……は、激しいです。 ご、ご、ゴージュさんが心配するのも、む、無理はないです」
「しかし、いくら慌てたとはいえ……婦女子の風呂に駆け込むとはな……」

 カリナ姉さんはゴージュをフォローするものの、ギーゼはキツイ目で睨みつけている。

「面目無いッス……」

 そう言ってゴージュが頭を下げる。なんか可哀想になってきたので、俺も可愛い弟子をフォローしておくか。

「で、誰の裸が記憶に残った?」
「ウーちゃんとメルダの尻しか見えなかったッス。なかなか良い形で……」

 せっかく治癒してもらった頭部を、再びアスカに殴られるゴージュ。うん。ハナからフォローするつもりなかったんだゴメンなゴージュ。

「ヒロくん以外の男に見られたぁ!」

 恥ずかしさでテーブルに突っ伏すメルダ。

「……当分、ゴージュ様はお酒抜きにするです」

 夕食の支度に動き回ってたウーちゃんは、ゴージュの背後から耳打ちした。

「不可抗力とはいえ、ゴージュさん……いいなぁ……」

 小さく呟いたノリスも、ロッタから頭を殴られていた。

■□■□■□■□

 夕食を終え、アスカ、シモーネ、ギーゼ、マルティナ、ドロシー、レナ、そしてアタイの7人は、二階のオープンスペースに集まって今回の探索を報告し合うことにした。
 ヒロヤとカズミは、カリナのお酒の相手。ノリスとロッタは部屋に戻ってお互いの両親に手紙を書くそうだ。
 アルダたちドワーフ三姉妹は、裏庭に完成した工房でトルドと試しに何か打つと言っていた。
 ゴージュは……今夜は早々に部屋に篭ったそうだ。



「牛鬼……ですか?」

 ギーゼが口元に運んだワイングラスの手を止める。

「あぁ。モンスターランクAの厄介なやつだったよ」
「人型モンスターでは恐らく最強種。──ギーゼも見ただろう? 食堂の壁にウルフメイド達が飾った『両刃斧』を」

 アタイの言葉を補足するように話すアスカ。

「あのサイズの斧をぶん回すモンスターですか……オーガーやトロールよりデカいですよね?」
「アタイ達が遭遇したのは4mサイズってところか。デカくてそのくせ動きも速い」
「おまけに皮膚が尋常じゃないぐらい硬い。──アタシの突きが……弾かれた」
「あ、アスカさんの突きが!?」

 ソファーから腰を浮かせ、身を乗り出すギーゼ。

「そらまたアスカやヒロヤとは相性の悪いのが現れたもんやな……」

 ウイスキーをグイッとあおるシモーネ。

「──速度と技で勝負する剣士には厄介な相手やで。魔術でぶっ飛ばすにしても、動きが素早いからな。『盾師タンク』職が何人かで動きを止めんとアカンやろうな」
「あぁ。それかアンタみたいなパワースタイルの戦士が必要だ」

 アスカの言葉に、ニヤリと笑うシモーネ。

「そんな相手を……アルダの協力があったとはいえ、斃してまうんやからなヒロヤは」
「問題は、そんな強力なモンスターが……第三階層という『比較的浅い階層』で現れた。という事なんです」

 ドロシーが二人の会話に割り込む。そう、それが一番の問題であり、疑問なんだ。

「第三階層のフロアボスが、そんな強力なヤツだからな。ひょっとすると──第三階層は当面潜入禁止になるかもしれない」
「それなんだけどね……」

 アタイの話を制して、レナが話し出したところで……

「リズ様、お客様なの~!」

 階段からノーちゃんがアタイを呼ぶ声がする。

「あれ? 客って、シモーネでも来たかな?」
「ちょ! ウチはもうここのメンバーやし! つか目の前におるし!」
「『薔薇の果実ローズヒップ』のヘレーネ様とフリーダ様、ラウラ様ですの~!」
「二階に上がってもらって!」

 アタイはじゃれついてくるシモーネを引き剥がしながら階下に声をかけた。

「ヘレーネとフリーダに……新しい盗賊シーフか。──あんまりリズとじゃれあってたらヤキモチ妬かれるわ」

 そう言ってソファーに座り直して、表情をキリリとさせるシモーネ。

「多分『ラツィア大迷宮』の件だね」
「お互いに情報共有するのはいい事だよ」

 アタイの推察にレナが笑顔で言った。

「でも、まぁあたし達の方が探索進んでるからね。共有っていうより『情報出す方』だよ」
「その出した情報で『薔薇の果実ローズヒップ』の方々の探索がスムーズに進むなら良い事ですよ」

 呆れたように話すマルティナに、柔らかく釘を差すドロシー。

「そっか。そうだよね」

 うん。マルティナはいつも素直でいいだよ。

(さて『牛鬼』に『閉鎖された世界クローズド ワールド』……ヘレーネとフリーダも驚くだろうね)

 二人の驚く顔を想像して、なんか楽しくなってきたよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

終焉の世界でゾンビを見ないままハーレムを作らされることになったわけで

@midorimame
SF
ゾンビだらけになった終末の世界のはずなのに、まったくゾンビにあったことがない男がいた。名前は遠藤近頼22歳。彼女いない歴も22年。まもなく世界が滅びようとしているのにもかかわらず童貞だった。遠藤近頼は大量に食料を買いだめしてマンションに立てこもっていた。ある日隣の住人の女子大生、長尾栞と生き残りのため業務用食品スーパーにいくことになる。必死の思いで大量の食品を入手するが床には血が!終焉の世界だというのにまったくゾンビに会わない男の意外な結末とは?彼と彼をとりまく女たちのホラーファンタジーラブコメ。アルファポリス版

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

流星少年が欲しい、命の精と甘美な躍動

星谷芽樂(井上詩楓)
BL
【全天オデュッセイア・長編うみへび座篇】 88星座を国とした、全天オデュッセイアという世界と、恒星から産まれる星ビト達の様々な愛の物語。 〈全天オデュッセイアの世界観&用語集〉 https://plus.fm-p.jp/u/odu88kitra/free?id=4 【あらすじ】 海蛇国の杣人(木こり)として生きる青年ウクダーの元に、突然謎の美しい少年が現れた。 少年は宇宙を旅する恒星から飛び出し、出会った人の精が欲しいのだと訴える。 しかし精を貰うには、肌を重ねて深く身体を一つにしなければならない。 これは愛する者同士だけに許された行為でもあった。 少年の突然の申し出にウクダーは戸惑い、見知らぬ人と交合に想い悩む。 一方で少年の美しさに心を奪われ、欲望に溺れたい衝動にも駆られる。 なぜ少年は精が欲しいのか、そして少年の正体とは? 一時しか過ごせない少年の為にウクダーが選んだ方法とは……。 真面目で堅物なウクダー×純新無垢な妖精の様な少年ウォラーレ の、期間限定の愛の交わりをぜひご覧下さい♪ ※成人向け描写のお話は(♥)が付きます。 【海蛇国の主な登場人物】 ■ウクダー 海蛇国唯一の杣人(木こり) 森の奥深くに住み、薪を割って生計を立てている。 真面目で物静かな性格。 ウォラーレに出会うまでは他人に一切興味がなかった。 ■ウォラーレ 突然空から落ちてきた謎多き美しい少年。 人形の様に肌も髪も瞳も白く魅惑的だが、性格はとても純粋で明るい。 森の中でうずくまっている所をウクダーに助けられた。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

冷徹王太子の愛妾

月密
恋愛
リヴィエ国の若き国王の妹であるベルティーユは、十二歳の時に敵国であるブルマリウス国に人質として行く事になった。長い戦を終わらせる為の和平条約を結ぶまで、互いに人質交換を取り決めた。リヴィエ国からは王妹であるベルティーユが、ブルマリウス国からは第一王女であるブランシェが人質と選抜された。  それから六年後、ベルティーユは人質の身ではあるがブルマリウス国の第二王子等から温かく迎え入れられ何事もなく平穏に過ごしていた。そして六年の協議の末、間も無く和平条約が結ばれるーー筈だった。その直前、もう一人の人質であるブランシェの訃報が届き事態は急変する。ブランシェの死因は、リヴィエ国王からの陵辱であり、その事に嘆いたブランシェは自ら命を絶ったというものだった。  これまで優しくしてくれていた第二王子のクロヴィスは人が変わったように豹変し、妹の死を嘆き怒り、報復としてベルティーユを陵辱する。更にその後、心身共に衰弱したベルティーユは、今は使われていない古い塔に幽閉された。そこにやはり以前まで優しかった筈の第三王子ロランが現れ、ベルティーユの処刑が決まった事を告げる。それから数日後の処刑執行の朝、ベルティーユを迎えに来たのは……冷酷非道と名高いブルマリウス国の王太子のレアンドルだった。そして彼は「これより君は俺の妾だ」そうベルティーユに告げた。

処理中です...