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237話「わがままカリナ」(視点・ギーゼ→アスカ)

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 昼食後、自分達は明日の『ラツィア大迷宮』アタックの為の準備に取り掛かった。
 自分とカリナは馬車で買い出しだ。まぁ、個人的な装備はそれぞれ揃っているので、主に食糧なのだが。
 
「ノーちゃんから受け取った『買い出しリスト』のメモはちゃんと持ってるな?」
 
 御者台で自分の隣に座るカリナに声を掛ける。
 
「も、も、もちろんです! ……い、いくらドジなわ、わ、わたしでも……あ、あれ……?」
「……カリナ……?」
「こ、こ、ここにあります! ……よ……よかった……」
 
 ……ちゃんと持ってきていたようだ。
 
「低階層組のメンバー、どうだ?」
「……わ、わたしたちも……じ、じ、自信は付きました。……ろ、ロッタや……の、ノリスとも……う、上手く連携もとれるようになってます……」
 
『フンス!』と両拳を握り締めるカリナ。あーあ……メモ握ったままだからクシャクシャに……
 
「……カリナとロッタを守るエルダさんも心強い方だし、ゴージュ殿も、意外と頼りになる御仁だ。それに……低階層ではいささかオーバーキルな近接戦闘力のシモーネさんもいる。万に一つも失敗するような事はない」
「そ、その通りです! ……ギーゼ、わ、わ、わたしは……た、楽しみで仕方ありません!」
 
 隣で笑顔を向けてくれるカリナ。
 
「あぁ。自分も楽しみだ」
 
 そんな会話を続けながら、自分達は村の中央広場へと馬車を乗り入れた。
 
 ◆
 
「こんなものか……もう買い漏らしはないか?」
「えっと……え、ええ……ま、間違いなく揃ってる……」
 
 八人の二日分の食糧だ。そこそこの量になった。それらを馬車に積み込み、クランハウスへの道のりを急いだ。
 
「ぎ、ギーゼ……?」
「ん? どうしたカリナ」
「あ、明日の朝出発だから……こ、今夜もクランハウスに……と、と、泊めてもらったほうが……い、いいと思うのです」
「……家は隣だ。そこからでも何も問題は無いだろう?」
「で、でも!」
 
 チラと隣のカリナを見ると、顔を真っ赤にして訴えるような瞳でこちらを見つめている。
 
「……また昨夜のような愚挙にでるつもりじゃないだろうな……?」
「!!!!!」
「……図星か……」
「ぼ、ぼ、冒険に出るのですよ! ……だ、だ、大迷宮に挑むのですよ! ……な、な、なので……わ、わ、わたしとしましては……」
 
 勢い良く話し出したカリナだったが、徐々にその声が小さくなり、とうとう俯いてしまった。
 
「『弟成分を補給したい』。か?」
 
 自分の問い掛けに、バッと顔を上げたカリナ。赤く染まった顔に笑みが溢れていて、ブンブンと頭を縦に振る。
 
「ダメ」
「え!?」
「昨夜は百歩譲って『部屋を間違ってしまった』という致し方ない状況をカリナが利用して……まぁ……あんな事になったわけだから理解できん事もない」
「り、り、利用って……」
「とにかく、アレがカズミさん達にバレたらどうするつもりだったんだ?」
 
 自分は、同じ夜に『己がやった事』を棚に上げてカリナに説教した。
 
「あ、あ、姉が弟と一緒に寝て……な、な、何か問題が……あ、ありますか?」
「大ありだ」
 
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 カリナの反論をバッサリと斬り捨てる。途端にシュンとするカリナ。
 
「……いいですよ──いや、いいだろう」
「──え?」
「明日の探索に備えて、クランハウスへの宿泊を頼んでみよう」
「い、い、いいのですか♡」
 
 一瞬で笑顔になるカリナ……なんと現金な事だ。
 
「探索前夜、より絆を深める意味でもクランハウスでの宿泊は意味がある……という見方もできるしな」
「ぎ、ぎ、ギーゼ……!」
「勘違いするなよ? カリナがヒロヤ殿の寝所に忍び込む事を許可したわけじゃない。あくまで『クランハウスでの宿泊』を認めたまでだ」
「そ、そ、そうですよね……ま、ま、まぁ就寝直前まで……お、お、弟に甘えられるだけでも……」
「……ほどほどにな……」
 
 仕方ない。帰ったらカズミさんにお願いしておこう。
 
 ◆
 
 まず自宅に寄って、探索装備を取ってからクランハウスへと帰った。
 食糧をノーちゃんに手渡し、カズミさんにクランハウス宿泊の許可を願い出る。
 
「好きな時に泊まってくれればいいんだよ。昨日の部屋でいいよね?」
「ありがとうございます。カリナも、こちらでの居心地が良すぎるのでしょう、我儘ばかり言って……」
「カリナ義姉さん、ヒロヤ好き好きですからね」
「も、申し訳ありません……!」
 
 突然の直球に、思わず姿勢を正して頭を下げる。
 
「良いんだよ~。『弟』としてなのか『男』としてなのかは、イマイチ把握しきれてないんだけどね。ヒロヤは魅力的な男の子だし、男として好きになっても仕方ない事なんだから」
「カズミさん……」
 
 あぁ、この人は女神様なのか。大海のような心を持ってらっしゃるのか。
 
「とにかく、明日に備えてゆっくり休んで。夕食が終わったら、明日の低階層組から順番にお風呂にすれば良いよ。そして、早めに寝るんだよ? 疲れは探索の大敵だからね」
「わかりました。──ただ、カリナがヒロヤ殿に甘えると思いますので……なるべく早く就寝するように言っておきます」
「……まぁ、ヒロヤも今夜は早く寝ると思うよ。ちょっと疲れてるみたいだったから」
「ひ、ヒロヤ殿になにか!?」
 
 カズミさんの心配そうな顔をみて、自分はつい慌てて訊いた。
 
「ふふふ、大丈夫。明日の低階層組についていくシモーネの慰労も含めて……リズたちと昼過ぎから少し頑張ったみたいだから♡」
 
 カズミさんが舌をだして悪戯っぽく笑う。
 
「あ、あぁ……そういう事ですか」
 
 その『慰労』の意味を察し、思わず顔が熱くなる。
 
「わ、わかりました! ヒロヤ殿がお疲れだという事、カリナにもちゃんと言っておきますので!」
 
 自分はもう一度深々と頭を下げて、その場を離れた。
 
 ◆
 
(ヒロヤ殿は……シモーネさんやリズさん達と……その……お励みになって……早くお休みになる……)
 
 疲れて就寝するのだろう。ひょっとすると、昨夜のような『悪戯』が可能なのかもしれない。そんな事を考えながら、自分は馬車から自分とカリナの装備を部屋へと運び込む事にした。
 
(も……もう一度……ヒロヤ殿の『アレ』を……)
 
 いや、だめだ。明日は大切な『大迷宮探索』なのだ。
 
(そのような事に、うつつを抜かしていてはならない……!)
 
 思い切り頭を振って、邪な思考を振り払う。
 部屋に荷物を置き、愛用の曲刀シャムシールを手に取り、腰のベルトに装備した。
 
(夕食まで少し時間がある。頭を冷やす意味でも、稽古しておくか……)
 
 自分は裏庭へと向かう為に、階段を駆け下りた。
 
 ■□■□■□■□
 
 深階層組に編入されたアタシは、明日出発のゴージュの支度を手伝ったあと、やることも無いので夕食には少し早いが食堂へと降りていた。
 
「アスカ様、夕食はまだですけど~、お酒飲むなら、おツマミ用意できるです~」
「いいのか?」
「ハンナ様がお試しで作った『芋の薄切り揚げ』があるのです~」
「有り難い。頂けるか?」
「お酒は何を飲みますです~」
「麦酒で」
「わかったです~」
 
 ウーちゃんからの嬉しい申し出を喜んで受け、アタシは開け放たれた食堂の扉から裏庭を眺める。
 細かい雪が降る中、ギーゼが曲刀シャムシールを振っているのがよく見える。
 
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(努力家は相変わらずか……)
 
 一刀一刀、丁寧に振るうギーゼ。抜刀の感触を丁寧に調整する様に、何度も何度も。
 
「『刀』を用意してやれれば良いんだが……」
「だね。確かにあの曲刀シャムシールもトルド作の業物ではあるんだけど……」
 
 アタシの独り言に、不意に言葉が返ってきた。
 
「はいアスカ。ウーちゃんから」
 
 アタシの目の前に麦酒とおツマミの入った皿を置くヒロヤ。
 
「ヒロヤか。ありがとう」
曲刀シャムシールは斬撃の武器だから、突きには向いてないしね」
「……そうなんだよ。ヒロヤの『尾武夢想流』にしろ、アタシの剣術にしろ『突き』の型がある。あのギーゼの剣速を活かすには、突きを絡めるのも有効だからな」
 
 麦酒をひとくち飲み、おツマミの芋の薄切り揚げというものをつまむ。
 
(うん。塩が利いてて美味いな)
 
「まんまポテチだ。美味しい」
「……酒を飲まない者がツマミを食うのはご法度だぞ?」
「子どもは許されるんだよ」
「都合のいいやつめ」
 
 悪戯っぽく笑うヒロヤの笑顔につられてアタシも笑う。
 
「『刀』は、一応は探してもらってるんだ。サーシャさんにね」
「見つかるといいな……」
 
 アタシとヒロヤは、一心不乱に曲刀シャムシールを振るうギーゼを、なんだか優しい気持ちでずっと眺めていた。
 
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