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211話「尾武紳士(その一)」(視点・ドール→浩哉の父→ドール)

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「さて……今からこの坊やの夢の中に入るけど……」
 
 ベッドで眠る坊やの額に手を当て、部屋の入り口に立つドワーフの娘達を見る。
 
「アタシが良いと言うまではこの部屋に入るんじゃないよ? わかったね?」
「ヒロくんに酷い事しないよね?」
 
 ショートカットのドワーフ娘がアタシを睨みつける。いや、他の二人も睨んでいる。
 
「この坊やには、恩こそあれ恨みはないさ。安心しな。ちゃんと連れて帰ってきてやるよ」
 
 アタシの言葉を信じてくれたのか、ドワーフ娘達は頷いて扉を閉めた。
 
「さて……アンタの中を覗かせてもらうよ。──まったく、あんな良い達に心配掛けるんじゃないよ。……早く起こしてやるからね」
 
 アタシは坊やの意識とシンクロする為に……唇を重ねた。
 
 ◆
 
(さて……ここは……)
 
 この坊やの深層意識まで調べていたので、今視界に映っているのは『前世の世界』だという事は分かる。
 ただ──
 
(これは──夢じゃない?)
 
 夜の道、視界の端を光がすごい速さで流れていく。
 正面は道が明かりに照らされている。車輪が二輪付いた鉄の馬バイクに跨って疾走しているようだ。
 
(これは……『この世界』の誰かの意識と、坊やの意識がシンクロしている?) 
 
「何があった浩哉……待ってろよ──今から会いに行くからな」
 
 この『坊やの意識とシンクロしている』男が呟いている。
 この男の記憶を調べてみると──父親?
 先程、病院と呼ばれる治療施設で息子の『浩哉』とその上司である『和美』の死体と対面した様だ。
 
(今から会いに行くって──どういう事だ?)
 
 アタシも坊やの意識と同じレベルまで、この男の意識と深くシンクロする事にした。
 
 ■□■□■□■□
 
(せめて、最後の言葉を聴きたい……!)
 
 私は、若い頃からの相棒『YAMAHA-VMAX』を駆り、事故現場へと急いだ。
 
 ◆
 
 私の名前は尾武紳士。旧財閥である尾武家の当主だ。
 息子の浩哉が会社の上司である三浦和美さんと共に事故に遭い──死んだ。この目で亡骸も確認してきた。
 ただ、私には『力』がある。霊が視え、彼らと会話ができるのだ。
 若い頃は家を嫌い、当主になぞなるつもりも無く、この力を使って色々と無茶な冒険をしたものだった。
 
 狂えるアラブ人が綴ったと言われる『アル・アジフ』。それに記された旧支配者と呼ばれる未知の存在に、仲間たちと共に立ち向かった事もある。
 
 妻であり、浩哉の母である恵とはそういった冒険の仲間だった。
 彼女曰く、自分は様々な次元世界で『勇者たちを手助けする役目』についている異世界人だといっていた。
 
「この世界の冒険が終わったら、ようやく役目から開放されるんだ。だから──結婚しようよ」
 
 荒唐無稽な話だったが……私は彼女の話を信じた。信じるに足る出来事もたくさんあったし、私自身、そういった『荒唐無稽な世界』で戦ってきたからだ。
 
 浩哉が生まれ、彼が小学生の頃に……また彼女に任務が下った。
 
「もう一度だけ……仕事しなきゃならなくなっちゃった」
 
 寂しげに浩哉を抱き上げた恵の姿が、今でも目に焼き付いている。
 
「異世界に行く。もう戻ってこれない……」
 
 浩哉を頼む。そう残して、彼女は去っていった。
 ──そんな大切な浩哉を……
 
(恵……すまない。約束は守れなかった……)
 
 高速道路を疾走する私は、フルフェイスヘルメットの中で……恵と別れた時以来の涙を流した。
 
 ◆
 
 事故現場は既に片付け終わっていて、とても静かだった。
 
(……おかしい)
 
 事故現場に浩哉も和美さんも『居ない』。
 こういう事故による即死の場合、その魂は現場で彷徨い続ける筈だ。だから、身内や知人がそこに訪れて
 
「一緒に帰ろう」
 
 と声を掛けて、魂を連れて帰る必要がある。そして四十九日の間に現世と別れを告げて、輪廻の輪に帰っていくのだ。
 しかし、二人の魂はここには居なかった。既にこの世界には、二人の魂が存在していないのだ。
 
(ひょっとして……)
 
 私の頭の中に『荒唐無稽』な考えが浮かんだ。
 
「恵……ひょっとすると君の世界に行ったのかもしれないな……」
 
 憧れていた三浦和美主任さんと一緒に。
 
 ◆
 
 そして浩哉の葬式でひと波乱あった。
 
「和美は、この尾武浩哉ってヤツと浮気してたんだろ? おじさんもおばさんも知ってたんじゃないか?」
 
 男が和美さんのご両親に詰め寄っている。私は何度か会った事のあるその夫婦の元へとかけ寄った。
 
「三浦さん、どうなさいましたか?」
「こ、これは尾武さん! ……この度は、ウチの和美が……浩哉さんを連れ回したばっかりに……」
 
 涙を浮かべながら頭を下げる和美さんの父親。三浦剛志さんといったか……浩哉が和美さんにお世話になっていたお礼に、幾度か取引の口利きをした記憶がある。
 
「頭を上げてください。和美さんになんの落ち度もありませんよ。それどころか、至らないウチの浩哉をよく面倒見ていただいて……」
 
 夫婦揃って頭を下げるので、なんとか声を掛けて頭を上げてもらう。
 
「で、こちらの方は?」
「アンタが浩哉の父親か? オレは和美の亭主だ。アンタのところの浩哉がウチの和美をそそのかして……」
「良幸! いい加減にしろ!」
「あぁ、和美さんの旦那さんですか。……和美さんのあなたに対する愚痴は、浩哉を通して良く聴いてましたよ」
 
 私の態度に、イラッとした表情を浮かべて詰め寄ってくる。
 
「慰謝料を請求させてもらう。アンタ金持ちなんだろ? 息子の不始末、ちゃんと尻拭いしてくれるよな?」
「あ、そうそう。私が個人的に調べさせてもらったものがあってね……」
 
 私は秘書を呼び、茶封筒を受け取る。
 
「これなんですが……三浦さん、どうぞ」
 
 私から茶封筒を受け取って中を見た和美さんのご両親の表情が固まり、やがて怒りに震えだす。
 
「良幸……これは何だ!」
 
 和美さんの父親が、和美さんのご亭主に書類と『写真』を突きつける。
 
「──!」
「説明してくれ。調査書では結婚前からとなっているぞ。……貴様、和美との結婚前から……女がいたのか!」
 
 和美さんのご亭主・良幸氏が後退り、私を指差して叫ぶ。
 
「合成だ! んなもん嘘っぱちだ!」
「……裁判で充分に通用する証拠です。なんなら今すぐ相手の女性を呼びましょうか? 彼女からは既に証言をとってますよ」
「良幸……本家で話をしよう」
 
 和美さんのご両親は、私に丁寧に頭を下げ、項垂れる良幸氏を連れて帰っていった。
 
(父親らしいことはほとんどできなかったが……これで勘弁してくれるか……)
 
 私の調査がもう少し早ければ……浩哉は好いていた和美さんと結ばれる事ができただろうに。
 
(浩哉、そっちで……和美さんと仲良くやるんだぞ──)
 
 ◆
 
(なるほど。あの坊やが死んだ後の『前世の父親』の意識とシンクロしてるんだね)
 
 連れ帰るには、なんとか父親の中にいる坊やの意識とコンタクトを取らなければならない。
 
(まずは……このイケメンオヤジと接触しなきゃね……)
 
 アタシは、この世界で──実体化した。
 
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