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155話「稽古とお風呂」(ヒロヤ→ギーゼ)

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「突き技を連続で繰り出すには、『引き』の速度を意識すること」
 
 夜明け前からの稽古。アスカが手本として数度の「連撃」の突き技を見せたあと、一言だけアドバイスをくれた。
 
「……速い……」
 
 一緒に見ていたギーゼが呟いた。
 
「キミが俺に教えてくれって言ってる『尾武夢想流』って剣術は、あの連撃に崩されたんだ」
 
 俺は、立て掛けてある木刀を手に取る。
 
「対抗策は……?」
「受け切るしかない……かな。でも『古式居合・尾武夢想流』としてなら……躱し続ける事かな」
「……出来るのですか?」
「やってみる」
 
 俺の『突き技』の練習だったけど、ギーゼに『尾武夢想流』を見せるにはちょうどいい。それに……エルベハルト様の言ってたことを試す意味でも。
 
「アスカ。こないだみたいに、俺の居合いを封じてくれないかな。ちょっと試したい事があって……」
 
 左腰に納刀状態で構えていた木刀を、俺に向かって青眼に構え直すアスカ。
 
「……いいぞ。撃ち込んでこい」
 
 俺はアスカの言葉に、構えで応える。腰を落とし、低い姿勢で左腰の木刀に手を掛ける。
 
(『浩哉』を目だけ発現させる……)
 
 『身体強化フィジカルブースト』を部分的に使用する感じで、力の発現を目に集中する。
 全身に力がみなぎってくるのを抑え込み、目に集中する……
 目を開き、雪の積もった地面を蹴る。アスカに迫り、直前で右にステップする。
 抜刀。アスカの胴を狙った一撃は、身体を捻り、中段から素早く動いたアスカの木刀によって受け流される。
 
(ここから突き技の連撃がくる!)
 
 前回は受け続けた。しかし今回は……
 
(もう一歩、右側に踏み込んで納刀する)
 
「──!?」
 
 受け流した直後に、突き技を繰り出してきたアスカの表情が僅かに動く。
 納刀動作中にも、アスカの突きが迫る。
 
(追える……!)
 
 その突きを半身で逸らす。
 間髪入れずに躱した方向への正確で速い突き。
 
(見える……というか読める!)
 
 たいを反転させ、もう一度躱す。
 
(次の突きは……速いけどフェイク)
 
 頭部への突き。軽く頭を反らして紙一重で躱す。
 
(頭を反らした事で、身体に隙ができる……そこを狙って……) 
 
 突ききらずに、素早く手元に引かれた木刀が、これまでより速く胴を狙って突き込んでくる。踏み込みも深い。
 が、頭部への突きがフェイクだと読んでいた俺は、最小限の動きしかしていないので、この突きは躱せる。
 もう一度たいを反転させると、アスカの突きは俺の右側をすり抜けていく。ここで抜刀。アスカのうなじで木刀を寸止めする。
 
「……まいった……」
 
 少しだけ悔しそうにアスカが木刀を納める。
 
 ◆
 
「まさかあそこで納刀するとはな……」
「ここだけ『力』を解放して……アスカの太刀筋を追えるかなって」
 
 そう言って自分の目を指差す。
 
「なるほど……見切られてた訳か」
 
 アスカが苦笑いを浮かべる。
 
「ヒロヤ殿! あの速い突きを躱しきりましたね!」
 
 頬を紅潮させ、少し興奮気味にギーゼが駆け寄ってくる。可愛いじゃん。
 
「ギリギリだったけどね。目がついていけたから」
「と、取り敢えずわたしにはまだ無理なレベルなので……」
「どんな構え・位置からでも繰り出せる正確な剣さばきを身につけるところから。だよ」
「はい!」
 
 アルダ達にこしらえてもらった木刀をギーゼに手渡す。
 木剣とは違い、居合いを練習するのは木刀の方がいい。嬉しそうに木刀を受け取ったギーゼは、庭の真ん中へ駆けていき、そこで素振りを始めた。
 
「……なんかオマエの稽古をつけにきた筈が、オマエの弟子の為の露払いをさせられたな」
「いや、俺も稽古するよ? アスカの速い突きの連撃は、速さを信条にした俺の剣術にはとても魅力的だからな」
「……まぁ、頑張れ。協力は惜しまないよ。それにアタシも……」
「?」
「いや、アタシもまだまだだって気が付いたよ。精進する」
 
 俺が突きの練習を始めた隣で、アスカは同じ様に練習を始めた。
 
 ◆
 
「「「ヒロヤ様! おはようございます!」」」
 
 裏庭から食堂に通じる両開きの扉が開き、ウルフメイドのスーちゃん、ノーちゃん、ウーちゃんが並んで挨拶する。
 
「おはよう。今日もよろしくね」
「「「はい!」」」
 
 元気に厨房へと去っていった。
 
「ヒロヤさん、おはようございます。みなさん、紅茶で宜しいですか?」
「ハンナさんおはよう! うん。お願いできますか?」
 
 優しく微笑んで、同じく厨房に去っていくハンナさん。
 
「メイド達は……早いんだな」
「うん。いつもよく動いてくれて感謝してる」
 
 少しだけ明るくなってきた東の空を眺めながら、アスカとギーゼにタオルを渡す。
 
「ありがとうございます」
 
 冬の早朝だというのに、汗だくになった三人。
 
「今朝はこのぐらいで。お茶にしようか」
 
 俺達は稽古を切り上げて屋敷に戻ることにした。
 
 ◆
 
 暖炉で暖められた食堂で、紅茶を飲む。
 
「流石に稽古中は身体が熱いが……今は身体が冷えだしたから暖炉と熱い紅茶がありがたいね」
「お風呂入っていけばいいよ。……ギーゼもどう?」
「そうか、温泉だからいつでも入れるんでしたね。……遠慮なく入らせて頂きます」
「アタシははなからそのつもりだ。着替えも持ってきてある」
 
 流石はアスカさん。
 
「ヒロヤも入ったほうがいい。汗を流しておかないと身体が冷えてしまうぞ」
「ちょ! そういう訳にはいかないよ!?」
「どうしてだ?」
 
 真顔で小首を傾げるアスカ。
 
「お、男と女が! は、裸で! 無理でしょ!」
 
 ギーゼも狼狽えたように声を上げる。
 
「アタシは何の問題もない」
「いやあるでしょ! ゴージュの恋人と風呂には入れないよ」
「心配するな。アタシはゴージュにしか欲情しない」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
 
 俺がアスカに話してる隣で、ギーゼは赤い顔をして俯いている。
 
「ヒロヤに風邪を引かせるわけにはいかないからな」
 
 あかん……聞いてくれへん……
 
 ■□■□■□■□
 
(いや、考えてみろギーゼラ……これはチャンスなんだ)
 
 そう自分に言い聞かせる。ヒロヤ殿は本当に紳士なのか。この混浴で試す事ができるんだ。
 
「わたしも……問題ない」
「ギーゼ???」
「なら早く入ろう。暖炉で暖かいとはいえ、汗で身体が冷えては風邪を引いてしまうぞ」
 
 アスカさんの言葉を合図に、わたしとアスカさんでヒロヤ殿を引き摺るようにお風呂へと連行した。
 
 ◆
 
 いざお風呂へと到着すると、ヒロヤ殿は開き直ったのかあっという間に服を脱ぎ捨ててお風呂場へと走っていった。
 
「ん? どうした? 脱がないのか?」
 
 振り返ると、アスカさんは既に全裸。手にタオルを持っているものの、それで胸やアソコを隠すわけでもなく。
 
「あ、す、すぐに行きますから……」
「そうか。じゃあ先に入ってるぞ」
 
(よし。カリン皇女の為だ。ここは恥を忍んで……)
 
 勢い良く衣服を脱ぎ捨てて、わたしは風呂場へ突進した。
 
 ◆
 
 ……その後のことは……よく覚えていない。
 
 湯船に入る前に、ヒロヤ殿とアスカさんから離れたところで身体を洗い、誰より早く洗い終えて湯船に浸かった。
 
「さすがはヒロヤだな。よく鍛えてる。アンタの強さは努力の結果だと知れる良い肉体だ」
 
 アスカさんの声に、少し興味が湧いたわたしは、つい後ろを振り返ってしまった。……そしてわたしの目に入ったのは……鍛え上げられたヒロヤ殿の小さな肉体と……大きなアレだった。
 そこでわたしの記憶は途切れた。
 
 ◆
 
 気がつくと、わたしはベッドの上で……心配そうに覗き込んでいるカリン皇女の顔が目の前にあった。
 
「カリン──カリナ、わたしはどうしたんだ?」
「し、心配したよ! お、お、お風呂で……たた倒れたって聞いて……」
「あ……」
 
 倒れたきっかけとなったシーンが脳裏に蘇る。
 
(初めてみた……男性のアレ……あんなに大きいのか……)
 
 急激に血流が頭部に昇って行くのがわかる。
 
「ぷしゅーーーーーっ」
「ギーゼラ!? ギーゼ!」
 
 そしてまた遠くなる意識の中で、カリン皇女の叫び声が聴こえた……
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