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第三十二話
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そのあとぼくは病院に運ばれ、長い有給休暇を取らされた。
飲まされたソフィアを排出してから人化に戻り、ヒートが近いということでけっこういいホテルに移動した。病院の隔離施設でもよかったのに、どうしてかホテルの最上階のスイートに泊まっている。
ここはセキュリティがさらに厳しくて、セレブや貴族がよくヒート期間中に利用するらしく、不自由はせずにゴロゴロしている。
あれからレインという首謀者がつかまり、ソフィアと組織の全貌が暴かれ、事件は無事に終息をむかえた。
レインの息がかかったスパイも数人逮捕され、警察局生活保安課は大変な騒ぎになっててんやわんやの状態らしい。課長は人手不足に頭を悩ませて、さっそく一人採用を決めたようだ。
「ホテルをでたら家を探さなきゃな。あのアパートはすぐに打ち壊しだし、気に入っていただけに残念だな。それに警察局に戻ったらまた仕事の毎日かあ……」
ヒートはそろそろくるというのに、ひどく鬱屈した気分だ。
まあ、一番の要因は彼がいないのもある。リルくんとは病院で話をしてから会っていない。課長と魔法薬取締官たちに取り囲まれた取り調べが終わって、すこししか言葉を交わせなかった。
レインが話したとおり、ぼくの寝室の壁にはぎっちりと袋詰めされたソフィアの粉末が埋め込まれていた。
ぼくを殺して、ソフィアの主犯に仕立てようとしたのは事実で、ぼくが処理した書類にも様々な痕跡を残そうとしていたらしい。リルくんはそのことに気づいて、レインが犯人なのではと早くから気づいたらしい。
そのため、家の中に盗聴器をいくつも仕込まれて監視されていたことも知った。寝室の情事も知られていて、ぼくは顔から火がでるほど恥ずかしかった。
とにかく、くだらない嫉妬のせいなのか、それとも体のいい標的だったのか。すごいことに巻き込まれしまった。
「……せっかくの休みなのに、全然うれしくない」
スマフォを手にとってみるが、そこには目当てのものはなく、連絡の手段はもうない。
「ララバイ☆サブスクアルファ~魔防法の前にお試しアルファの恋人(仮)~」なんて店はすでにどこにも存在しておらず、気づいたときにはスマフォからアプリが消えていた。ちなみにぼくの口座には使った分よりも多すぎるほどのお金が匿名で入金されていた。
はあ……とまたため息をついたとき、ピンポーンと軽快な音がひびいて、ぼくは「はーい」と返事を返した。
どうやら午前に頼んだルームサービスが届いたらしい。このホテルにはオメガ専用スタッフがいて、毎日食事やタオルを運んでくれる。
鍵があく音がして、部屋に入ってきて、ぼくは映画チャンネルの雑誌を手にとって顔をかくした。
リルくんのことを考えて、じわじわと身体がすこし熱くなってきた。リルくんのことを考えてどうやらヒートがきたのかもしれない。
……リルくんに会いたいな。もう一度会って、好きだって伝えたい。
はあ……とため息をついて、ふとだれかが目の前にいる気配がした。
雑誌から顔をあげると、帽子を目深にかぶった青年が大輪の薔薇の花を抱えて立っていた。
帽子をとって、いまにも泣きそうな顔でぼくをみつめる。
「リリ、リルくん!」
「ええと、その……。勝手に入ってきてごめんなさい……」
「い、いいけど……どうして……」
「その、実は仕事をやめてきたんです。それとどうしても、ニアさんに伝えたいことがあるんです」
仕事というと、宰相直轄の重大犯罪局。まさかの無職。もしかしてぼくのせいだろうか。
「あ、もう新しい仕事は見つけたからだいじょうぶ。たぶんびっくりするから黙っていたんだ。そんな悲壮な顔をしないで」
「そ、そうなんだ……。ええと……」
会いたいと思っていたけど、なにを話せばいいのだろうか。気まずい。
ほんとうはぎゅーと抱きついてキスしたい。手足だってピリピリして、まるでヒートがきたみたいに身体が疼く。
「ニアさん、その……。仕事のこととはいえ、いままで騙してごめん。盗聴器なんてしかけてごめんなさい。寝室のことも巣づくりのことも全部僕がデータを処理したから安心してほしい」
「い、いいよ。きみはぼくを見護ってくれたんだし、命だって助けてくれたんだから。ぼくなんてきみのこと運命の番いだなんて思い込んでずっと……」
ぎゅっと抱きしめられるともうだめだった。唇が重なった。キスで言葉が続かない。
あまいのかもしれないけど、あやうく殺されかけていたのでいまこうして生きているのもリルくんのおかげだ。
「ニアさん、ぼくもあなたを運命の番いだと思ってました。好きです。愛してます。一生大事にするからつきあってほしい。いや、結婚してほしい」
ぎゅうぎゅうに力を込められて、彼の愛のつまったセリフに膝から力が抜けそうになってしまう。
もしかしていまになって薬の幻覚症状がでてきているんじゃないだろうかと思って頬をつねる。
「……ニアさん?」
「いたたたッ……。その夢かなって思ってさ。ええと、ウォー……」
名前を呼ぼうとして、キスで遮られた。息継ぎできない情熱なキスをされた。唇と唇が重なり、お互いのものを味わう。身体がまたじんわりと温かくなる。
「僕の名前はオーウェンです。オーウェン・ログインです。ずっとあなただけのアルファでいてもいいですか?」
「……リ…じゃなくて。オーウェン。もちろんだよ。うれしい」
ぼくは彼に手を伸ばした。
「ニアさん、本当にごめんなさい」
「謝らないで。ぼくを命がけで護ってくれたんだから。ええと、それでさ……。非常にいいにくいんだけど、いまヒートがきたみたいなんだ……その……もう抱きしめられたらダメで……」
「最後まで責任はとります」
ぼくたちはぴったりと身体を抱きしめ合って、ふたたび熱い口づけを交わした。唇に深く刻むような愛のキス。
これからはサブスクではない、永遠の契約を交わそうと思う。
おわり
飲まされたソフィアを排出してから人化に戻り、ヒートが近いということでけっこういいホテルに移動した。病院の隔離施設でもよかったのに、どうしてかホテルの最上階のスイートに泊まっている。
ここはセキュリティがさらに厳しくて、セレブや貴族がよくヒート期間中に利用するらしく、不自由はせずにゴロゴロしている。
あれからレインという首謀者がつかまり、ソフィアと組織の全貌が暴かれ、事件は無事に終息をむかえた。
レインの息がかかったスパイも数人逮捕され、警察局生活保安課は大変な騒ぎになっててんやわんやの状態らしい。課長は人手不足に頭を悩ませて、さっそく一人採用を決めたようだ。
「ホテルをでたら家を探さなきゃな。あのアパートはすぐに打ち壊しだし、気に入っていただけに残念だな。それに警察局に戻ったらまた仕事の毎日かあ……」
ヒートはそろそろくるというのに、ひどく鬱屈した気分だ。
まあ、一番の要因は彼がいないのもある。リルくんとは病院で話をしてから会っていない。課長と魔法薬取締官たちに取り囲まれた取り調べが終わって、すこししか言葉を交わせなかった。
レインが話したとおり、ぼくの寝室の壁にはぎっちりと袋詰めされたソフィアの粉末が埋め込まれていた。
ぼくを殺して、ソフィアの主犯に仕立てようとしたのは事実で、ぼくが処理した書類にも様々な痕跡を残そうとしていたらしい。リルくんはそのことに気づいて、レインが犯人なのではと早くから気づいたらしい。
そのため、家の中に盗聴器をいくつも仕込まれて監視されていたことも知った。寝室の情事も知られていて、ぼくは顔から火がでるほど恥ずかしかった。
とにかく、くだらない嫉妬のせいなのか、それとも体のいい標的だったのか。すごいことに巻き込まれしまった。
「……せっかくの休みなのに、全然うれしくない」
スマフォを手にとってみるが、そこには目当てのものはなく、連絡の手段はもうない。
「ララバイ☆サブスクアルファ~魔防法の前にお試しアルファの恋人(仮)~」なんて店はすでにどこにも存在しておらず、気づいたときにはスマフォからアプリが消えていた。ちなみにぼくの口座には使った分よりも多すぎるほどのお金が匿名で入金されていた。
はあ……とまたため息をついたとき、ピンポーンと軽快な音がひびいて、ぼくは「はーい」と返事を返した。
どうやら午前に頼んだルームサービスが届いたらしい。このホテルにはオメガ専用スタッフがいて、毎日食事やタオルを運んでくれる。
鍵があく音がして、部屋に入ってきて、ぼくは映画チャンネルの雑誌を手にとって顔をかくした。
リルくんのことを考えて、じわじわと身体がすこし熱くなってきた。リルくんのことを考えてどうやらヒートがきたのかもしれない。
……リルくんに会いたいな。もう一度会って、好きだって伝えたい。
はあ……とため息をついて、ふとだれかが目の前にいる気配がした。
雑誌から顔をあげると、帽子を目深にかぶった青年が大輪の薔薇の花を抱えて立っていた。
帽子をとって、いまにも泣きそうな顔でぼくをみつめる。
「リリ、リルくん!」
「ええと、その……。勝手に入ってきてごめんなさい……」
「い、いいけど……どうして……」
「その、実は仕事をやめてきたんです。それとどうしても、ニアさんに伝えたいことがあるんです」
仕事というと、宰相直轄の重大犯罪局。まさかの無職。もしかしてぼくのせいだろうか。
「あ、もう新しい仕事は見つけたからだいじょうぶ。たぶんびっくりするから黙っていたんだ。そんな悲壮な顔をしないで」
「そ、そうなんだ……。ええと……」
会いたいと思っていたけど、なにを話せばいいのだろうか。気まずい。
ほんとうはぎゅーと抱きついてキスしたい。手足だってピリピリして、まるでヒートがきたみたいに身体が疼く。
「ニアさん、その……。仕事のこととはいえ、いままで騙してごめん。盗聴器なんてしかけてごめんなさい。寝室のことも巣づくりのことも全部僕がデータを処理したから安心してほしい」
「い、いいよ。きみはぼくを見護ってくれたんだし、命だって助けてくれたんだから。ぼくなんてきみのこと運命の番いだなんて思い込んでずっと……」
ぎゅっと抱きしめられるともうだめだった。唇が重なった。キスで言葉が続かない。
あまいのかもしれないけど、あやうく殺されかけていたのでいまこうして生きているのもリルくんのおかげだ。
「ニアさん、ぼくもあなたを運命の番いだと思ってました。好きです。愛してます。一生大事にするからつきあってほしい。いや、結婚してほしい」
ぎゅうぎゅうに力を込められて、彼の愛のつまったセリフに膝から力が抜けそうになってしまう。
もしかしていまになって薬の幻覚症状がでてきているんじゃないだろうかと思って頬をつねる。
「……ニアさん?」
「いたたたッ……。その夢かなって思ってさ。ええと、ウォー……」
名前を呼ぼうとして、キスで遮られた。息継ぎできない情熱なキスをされた。唇と唇が重なり、お互いのものを味わう。身体がまたじんわりと温かくなる。
「僕の名前はオーウェンです。オーウェン・ログインです。ずっとあなただけのアルファでいてもいいですか?」
「……リ…じゃなくて。オーウェン。もちろんだよ。うれしい」
ぼくは彼に手を伸ばした。
「ニアさん、本当にごめんなさい」
「謝らないで。ぼくを命がけで護ってくれたんだから。ええと、それでさ……。非常にいいにくいんだけど、いまヒートがきたみたいなんだ……その……もう抱きしめられたらダメで……」
「最後まで責任はとります」
ぼくたちはぴったりと身体を抱きしめ合って、ふたたび熱い口づけを交わした。唇に深く刻むような愛のキス。
これからはサブスクではない、永遠の契約を交わそうと思う。
おわり
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