上 下
27 / 29

第三十話

しおりを挟む
「あ、なんかおつまみ的なものある? お腹空いてきちゃった☆」

「ええとポットローストならあります。温めてもってきますね」

 昨日の夕食の残りがあった。ぼくはキッチンに移動し、鍋を温めて皿に盛りつけた。トレーにのせて戻るとレインがスマフォを勝手にいじっていて、おもわず熱々の肉を放り投げるところだった。

「レイン!」

 あわててトレーをテーブルに置いて、スマフォをレインの手から奪うようにとる。勝手に人の携帯画面をみるなんてありえない。いくら同僚でもさすがにやりすぎだ。
 眉をつり上げてレインを見ると、てへぺろと小さな舌をだしてる。 

「あは☆ ごめん、勝手にスマフォ見ちゃった。退会しようとしてたんでしょ? メッセージも送っておいたよ」

「うそ……」

 ひゅっと息が止まる。

「ほ・ん・と☆ ご指名は画面にあったリルくんでしょ。お気に入り登録ひとつだったからすぐわかったよ。だから、ニアっぽく丁寧な文章で退会メッセージもだして送っちゃった☆」

「な、なんてことを……」

 膝から力が抜けて、愕然と天井を仰ぎみた。
 天使が舞い降りてきそうなくらい、ひどいショックを受けて打ちのめされる。そんなぼくの肩をレインがポンっと叩いてグラスを差しだしてきた。

「まままま。泣いていたって失恋でしょ。今日は飲もうよ。あ、そうだ。あげたビタミン剤って飲んだ? あれ、飲むと気分がとっても上がるんだよ。ほら、いま飲んでみなよ」

「い、いまって……」

「うん、いま! 同じのやつがあるから、いま特製のやつ作ってあげるね」

 とくとくとグラスに水を注がれて、慣れた手つきで白い粉を振りかけて、ぐるぐるとスプーンでかき回す。
 
「……レイン、ビタミン剤なんていらないです。もう夜も遅いし、帰ってください。お酒も持って帰ってゆっくり家で休んでください。明日はぼくが交通フェアにでますから」

「いいのいいの。ぼくのことは気にしないで。ね、これ飲んでぐっすり眠って」

「いや、だから……」

「いいの、ぼくのことはいいの。気にしないで。ごくっと一気飲みしちゃって」

「レイン……ぐっ……ちょっと……」

 レインがグラスをもった手を傾けて、ぼくは一気に薬が混ざったものをむりやり飲まされる。

「このビタミン剤はね、ちょーっと眠くなる効果があるんだ。じわじわ効いてきて、目覚めたらお花畑にいるかもしれないぐらいにね☆」

「……そ、そうなん……ですか……」

 グラスの中のものが胃の中に押し込まれて、ぜんぶ飲み切った。
 気のせいか、ふわっとした浮遊感につつまれ、気のせい視界がぼやけて見える。眠くなってきた。

 そのときだった。玄関扉のブザーがけたたましく鳴り響いた。

「うわっ! こんな夜中にだれだろう!?」

 なんどもなんどもブザーが鳴る。
 眠気がふっとび、ぼくは急いで玄関にはしる。ブザーが鳴り止まない。おまけに激しくノックしてくる。もしかしたら隣から苦情がきたのかもしれない。

 玄関扉をあけようとしたら、レインが心配そうにぼくのあとをついてきた。

「ニア、開けないほうがいいよ。きっとヤバいやつだよ……」

「でも……」

「あの……、アプリから連絡いただいているララバイ☆サブスクアルファのものです。ニアさん、開けてください……」

「うわっ、ありえない。退会届けだしてから五分もたってないよ。こわっ! ニア、夜中に突然くるなんてあやしいよ。やめときなよ~」

 レインがぼくの背後に立っていった。
 たしかに退会してから数分しかたってない。扉のむこうからするリルくんの声に、ドアノブをつかむ手がふるえる。
 どうしてこんな夜中にやってきたんだろう。それほど大事な話なのだろうか……。
 でも、いまはレインがいる。今夜は夜も遅いし、挨拶だけ交わして、ちがう日に約束と取りつければいい。

「ニアさん、開けてください。だれかいるんですか? いま、あなたと話がしたい」

 リルくんの悲痛な声が胸をしめつけ、おもわずドアを開ける。そこには捨てられた仔犬というよりは殺気せまる目のリルくんがいた。

「リ……ルくん……?」
「あーあ、やっぱり。もうバレちゃったか。お役ごめんだね、ニーア。せっかく大量のお酒を買ってきて、失恋中にOD薬の過剰摂取して死亡っていうシナリオが台なしじゃーん! おしぼりで指紋も消したのにざんねんだなぁ」

 上体がうしろに引き倒されて、レインの細い前腕が喉を潰すようにホールドした。
 そして、ぼくは首にヒヤリと硬くて鋭利なものが当たるのを感じた。ちょうどそこは頸動脈だ。

「ニアさん——……!」

 もしかして、ぼくは玄関でグサッされちゃうのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獅子王と後宮の白虎

三国華子
BL
#2020男子後宮BL 参加作品 間違えて獅子王のハーレムに入ってしまった白虎のお話です。 オメガバースです。 受けがゴリマッチョから細マッチョに変化します。 ムーンライトノベルズ様にて先行公開しております。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

君の番として映りたい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
全9話/オメガバース/休業中の俳優アルファ×ライター業で性別を隠すオメガ/受視点/ 『水曜日の最初の上映回。左右から見たら中央あたり、前後で見たら後ろあたり。同じ座席にあのアルファは座っている』 ライター業をしている山吹は、家の近くのミニシアターで上映料が安い曜日に、最初の上映を観る習慣がある。ある時から、同じ人物が同じ回を、同じような席で見ている事に気がつく。 その人物は、俳優業をしている村雨だった。 山吹は昔から村雨のファンであり、だからこそ声を掛けるつもりはなかった。 だが、とある日。村雨の忘れ物を届けたことをきっかけに、休業中である彼と気晴らしに外出をする習慣がはじまってしまう。 ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

[BL]王の独占、騎士の憂鬱

ざびえる
BL
ちょっとHな身分差ラブストーリー💕 騎士団長のオレオはイケメン君主が好きすぎて、日々悶々と身体をもてあましていた。そんなオレオは、自分の欲望が叶えられる場所があると聞いて… 王様サイド収録の完全版をKindleで販売してます。プロフィールのWebサイトから見れますので、興味がある方は是非ご覧になって下さい

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

要らないオメガは従者を望む

雪紫
BL
伯爵家次男、オメガのリオ・アイリーンは発情期の度に従者であるシルヴェスター・ダニングに抱かれている。 アルファの従者×オメガの主の話。 他サイトでも掲載しています。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

処理中です...