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第二十五話
しおりを挟む「あら、切れちゃった。さすが諜報部隊隊長、ブラッドソードのアーサーね。残念だわ。ベビーフェイスには似合わず名前は健全ってとこね」
さいあくだ。
これで、せっかくの隣室の会話が聞き取れなくなった。
同僚のリリーがイヤホンをはずして、短い舌打ちをうった。エルフが舌打ちするなんて、リリーしかいない。この相棒のせいで、妖精やエルフのイメージは総崩れだ。
「リリー、もうあきらめよう」
「あーあ、やだわ。せっかくあのアーサーのゴシップをゲットできると思ったのにな」
「だからあそこに盗聴器なんて無駄だといったんだ。相手は最強騎士十二人を束ねた、アーサーだぞ。隣国の二部隊を殲滅においやった、冷酷で残酷な血まみれの騎士団一の諜報員だ」
「まあね、彼ってかわいいのにアレでしょ。血まみれといっても剣だけで、返り血は一滴も浴びていないっていう伝説の騎士よ。弱味くらい欲しいじゃない。けど、あの合コンうらやましいかったわ~。私が参加したかったぐらいよ。アルファ側は竜人に、ブラッドソードでしょ。ベータのほうもそれなりにいい物件だったし、上層部が見たら涎がでちゃうんじゃない? あ~あ、どこかにいいエルフいないかしら~」
あくびを押し殺しながら、尖った耳からイヤホンを外して他人事のようにリリーがしゃべった。
たしかにあの合コンは最強で最悪だった。
事前に入手したデータから竜人であるルーベンスを警戒していたが、まさかあのブラッドソードがニアさんに目をつけてプライベートデートに誘うなんて予想もしていなかった。
「それよりも、ニアさんの疑いは晴れただろう。もう彼から手を引くべきだ」
「わかっているわよ。あなたが入手した資料でレイン・クーパーが主犯ということがわかったからね。彼の金庫から調合方法も探しだせたわけだけど、まだ証拠が足りないわ。捜査資料として所持していたといったら元もないし、アジトだって踏み込めていないもの。監視は必要よ」
「……クソ。確たる証拠があればすぐに捕まえられるんだけどな」
「まあ、たしかにはやく彼をあの部屋からださないとまずいかもね。アジトが隣だと物騒だし、たしかさっきこの店にくるとき、レインが接触して白い粉を渡していたのって、ソフィアかなにかの薬でしょ。あなた、週末にあう予定だったっけ?」
リリーが舌なめずりしながらトングを持って、肉をしゃぶしゃぶし始めた。エルフが肉を食べないというのは都市伝説かもしれない。腹ごしらえにしてはすごい量を鍋にいれてゆらしている。
僕はかるく咳払いをして、白滝を皿に持ってリリーの質問に答えた。
「いや、まだアポイントはきてないよ。でも、ヒートがちかいしそろそろくると思う。こないなら、こっちから外に誘ってみるよ。主犯は今日の夜にパーティーをするんだろう?」
「ええ、いま別部隊が追っているわ。証拠を固めているところよ」
「……それで話があるんだ。リリー―。この件が済んだら、僕は彼にすべて話すつもりだ。いいかな?」
「あー……。そうね。ニア・パタル。彼をあいしているってこと?」
リリーが目玉をぐるりと回した。いいたいことはずべてわかっている。
エージェントが標的と恋なんてご法度だ。それは百も承知だが、彼がシロとわかってニアさんと添い遂げたいと決めた。ぜひとも事件解決とともにこの恋を実らせたい。
「そう。僕は彼をあいしてるんだ。もちろん、まだデートもしてないし、身体もちゃんと重ねてない。でも、彼は運命なんだ。もう彼を手放したくない」
「ふーん。いいんじゃない? でもぜんぶこの件が解決してからにしてね。余計なことで手をわずらわせたくないの。まあ、あなたが告白したとしても彼が逃げなきゃいいわね。私もあなたのサブスクアルファもそろそろ終わりだと思うとさびしいかったけど、彼のために厳重な警察局のセキュリティを抜けて金庫を破ったのは愛の力ね」
にやりと視線をむけて、僕はかっと顔が熱くなる。これではニアさんの赤面がうつったみたいだ。
さすが女の勘はするどい。
清掃員を装って、ニアさんが働く姿を目にしながら金庫の中身をスマフォにおさめた。
「リリー……、ありがとう。とりあえず僕はトイレにいってくるよ」
「まあ、そのほうが無難ね。いきなり部屋をでていったらあやしまれちゃうわ。しかも、ウォーエン。さりげなく隣を偵察にいってこようという魂胆ね」
「コードネームで僕の名前をいうなよ」
「わかってるわよ、それともリルリルフェアリルってよんだほうがいいのかしら?」
「うるさい。とにかく、もどったらすぐにここをでよう」
「ええ、そのほうがよさそうね。彼、騎士団の中では超一流の諜報員だから勘がするどいものね。こっちからスカウトかけたいぐらいだわ」
リリーが鍋から野菜を取り皿に盛って、はふはふと食べはじめ、ぼくは部屋をでた。隣では楽しげな会話が交わされて、アーサーの笑い声までも聞こえる。
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