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第十四話

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 たしかにレインはやり手だし、キャバ嬢やホストの顔見知りも多い。
 夜の巡回もなんなくこなすし、夜の街での新店舗はだれよりも知っているし、ナンバーワンのプライベートまで熟知している。

 ぼくはメニュー表を閉じるとギルがロンさんを肘で脇腹をつついた。
 
「ロン。さしすせそを覚えてきたか?」

「あ、う、うん……。さすが、知らなかった、すごいねとセンスがいいねだっけ。えーと、あとはそうなんだ……とかだったかな……。うん」

「よし、完璧だ。あんたはずっとそれを呪文のようにつぶやいていろ。ハイテンションで相槌を打って、その場を盛り上げていけばいい。死体検案書の不備についてとか、頭蓋の割れ方とかキモい話題はふるなよ。マジで、絶対にやめろよな」

「わ、わかった……」
「こら、ギル。いじめですよ」
「だあほ。心配してやってんだよ。せっかくの合コンに胃薬持参できたんだぞ!」
「むりやり連れてきたんでしょう。ロンさん、なにかあったらぼくにいってくださいね」
「あ、ありがとう。でもギルとはいつもこんな感じだから気にしなくてだいじょうぶだよ」
 
 こくこくと懸命にうなずくロンさんにどうしても同情の視線を送ってしまう。

「ちぇっ、わかったよ。邪魔者のオレは電話してくる」

 ギルが相手方と連絡をとりつけている間、ぼくたちは雑談というかお互いの自己紹介を交わした。

「ロンさん、こういう場は初めてなんですか?」

「う、うん……。合コンとかしたことないよ……」

「なんとなくアルファって近寄りがたいですからね。ぼくも初めてなんです、合コン。でも、あれ……。ロンさん、うなじに傷が……」

「ああ、うん。ツガイはいるんだ。そういっても相手は結婚もしてて、その……むこうは子どももいてさ。えっと……、その、ギルはそれを心配して誘ったんだと思う」

「結婚して子どもも……、なんというか」
 
 ダブルの悲惨さに、なにも声をかけられず息を呑んでしまう。不倫でもしているのかといやな予感が頭をよぎったけど、魔防法で合法的にツガイになったのを思い出す。
 この国ではオメガは必ず番いを持たないといけない。そのためマッチングアプリよりひどい条件で国が率先してオメガにアルファをあてがうめんどくさい悪法があるのだ。

「ああ、むこうとは友人だよ。おれはこれ以上はなにも望んでないし、むこうも同じ気持ちだと思う。ごめん、急にこんな話をしちゃって。……だめだね、陰気な話をしてごめん」

「いいえ。こちらこそ込みいったお話を聞いてすみません……」

「いやいや、こっちこそ。それでニアさんは……」

 ロンさんがなにやらいいかけたところで、ずいっとギルが横から割り込んできた。
 場があたたまったのを見計らってもどってきたようだ。まあ、根がいいやつなのでしょうがない。口だけわるいのはもう慣れた。

「なんだよ、おまえら辛気臭い空気をだしやがって。いいか? おしとかやで王子をまっているだけのお姫様の時代は終わったんだ。いまは野心あふれる前衛的なプリンセスの時代だ。デリヘルに入れ込んで、生活費を節約している悲惨な状況から抜けだすべきだな」

「デリヘルじゃなくてサブスクです」 

 きっぱりといい返すと、ギルは立ち上がってぼくの額をデコピンしてはじいた。

「同じだろうが。だあほ!」

「まあまあ、ギル。誘ってきてもらったニアさんに酔っぱらって絡むなよ。まだ始まってもないだろう。ほら、水を飲んで落ち着こう」

 ロンさんがギルの背中をなでて着席させ、冷水の入ったグラスを渡した。
 ごくごくと飲んで、短い舌打ちを打ってまだしゃべる。

「ちっ。とにかく、ふたりともいいやついたらモーションをかけるんだな。連絡先を交換するぐらいって……。おい、アルファ様たちがきたぞ」

 顔を上げると、店の入口に新規の客がいた。

 人数はふたり。彼らは両方こざっぱりとした無難な服装で顔は整っていた。
 やさしげな顔立ちのひょろっとした青年と、もう片方は凛々しくて目を惹くほどの超絶のイケメンだ。俳優みたいにカッコイイ。
 もちろん鎧を身につけなくても、シャツの下にすばらしいほど肉体が備わっているのは周囲の女性客の視線でもわかる。涎を垂らしながらこっちをみつめる店員もいた。

 そんな状況でぼくだけがほっとしていた。

 昨夜、リルくんが騎士団の飲み会は田舎の消防団より恐ろしいとか脅かされたので胸をなでおろすしかなかった。てっきりピンクコンパニオン派遣先並みの酔った消防団か、頬に傷を負ったマフィアみたいな集団がくるかと思ったからだ。

 どうやらそうでもなさそう。

 ……でも、やっぱりリルくんがいいな。

「おーい。こっちこっち!」

 さっそくギルが手を挙げると長身の男たちがこちらの席にやってきた。

「あ……えっと……」

 ロンさんの抜けた声がした。
 気まずさを顔に張りつけて、さっそく逃げたくなるような表情になっていた。
 まるで過去に殺されそうになった殺人犯と対面したような顔に似ている。
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