上 下
1 / 29

第一話 イチャイチャしつつ、性交渉です

しおりを挟む

 アルファの溺愛は愛の妙薬よりもあまく、溶かしてやまない。
 そんな科白が、このイカれた世界にある。
 魔法使いがうじゃうじゃと存在し、アルファがオメガを求めてやまない、人と魔獣が入り混じったこの狂った娑婆に。


 玄関扉のブザーがけたたましく鳴り響いて、ぼくはソファから起き上がる。

 掃除と片付けは完璧。
 トイレはピカピカ、廊下にはチリひとつない。寝室のカーテンは閉じられ、すでにダウンライトが頼りなげにやわらかく茜色に照らされている。

 もちろん、サイドボードの下にはティッシュにコンドーム、それに漏らしたときのためにバスタオルも畳んで隠して用意してある。
 準備万端というところか。

 ちなみにこれはおとり捜査でもないし、こんなことはだれにも知られたくない。知られたら最悪すぎる。

 手にした魔工具のスマフォに目を落とす。
 画面には「ララバイ☆サブスクアルファ~魔防法の前にお試しアルファの恋人(仮)~」が艶やかな文字でチカチカと輝いていた。

 落ち着くんだ、ニア。
 初めてのサブスクアルファだ。
 
 相手の名はリル。男。第二の性はアルファ。
 年齢二十代前半、身長190以上、体重平均値。
 性格は穏やかきゅるるん、癒し系。
 チェンジ二回まで。
 期間は半年。お試し期間は三ヶ月。
 性病検査は提出済み。
 獣人で犬科。できればレトリバー希望だ。

 サブスクと名はつくが、いわば風俗(デリヘル)。
 対象はオメガだけだったが、昨今の経済事情でベータの客も取り込んでいるらしく、多種多様の客層を抱える大型店舗。
 
 むりやり襲われそうになったら、すぐに胸ポケットにある魔法省の警察手帳をつきつけて相手を畏縮させればいい、はず。

 トントンと申し訳ない程度のノックが聞こえた。一枚の扉を隔てて相手がいるとわかると、ドアノブにかけた手が震える。

「あの……、アプリから連絡いただいているララバイ☆サブスクアルファのものです。こちら、ニアさんのお宅でしょうか……」

「そうです……。ニアです。中種のチンチラです」

「よかった。重種ならナワバリが強固だからアパートを間違えたと思った……」

「ど、どどど」

 どうぞ中へがいえない。
 細くひらいた隙間から、貴公子然とした青年が頼りなげにこちらをみつめている。
 この瞬間と例えるならば、ビビビッときたというところか。それとも矢に刺さったというところか。
 まさに運命。天使。凶悪犯じゃなくてよかった。もし指名手配犯なら現行犯で逮捕している。

「あの……?」

 あまりに見過ぎだのか、お相手が固まっている。

「あ、あ、あ。すみません……」
「いえ、こちらこそ遅れてごめんなさい。違うアパートメントだったらどうしようと思っていたので安心しました」

 ふうとついた安堵のため息も軽やかで、湖畔の静謐な空気がただよってきそう。
 顔面偏差値は特上の国賓級。プロフィールよりも写真写りのよい美青年。
 癖っ毛の黒髪に、目鼻立ちはすっきりとしていて瞳は青みを帯びた黒。まるで吸い込まれそうなくらい澄んだ目だ。

「あの…、どうしましたか?」
「はははははははい。中へどうぞ……」

 眩いほどの神々しい光に包まれて、彼は玄関に入る。優雅な動作で手を差し出して、その手を握ってすぐに現実に引き戻される。
 彼は丁寧に一礼して僕を見上げた。その吸い込まれそうな瞳にくらりとしてしまう。

「はじめまして。サブスクアルファのフェアリーズリリリルーです。リルと呼んでください。よろしくお願いします」

 なんつう源氏名なんだというツッコミはひとまず置いておこう。まるで妖精か精霊みたいな名前じゃないか。
 それでもだ。ぼくは背中に羽根がついてないか確かめようと思えないほど緊張していた。両手の指をまっすぐ第二関節まで伸ばしてただ突っ立ってうなずいていた。

「は、はひ」

 しまった。

 この瞬間で、ぼくの第一印象は地に落ちた。
 さらにぼくはリルリルフェアリルという噛んでしまいそうな名前に、あわてふためいてまた舌を噛んでもう一回落ちた。

「緊張しているんですね。ぼくも同じです。では、まずはアロママッサージからしましょう。もちろん初回特典という形でたっぷりとサービスしますよ」

「はい……。よろしくお願いします」

「もう家の中に入ってもいいですか? お試し期間はキスとおさわりだけで、本番はありませんが楽しんでいただけるようにがんばります」

「ど、どどうぞ……よろしくお願いいたします」

 礼儀正しくされると、客なのにこちらも丁寧に返さざるを得なくなる。

「今日が初出勤なんです。よろしくお願いします」
 
 にこりとこぼす眩しい笑顔。やっぱり運命なのかもしれないと勝手に二回ほど思った。
 
 人を招き入れられる程度になった寝室に案内し、彼はほほ笑みながらぼくのあとについてきた。
 ただただ緊張して、うつ伏せになりながらマッサージをされつつ、絨毯箒交通安全法を唱えていたのだけは憶えている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君の番として映りたい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
全9話/オメガバース/休業中の俳優アルファ×ライター業で性別を隠すオメガ/受視点/ 『水曜日の最初の上映回。左右から見たら中央あたり、前後で見たら後ろあたり。同じ座席にあのアルファは座っている』 ライター業をしている山吹は、家の近くのミニシアターで上映料が安い曜日に、最初の上映を観る習慣がある。ある時から、同じ人物が同じ回を、同じような席で見ている事に気がつく。 その人物は、俳優業をしている村雨だった。 山吹は昔から村雨のファンであり、だからこそ声を掛けるつもりはなかった。 だが、とある日。村雨の忘れ物を届けたことをきっかけに、休業中である彼と気晴らしに外出をする習慣がはじまってしまう。 ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

【短編】劣等αの俺が真面目くんに付き纏われているのはなぜだ? 〜オメガバース〜

cyan
BL
ダイナミクス検査でαだと発覚した桐崎賢斗だったが、彼は優秀ではなかった。 何かの間違いだと言われ、周りからαのくせに頭が悪いと馬鹿にされた。 それだけが理由ではないが、喧嘩を繰り返す日々。そんな時にクラスメイトの真面目くんこと堂島弘海に関わることになって……

獅子王と後宮の白虎

三国華子
BL
#2020男子後宮BL 参加作品 間違えて獅子王のハーレムに入ってしまった白虎のお話です。 オメガバースです。 受けがゴリマッチョから細マッチョに変化します。 ムーンライトノベルズ様にて先行公開しております。

[BL]王の独占、騎士の憂鬱

ざびえる
BL
ちょっとHな身分差ラブストーリー💕 騎士団長のオレオはイケメン君主が好きすぎて、日々悶々と身体をもてあましていた。そんなオレオは、自分の欲望が叶えられる場所があると聞いて… 王様サイド収録の完全版をKindleで販売してます。プロフィールのWebサイトから見れますので、興味がある方は是非ご覧になって下さい

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

要らないオメガは従者を望む

雪紫
BL
伯爵家次男、オメガのリオ・アイリーンは発情期の度に従者であるシルヴェスター・ダニングに抱かれている。 アルファの従者×オメガの主の話。 他サイトでも掲載しています。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

XCX
BL
見習い薬師であるティオは、同期である兵士のソルダートに叶わぬ恋心を抱いていた。だが、生きて戻れる保証のない、未知未踏の深淵の森への探索隊の一員に選ばれたティオは、玉砕を知りつつも想いを告げる。 傷心のまま探索に出発した彼は、森の中で一人はぐれてしまう。身を守る術を持たないティオは——。 人嫌いな子持ち狐獣人×見習い薬師。

処理中です...