26 / 44
26 多視点
しおりを挟む
―――何を焦っているのか・・・・その問いに、レインベリィは膝の上で握りしめていた拳に更に力を込めた。
「俺は・・・怖いんだと思う」
「・・・・『番』が、ですか?」
ルリの言葉に静かに頷くレインベリィは、大きく息を吐いた。
「あぁ、『番』が、怖い。俺はエリが好きだ。愛している。もう、彼女が傍にいない世界では生きていけないほど」
ルリとスイは口を挟む事なく、黙ってレインベリィを見つめる。
「すぐにでも竜芯を飲ませ、安心したい。だが、こればかりは俺一人の気持ちだけでは駄目なんだ。だから、焦る・・・」
これだけ江里の事を想っているのであれば、『番』が現れても気持ちが揺らぐことは無いのではないかと、他者は思うだろう。
だが、そんな事ではないのだ。
まるで何らかの強制力が働いたかのように、惹きつけられるのだという。
他種族からは「結局それだけの気持ちだったんだろ」とも言われるが、そんな訳がない。
心と身体が分離してしまったようになるから、苦しいのだ。心の中では、愛しい人は変わらない。
いっそのこと、心すら本能に服従できればこんなにも苦しまなくてもいいのに・・・と、妻と子を捨てた男は嘆いているという。
レインベリィは思いのほか早くから江里に惹かれていった。だが、江里の世界に合わせこれまで我慢してきたのだ。
ここにきてようやく元の姿に近づき告白できたが、帰国する時間が近づいている。
この森にいる間は、きっと『番』が現れても気づかないはずだ。
だが、ここから出た瞬間、兆候が現れたら?
この気持ちは、どうなるんだ?
「・・・不安しかない」
眉根を寄せ苦悶の表情のレインベリィは、どこにでもいる恋に悩む青年のようで微笑ましいが、その相手が主となればルリ達も黙って見過ごすわけにはいかない。
神の愛し子の相手として竜帝であるレインベリィは申し分ない。竜人族は『番』でなくとも、たった一人にだけ愛情を捧げ浮気をすることは無いのだから。
まぁ、遠い過去には女性にだらしない竜人もいたようだが、はっきり言ってそちらの方が珍しい位、竜人族は一途。
小さくなった竜帝に、本当に子どもに接するような江里の態度は、肩書など持たなくてもレインベリィを愛してくれるのだと確信させたのかもしれない。
ルリとスイもレインベリィの恋を応援したと思っている。
幼体の時から、江里に対し健気であざといアプローチを見せていただけに、想いが叶えばいいなと親戚のおばちゃん・・・もとい、お姉さん目線で見守ってきたのだから。
だが、『番』に関しては話は別である。
物語の様に架空の話ではない。現実に起きた事であり、起きるかもしれない事。
主である江里に、愛する人に裏切られるという悲しい思いをさせてはいけない。いや、させない。
ルリとスイは頷き合うと、レインベリィに手を差し出した。
「では、一度外に出てみますか?」
「そうすれば『番』が現れたかわかるのでは?」
姉妹の言葉に、レインベリィの表情が強張る。
だが、しばし沈黙の後「そうだな」とその手を取り、立ち上がった。
結界の境に三人立ち、ルリはレインベリィに結界を通る時には決して手を離さない様念を押した。
ルリとスイの様に結界に入る許可を彼は、江里から貰っていない。
ルリとスイに両手を繋がれながら、レインベリィはここに連れてこられてから初めて結界外へ出た。
「空気が・・・違うのだな・・・」
結界内と外では空気が明らかに違っていた。
結界内は空気が清浄で軽かった。
だが外ではすべての匂いが濃く空気そのものが重く感じるのだ。
例えるなら体にかかる重力が違うような、そんな感じが近いかもしれない。
三人でアーンバル帝国の方向へと無言で歩いて行く。
どのくらい歩いただろうか。
「どうですか?距離があるとわからないものですか?」
ルリは周囲を警戒しながら、レインベリィに声を掛けた。
「距離は関係ない。ただ『番』に関しては謎が多い。同じ年齢なのに突然『番』として現れたりするんだ。何かきっかけがあるのかもしれない」
『番』がこの世に存在した時点で兆候が現れるならまだしも、レインベリィは三百年も生きていて一度もそれが無いのだ。
「・・・・わずかな手掛かりとしては・・・結婚してから、現れてますね・・・」
「しかも異種族婚。竜人族同士は婚約した時点で竜芯を交換し合うから、『番』の気配すら感じる事ができない」
「なるほど・・・でも、三百年も生きていて現れなかったのに、好きな人ができたからその可能性が出てきたなんて・・・呪いと言われても仕方がないですね」
ルリとレインベリィの会話を黙って聞いていたスイが「これは私の想像なのですが・・・」と、声を上げた。
「私、各種族の生態について調べてみたんです。銀狼族ではハーレムを築きますが、誰でも入れるわけではない様なのです」
「え?単なる女好きではなかったの?」
ルリの中での銀狼族は、ただの女好きの種族になっているようだ。
「男性が女性を選ぶ基準ですが、その女性が発するフェロモンなのだそうです」
「フェロモン?」
ルリとレインベリィは意外そうに眼を見開く。
「はい。発情期に発する女性のフェロモンが、好ましいか好ましくないかで決まるそうなのです。それは他種族でも似たような話が合って、発情期でなくともわずかにフェロモンが出ているよで、それに惹かれあうのだとか」
「フェロモン・・・・」
レインベリィは少し考え込むように、足を止めた。
「もしかしたら・・・誰かと結婚したときに竜人族も何らかのフェロモンが出ているのかしら?」
「フェロモンと仮定して、恋人の時ではなく、結婚したときに出るフェロモンに反応するの?恋人の時と結婚の時とどう違うのかなぁ?」
ルリとスイが仮定を前提にそれぞれの考えを述べ合っていると、レインベリィが何かを思い出したように目を見開き呟いた。
「あながち間違いでもないのかも」と。
「俺は・・・怖いんだと思う」
「・・・・『番』が、ですか?」
ルリの言葉に静かに頷くレインベリィは、大きく息を吐いた。
「あぁ、『番』が、怖い。俺はエリが好きだ。愛している。もう、彼女が傍にいない世界では生きていけないほど」
ルリとスイは口を挟む事なく、黙ってレインベリィを見つめる。
「すぐにでも竜芯を飲ませ、安心したい。だが、こればかりは俺一人の気持ちだけでは駄目なんだ。だから、焦る・・・」
これだけ江里の事を想っているのであれば、『番』が現れても気持ちが揺らぐことは無いのではないかと、他者は思うだろう。
だが、そんな事ではないのだ。
まるで何らかの強制力が働いたかのように、惹きつけられるのだという。
他種族からは「結局それだけの気持ちだったんだろ」とも言われるが、そんな訳がない。
心と身体が分離してしまったようになるから、苦しいのだ。心の中では、愛しい人は変わらない。
いっそのこと、心すら本能に服従できればこんなにも苦しまなくてもいいのに・・・と、妻と子を捨てた男は嘆いているという。
レインベリィは思いのほか早くから江里に惹かれていった。だが、江里の世界に合わせこれまで我慢してきたのだ。
ここにきてようやく元の姿に近づき告白できたが、帰国する時間が近づいている。
この森にいる間は、きっと『番』が現れても気づかないはずだ。
だが、ここから出た瞬間、兆候が現れたら?
この気持ちは、どうなるんだ?
「・・・不安しかない」
眉根を寄せ苦悶の表情のレインベリィは、どこにでもいる恋に悩む青年のようで微笑ましいが、その相手が主となればルリ達も黙って見過ごすわけにはいかない。
神の愛し子の相手として竜帝であるレインベリィは申し分ない。竜人族は『番』でなくとも、たった一人にだけ愛情を捧げ浮気をすることは無いのだから。
まぁ、遠い過去には女性にだらしない竜人もいたようだが、はっきり言ってそちらの方が珍しい位、竜人族は一途。
小さくなった竜帝に、本当に子どもに接するような江里の態度は、肩書など持たなくてもレインベリィを愛してくれるのだと確信させたのかもしれない。
ルリとスイもレインベリィの恋を応援したと思っている。
幼体の時から、江里に対し健気であざといアプローチを見せていただけに、想いが叶えばいいなと親戚のおばちゃん・・・もとい、お姉さん目線で見守ってきたのだから。
だが、『番』に関しては話は別である。
物語の様に架空の話ではない。現実に起きた事であり、起きるかもしれない事。
主である江里に、愛する人に裏切られるという悲しい思いをさせてはいけない。いや、させない。
ルリとスイは頷き合うと、レインベリィに手を差し出した。
「では、一度外に出てみますか?」
「そうすれば『番』が現れたかわかるのでは?」
姉妹の言葉に、レインベリィの表情が強張る。
だが、しばし沈黙の後「そうだな」とその手を取り、立ち上がった。
結界の境に三人立ち、ルリはレインベリィに結界を通る時には決して手を離さない様念を押した。
ルリとスイの様に結界に入る許可を彼は、江里から貰っていない。
ルリとスイに両手を繋がれながら、レインベリィはここに連れてこられてから初めて結界外へ出た。
「空気が・・・違うのだな・・・」
結界内と外では空気が明らかに違っていた。
結界内は空気が清浄で軽かった。
だが外ではすべての匂いが濃く空気そのものが重く感じるのだ。
例えるなら体にかかる重力が違うような、そんな感じが近いかもしれない。
三人でアーンバル帝国の方向へと無言で歩いて行く。
どのくらい歩いただろうか。
「どうですか?距離があるとわからないものですか?」
ルリは周囲を警戒しながら、レインベリィに声を掛けた。
「距離は関係ない。ただ『番』に関しては謎が多い。同じ年齢なのに突然『番』として現れたりするんだ。何かきっかけがあるのかもしれない」
『番』がこの世に存在した時点で兆候が現れるならまだしも、レインベリィは三百年も生きていて一度もそれが無いのだ。
「・・・・わずかな手掛かりとしては・・・結婚してから、現れてますね・・・」
「しかも異種族婚。竜人族同士は婚約した時点で竜芯を交換し合うから、『番』の気配すら感じる事ができない」
「なるほど・・・でも、三百年も生きていて現れなかったのに、好きな人ができたからその可能性が出てきたなんて・・・呪いと言われても仕方がないですね」
ルリとレインベリィの会話を黙って聞いていたスイが「これは私の想像なのですが・・・」と、声を上げた。
「私、各種族の生態について調べてみたんです。銀狼族ではハーレムを築きますが、誰でも入れるわけではない様なのです」
「え?単なる女好きではなかったの?」
ルリの中での銀狼族は、ただの女好きの種族になっているようだ。
「男性が女性を選ぶ基準ですが、その女性が発するフェロモンなのだそうです」
「フェロモン?」
ルリとレインベリィは意外そうに眼を見開く。
「はい。発情期に発する女性のフェロモンが、好ましいか好ましくないかで決まるそうなのです。それは他種族でも似たような話が合って、発情期でなくともわずかにフェロモンが出ているよで、それに惹かれあうのだとか」
「フェロモン・・・・」
レインベリィは少し考え込むように、足を止めた。
「もしかしたら・・・誰かと結婚したときに竜人族も何らかのフェロモンが出ているのかしら?」
「フェロモンと仮定して、恋人の時ではなく、結婚したときに出るフェロモンに反応するの?恋人の時と結婚の時とどう違うのかなぁ?」
ルリとスイが仮定を前提にそれぞれの考えを述べ合っていると、レインベリィが何かを思い出したように目を見開き呟いた。
「あながち間違いでもないのかも」と。
10
お気に入りに追加
339
あなたにおすすめの小説
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
異世界転生したら、なんか詰んでた 精霊に愛されて幸せをつかみます!
もきち
ファンタジー
旧題:50代で異世界転生~現状はあまりかわりませんが…
第14回ファンタジー小説大賞順位7位&奨励賞
ありがとうございました(^^♪
書籍化に伴い、題名が一新しました。どうぞよろしくお願い致します。
50代で異世界転生してしまったが、現状は前世とあまり変わらない?
でも今世は容姿端麗で精霊という味方もいるからこれから幸せになる予定。
52歳までの前世記憶持ちだが、飯テロも政治テロもなにもありません。
【完結】閑話有り
※書籍化させていただくことになりました( *´艸`)
アルファポリスにて24年5月末頃に発売予定だそうです。
『異世界転生したら、なんか詰んでた ~精霊に愛されて幸せをつかみます!~』
題名が変更して発売です。
よろしくお願いいたします(^^♪
その辺の事を私の近況ボードで詳しくお知らせをしたいと思います(^_-)-☆
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
ゲームデバッカーの異世界修正〜ゲームだと思ったら異世界にやって来た俺、その事実に気が付かず追放された女勇者を助けて一緒にバグを取る。
水定ユウ
ファンタジー
“ここはゲームではなく異世界……しかし彼はその事実をまだ知らない”
高校生の大神鋼仁はゲームデバッカーのアルバイトをして小遣いを稼いでいた。ある日、鋼仁は実の姉から謎のプログラムの解明とバグ除去作業のバイトを持ち掛けられる。
姉に頭の上がらない鋼仁はVRゲームの世界へ。
しかしそこで待っていたのは、ゲームとは思えないクオリティの高い世界と低レベルのモンスターに苦戦する少女。
成り行きで少女を助けた鋼仁は驚愕する。少女の名前はファイン・ピーチフル。勇者パーティーを追放された勇者の一人だった。
何故かファインとパーティーを組むことになった鋼仁は、仲間達とバグを取り除き、追放した勇者パーティーにざまぁできるのか!?
■作品のおすすめポイント
1:ゲームかと思ったら異世界……はよくあるけれど、主人公のコージーは早い段階で気が付きつつも見なかったことにする視点。
2:追放ざまぁものではあるが、決して主人公が追放される訳でもなく、最強スキルを持ったヒロインが追放され、コージー達と共に少しずつ真価を発揮しざまぁしていく新しい設定。
3:ゲームらしく、それぞれのスキルを活かしつつ戦います。特に主人公コージー達の持つ【竜化】スキルの強力無比さを微かなデメリット共に活かしていきます。
■追記
1:投稿はまとめて行います。とりあえず一章を投稿し終えたら休載になりますが、いずれ章が書き終えたら投稿しますので、気長にお待ちください。
2:コメント(感想)・お気に入り(ブクマ)してくれると嬉しいです。気軽にで良いので、暇な時にでもお願いします。
3:現在開催中第4回次世代ファンタジーカップ、5/14(火)時点で、153位です。応援よろしくお願い致します。
次期公爵閣下は若奥様を猫可愛がりしたい!
橘ハルシ
恋愛
生まれてからずっと家族から疎まれ苛められ全く世間を知らない元姫に惚れて結婚したハーフェルト次期公爵テオドール。結婚してから全てを勉強中の妻シルフィアは好奇心旺盛で彼の予想の斜め上の行動ばかりする。
それでも何があっても妻が可愛くて可愛くて仕方がない夫は今日も隙を見て妻を愛でまくる。
そんな帝国に留学中で学生の旦那様と愛と自由を得て元気いっぱいの若奥様の日常です。
前作『綿ぼこり姫は次期公爵閣下にすくわれる』を読んでいなくても問題ありません。さらっと見ていただけたら幸いです。
R15は本当に念のため、です。一応、夫婦なので…。
彼女は1人ぼっちだから…
まるまる⭐️
恋愛
魔物から国を守る結界を張る為、異世界から聖女が召喚された。家族や友人からいきなり引き離され嘆き悲しむ聖女を、王太子であるアルベルトは罪悪感から側で支え続けようと誓う。だが、彼には幼い頃から共に人生を歩むと決めた大切な婚約者がいた。
カサンドラ・エバンズ公爵令嬢。この国の宰相の娘だ。彼女は幼い頃から父である宰相によって、未来の王太子妃として相応しくある様にと厳しく育てられた。しかしアルベルトは少しずつ彼女よりも聖女を優先するようになっていく…。
【完結】ドレスと一緒にそちらの方も差し上げましょう♪
山葵
恋愛
今日も私の屋敷に来たと思えば、衣装室に籠もって「これは君には幼すぎるね。」「こっちは、君には地味だ。」と私のドレスを物色している婚約者。
「こんなものかな?じゃあこれらは僕が処分しておくから!それじゃあ僕は忙しいから失礼する。」
人の屋敷に来て婚約者の私とお茶を飲む事なくドレスを持ち帰る婚約者ってどうなの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる