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ローレッタの前に顔を出したのは、栗色の髪と瞳を持つ、一見柔らかな雰囲気を感じさせる青年だった。
第一印象だけで彼女は目の前の青年を、色んな意味で自分よりも弱きものと判断したのだが・・・・
「はい、全て記録させていただきました。最後の一言は決定的ですね」
と、掛けていた眼鏡をはずしながら、殺伐とした地下牢には不釣り合いなほど爽やかな笑顔を浮かべた。
「しかも彼女、声が甲高いからとても聞き取りやすくて、助かりました」
ニコニコと、本当に嬉しそうに笑うので、思わずアリソンもつられて苦笑いしてしまう。
「ちょっと、こいつは誰よ!何をしていたのよ!!」
彼等の『記録』と言う言葉に、馬鹿なローレッタでも拙いと思ったのか焦った様に叫んだ。
「あ、初めまして。私、ユリアナ帝国宰相フォランド様の側近をしております、ダレル・アトキンソンと申します」
「フォランド様の、側近?」
ローレッタの顔色が一気に悪くなる。
フォランドの噂はフィルス帝国でもかなり有名だ。
両帝国の歴代宰相の中でも五指に入るくらい天才だと、まだ生きているのに色々な逸話が伝説の様に語り継がれている。
それは、一を以て万 を知るほどの切れ者。
そして皇帝を含む大切な者達に害を成す者を冷徹に陥れる腹黒さ。真偽は分からないが、そのえげつなさは、誰もが顔を顰めてしまうほどだと言う。
フィルス帝国の宰相ですらその能力に嫉妬していた。
それは、己にはフォランドに比べ秀でた物が何一つない事を痛いほど知っているからだ。
今の地位にいる事自体、色んな事が重なって手に入れた、ただ運が良かっただけの幸運。だからこそフィルス帝国の宰相はフォランドとは正反対の恐怖政治でそこに立っている。
政治の事に口を出す事はないローレッタだったが、フォランドの事を父親がまるで親の仇の様に憎々しく語るのを聞いて危険人物として覚えていたのだ。
「こ、この会話を全て記録したというの?」
そうだったら、非常にまずい。自国の騎士だけだと思っていたのと、この状況に混乱し怒りを感じていたから、本来言わなくてもいいことまで口を衝いてしまっていた。
彼女の背中を嫌な汗が流れ落ちる。
「はい。ちなみに公平さを欠かないようフィルス帝国側の方も同席していましたよ」
そう言うと、ダレルの後ろから顔なじみの男が現れた。
ジュリアン・ホールデン。彼もまたアリソン同様、フィルス帝国宰相の側近であり信頼のおける数少ない人間だった。
「ホールデン!私をここから出しなさい!」
これで助かった!とローレッタは安堵の笑みを漏らした。
彼は側近中の側近だ。彼が自分達を裏切る筈がない、必ず自分の味方になってくれると、ローレッタは疑うことなく声を上げた。
だが返ってきた言葉は、耳を疑うもので直ぐには理解できなかった。
「それは無理です、ローレッタ様」
「・・・・何を言っているの?あなた、お父様の側近でしょ!?私を牢に入れたままでいいと思っているの!?」
今だ自分の置かれている立場が分かっていないローレッタが、キーキーと騒ぎだした。
だが、そんな彼女に向ける彼の眼差しは、ひどく冷たい。
「ユーリ皇后陛下に対する不敬罪。加えて、サイザリス陛下に対する暗殺指示。どちらも庇いだて出来るものではありません」
「あ、暗殺指示って何よ!そんな事、一言も言って無いわ」
「『サイザリスを意のままに操れるよう痛めつけてくれない?最近、色々と口を出してきて煩いと、お父様が言っていたのよ』」
一語一句間違いなく、手元にある書類を読み上げるジュリアンに、ローレッタは悲鳴の様に叫んだ。
「それのどこが暗殺指示よ!!殺せとは一言も言っていないでしょ!?」
「ですが、『意のままに操れるように痛めつけろ』とは、最早殺してしまえと言ってるのと同じですよ。どの程度の痛めつけなのかはわかりませんが、意思を奪うまでとなれば生きてはいないのでは?」
「そんなの屁理屈よ!」
「それに最も重要なのは、宰相が『煩い』と言ったのを聞いて貴女が行動を起こした事です。我々は一応、宰相の側近を務めておりますが、積極的に政務をこなし始めたサイザリス陛下の事を宰相が疎ましく思っているのは知っていました。根本的に身分が違いますから宰相は、敢えて言葉にはしておりません。それは、『邪魔』『排除』などと言う言葉を漏らしただけでご自分の立場が危うくなる事を知っているからです」
「何を・・・お父様の地位はそんな事で揺らぐはずないでしょう!」
「いいえ、とても危ういですよ。我々にではなくローレッタ様にしか本音を言えないくらいは」
「そんなはず、無いわ・・・・お父様は皇帝より偉いのよ・・・・そんな・・・」
「貴女は先のクーデターの内情をご存じですか?」
突然、何を?とローレッタは訝しむが「お父様を失脚させようとした奴らを、国民を味方につけたお父様に反対に処刑追放されたのよね」ざっくりと自慢げに話す彼女にジュリアンは小首を傾げた。
「それは内情と言うよりも、表向きの話ですよね」
「は?表も裏も・・・それが真実でしょ?」
「全く違いますよ。宰相は国民をだまして政敵を排除したのです」
その当時、宰相のやり方に不安と危機感を持った貴族平民が集まり、聡明なサイザリスへ政権を戻そうとしていた。
だがそれを知った宰相が、王宮の下働きで出入りしていたとある青年に目をつけ、間者としてレジスタンスに潜り込ませたのだ。勿論、青年の家族を人質としてとる事を忘れない。
青年もまた家族の大黒柱である父親が病で倒れ、生活費や医療費で生活が困窮していた事もあり、高額な報酬と引き換えに宰相の意のままに動いた。
平民の大半の生活が苦しいのは宰相の政策の所為だということが周知の事実だとしても、自分の事を、家族達を・・・なにより大切な者達だけ守れればいいと彼に従い報酬を得る。
結果的に青年はとてもいい働きをし、クーデターは失敗に終わった。そして、青年は宰相により家族もろとも消されたのだった。
だが青年は万が一の事を考え、手紙を残していた。
事の全てを詳細に記したそれは、幼馴染であり想い人でもあった女性に託していた。自分が死んだら読むようにと。
幼馴染の女性も青年が好きだった。青年が死んでしばらくは放心状態だったが、ふと青年から預かった手紙の事を思い出し封を開いた。
そして、そこに書かれていた衝撃の事実に、悲しみよりも怒りに打ち震え歯を食いしばる。
青年は宰相の手足として動いているうちに、これから起きるであろう事に対しての恐怖と後悔が綴られていた。
そして今後、国民の生活が益々困窮していくであろう事や、それが自分の所為ではあるが後戻りは出来ないのだと、家族を守らなくてはいけないのだと。
どこか追い詰められたように書かれていた。
最後には、自分に何かあった時は家族を頼む旨と、幼馴染の女性への感謝の言葉と幸せを願う言葉で締めくくられていた。
青年のやったことは絶対に許される事ではない。いくら青年を愛していても、間違った事を正当化は出来ない。彼のしでかしたことは、余りにも大きすぎた。
青年に対しての怒りと失望もあるが、それ以上に宰相に対して今まで以上の憎しみが、全身を駆け巡る様に震えが止まらない。
これまでも、貴族本位の政策に宰相の評判は地に落ちた状態だったのだが、誰も助けてくれないのだろうと皆諦めていたのだ。
だが、蓋を開けてみれば貴族平民力を合わせ政権を取り戻そうとしていた。それは、正に希望だった。
それを知らなければ今だ絶望に慣らされながら、ただ生きていたのかもしれない。でも、この手紙で知ってしまった。
立ち向かおうとしている人達がいる事を・・・・
だからこそ、許せなかったのだ。
青年は確かに取り返しのつかない事をした。
この騒動で愛する人を失った者達、この大陸を後にしなくてはならなかった者達。その損失は計り知れない。
そして、この辛く悲しい生活を抜け出そうとしていた者達に与えた、失望。
それらすべてを壊したのだから、恨みを買って当然ではある。だが、いくら自分の立場を守る為とは言え、一人の国民を利用し家族ごと殺してもいいのか?
生活の為に甘言に乗った青年は確かに悪い。それでも、平和な飢えの無い生活を望む一国民なのだ。
貧困を盾に取り、利用するなんて。その貧困は一体誰が招いたものだと言うのか。
女性は青年の手紙を書き写し、青年の署名の下に自分の名前を書いた。
そして、宰相に、貴族に一矢報いる事は出来なくても、この事実を広めなくてはいけないと、手紙を・・・まずは親友へと託した。
そして託された者は書かれていた名前の下に署名し、信頼できる者へと手紙を回していく。
何十枚にもなる署名の用紙。
後にこれが、地下へと潜ったレジスタンスの希望となったのだった。
第一印象だけで彼女は目の前の青年を、色んな意味で自分よりも弱きものと判断したのだが・・・・
「はい、全て記録させていただきました。最後の一言は決定的ですね」
と、掛けていた眼鏡をはずしながら、殺伐とした地下牢には不釣り合いなほど爽やかな笑顔を浮かべた。
「しかも彼女、声が甲高いからとても聞き取りやすくて、助かりました」
ニコニコと、本当に嬉しそうに笑うので、思わずアリソンもつられて苦笑いしてしまう。
「ちょっと、こいつは誰よ!何をしていたのよ!!」
彼等の『記録』と言う言葉に、馬鹿なローレッタでも拙いと思ったのか焦った様に叫んだ。
「あ、初めまして。私、ユリアナ帝国宰相フォランド様の側近をしております、ダレル・アトキンソンと申します」
「フォランド様の、側近?」
ローレッタの顔色が一気に悪くなる。
フォランドの噂はフィルス帝国でもかなり有名だ。
両帝国の歴代宰相の中でも五指に入るくらい天才だと、まだ生きているのに色々な逸話が伝説の様に語り継がれている。
それは、一を以て万 を知るほどの切れ者。
そして皇帝を含む大切な者達に害を成す者を冷徹に陥れる腹黒さ。真偽は分からないが、そのえげつなさは、誰もが顔を顰めてしまうほどだと言う。
フィルス帝国の宰相ですらその能力に嫉妬していた。
それは、己にはフォランドに比べ秀でた物が何一つない事を痛いほど知っているからだ。
今の地位にいる事自体、色んな事が重なって手に入れた、ただ運が良かっただけの幸運。だからこそフィルス帝国の宰相はフォランドとは正反対の恐怖政治でそこに立っている。
政治の事に口を出す事はないローレッタだったが、フォランドの事を父親がまるで親の仇の様に憎々しく語るのを聞いて危険人物として覚えていたのだ。
「こ、この会話を全て記録したというの?」
そうだったら、非常にまずい。自国の騎士だけだと思っていたのと、この状況に混乱し怒りを感じていたから、本来言わなくてもいいことまで口を衝いてしまっていた。
彼女の背中を嫌な汗が流れ落ちる。
「はい。ちなみに公平さを欠かないようフィルス帝国側の方も同席していましたよ」
そう言うと、ダレルの後ろから顔なじみの男が現れた。
ジュリアン・ホールデン。彼もまたアリソン同様、フィルス帝国宰相の側近であり信頼のおける数少ない人間だった。
「ホールデン!私をここから出しなさい!」
これで助かった!とローレッタは安堵の笑みを漏らした。
彼は側近中の側近だ。彼が自分達を裏切る筈がない、必ず自分の味方になってくれると、ローレッタは疑うことなく声を上げた。
だが返ってきた言葉は、耳を疑うもので直ぐには理解できなかった。
「それは無理です、ローレッタ様」
「・・・・何を言っているの?あなた、お父様の側近でしょ!?私を牢に入れたままでいいと思っているの!?」
今だ自分の置かれている立場が分かっていないローレッタが、キーキーと騒ぎだした。
だが、そんな彼女に向ける彼の眼差しは、ひどく冷たい。
「ユーリ皇后陛下に対する不敬罪。加えて、サイザリス陛下に対する暗殺指示。どちらも庇いだて出来るものではありません」
「あ、暗殺指示って何よ!そんな事、一言も言って無いわ」
「『サイザリスを意のままに操れるよう痛めつけてくれない?最近、色々と口を出してきて煩いと、お父様が言っていたのよ』」
一語一句間違いなく、手元にある書類を読み上げるジュリアンに、ローレッタは悲鳴の様に叫んだ。
「それのどこが暗殺指示よ!!殺せとは一言も言っていないでしょ!?」
「ですが、『意のままに操れるように痛めつけろ』とは、最早殺してしまえと言ってるのと同じですよ。どの程度の痛めつけなのかはわかりませんが、意思を奪うまでとなれば生きてはいないのでは?」
「そんなの屁理屈よ!」
「それに最も重要なのは、宰相が『煩い』と言ったのを聞いて貴女が行動を起こした事です。我々は一応、宰相の側近を務めておりますが、積極的に政務をこなし始めたサイザリス陛下の事を宰相が疎ましく思っているのは知っていました。根本的に身分が違いますから宰相は、敢えて言葉にはしておりません。それは、『邪魔』『排除』などと言う言葉を漏らしただけでご自分の立場が危うくなる事を知っているからです」
「何を・・・お父様の地位はそんな事で揺らぐはずないでしょう!」
「いいえ、とても危ういですよ。我々にではなくローレッタ様にしか本音を言えないくらいは」
「そんなはず、無いわ・・・・お父様は皇帝より偉いのよ・・・・そんな・・・」
「貴女は先のクーデターの内情をご存じですか?」
突然、何を?とローレッタは訝しむが「お父様を失脚させようとした奴らを、国民を味方につけたお父様に反対に処刑追放されたのよね」ざっくりと自慢げに話す彼女にジュリアンは小首を傾げた。
「それは内情と言うよりも、表向きの話ですよね」
「は?表も裏も・・・それが真実でしょ?」
「全く違いますよ。宰相は国民をだまして政敵を排除したのです」
その当時、宰相のやり方に不安と危機感を持った貴族平民が集まり、聡明なサイザリスへ政権を戻そうとしていた。
だがそれを知った宰相が、王宮の下働きで出入りしていたとある青年に目をつけ、間者としてレジスタンスに潜り込ませたのだ。勿論、青年の家族を人質としてとる事を忘れない。
青年もまた家族の大黒柱である父親が病で倒れ、生活費や医療費で生活が困窮していた事もあり、高額な報酬と引き換えに宰相の意のままに動いた。
平民の大半の生活が苦しいのは宰相の政策の所為だということが周知の事実だとしても、自分の事を、家族達を・・・なにより大切な者達だけ守れればいいと彼に従い報酬を得る。
結果的に青年はとてもいい働きをし、クーデターは失敗に終わった。そして、青年は宰相により家族もろとも消されたのだった。
だが青年は万が一の事を考え、手紙を残していた。
事の全てを詳細に記したそれは、幼馴染であり想い人でもあった女性に託していた。自分が死んだら読むようにと。
幼馴染の女性も青年が好きだった。青年が死んでしばらくは放心状態だったが、ふと青年から預かった手紙の事を思い出し封を開いた。
そして、そこに書かれていた衝撃の事実に、悲しみよりも怒りに打ち震え歯を食いしばる。
青年は宰相の手足として動いているうちに、これから起きるであろう事に対しての恐怖と後悔が綴られていた。
そして今後、国民の生活が益々困窮していくであろう事や、それが自分の所為ではあるが後戻りは出来ないのだと、家族を守らなくてはいけないのだと。
どこか追い詰められたように書かれていた。
最後には、自分に何かあった時は家族を頼む旨と、幼馴染の女性への感謝の言葉と幸せを願う言葉で締めくくられていた。
青年のやったことは絶対に許される事ではない。いくら青年を愛していても、間違った事を正当化は出来ない。彼のしでかしたことは、余りにも大きすぎた。
青年に対しての怒りと失望もあるが、それ以上に宰相に対して今まで以上の憎しみが、全身を駆け巡る様に震えが止まらない。
これまでも、貴族本位の政策に宰相の評判は地に落ちた状態だったのだが、誰も助けてくれないのだろうと皆諦めていたのだ。
だが、蓋を開けてみれば貴族平民力を合わせ政権を取り戻そうとしていた。それは、正に希望だった。
それを知らなければ今だ絶望に慣らされながら、ただ生きていたのかもしれない。でも、この手紙で知ってしまった。
立ち向かおうとしている人達がいる事を・・・・
だからこそ、許せなかったのだ。
青年は確かに取り返しのつかない事をした。
この騒動で愛する人を失った者達、この大陸を後にしなくてはならなかった者達。その損失は計り知れない。
そして、この辛く悲しい生活を抜け出そうとしていた者達に与えた、失望。
それらすべてを壊したのだから、恨みを買って当然ではある。だが、いくら自分の立場を守る為とは言え、一人の国民を利用し家族ごと殺してもいいのか?
生活の為に甘言に乗った青年は確かに悪い。それでも、平和な飢えの無い生活を望む一国民なのだ。
貧困を盾に取り、利用するなんて。その貧困は一体誰が招いたものだと言うのか。
女性は青年の手紙を書き写し、青年の署名の下に自分の名前を書いた。
そして、宰相に、貴族に一矢報いる事は出来なくても、この事実を広めなくてはいけないと、手紙を・・・まずは親友へと託した。
そして託された者は書かれていた名前の下に署名し、信頼できる者へと手紙を回していく。
何十枚にもなる署名の用紙。
後にこれが、地下へと潜ったレジスタンスの希望となったのだった。
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