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しおりを挟むはぁ・・・・疲れた・・・・
有里はぽすん・・・と、ベットに倒れ込んだ。
疲れたとは言っても、久々に感じる心地良い疲れで、皆からの祝福を思い出し、一人にまにまと口元はだらしなく緩みまくる。
結婚式兼食事会が終わり、皆にお礼を述べながら送り出したあと、アルフォンスは急用が入ったらしくフォランド達と執務室に真っ直ぐ向かって行き、部屋には有里しかいなかった。
先ほどまではリリとランもいたのだが、何やら意味ありげな笑みを残し早々に退出している。
なんか、ほのぼのと・・・温かい食事会で、嬉しかったなぁ・・・
彼の奥さんになる事が不安で仕方なかったけど、彼等がいてくれるから・・・頑張れそうな気がする。
ずっと心の中にあった不安が、すっと軽いものになった気がして、知らず知らず小さな笑い声が漏れた。
結婚式に招待された面々は、有里と普段から親しくしていた人ばかり。
皆の前で婚姻書に署名はしたが、ほぼ披露宴の様なもので本当に信頼のおける人達だけを集めた立食パーティーだった。
リリやラン、フォランド、アーロン、エルネストは当然、何時も警護してくれているシェス達、庭師家族、プロムベルク伯爵、料理長や仲良くしている文官数人などなど。
人数にすれば約三十人程度ではあるがとても温かい夕食会となり、有里は嬉しそうにそれぞれの人達と話し笑い合った。
無礼講・・・とまではいかないが、かなり身分の垣根の取り払われたそれは、互いをより身近に感じ、これまで以上の信頼関係を築ける、招待された誰もがそう感じた有意義な場だった。
プロムベルク伯爵に関しては、彼の領地には鉱山があり質の良い宝石が採れると有名で、王都では宝飾店を営んでいる。
その所為か、有里とアルフォンスが嵌めている結婚指輪に興味深々の様子。
「おや?ユーリ様と陛下、おそろいの指輪をなさっているのですか?とてもシンプルなデザインですね」
この国には夫婦間の指輪交換という風習が無い。伯爵は有里のいた世界に興味がありよく話を聞いていたので、その世界に習っての指輪交換なのだと直ぐにわかったのだが、これだけ執着している女性に、質は良いものなのだろうが飾り気のない指輪を贈るという事が納得できなかったようだ。
だが、当の有里はというと嬉しそうに、まるでテレビで見る結婚会見の様に左手を挙げて見せた。
「ふふふ・・・結婚指輪は常に身に付けているから邪魔にならないようにシンプルなのよ。その代わり、婚約指輪っていうのもあって、それは宝石がついた・・・まぁ、人によっては豪華なものを贈るわね」
「そうなのですか・・・参考になります」
そう言いながら伯爵はうんうんと頷く。
次第に弾んでいく二人の会話に周りは少し引き気味だったが、どこか商談のような雰囲気に苦笑しつつも生暖かい眼差しで見守っている。
その間のアルフォンスはというと、有里から離れる事は無いものの、普段は滅多に親交のない文官や庭師家族などと交流を深めていた。
彼も有里の行動の全てを把握しているわけではない。なので、自分の知らない所での有里の話を聞く事が出来、彼にとってかなり有意義な時間となっていた。
お互いがお互いに楽しく実のある時間を過ごしていると、有里と伯爵の商談?が、めでたく成立したようだ。
「・・・・・成程・・・参考になります。ユーリ様、後日、その件に関しお知恵を拝借いただきたいのですが」
「私で良ければいくらでも」
満面の笑みで有里が返せば、伯爵も嬉しそうに何度も頷いた。
そして唐突に、恭しく臣下の礼をとった。
「陛下、ユーリ様。私の忠誠は未来永劫お二方のもの。私ごときではたいしてお役に立たないかとは思いますが、どうぞご自由に私をお使いください」
突然の伯爵の申し出に有里は目を白黒させ、だがアルフォンスは嬉しそうに口元を緩める。
「伯爵の申し出、嬉しく思う。だが、そんなに畏まらなくてもよい。これまで通り、ユウリの力になってもらえるのであれば」
そして彼はゆっくりとこの場に居る人達の顔を見渡した。
「この場に招待させてもらった皆は心より信頼ができ、ユウリを任せられると勝手ながら私が判断させてもらった」
思いもよらないその言葉に、一瞬皆が息を飲むのがわかった。
「皆も知っての通り、彼女は女神ユリアナに召喚される前はこことは別の世界で生きていた。その文明や常識はこの世とは全く違うもの。慣れるにはかなりの時間を要する事だろう。ましてや我が妻となれば、公務もこなさなければならない。それに・・・皆の様に好意的な感情を持つ者ばかりではない事も事実」
アルフォンスは有里の腰を引き寄せ、驚きに目を見張り見上げる有里に柔らかな笑みを返す。
「ユウリを、どうか支えて欲しい」
そう言いながら、アルフォンスは招待客に対し頭を垂れた。
その行為は信じられないものであり、皆が驚きに目を見開き、有里も同じように硬直する。だが、慌てたようにならって頭を下げた。
「そ、その様な勿体ないお言葉・・・此処に居る我々の気持ちは皆同じであります。どうぞ、頭をお上げください」
焦った様な伯爵の声。そして、その場に居る全ての人間が膝をつき胸に手を当て、二人を見上げた。
「我等は喜んで陛下とユーリ様のお力になりましょう。取るに足らないものかもしれませんが、どうぞ、存分にお使いください」
有里にとってその時の感動と言ったら、これまで生きてきた中でダントツだった。
皆の言葉や気持ちが・・・上手く言えないが、見えないモノなのにまるで暖かいベールの様なもので優しく包まれていくかの様な波動を感じて、涙腺が一気に崩壊してしまったのだ。
その後はもう思い出しただけでも恥ずかしい位にグダグダだった。折角お化粧してもらったのに全て剥げ落ち、目と鼻は真っ赤。
それでも皆は変わらず優しかった。その優しさが更に拍車を掛け涙が止まらなくなってしまったのだ。
アルフォンスにはこのような場を設け、尚且つ頭を下げてくれた事、感謝してもしきれない思いと自分でも驚くくらいの愛しさが溢れ出てきて、思わず幸せだなぁ・・・と、しみじみ噛みしめてしまう。
そんな事を考えながらどれくらいベットの上でゴロゴロしていたのか・・・このままでは眠ってしまいそうだと、はっとしたように有里は起き上がりソファーへと移動する。
アルフォンスと沢山話がしたくて、改めてお礼が言いたくて、彼が来るのをリリとランが用意してくれた果物やお菓子をちまちま食べながら待つ事にした。
だが、有里の予想を裏切りさほど待つことなくアルフォンスはやってきた。しかも少し慌てたように。
「おかえりなさい。お仕事は終わったの?」
にこやかに出迎えてくれる有里に、アルフォンスは何処かほっとしたように息を吐いた。
「待たせてすまなかった」そう言いながら有里の頬に手を伸ばし、優しく目元をなぞる。
そんな彼に甘える様に頬を摺り寄せながら有里も微笑む。
「全然待ってないよ。それよりも・・・忙しいのに私の為にこの様な食事会を開いてくれて、ありがとう。すごくすごく、嬉しい」
本当に嬉しいという気持ちを隠すことなく、まるで花が咲く様なほほ笑みを向けてくる有里にアルフォンスは、ぐっ・・・っと喉を鳴らし横を向いた。
「アル?」
「お前は・・・本当に・・・・」
「??」
有里が首を傾げたと同時に、アルフォンスは彼女を抱き上げベッドへと足を向けた。
「ア、アル?」
わたわたする有里を優しくベッドに下ろすと、アルフォンスは真剣な顔をしながら彼女に覆いかぶさり、見つめた。
「ユウリ、俺はもう遠慮はしないから」
「遠慮?」
何の事だと疑問符いっぱいの答えにアルフォンスは、やはりな・・・という顔になる。
「今日は俺とユウリが結婚した日だ。婚姻書に名前も書いた。指輪も交換した。披露宴とやらもやった。俺たちは紛れもなく夫婦になった」
「うん。そうだね。・・・・何か、こう、改めて言われると照れちゃうね!」
てへへ・・と、色気も素っ気もない笑みだが、惚れた弱みとでもいうのか、照れてほんのり朱色に染める目元が艶めかしく見えてくる。
「と言うわけで、身も心も夫婦となる大切な日でもある、と俺は思うのだ」
と、語尾を多少自信なさげに締めてしまったのは仕方がない。有里の態度がアルフォンスが思っていた、初夜を迎える花嫁の態度とあまりにかけ離れているから。
挫けそうな心を叱咤し、アルフォンスは彼女の額に優しい口付けをひとつ。
「俺はこれからユウリを抱くよ?」
きっぱりと宣言された有里は、一瞬何を言われたのか分からないとばかりに首を傾げたが、その数秒後にはまるで熟れたリンゴの様に真っ赤になった。
「ア・・・ア、ル・・・」
「俺は、ユウリの全てが欲しい。ここに存在する全てだ・・・・髪の毛一本たりとも誰かに渡すつもりはない。・・・俺は欲張りなんだ・・」
そう言いながら、鼻が触れあうほどに顔を近づける。
「心も身体も手に入れたい。だけれど人の心など移ろい易いもので、そのすべてに楔を打ちたかった。俺から離れられないように・・・だから結婚を急いだ。たかだか紙切れ一枚にサインをするだけのもの。されど、その効果は絶大だ。・・・・・使えるもの全てでユウリを繋ぎ止める。例えユウリが嫌がっても、手放してなどやるつもりはない」
いきなりの告白に、大きく目を見開く有里に「嫌われても、憎まれても、だ」と眼を細めた。
この人は、何を心配しているのだろうか?・・・・と、有里はそっとアルフォンスの頬に手を伸ばした。
「ねぇ、私ってそんなにすぐ浮気するように、見える?」
「そんなんじゃ・・・ないんだ・・・」
「うん・・・なんとなくだけど、わかる。不安なんだよね?」
「不安なんてもんじゃない。あの時みたいに、消えてしまうんじゃないかって・・・・時々、無性に怖くなる」
確かにあの幼少時の出来事はアルフォンスにとっては、まさに『恐怖体験』だったのかもしれない。
この執着はそれに対する『トラウマ』だ。
でも、不安を抱いているのは彼だけではない。
妻になる不安はさておき、徒ならぬ顔面偏差値のこの世界。
自分は『女神の使徒』という肩書を横に置いたとして、何の魅力もない小娘だ。
黒い髪に黒い瞳・・・多分これがかなりインパクトがある。だからそれがなくなり、この世界の人達の様に、例えば金髪碧眼だったとすれば、取るに足らない容姿だという事は、自分が一番分かっている。
確かに顔の作りが違うから―――そこら辺の物珍しさもあるのだろうが・・・
だから、どちらかといえばいつ何時、彼の好みの女性が出てきて心を奪われるか・・・自分が愛想を尽かすより、尽かされる確立が大きい事を何故わからないのだろうかと、疑問に思ってしまう。
「いや、どちらかというとアルの心配は無用だと思う。だって、私はアルの為に此処に居るんだもの。消えるという事はないわ。それよりも、どちらかといえば私の方が心配かな?」
「ユウリが心配?俺の妻になる事がか?」
「違う。いつ貴方の目が覚めてしまうか、よ」
彼女の言葉に、わからないとばかりに眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
「今は記憶が戻って、あの時の感情に引きずられているから、私に執着してるんだと思うの。でも、冷静に周りを見た時に疑問を持つんじゃないかと思って・・・」
その言葉に、アルフォンスの眉間に益々深いしわが刻まれ、瞳の輝きが剣呑なものへと変わっていった。
「俺の気持ちが一過性のものだとでも言うのか?」
これまでに聞いたことのない低い声色に、有里はびくりと身体を震わせた。
「記憶が戻る前に、俺は既にユウリを好きだった。―――いや、今思えばユリアナにより我が腕に降りたユウリを見た瞬間から、心を奪われていたのだと、今ならわかる」
あの時の、言葉では言い表すことのできなかった感情。
だが、それが『愛おしい』という事なのだと気づけば、遠慮や戸惑いなどという気持ちは全て消え、ただただ、彼女が欲しかった。
「俺の気持ちが、信じられないということか・・・・」
唸るようなその言葉と声に、有里は「傷つけてしまった!」と、焦った様に彼の首に手を回しその頭を抱き寄せた。
「違う!アルの事は信じてる!だけど・・・・不安なの・・・・私が勝手に不安になってるだけで・・・」
抱き寄せた耳元でポツリポツリと、あまり知られたくないどろどろとした感情を吐露すれば、アルフォンスは「はぁぁぁ・・・・」と大きく息を吐き、有里の胸に顔を埋め身体を預けるように全身の力を抜いて覆いかぶさった。
自分の一言でアルフォンスの気分を損ねたのかもしれない。
でも、やはり不安は不安なのだ。それはしょうがないと、思う。・・・・と、そこまで考え、有里はおやっ?と首を傾げた。
なんか、理由は違えどお互いに同じような事で、不安がってる??
アルは幼少期のトラウマで、私がいなくなる事が不安。
私は顔面偏差値の事で、いつ捨てられるか不安。
それは相手を結婚なんてモノで縛り付けてしまうほど、大事で大事でしょうがないから・・・・
それに気づけば、私達って何て馬鹿なのかしら・・・と、有里は全身からふっと力を抜いた。
そして「・・・・ふふふ・・・」と、嬉しさを隠すことない笑い声を漏らした。
「ユ、ウリ?」
こんなにも不安な気持ちを吐露し自己嫌悪に陥っているというのに、有里は可愛らしく笑い胸を震わせている。
「・・・・臆病者だって・・・思ってる?」
胸元からどこか拗ねた様な、くぐもった声が聴こえてくる。
「違う!違う!なんて言うか・・・幸せだなって、改めて思った」
「こんなにも無様で、独占欲丸出しなのにか?」
「それはお互いさま。―――こうして話せて良かった。私の不安を知ってもらえて、アルの不安も知る事が出来て―――・・・大好き」
その一言に、アルフォンスは勢いよく身体を上げた。次の瞬間、圧迫からの解放感と共に冷めていく温もりに寂しさを感じ、そっと彼の頬に手を伸ばした。
彼の独占欲は、裏を返せばこんなにも私は、愛されているのだと。
そして私の独占欲も、何より誰より彼を愛しているのだと。
「なんか、改めて思った。心の奥底から好きなんだって。好きとか愛してるとか・・・そんな言葉が陳腐なものに感じるほど」
有里はアルフォンスの首に腕を絡ませながら、少しだけ身体を浮かせ彼に口付けた。
「ユ・・ウリ?」
「私を、奥さんに選んでくれて、ありがとう」
ほんのり頬を染め、はにかむ様に眩しそうに目を細め見上げてくる有里は、凶悪なまでに可愛らしい。
そんな有里を見て、アルフォンスは「ぐっ・・」と喉を鳴らす。
こんなに可愛らしくも美しいのに、彼女はあまりにも自己評価が低い。それは薄々気付いていたのだが、まさかここまで不安になっているとは思ってもみなかった。
彼女の抱いている不安などアルフォンスからしてみれば、全く持ってあり得ない事なのでさほど気にも留めてはいなかったが、彼女の中ではとても重要な事だったようだ。
だが、これからは―――「そんな不安など感じる暇などないほど、愛する事を誓おう」
そう耳元で囁けば、有里は真っ赤になり口をはくはくさせている。
そして、正に消えそうな小さな声で一言。
それは、アルフォンスの理性の箍を簡単に弾き飛ばすほどの威力を持っていた。
「よろしく、おねがいします・・・旦那様」
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