上 下
10 / 65

10

しおりを挟む
有里達が執務室を退出すると、アーロンはお茶をすすりながら大きな溜息を落とした。
「ユーリ、最強だね。無意識な分、余計に凶悪と言うか・・・」
アルフォンスの食べカスぺろりの他にも、有里は大人の・・というか、母親全開で三人の食べ盛り男子の面倒をみていった。
それはここにいる男達の心を、色んな意味で鷲掴みするくらいの威力はあったようだ。
「見た目は可愛いんだけど、完全に母親だよね」
そして先日、騎士団の練習場へひょっこり顔を出した時の有里の事をアーロンは話し始めた。

庭園の手伝いの帰りだと言って練習場へ立ち寄ると、ちょうど騎士の一人が恋人に今日、求婚するのだと同僚にからかわれている場面に出くわした。
それを見て有里は、部屋に飾る為に貰った籠いっぱいの花を整え、髪を結んでいたリボンを解き、可愛らしいブーケを作って彼に渡したのだ。
「もし良かったら、彼女さんにこれをあげて?」
「えっ!?いいんですか?」
恐縮する騎士に有里はその花束に負けないほどの笑顔を向けた。
「当然でしょ!この花束が少しでもあなたの力になれたら嬉しいもの。老婆心ながら協力させて」
騎士は感動のあまり涙目になり何度も感謝を述べる。
女神の使徒から貰ったブーケで求婚。失敗する気が起きないくらい強力な援護だ。
周りの騎士達も気さくに接してくる有里に敬意を表しながらも親しみを感じ、彼女が顔を出せば自然と周りに集まり雑談をし始めるのだ。

「俺びっくりしたんだよね。いつの間にか近衛師団の連中、ほとんどの奴らと顔見知りになっていて。和気藹々だったんだよ」
城内だけではない。この大陸中で今、有里は話題の人なのだ。
城で働く者は全てが城内に住んでいるわけではない。町から通ってくるものもいるし、出入りする業者もいる。
その人達が大ニュースとして町に広げたのだ。女神の使徒、降臨と。
しかもその使者はとても可愛らしく、気さくで、優しいのだと・・・
それ以外にも、尾ひれが何重にもついて、たった二、三ヵ月で伝説のような内容になっていた。
その事実を有里だけが知らない。

「人気があるのはいいことだけど・・・危険もその分増してくるからなぁ」
「そうですね・・・分け隔てなく皆と接するのは良い事ですが、中には馬鹿な勘違い野郎が出てくるかもしれません。侍従長、リリとランには今以上に気を配るよう話しておいてください」
フォランドはエルネストに視線を投げると、彼は小さく頷き返した。
「それに・・・隣の大陸にも話は流れてるだろうから・・・」
アーロンは少し考え込むように眉を寄せた。
「お隣も益々、きな臭くなってきてますからね・・・」
フォランドの言葉にアルフォンスは、ソファーに預けていた背を起こした。
「セイルの港町の状況は?」
「あまり良くないようですね・・・先日もこちらから兵を派遣したのですが、予想以上に治安が乱れてきているようです」
フォランドの言葉に、アルフォンスは溜息を吐きながら、再度、背もたれに体を預けた。
「手遅れになる前に、計画を進めなくてはならないな・・・」
「まさか、アルが・・・?」
アーロンは驚いたように問うが、何が、とは言わない。
「この国を守るのが俺に役目だからな」
と、此度の掃討作戦には自ら陣頭指揮を執る事を告げたのだった。

セイルとは、ツェザリ国にある港町で、隣のフィルス帝国に最も近い町だ。
その所為か、隣の大陸からの難民、傭兵崩れのならず者がこの町を目指しやってくるのだ。
警備を強化しているものの、港町を取り囲むように守るのは不可能で、隙をついては上陸してくる。
それと比例して町の治安は乱れ始めた。
基本、難民は受け入れるようにし、各国で幸せに暮らしている者達もいる。
だが、ならず者たちは、闇夜に紛れ犯罪を繰り返し、その町に留まることなく帝国を荒らし始めていた。
一度、掃討作戦を行いはしたが、また新たに上陸する。まるでいたちごっこできりが無い。
基本的な問題、フィルス帝国内の問題が解決しない限り、同じことの繰り返しなのだと誰もが分かっている。
だが、下手に干渉すれば一触即発の事態にもなりかねない。それほどまでに彼の国は荒れているのだ。
国が乱れた原因。それは、フィルス帝国は此処何代か指導者に恵まれていない事にある。
昔はユリアナ帝国同様、豊かな大陸だった。だが、ある時を境に徐々に乱れ衰退していったのだ。
そして今では国交断絶にまで発展し挙句、この国の豊かさを手に入れようと戦は仕掛けては来ないものの、間諜や暗殺者まで送り込んでくること数え切れず。

「ユーリがいるからな。何かあってからでは遅い」
思案顔のアルフォンスにフォランドはニヤニヤと意味深な視線を送った。
「・・・何だ?気持ち悪い顔をして」
「いいえ、アル自ら出陣となれば、ユーリは寂しがるのでは?一日や二日では帰ってこれないのですから」
「そーだよね。ユーリはこっちに来てまだそんなに経っていないし。不安になるんじゃない?」
「・・・なんだ、お前たちは俺が出る事に反対なのか?」
「いーや。皇帝自ら出陣となれば士気は上がるし、例えならず者相手でも雷帝と呼ばれるアルがいてくれればこっちは有難いさ」
アルフォンスは政の才だけではなく、戦事に関しても秀でており鬼神の如く敵を薙ぎ払い、アーロンをも凌ぐ力を持っていた。
彼が振るう宝剣は闇をも切り裂く稲妻の剣とも呼ばれ、その使い手であるアルフォンスは雷帝とまで呼ばれている。
その戦の鬼神が共にいてくれるのは兵たちにとっては喜ばしい事。
だが、いつも先陣をきって戦う彼の危険度も言わずもがな上がり、守り切る自信はあるが、いつも無茶をし負傷するアルフォンスにアーロンはハラハラしどうしなのだ。
だからあえて有里を盾に釘を刺す。
「でも、アルが無茶をしていつもみたいに怪我なんてしたら、ユーリが心配する。彼女が住んでたのは戦のない平和な国のようだから」
その一言にアルフォンスは「ぐっ・・・」と唸る。
「そうですね。早く帰りたいがために無茶をし、ユーリを悲しませるようなことを、アルはしませんよね?」
怖い笑顔を張り付けたフォランドが、それ以上の恐怖を覚えるくらいの抑揚のない声でアルフォンスに同意を求めた。
「フェル・・・怖いからその顔、やめろ・・・」
「失礼ですね。確かに貴方がいればならず者の掃討は簡単でしょう。ですが、焦りは禁物です」
「わかっている・・・・だが、機は熟した」
アルフォンスの一言に、二人は表情を引き締めたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...