上 下
6 / 65

6

しおりを挟む
突然、意識がふっと、浮上する。
正にそんな感覚で、目が覚めた。

あれ・・・?私・・・

頭が上手く回らなくて、しばらく目の前にある天井を見つめる。
それは見たことのないもので、またも考え込む。

確か、私って死んでしまったのよね・・・んで、神様に拾ってもらって・・・
そこまで考えて「え゛っっ!?」と、飛び起きた。
自分が寝かされているのは、それはもう、ふかふかの寝心地の良いベッド。
着ている服は、白無垢。ちなみに打掛は布団の上に掛けるように広げられていた。

「夢じゃ・・なかった・・・私は・・・・」

有里は呆然としたように、己の手を見つめた。

「気が付かれましたか?」
声を掛けられ、初めて傍に人がいた事に気付いた。
声のする方を見れば、グレーの髪をきっちりと纏めあげ、緑色の目をした女性が立っていた。
「ただいま主をお連れしますので、少しお待ちください」
そう言って、丁寧に頭を下げ部屋を出ていってしまった。

閉まったドアをただ見つめ、部屋を見渡した。
自分一人になったことに少し安堵し、大きく深呼吸をする。
そして、自分にとってはつい先ほどまでの女神ユリアナとの会話を思い起こした。

ユリアナの大切な人のお世話をするんだったな・・・
自分にできるのか・・・と考えた所ではっとする。
「何歳の子なのか、何も聞いてない・・・」
今更ながらの事に呆然としながら、「しょうがないか・・・」と考えることを放棄しベッドから降りた。
打掛を羽織ると、ふいに目に留まった大きな両開きの窓に向かい、開けるとそのままバルコニーへと出た。
そして目の前に広がる風景に、目を見張る。

「これは・・・」
正にユリアナが見せてくれた美しい風景がそこには広がっていた。
ただ、ユリアナに見せてもらった時とは違い、人々のざわめきや剣の鍛錬でもしているのか金属がぶつかるような音、子供の泣き声、馬の嘶く声・・・・それはまるで、命のきらめきにも似た音が聞こえる。
心を奪われた様にその風景に見入っていると、部屋の扉がノックされ声を掛けられた。
振り向こうとしたその時、窓から少し強めの風が入り込み、白い打掛がはためき、黒い髪は顔に纏わりつく。
「あっ・・」と小さく声を上げ、風を避けるように身をよじれば、必然と開いたドアの方へと身体が向いた。
乱れる髪を手でまとめながら顔をあげれば、そこには驚いたように目を見開いて有里を見つめる、美しい青年が立っていたのだった。



あれから一月が経った。
あの時の美しい青年がこの国の皇帝で、ユリアナに頼まれた子守の・・・いや、お世話する相手だと知って、有里は愕然としたのを覚えている。
てっきり彼の子供のお世話なのかと思っていたが、皇帝陛下は独身だった。
初めはどうしたものかと悩んでいたのだが、取り敢えず息子と同じ年の彼。もう一人の息子だと思い接する事にした。
ユリアナからも『家族に接するように』と言われていたのだから、まずは実践する為に、彼に提案をした。

「極力、食事を一緒に取りましょう」・・・・と。

それから二人は、よほどの事がない限り、朝と晩の食事を有里の部屋で取っている。
「アル、おはよう。ごはんの準備できてるよ?」
そして、必ず有里が迎えに行く。
「あぁ、おはよう。今、行く」
アルフォンスはふっと目元を緩め、迎えに来た有里の手を取り、部屋に向かう。
それが、この一月で出来上がった二人の間の生活スタイルだ。
この大陸で一番偉い皇帝陛下を愛称呼び・・・それにはさすがの有里も拒否したが、家族の様に付き合うのであればと言われ、渋々了承。
そして何故、手を繋いで・・なのかと言うと、朝食のお迎えをした初日、有里の顔を見て固り動かないアルフォンスの手を取り、部屋へと連れて行ったことから始まったのだ。
アルフォンスが固まっていた理由は、本人にしかわからない事なのだが、突然現れた見知らぬ人に慣れてないからだろうと有里はとりあえずそう考えることにした。

皇帝の私室と有里があてがわれた部屋は、扉で繋がっている。
皇后の部屋なのだから、つながっていてもおかしくはないのだが、有里には誰一人として、その部屋の本当の存在理由を明かしてはいなかった。
初めの頃は、この部屋の存在をあまり深くは考えていなかったのだが、豪華すぎる装飾や家具に隣の部屋へとつながる扉。
しかも常に侍女が付いている。自分が世話するはずなのに、何故か世話をされているこの状況。
アルフォンスのお世話係と言っても、今の所朝晩の食事を共にするくらいでこれといって仕事もない。
その事実は本人にとってはあまりよろしくないのでは・・・と考え、取り敢えずこの国の事を勉強する事にした。
何時お役御免になるかわからないこの仕事。市井で生活するにしても、この国の一般常識は必要不可欠だ。
そして、この国の歴史を教えてくれる宰相のフォランドはとても教え上手で、ついつい図書館通いをしてしまうほど、何時も興味深い話をしてくれる。
大人になってから、もっと勉強すればよかったと常々考えていたので、今がその時なのではと結構充実した日々を送っていた。


「今日の予定は?」
食事をしながらアルフォンスが聞いてくる。
「うん、今日も図書館で本を借りようと思うの」
「そうか」
それっきり会話は途切れる。
だがその沈黙も、初めのころは居た堪れないものがあったが、今では別に機嫌が悪いというわけではなく単に口数が少ないだけなのだとわかり、自然体で接する事ができている。
基本、彼は感情をあまり面に出さないタイプだとわかったから。
「ねぇ、アル。今日のお昼は忙しい?」
「いつも通りかな?」
「じゃあ、お昼ご飯は?執務室?」
「あぁ」
「ベルとアーロンも一緒?お昼は三人?」」
「あぁ・・・どうした?何かあるのか?」
「うん、実はね、お昼にアル達に食べてもらいたいのがあって」
「―――また、何かつくったのか?」
「ふふふ・・、そう!今回のはきっと大丈夫!」
そう言いながら、自信ありげに胸を叩く有里をなんとも言えない表情のアルフォンス。
少し前に差し入れられたモノを思い返しながら、願わくば食べられるものでありますように・・・と、心の中で願うのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

処理中です...