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勝敗は当然ながら、あっという間に着いた。
正に、赤子の手を捻る様に・・・とは、こういう事を言うのかもしれない。

元々、誰がどう見ても帝国側が有利だった。
門の上から雨の様に矢を降らせ、そして、地上から飛んでくる矢を盾と剣で落とす。
兵士の人数もさることながら、統率ですら帝国の方が遙か上をいっていた。
ほぼ、一方的な勝利の様なものだった。
国王であるガルドに複数の矢が刺さり倒れた事で、帝国の勝利となり戦は終結した。


血の匂いに集まってくる獣たちを牽制しながら、負傷者を収容し手当を施していく帝国側。

負傷者を収容する天幕内は、人数が人数なだけに正に右往左往しながら怪我人を治療していた。
軽傷者、重傷者、そして、手遅れな者。それぞれ別々の場所に収容されている。
手の施しようがない・・・後はただ死を待つのみの者が収容される天幕に、クロエはいた。
全身、矢傷で血まみれに横たわるガルドを見下ろすクロエの瞳からは、何の感情も読み取れない。
後ろに控えるケイト達は、初めて見るそのクロエの表情に一抹の不安がよぎる。

クロエが相当なショックを受けているのは、傍から見ても明らかだ。
ガルドの言葉をケイト達も聞いていた。クロエの為に世界征服をしようとしたのだと。いや、前の人生でも恐らくクロエを手に入れるがためにやったのだろう。
そうだとするならば、何故、クロエを殺したのか。前の人生でクロエはガルドと面識はないはずだ。
今世もそうだ。相手が一方的に知っていたとしても、クロエを殺してしまえば、世界征服の意味がない。

全くもって、意味が分からない・・・・

それがケイトを始め、イサーク達の正直な気持ちだ。
恐らく一番分からないと思っているのは、クロエ本人なのだろう。

そんなクロエは、横たわるガルドの横に膝を付き、彼の頭を膝の上に乗せた。
薄っすらと目を見開き驚くものの、既に指一本動かす力もない。
ガルドを見下ろすクロエの表情は、怒っているわけでもなくどこか淡々としたものだった。
腰に差していた短剣を取り、自分の指にスッと滑らせる。
見る間にぷっくりと赤い血が盛り上がり、それを有無を言わさずガルドの口の中に突っ込んだ。
思わず目を白黒させるガルドに「血を飲みなさい」と一言。
彼女が何をしたいのか分からなかった。
愛する人にとどめを刺されるのであれば、それもまた良し。
最後に愛しい人に抱かれて死ねるのは僥倖かもしれないなと、舌に乗るクロエの血をコクリと飲んだ。
それを確認し指を引き抜くと、すかさずケイトが指に布を巻いた。
既に呼吸も細くなり始めたガルドに、クロエは土に汚れた金髪を優しく撫でた。
「これは私が勝手にする事。自分の罪悪感を軽くしたいだけの、ただの自己満足」
其処でようやくクロエは表情を崩し、泣き笑いの様な顔になる。
「私の血で、貴方の運命のやり直しができるかはわからないけれど・・・もし、その可能性があるのなら、私は私を甦らせた神に祈ります」
ガルドは霞み始めた視界でじっとクロエを見つめながら、心地よいその声に、その言葉に耳を傾ける。
「今度は、間違えないで。大切な民を傷つけるのではなく、幸せにしてあげて。そして、貴方も一緒に幸せになるの」
そう言って、その額に唇を寄せた。
「次に目覚めた時に、会いましょう」
愛しい人の腕の中で死ねる。こんな穏やかな気持ちも、初めて感じるもの。
クロエにギュッと抱きしめられ、死の間際だと言うのに幸福感に満たされる。

あぁ・・・彼女の言うように次があるのなら・・・
間違えることなく、真っ直ぐにクロエに会いに行こう・・・・

ゆっくりと閉じられていく瞳。そして、どちらの物とも分からない涙が、その頬を静かに滑り落ちていった。










ゆっくりと開く瞼。目に飛び込んでくるのは見慣れた天井。
一瞬、此処がどこなのか分からなくなるほど、現実味のある長い長い夢を見ていた気がした。

何時、森から戻ってきたのだろうか・・・・

不意にそんな事を思う。
そして、自分の手を見て首を傾げた。
自分の手はこんなにも小さいのか、と。

寝台から下り、不意に巡らす視線の先に鏡があった。
其処に映るのは知っているはずなのに、とても懐かしい顔。

―――違う・・・

漠然と否定する言葉が頭の中を駆け巡る。
そして、突然全てを思い出した。

「俺は・・・死んだはずだ・・・」

彼は鏡を見つめながら、膝を付いた。
最後は愛しい人の腕の中で最期を迎えたはずだ。
何て幸せで、愚かしい人生だったのだろうかと、涙が零れた。
そして、彼女の言葉を思い出す。
「俺に、やり直せと言うのか・・・・あれだけの事をしたのに・・・」
何が起きて人生が巻き戻ったのかは分からない。
ただあの時、彼女は自分の血を飲めと言った。
それが、全てなのだろう。今となっては聞く術もない。
ずるずると床に蹲り、色んな感情が身体中を巡るようで苦しくて、その発露を見いだせず声を殺して泣く。
どれくらいそうしていただろうか。
涙を拭い、最後に囁いた彼女の「次に目覚めた時に、会いましょう」という言葉を胸に抱いた。

そして彼は翌年、リージェ国の使節としてフルール国の『花祭り』へと参加する。
国に着いて夜会までの時間を、誰もいない庭ではやる気持ちを抑え込む様に歩いていると、花の中に埋まる様に蹲る子供が見えた。
後ろ姿ではあるがそれを確認すると、彼の心臓があり得ないほどおおきく跳ね上がる。
今にも駆け出してしまいそうな足を抑えゆっくりと歩き、側に着くと紳士の様に片膝をついた。
「どうかしましたか?」
震えそうになる声を抑えながら声を掛ければ、その子供は涙に濡れたサファイアブルーの大きな瞳に彼の姿を映した。
彼の心は歓喜に打ち震え、今にも抱きしめてしまいそうなその腕をグッと抑え、手を差し伸べた。
「私と一緒に、ベンチに座りましょう?」
安心させるように微笑みながら「私はリージェ国第一王子のガルドと言います」と名乗れば、驚いたように目を瞬かせ、可愛らしい頬を恥ずかしそうにほんのり染めた。

―――そして、
「私はクロエ。クロエ・フルールです」

そう言って、小さな手を重ねたのだった。
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