上 下
38 / 62
一章

38 魔王軍四天王ユリイカ

しおりを挟む
 あれから数日が経ち、バタバタとしていたルミナス村も落ち着いてきた気がする。ミルフィーヌから提案のあった御守りは想像以上に効果があってジャスティンさん達、物販組みも胸を撫で下ろしていることだろう。

 それからレティのことなんだけど、聖光魔法を扱えることがわかって自分なりに目標を決めたようだ。

 レティが自分の意思で決めたことなので僕には反対することなんてできない。ただ、妹が神殿に就職するというのは元魔王的にちょっと思うところが無いわけではない。

 ただ、今の僕はルミナス村の村人で農家なので気にするのはやめることにした。ルミナス村は神殿と共に歩きはじめている。

 それに僕はもう魔王ではない。

 ただ注意すべきは暗黒魔法を使うのでバレないようにしなければならないことぐらいだ。村で農家は僕一人だし、畑で作業しているのをわざわざ見にくるような奇特な人もいないのでよほどのことがない限り見つかることはないだろうけど。


 この油断が僕のいけないところなのだろう。


「おいっ、そこの農民。お前がさっきから使っている魔法は暗黒魔法じゃないのか?」

 僕の背後を気配を全く感じさせずにとるだと……。

 後ろを振り返り、それが誰なのかを理解したところで僕は激しく動揺してしまった。

「何だ。私の顔に何かついているのか?」

「い、いえ。ちょっとびっくりしただけです」

 間違いない。元僕の部下であるユリイカだ。彼女は僕が頼りにしていた魔王軍四天王の一人。爆炎魔法の天才と呼ばれた攻撃魔法のスペシャリスト。

 特徴的な白みがかったホリゾンブルーの長い髪と漆黒のとんがり帽子にドレスのように金や紅の刺繍の散りばめられたヒラヒラのローブ。僕が知っているユリイカで間違いない。

 ま、まさか、僕の正体がバレている……わけないか。今の僕は魔王ゼイオンではいし、魔力量は当時の数分の一。しかも全くの別人なのだからユリイカが気づくはずもない。

「それにしても驚いた。さっき使っていた魔法をもう一度よくみせてもらえないか。慕っていた方が使っていた魔法に似ているんだ。ちょっと懐かしくてな」

 見られていたのなら今更隠すのもおかしい話、ここはとりあえずやり過ごすに限る。何でこんな場所に上位魔族しかも元魔王軍の四天王がいるのか。

 まだ魔族領では新しい魔王を決めるための激しい争いが行われているはずで、新魔王が決まるには早すぎる。

「クイックキュア」

「違うだろ。それはダークネスグロウだ。あきらかに暗黒魔法の波動を感じる」

「そ、そうなんですね。僕あまり魔法に詳しくないので……」

「私が知っているお方も、お前と同じように器用に魔法を扱うんだ。魔法なんてドッカーンって魔力を込めてぶっ放せばいいのに、効率や質を高めたり細かな調節をして丁寧に扱うことを教えてくれた」

「へ、へぇー」

「今のお前のようにとても丁寧に魔法を操る。まあ、お前の魔力量とは比べ物にならないほどの圧倒的な強者だったがな」

 バレていない、バレていないはず。

 とりあえず、王都の近くに上位魔族がいるのはいただけない。しかもここは観光地ルミナス村。村のためにもちょっとだけ情報収集をしておこうか……。

「そのお方は今は何をされているのですか?」

「勇者に倒され……い、いや、何処かにいなくなってしまったのだ。だから私はあの方を探すために旅に出たのだ」

「探してるんですか……。何のために? そ、その死んでしまった……ということは?」

「あの方が死ぬわけがないっ! とても強く、気高く、そしてかっこいいのだ! あの時、私がもう少し早く援軍を引き連れて戻っていれば……。きっと私たちの不甲斐なさに絶望されていなくなってしまったのだ。でなければ、あの程度の勇者に遅れをとるような方ではない」

 魔王軍四天王に見棄てられていたと思っていたのだけど、どうやらユリイカは援軍を呼びに行っていたらしい。

 その言葉を聞いただけでもどこか心が軽くなり、ほんの少しだけ温かくなった気がする。あの時は魔族全てに絶望していたものだが、ユリイカは最後まで僕の味方でいてくれたのだ。

 まあ、結局間に合わなかったあたりがユリイカらしいのだけどね。そもそも援軍を呼んだところで僕の気持ちは冷めていたし、もうひと頑張りしてみようという気持ちにはなれなかったとは思う。

「会えるといいですね」

「……やはりお前の魔法の使い方はあの方と似ている。魔法は誰に師事したのだ?」

「いえ、独学です」

 頭をペシっと叩かれた。

「独学で暗黒魔法を覚えられるわけないだろ。ちょっと顔をよく見せてみろ」

「えっ、ちょっ、やめてください」

 僕のほっぺたを両手で掴むようにしてむにむにしてくるユリイカ。少し顔が近い……。

「お前の名は?」

「……レンです」

 魔族らしく尊大で雑なところもありながらも僕を慕っていたのは彼女の大雑把な魔法を矯正して指導したのが魔王ゼイオンだったからだろう。

 元々才能の塊のような魔法使いだったのだけど、魔力の扱いに無駄が多く極大魔法をぶっ放しては魔力切れで戦線離脱を繰り返していた。

 魔法の知識を一から教え直し、魔力の使い方、必要な魔力量の捻出を何度も丁寧に教えたものだ。それは僕が楽をするためではあったものの、彼女の才能はメキメキと頭角を現していき遂には魔王軍四天王にまで上り詰めてしまった。

「顔は全然似てないが、どこか懐かしい雰囲気がするのは気のせいだろうか」

「気のせいでしょう」

 再び頭をペシっと叩かれた。

「それにしてもこの黄色い作物は甘くて美味しいな。特別に少しもらってやろう」

「すみません売物なんで勘弁してください」

 続けざまに頭をペシっと叩かれた。

「まだ大事な旅の途中なのだが、たまにはお前のとこの黄色い作物を食べに戻って来てやる。レンはなかなか魔法の筋がいい。きっと爆炎魔法の良い使い手になるだろう。師事する者がいないのであれば私が師になってやる」

 ちょっ、また来るのかよ。しかも師匠だと!?

「こ、困りますって。僕はただの農民なので……」

「気にするな、特別だからな。では、また会おうレン!」

 ユリイカは背中から翼を出すと、あっという間に飛び去ってしまった。

 モロッコの実を気に入ったらしいユリイカは両手いっぱいに抱えて白昼堂々と野菜泥棒をしていきやがった。

 今は面倒なことにならないことを祈ろう。僕にはそれぐらいしかできない。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

人を治さばベッドが2つ

あいいろの布団
ファンタジー
ちょっと闇のある自己犠牲大好き少年が異世界転移し、獣人に出会ったり闇医者になったり。幸せと絶望を繰り返し周りを曇らせたり成長したりしなかったりするお話。

「強くてニューゲーム」で異世界無限レベリング ~美少女勇者(3,077歳)、王子様に溺愛されながらレベリングし続けて魔王討伐を目指します!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
 作家志望くずれの孫請けゲームプログラマ喪女26歳。デスマーチ明けの昼下がり、道路に飛び出した子供をかばってトラックに轢かれ、異世界転生することになった。  課せられた使命は魔王討伐!? 女神様から与えられたチートは、赤ちゃんから何度でもやり直せる「強くてニューゲーム!?」  強敵・災害・謀略・謀殺なんのその! 勝つまでレベリングすれば必ず勝つ!  やり直し系女勇者の長い永い戦いが、今始まる!!  本作の数千年後のお話、『アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~』を連載中です!!  何卒御覧下さいませ!!

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

アラフォー少女の異世界ぶらり漫遊記

道草家守
恋愛
書籍版が発売しました!旅立ち編から石城迷宮編まで好評レンタル中です! 若返りの元勇者、お忍び休暇を満喫す? 30歳で勇者召喚された三上祈里(女)は、魔王を倒し勇者王(男)として10年間統治していたが、転移特典のせいで殺到する見合いにうんざりしていた。 やさぐれた祈里は酒の勢いで「実年齢にモド〜ル」を飲むが、なぜか推定10歳の銀髪碧眼美少女になってしまう。  ……ちょっとまて、この美少女顔なら誰にも気づかれないのでは??? 溜まりまくった休暇を取ることにした祈里は、さくっと城を抜けだし旅に出た! せっかくの異世界だ、めいいっぱいおいしいもの食べて観光なんぞをしてみよう。 見た目は美少女、心はアラフォーの勇者王(+お供の傭兵)による、異世界お忍び満喫旅。 と、昔に置いてきた恋のあれこれ。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

まじぼらっ! ~魔法奉仕同好会騒動記

ちありや
ファンタジー
芹沢(せりざわ)つばめは恋に恋する普通の女子高生。入学初日に出会った不思議な魔法熟… 少女に脅され… 強く勧誘されて「魔法奉仕(マジックボランティア)同好会」に入る事になる。 これはそんな彼女の恋と青春と冒険とサバイバルのタペストリーである。 1話あたり平均2000〜2500文字なので、サクサク読めますよ! いわゆるラブコメではなく「ラブ&コメディ」です。いえむしろ「ラブギャグ」です! たまにシリアス展開もあります! 【注意】作中、『部』では無く『同好会』が登場しますが、分かりやすさ重視のために敢えて『部員』『部室』等と表記しています。

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

処理中です...