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Ⅵ 迷う魔女

vii 苦いココと強い酒(上)

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 アズレイアが一度達してしまうと、カルロスはそれ以上を望まなかった。
 彼女が落ち着くのを待って、アズレイアに習って塔の精霊の柱で自分とアズレイア二人の洗浄を済ませる。
 そのまま彼女をベッドに座らせて、二人分のココを用意してくれた。


「これで少しは落ち着くか」


 またもカルロスに支度を任せてしまった。


 そう思うも、ある意味カルロスに任せてよかったかもしれない。
 こんなふうに自分ばかりが追い詰められるのにはどうにも慣れず、終わった後、カルロスの前で平気な顔をしていられない。

 カルロスがココを入れてくれたおかげで、アズレイアは心を落ち着ける時間を作ることが出来た。


「ごめんなさいね。くつろげる場所がここしかなくて。それとも外のほうがいいかしら」


 二人で座りながら、入れてもらったココを飲む。

 アズレイアの塔にソファーや長椅子のような『ゆとり』のある家具は一つもない。あるのは最初から作り付けの炊事場や本棚、資料の山と、最低限の生活必需品だけだ。

 アズレイアが今『ここ』と言ったのは、狭いベッドにカバーとクッションを並べただけのものだ。
 背もたれもないそれよりは、いっそ外の芝生のほうがよっぽど座り心地がいいかもしれない。

 部屋の調度にいたるまで自分のずぼらさが滲み出していて恥ずかしくなるアズレイアだが、それはかなり手遅れだ。
 そんなアズレイアを横目で見て、カルロスがほぅっと息をつく。


「いや、ここでいい。……ここのほうがいい」


 二人の新しい距離に喜びが湧きあがるも、これから話す内容を思ってこぼれたため息だった。


「俺の名前を知っているか?」


 ココの入ったマグを手に、唐突にカルロスがアズレイアに尋ねる。


「カルロス」


 小首を傾げたアズレイアが即答した。


「そうだよな」


 それに苦笑いを返し、カルロスがまた手元のココに視線を落とす。


「皆そう呼んでいる。だが俺には苗字があるんだ」


 まあ、それはあっても不思議ではない。

 この国で名字があるのはそれなりに地位のある者だけだ。
 たとえ門番とは言え、王城内で働くからにはそれなりの家の出でもおかしくはない。

 そう思うアズレイアに視線もむけず、カルロスが自分の喉よりも大きく重い苦しみを吐き出すように、呪文のようなその名を名乗った。


「フアン・カルロス・デ・モントレー。モントレー家の放蕩息子だ」


 名乗りを聞いて、アズレイアが一瞬で凍りつく。

 アズレイアはその名前をとてもよく知っている。
 カルロスという名ではなく、その家名をだ。

 それはアズレイアの師の名前であり、そして同時に、一度は愛し、そして初めての大きな裏切りと喪失、そして拭いようのない絶望を与えてくれた忘れられぬ名。
 そう、アズレイアの元婚約者、レイモンドの家名だ。

 聞いた言葉を理解し、そしてまた理解を拒絶したくなる。
 だがどこかで納得する自分も存在している。

 盛大に顔を歪ませたアズレイアが、反射的に問い返す。

「え、待って、だってレイモンドは……?」
「あれは父の後妻の子……俺の義弟だ」
「でもレイモンドがモントレーの嫡子だって──」


 ──そう言っていたのは、リズだったか。

 よく考えてみれば、レイモンド自身からは一度も聞いたことがないのに気づき、呆然とするアズレイア。

 想像もしていなかった二人の繋がりを聞いてしまったせいで、アズレイアの胸にまるで黒い染みのような苦い痛みが広がっていく。


「お前が周りからそう聞いていたとしても、不思議じゃあない」


 尋ねたきり凍りついたアズレイアを見ていると、決めたはずの覚悟がぐらつきそうになる。

 王城で手にしたのは、何かあっても彼女を守れるという最低限の保険だけだ。
 たとえ懸念が一つ減ったとて、過去の罪をアズレイアに告げなければならないことに変わりはない。

 傷つき、凍てついた目でこちらを見るアズレイアの視線に耐えられず、カルロスは己の手を白くなるほど握り締め、努めて冷静に先を続けた。


「俺の母は貴族でもなく、結婚も内々のものだった。義母と父の結婚は政治的なもので、母の死より先に決まっていたのだそうだ。母の死後すぐ、父は再婚した。だから、俺が父の子であることも、レイモンドが次男だということも、この王城内でさえ知る者は少ない」


 それは、私のような一介の魔術師が聞いてしまっていい話なのだろうか?


 ぼんやりとそんなことを思うのは、一種の現実逃避なのだろう。

 カルロスが明かすモントレー家の内情に、アズレイアは当惑を隠せない。
 眉を寄せたアズレイアを前に、カルロスはそれでも話すことをやめようとしなかった。
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