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第11章 北の森

2 出立

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 船着場では領城の人たちや一緒に行く皆が忙しく働いてた。
 今回キールさんは一緒にいかないので見送りに来てくれてる。北に向かうメンバーは私と黒猫君の他にヴィクさんとアルディさん、バッカスとアントニーさん、それにもう一人、シモンさんが知らん顔で既に船に乗ってる。
 それにあと2人、ウイスキーの街の時にもいた兵士さんがついてきてくれるみたい。

「ネロ、これを持っていけ」

 私たちが船に乗る直前、キールさんが黒猫君にそう言って一本の短剣を差し出した。
 黒い革張りの鞘に収まったそれは短剣にしてはやや長めで、昔博物館で見た日本の脇差くらいの長さがあるみたい。
 柄の部分はしっかりとした鉄製で、持ちての所にはやはり革がまかれてる。あまり飾り気のない実用的な剣。黒猫君がその剣をみながらキールさんに尋ねた。

「なんで今更俺に剣なんだ?」

 言われてみれば確かに。今までも散々兵舎の既製品で訓練してたし、今回だって積み荷には念のため軍の剣が積まれてるはず。
 するとキールさんがニヤッと笑って剣の柄の底を私たちに見せた。

「これはアズルナブの紋章だ。これが君たち二人の身分を証明してくれる。作るのに時間がかかったからギリギリになったな」

 そう言って差し出された柄の底には、なんだか綺麗な星の図柄がしっかりと削り出されてる。

「そういうことなら有難く貰っとく」

 少し躊躇いがちにそう返事をして、黒猫くんがキールさんの手から剣を受け取った。

「ネロ、北の事は頼んだぞ」
「ああ、お前も頑張っとけ。とっとと片付けてすぐ帰ってくるから」
「そうしてくれ」

 キールさんと別れて私たちは船に乗り、アルディさんが船の指揮をとる。
 ナンシーの桟橋を船が離れ、私たちから見えなくなるまでキールさんが私たちを見送ってくれてた。

「あゆみ寝てろ」
「え?」

 船がナンシーを出てすぐに黒猫君にそういわれた。
 いくら何でも早すぎるでしょと私が見返すと、黒猫君が少し赤くなって私の耳元で答えてくれる。

「昨日あんま寝れなかったろ。今のうちに寝とけよ」

 そう言って抱えてる私を自分に寄りかからせて落ちない様に抱き込んだ。
 他の皆もいるのにこんな事されるのはちょっと恥ずかしい。
 だけど、今朝はシアンさんに魔術を教えてもらってたから緊張してて大丈夫だったけど、こんな静かな船旅でしかも黒猫君の腕の中は座り心地最高で。正直死ぬほど眠いのは事実。
 私はすぐに我慢を放棄して、遠慮なく黒猫君をベッド代わりに気持ちよく眠りについた。



「ネロ君。昨日は寝れなかったんですか」

 あゆみが寝付くとすぐにアルディがニヤニヤしながら俺に聞いてくる。

「ま、まあそういうっ!っってーなおい!」

 俺がちょっと照れながら答えようとすると、後ろからバッカスに思いっきり頭を叩かれた。

「心配させやがって。昨日のお前のだらしない返事を俺は忘れてねーからな」

 ああ、それか。昨日俺があゆみを抱えて離れに移る前にこいつスゲー顔で睨んでたもんな。

「すまねえ。ちょっととち狂ってた。もうしねえ」

 俺が素直に謝るとバッカスが「ならいい」と小さく頷いてまたも軽く小突かれる。

「昨日は一晩、キーロン陛下が避難してきてたとナンシー公が今朝愚痴ってましたよ」

 アルディがわざとらしく嫌味を言いやがる。
 こいつらにからかわれるのはまあ仕方ない。どいつもこいつも俺が苦労してたのを知ってたしな。
 そして昨日の夜、あゆみと俺がまあちゃんと夫婦になったのは、あゆみの朝からやけにニマる顔を見てればもう見るからに明らかだったしな。
 もしかすると俺も似たようなもんなのかもしれねえが。

 だが、俺が仕事終えて庄屋の家に迎えにいくと、あゆみの顔が普通に戻ってた。
 何かあったなっとは思ったが、あゆみが切り出すまで我慢してお互いの朝の行動を報告し合う。
 あゆみが魔法を俺と同等に使えるようになってくるのは正直複雑な気分だ。俺があゆみを助けてやれることがまた一つ減っちまう。
 そんな情けないことを考えてる矢先に、あゆみの足の話を聞かされた。
 正直、スゲー自分で自分が嫌になった。

 あゆみにはもちろん自分の足を取り戻させてやりてえって思ってるはずなのに、あゆみの足が元に戻らないって聞いてホッとしてる自分に気づいちまった。
 こいつの足の代わりをこれからもしてやれる。
 情けねえがそれはまた一つ、俺が確実にあゆみのためにしてやれることで。
 道々シアンの話を考えつつ、俺はどうにもあゆみに抱いてる自分の感情の根暗さに辟易としてた。
 今朝だって実はにたようなもんだった──

 昨日あゆみが寝落ちした後も、俺はしばらくあゆみを抱えて考えてた。
 あゆみのやつ……寝落ち直前に俺の名前呼ぶとか反則だろ。
 スゲエきて胸が痛え。

 たった一つ、俺が向こうの世界から持ってこれたもの。
 この俺の人格とか肉体とかには確固たる『自分』の自信がねーけど。
 あゆみに名前を呼ばれて、初めて自分がまだ自分自身だという馬鹿みたいに単純な事実を確信できた。

 こいつがこれからも名前を呼んでくれねえかな。
 とても恥ずかしくて言い出せねえが、そう思わずには居られなかった。

 むろんあゆみとこれ以上なく繋がることが出来たのはスゲー嬉しいけど、この気持ちは全く違う次元でスゲー重い。

 次の朝俺が浅い眠りから覚めると、まだあゆみが俺の腕の中に残ってた。
 ‎ああ、こいつどこにもいなくなってねえ。俺と一緒にいてくれてる。
 髪をすいてやると「フガッ」っと小さなイビキを上げて小さく震え、そして俺にすり寄ってきた。
 どうしよう。どうしようもなく可愛い。
 あんまり可愛いから鼻摘んだ。
 すぐに苦しそうにパカっと口を開く。そして、「ンガンガ」言いながら薄っすらと目を開く。
 ‎寝顔だってもちろん可愛いが、やっぱり目を開けて俺を見てくれてるほうが断然いい。
 ‎俺がそんなこと考えてるうちにあゆみの目の焦点が合って、俺に鼻を摘まれてることに気付いてムッとして睨みあげてくる。

「黒猫君、もう少し優しい起こし方があるよね?」

 『黒猫君』か。そんなに期待していたわけじゃねーけど、思っていたよりも失望感あるな。
 ‎それでも俺はそれを押し隠してあゆみの頭をくしゃくしゃと掻き混ぜた。

「いつまでも無防備な寝顔晒してるからつい、な」

 その一言であゆみが真っ赤になって困ったように俺を見上げた。

「あんまり見ないで。っていうかいつから見てたの!?」
「そんなに経っちゃいねーよ。お前寝てても面白くねーし」

 そう言ってからかうとあゆみが照れながら聞き返してきた。

「く、黒猫君、一体何考えてるの?」
「お前のこと」

 俺がそう言うとあゆみが余計赤くなって首を傾げて俺に問返す。

「う、嬉しいけど、朝だよ? もう起きてお仕事行かなきゃ」
「ヤダ。もう少しこうしてたい」

 そう言いつつ手を伸ばしてあゆみの肩を抱き寄せ、あゆみの耳に直接囁く。

「今日からまた旅に出るからしばらくこんなこと出来ねえかも知れねえんだぞ。今のうちにもう少しだけ」

 あ……。腕の中であゆみの身体が震えた。
 ‎こうしてたいのが自分だけじゃない。そう思うとゾクゾクしてくる。

「で、でも、出発遅くしちゃダメだし、バッカスたち待ってるし」

 そう言いつつもあゆみは逃げださない。
 ‎ああ。スゲー充足感。あゆみにまるっと受け入れられてる。
 それから小一時間、俺はあゆみを愛で回してた。

 ずっと思ってるが、あゆみが可愛い。
 ‎あんまり可愛くて、あんまり愛おしくて、今にも壊れそうで。

 ‎かなり本気で子供が欲しい。

 自分がこんなこと言い出すとかマジ信じらんねー。
 こんなこと考えたのは生まれて初めてだ。
 正直決して恵まれた子供時代を過ごしてない俺には、自分の家族を作るなんてことは想像だにしないことだった。今まではゼッテー俺が受け入れなかった。
 ‎なのに今。スゲー子供欲しい。
 あゆみと俺の。
 ‎今こそゼッテーマズイんだけどな。
 俺たちの状況は一時的には落ち着いてるが、根本的な部分ではこっちに落とされた時とさほど変わってない。全部終わらせて、落ち着いて森にでも逃げ込むまではまだ子作りとかやってる場合じゃない。
 ‎頭ではそう分かっていてもかなりマズイ。どっかでほんの少し箍が外れちまったら出来心で作っちまいそうだ。

「あゆみ、好きだ……」

 思わず呟くとあゆみが花開くように顔を綻ばせた。
 ‎信じられねーほど素直だった。愛でれば愛でただけ俺に返してくれる。
 ‎そしてちょっとよそ見しただけで拗ねて俺を呼ぶ。

「黒猫君、こっち」

 腕を伸ばして俺を呼んでくれる。
 ‎ああああ。こいつが俺の嫁なんだよな。信じらんねぇ。
 ‎失う心配しなくていい。こいつは俺のもんで大えばりで俺のだって主張できて。
 俺に抱きつき、スゲー幸せそうな顔で目を瞑るあゆみの顔に……気が緩んで……ちょっとばかり眠っちまった。

「黒猫君、何で私達二度寝しちゃってるの!?」

 ああ。当たり前だけどあゆみに怒られた。慌てて大急ぎで着替えて、俺達は朝飯も食わずに庄屋の屋敷に向かった。始終くすぐったそうにあゆみが微笑んでたのを思い出して勝手に顔がニマってくる。

「ネロ、顔が緩みきってんぞ。そんなんであゆみ落とすなよ」
「どうやらあゆみとネロ殿の所の夫婦関係は良好みたいですね」

 バッカスとヴィクに冷やかされても別に気になんねえ。恥ずかしかろうが何だろうが今くらいニヤつかせてくれ。
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