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第9章 ウイスキーの街

30 タッカーさんの処分

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「なんで一国の王がこのような所にいらっしゃるのですか」

 非常に迷惑そうにそう言ったのは牢の中のタッカーさんだった。タッカーさんの全く取り繕ったところのないその言葉に流石のキールさんもちょっと面食らってる。アルディさんが後ろから「口を慎みなさい」と言いつつも声に覇気がない。実際アルディさん自身がさっきまでキールさんの面会を同様の言葉で諫めてたんだから仕方ないよね。

「そう言うな。今日はお前に良い話を持ってきた」
「やっと私の処刑日でも決まりましたか?」
「まあ中らずと雖も遠からずだな」

 キールさんの答えにタッカーさんがピクリと片眉を上げる。

「今日からお前にはあゆみの奴隷になってもらう。犯罪奴隷だ」
「へ?」

 つい素っ頓狂な声が出た。だってそんな話聞いてない!

「ちょ、ちょっと待ってくださいキールさん、それどっから来たお話ですか!?」
「あゆみもタッカーが欲しいだろ」
「タッカーさんが欲しいってそんな一体」
「君は秘書官としてタッカーの事務処理能力が欲しくないのか?」

 そう聞かれてやっと気が付いた。

「ほ、欲しいです! すっごく欲しいです! 是非にも必要です!」
「よし売った。タッカーは重罪人として今までこの街の護衛隊で管理してきたが牢に繋いでおくにも経費がかかるにも関わらずその断罪処理が遅れるため、我が秘書官あゆみに犯罪奴隷として今後40年分の勤労処分を売ってやる」
「え、私が本当に買うんですか?」
「当たり前だ。そこはきちんと整理しとかないと後々面倒が起きかねない」
「わ、分かりました。それで因みにタッカーさんはおいくらなんですか?」

 あ、しまった。キールさんこんな事言いつつも考えてなかったんだきっと。一瞬詰まってからキールさんが適当に値段を決めたのがバレバレの調子で答えた。

「……銀貨一枚」
「私をそこまで安売りされるのは侮辱です」
「売られる奴が文句言うな!」

 黒猫君の文句にはタッカーさん、まるっきり反応しない。

「わ、分かりました。では給料から天引きしておいてください」
「いいだろう。ではタッカーを牢から出して治療院に──」
「出ませんよ」
「はあ?」

 移動を言いつけようとしたキールさんの言葉をさえぎってタッカーさんがはっきりと断りを入れる。
 呆れて声を上げたのは黒猫君だけだけど、全員内心同じ声を上げてたと思う。
 だけどタッカーさんはそんな皆の様子などお構いなしに続けた。

「出ません。私はここに残ります」
「お前に決定権はない。既にお前の身柄はあゆみに──」
「あゆみ様の奴隷になる事には何の反意もございません。ただし、私はこのままここで奴隷を務めさせていただきます」

 またもキールさんの言葉をさえぎってはっきりと断言するタッカーさんに今度は私が焦って言葉を掛ける。

「待ってくださいタッカーさん、実は娼館の監査がですね──」
「あゆみ様ご心配なく。あそこの帳簿はすぐに出来ます。こちらに半年前までの控えとその後の収支の予想がございますからこれで今回の監査は終わらせて頂いて、次回秋の監査の折りに差額を調整させていただきます」
「は、へ、ああ、そ、そうですか」

 スラスラと答えながらわら半紙を閉じた冊子を差し出してくれる。パラパラとめくってみれば几帳面な文字で一年分の細かい収支が書き込まれていた。呆然とページをめくりながら目を通してる私の横でさらにタッカーさんが続ける。

「ついでにこちらがキーロン陛下からお預かりしていた街の税収の3年予測値です。今回の麦の収益の増加と今後輪作を行った場合を1割増し、2割増し、5割増しの3パターンで予測しておきました。また街の税収も貧民が今後半数を農村に席を移して残りが開業または就職した場合の試算とナンシーから住民を受け入れた場合に試算、それにもし災害が起きた場合の試算を出してみましたので参考にしていただければ幸いです」
「あ、ああ、分かった」

 同様にわら半紙を束ねた冊子がこちらは箱に入ってアルディさんに手渡された。アルディさんは無言でそれを受け取って箱の中を言葉もなく見つめてる。キールさんも流石に少し引き気味に頷いた。
 それを確認するとタッカーさんがしっかりと私とキールさんを前に宣言する。

「今後も仕事はここからさせていただきます。なるべく控えたいと思いますがどうしても私が外出する必要がある場合は必ず見張りの兵をお付けください。またもし私がお気に召さない場合はいつでご遠慮なくお切捨て下さいませ」

 はっきりとそう言い切ったタッカーさんはにっこりと笑って会釈した。結局私たちは全員うーんとしか言えないまま、牢屋を占拠するタッカーさんをそのままに兵舎を後にした。

 立場は私の奴隷って事になってるけどここまで優秀じゃあ今後ウイスキーの街の財政は結局タッカーさんに任せる事になってしまいそう。
 そんな事を考えながら兵舎を出るとビーノ君と行き会った。

「姉ちゃん、またぼーっとしてんな。危ないぞ」

 体当たりしそうな勢いで街の外から戻ってきたビーノ君に叱られてしまった。

「おかえりビーノ君、またバッカスの所に行ってたの?」
「ああ。テリースさんに頼まれてバッカスの所の肉を少し分けてもらってきた。ついでに街からの定期便に溜め石の請求も出してきた」
「あ、ありがとうね。ああ、すっかり忘れてた! ビーノ君、私たち明日か明後日にはナンシーに戻るんだけどビーノ君はどうする?」
「ああ、仕事の話? だったらもうテリースさんと契約した」
「テリースの奴!」

 あ、キールさんは知らなかったらしい。私が忘れてる間にテリースさんはしっかり有能なビーノ君を雇ってしまってたみたいだ。私は念のためビーノ君に確認してみる。

「ビーノ君、本当にそれでいいの?」

 私の問いにビーノ君は何の躊躇いもなく真っすぐに答えてくれる。

「ああ、スゲー嬉しい。ミッチとダニエラも一緒に治療院で働けるし部屋はタダだし飯もタダ。トーマスさんの飯は結構美味いしその上給料も出るってんだから御の字だ」
「おいビーノ。俺たちが帰ってきたら家建てるからな。そしたらそっちに来い」

 それまで凄く偉そうにまくしたててたビーノ君が、黒猫君の言葉に一瞬惚けた顔をしたかと思うとすぐに真っ赤になって言い返した。

「やだよ、兄ちゃんと姉ちゃんの新婚の家なんか一緒に住めるか!」
「待ってビーノ君。ちゃんと君たちの部屋も用意できるようお願いするから一緒に住もう?」

 私は必至でもう一度お願いしてみる。黒猫君はいい方が悪いんだよ。するとビーノ君がさっきよりもまた幾段も赤くなって口を尖らせた。もう一押し!

「お願い」

 私はビーノ君に屈みこんで顔を見つめながらお願いポーズをとってみる。とうとうビーノ君がため息を付きながら折れてくれた。

「姉ちゃんぼっちだから仕方ねーな。じゃあ姉ちゃんたちが帰ってきたらな」

 そう言ったビーノ君の顔は、だけどちょっとだけ嬉しそうだった。
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