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第8章 ナンシー 

29 夕食

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「この子達、どうにか私たちの部屋に寝かせられませんか?」

 兵舎に戻るとアルディさんが子供たちを何の迷いもなく別の部屋に連れて行こうとしたのでつい引き留めてしまう。するとアルディさんが少し困った顔で私を見返した。

「それはお二人にはお邪魔でしょう?」
「え? お邪魔って……」
「構わないからベッドもう一つ入れられねえか?」

 私の言葉をさえぎって黒猫君が聞き返す。

「ソファーではいけませんか?」
「このソファーやたら沈み込むぞ。何が入ってんだ一体?」
「ああ、これは最高級のスライムソファーなんですが。流石に年季が入ってスライムがしぼんでしまったのでしょうね」
「え? え? スライム!?」
「スライムってあのスライムか? そんなもん入れて大丈夫なのかよ!?」

 私も黒猫君もつい声を上げてしまう。
 いや、だってスライムって。普通魔物なんじゃないの!?
 なのにアルディさんはしれっとして答えてくれた。

「スライムはご存じなんですか。安心していいですよ。この中に入ってるスライムは既に死んでますから。無傷で捕獲したスライムを一旦冷凍魔法で息を止めた後、解凍して1年ほど乾燥させると程よい硬さのソファークッションになるんですよ。残念ながらそれもある程度時間が経つと少しずつ乾いて縮んでしまうんですけどね。座りにくい様なら明日朝の訓練の時にでも新兵に頼んでください。自分たちの部屋の物と喜んで変えてくれると思いますよ」
「別にいいよ、そんな使うわけじゃねえから。でもこいつら寝かせるにはちょっとかわいそうだ」
「それでしたら簡易ベッドを二つ入れましょう。それでこの3人なら十分に眠れるでしょう」

 そう言って一旦3人をベッドに降ろしてからアルディさんが簡易ベッドを手配しに行ってくれた。
 しばらくして持ち込まれた簡易ベッドは要は厚手のマットレスだった。ガサガサ音がする所を見るとどうも中身は藁かなにかみたい。
 それを二つくっつけて3人を寝かせてあげる。

「こりゃ朝まで起きねえかな」
「そうかもしれませんね。朝お二人が起きても寝てるようでしたら隣の者にでも声を掛けてみてください。ネロ君の新兵訓練は欠かせませんから」
「なんでだ?」
「最近新兵のやる気が非常に上がってるんですよ。どうもネロ君の成長を見てやる気を出しているようですね。毎朝君を見ると新兵がみんな顔を輝かせてますから」
「いや、それは単に生贄が来たと思って喜んでるんじゃねえのか?」

 黒猫君の言葉にアルディさんが「なぜ生贄ですか?」と素で聞き返してる。
 そっか、アルディさんは自分の鍛え方が普通だと思ってるのか。

「俺のいうことじゃねえと思うが、アルディお前、訓練中あんまり嬉しそうに人を刻むのは止めとけよ。趣味悪いぞ」
「何をいってるんです。実践になって初めて切られたらどうするんですか。そんな所で手が止まってしまう者は早死にしてしまうだけですよ」
「お前のいってることはもっともだし、俺は正直それに救われたけどな。普通の奴はお前に切り刻まれた時点で心が折れちまうぞ」
「他の新兵を黒猫君の様に刻むわけないじゃないですか。僕だってちゃんと相手を見てやってますからご心配なく」
「おい! 俺は大丈夫だってのか?」
「現に大丈夫でしょう。君は最初っから剣の傷にもひるみませんでしたし、いくら訓練のレベルを上げても憎たらしいくらいすぐに追いついて来てるじゃないですか」

 アルディさんの最後の言葉はもしかすると遠回しながら黒猫君をほめてるのかな?
 私がそう思って少し微笑むと黒猫君はムッとしながらも口をつぐんだ。アルディさんはそれをさらっと受け流して扉に向かう。

「僕はこれでキーロン殿下の元に戻りますが、お二人は夕食はどうされますか?」

 あ、そう言えばまだ何も食べてなかった。言われて初めてお腹がすいてることに気が回った。

「こいつらだけでここにおいていくわけにいかねえから俺が下いって何か持ってくる」
「でしたら食堂に行けばまだ夕食を準備してくれると思いますよ。食堂はこの前夕食を一緒にした小部屋の先です」
「分かった、行ってみる」

 そう言って黒猫君がアルディさんと一緒に部屋を出て行ってしまった。残った私はベッドに座ったままマットレスに寝かされた3人を改めて見てしまう。
 さっきの部屋では暗くてよく見えてなかったけどやっぱり3人とも凄く汚れてる。

 明日起きたら身体拭いてあげよう。服も替えてあげたいな。
 ああ、お風呂入れてあげればいいのか。あ、でもビーノ君は私と一緒は嫌かな?
 そんな事を考えているうちにビーノ君が少し身じろぎをして起きてしまった。寝ぼけた様子で周りを見回して、ハッとしたように飛び上がった。

「ビーノ君。おはよ」

 笑って私が声を掛けるとバッと振り返って、恐怖に顔を引きつらせてから泣きそうな顔で私を見返してくる。

「俺……」
「ごめんね。黒猫君の電撃がビーノ君まで痺れさせちゃったみたい。気を失ってたから連れてきちゃった」
「ここ……?」
「兵舎の中。私達ここにご厄介になってるの」

 私の「兵舎」って言葉に驚いてビーノ君が恐る恐る窓に近づいて外を見る。もうすぐ日も暮れるけどかろうじて外は見えたのだろう、ビーノ君が「本当だ」って呟いた。

「姉ちゃんまさか兵士なのか? あ、兄ちゃんか?」
「違うよ、二人とも兵士じゃ……あれ? 黒猫君はもう兵士なのかな?」

 私の間抜けな答えにビーノ君が戸惑った顔をしてる。でもすぐに自分の寝ていたベッドに横たわる二人を見てまた泣きそうな顔になった。

「こいつら……」
「連れてきちゃった」

 えへって笑った私をビーノ君が泣き顔のまま呆れて見上げてる。

「姉ちゃん、なにしたか分かってんのかよ。俺、あんたらをあのクソ野郎に引き渡したんだぞ」
「そうだね」
「俺もこいつらも奴隷だし」
「うん」
「貧民街で育ったきたねえガキだぞ」
「確かに汚いね。明日お風呂はいろ?」
「おい、からかってんのかよ!」

 とうとうビーノ君が苛立って叫んだ。
 その声でマットレスで寝てた残りの二人が起きてしまう。それぞれ目を擦りながら窓辺に立ってるビーノ君を見て嬉しそうに笑った。

「お兄ちゃん」
「ビーノ、起きた」
「お、お前ら大丈夫なのか」

 起きた二人に駆け寄ったビーノ君がぎゅって抱きしめてる。それを見てつい私の涙腺が緩みそうになる。

「ネロ、兄、連れて来た、ここ」
「お姉ちゃんがね、大丈夫だって、一緒いるって」

 途切れ途切れに2人がビーノ君を安心させようと一生懸命説明を始める。
 でも二人の間に頭を突っ込んで二人を抱きしめてたビーノ君が悲しそうに諭し始めた。

「そんなの駄目に決まってる。出てくぞ」
「え? やーだ」
「ネロ、あゆみ、一緒」

 ビーノ君の言葉に驚いた二人がもがきながら不満を訴え始める。見かねた私はちょっと厳しい口調でビーノ君に声を掛けた。

「ビーノ君。話も聞かずに何二人を連れて出てこうとか考えてるのかな?」

 私の言葉にジッと動かないままこちらも見ずにビーノ君が返事をする。

「姉ちゃん、俺たちの事なんかほっとけよ。構うといい事ねーぞ」
「無理」

 私の即答にビーノ君の肩が震えた。

「姉ちゃん……」
「いいからちゃんと聞きなさい。お姉ちゃんたち、多分まだ大したことはしてあげられないかもしれない。だけどあんな『クソ野郎?』の所にビーノ君たちを返す気はないから。これでもちゃんと働いてるし、3人くらいなら黒猫君と私で多分何とか出来るよ。凄く贅沢とかもちろんできないけど、しかもしばらくは兵舎で一緒に暮らす事になるけど、でその後は『ウイスキーの街』の治療院で時間制限なく働くかもだけど、でもってもしかすると森で自活になるかもだけど……」

 そこまで言って自分の言葉に自信がなくなってきた。
 これ、もしかして奴隷の方が楽かな?

「心配するなあゆみ。お前と俺が働けばこいつらは別に何とか出来る」

 不安になった私の後ろから黒猫君の声が響いた。黒猫君は器用に足で扉を開いて木のトレイに乗せられた食事を二人分両手に持ったまんま部屋に入ってくる。
 そのままそれをソファーの所のテーブルに置いてこっちを見た。

「あゆみは待てるだろ、先にこいつらに食わせちまおう。ほら、こっち来てまずは飯を食え」

 黒猫君の言葉は凄く乱暴なんだけど、だからしっかりはっきりわかりやすくて、それを聞いた子供たちが飛び上がってソファーに向かった。でもビーノ君一人がまだマットレスの所で俯いて座ってる。
 それをみた黒猫君がビーノ君の所に行って有無を言わせずに抱え上げた。

「おい、飯取りに行くの手伝え」

 まだ泣いてるのかビーノ君は鼻を鳴らすだけで返事にならない。

「あゆみの分も運ぶからお前が手伝わないと持ってこれねえだろ。ほら、これ貸してやるから食堂につく前に顔を何とかしろよ」

 そういって自分の耳を隠してる手拭いを取ってビーノ君に手渡した。手渡された手拭いで軽く顔を抑えながら黒猫君を睨みあげたビーノ君は、だけど一瞬で固まって黒猫君の頭の上の耳を凝視してる。

「兄ちゃん、それ……?」
「あ? 言ってなかったか? 俺猫だから」
「黒猫君、とうとう猫の自覚が出来たの?」
「うるせえ。仕方ないだろ、変えようのない事実だからな」

 私の茶々を気持ちよく返して黒猫君がニカっと笑う。
 ビーノ君はまだ納得がいかない様子で黒猫君を見上げてたけど、黒猫君は気にする風もなくそのままビーノ君と部屋を出て行った。
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