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第8章 ナンシー 

17 夜の街

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「黒猫君。またお願い」

 着替えを終えて声をかけると後ろで待ってた黒猫君が振り返って私の腕のボタンを留めてくれる。

「これ毎回お願いするの申し訳ないね」
「市場でもう少しきやすい服がないか見てみるか」
「そうだね。黒猫君の服は着やすそうでいいな」
「……でもそれ、似合ってるぞ」

 黒猫君の最後の言葉にびっくりして顔を上げると少し照れたような顔で黒猫君が一生懸命ボタンを睨んでる。

「あ、ありがとう」

 こっちまで恥ずかしくて、でもちょっとだけ嬉しくて俯いてしまった。

「ほら髪とかして準備終わらせろ」

 ボタンを留め終わった黒猫君に指摘されて慌てて髪に手をやると髪を結っていた紐が半分解けてしまっていた。

 ま、寝てたんだから当たり前か。
 もう一度それを解いて手櫛で髪を纏めて紐で結き直す。
 そんな作業をしてるとまだ少し残ってるお酒のせいでクラっとした。

「お前、片足なのに酔ったまんま何やってんだよ!」

 最近片足立ちに慣れてきてた私はつい立ち上がって黒猫君にボタンをとめてもらってる所から流れでそのまま腕を上げたのがいけなかった。
 ふらついた私を黒猫君が支えただけじゃなく、そのままさっきまでみたいに抱き寄せる。その距離の近さに心臓が跳ね上がった。
 ううっ、心臓が痛い。

「じゃあ行くぞ」

 なんの事はない、黒猫君が私を抱き寄せたのはそのまま抱え上げるためだった。

「うん」

 抱え上げた黒猫君の横顔を斜め上から気付かれないように見つめてしまう。
 わかってるけど。わかってたけど。
 やっぱり。
 一度自分の気持ちを自覚してから私の受け取り方がすごく変わっちゃって最近この距離に心臓が耐えられなくなってきてる。
 何ていうんだろう。嬉しいけど辛い。黒猫君の何気ない言葉とか動作が思わせぶりすぎて。

 キールさんの言葉を信じるなら黒猫君、私に少しは気があるのかもって自惚れてしまう。
 でもそう思えば思うほど余計この中途半端な状況が辛くなる。
 私だってこんなに誰かに心を動かされるのは初めてで、出来るなら自分から告白だってしたいと思ったりもする。でもキールさんに黒猫君と結婚した事にされちゃったのは私にとって思っていた以上に大きな足枷になってしまった。
 以前の私なら周りに流されて言われるままに気にもせずに受け入れてたと思う。
 でも。
 黒猫君にだけは駄目。
 誰かに言われて、誰かにお膳立てされて、それで仕方なくっていうのがどうしても我慢ならない。どうしても引っかかっちゃって自分から行動を起こしたくない。

 正直に言えば多分一目ぼれだったんだよね。この世界に来る前から気になってたし。
 最初は顔だけで、それでも凄く気になって。猫だったのに一緒にいる間にどどんどん頼りにしちゃって。ずっと一緒に居るから色んな所を見てきたはずなのに最近いい所ばっかり目について。

 ああ、これ完全に恋してるな、私。
 分かってるけど。分かってたけど。
 私達がいた部屋は二階にあったらしく、私を抱えた黒猫君は私を気遣って階段をゆっくり降りてくれる。

「黒猫君、自分でも歩けるよ?」
「外はもう日も暮れてる。お前を自分で歩かせられるわけないだろ」

 ぶっきらぼうな黒猫君の言葉は、だけど十分に私を気遣ってくれてるのが伝わってきて。
 もし本当に黒猫君も私を好きなんだったら。 
 なんでなにも言ってくれないかな。ハッキリして欲しい。
 そうでないと私は自分がどんどん殻に閉じこもっちゃいそうで怖い。
 時間が経てば経つほど自分が意固地になるのが分かる。

「外出るからちゃんと掴まってろよ」

 お店の外は確かに日が落ちて裏通りのそこはちょっと妖しい雰囲気に包まれてた。
 通りはそこそこ人影があって、でも私達がいた日本みたいに街灯もないから所々お店の明かりが漏れてる所だけぼうっと明るくなってる。
 黒猫君の首に腕を回しながら考える。
 私が今日酔っぱらってやっちゃった事のほとんどは、多分ここしばらくため込んでた私の気持ちが押さえきれなくてとうとう小爆発を起こしたんだと思う。だから黒猫君のせいじゃないけど黒猫君のせいだ。
 悔しいから黒猫君の耳を手ぬぐいの上からつまむ。とたん黒猫君の腕に力がこもった。

「あゆみ?」
「そう言えば黒猫君の毛づくろいしばらくしてなかったね。耳出せないから手ぬぐいの上からしたげる」

 黒猫君が驚いて私を見上げた。表情は暗くてよく見えない。見えなくてよかった。
 耳の後ろをカキカキ。よかった手ぬぐいのおかげで髪が指に引っかからない。これなら猫の時と同じだと思える。

「あゆみ……お前それわざとか?」
「え? 何が?」

 手ぬぐいに押さえつけられてるせいで耳の形がよく分かる。

「そう言えば黒猫君、人間の耳は無いんだね。本当にこっちの猫の耳が本物なんだ」

 変なことに感心してしまった。しかも私がかいてあげると猫の時と同じ様に耳が反応する。
 しばらくそのまま耳の後ろをかいてあげてると。

「お前……」

 突然、黒猫君が立ち止まった。
 そのまま裏通りからまた一本細い道にすっと紛れ込む。
 そこでストンっと地面に降ろされて何事かと思ったら……抱き寄せられた。
 しっかりと。頭を胸に押し付けられて背中を腕に包まれて。
 黒猫君の身体が熱い。

「馬鹿」

 罵った声はでも震えてて。

「頼むからもう不用意に触るな」

 黒猫君が苦しそうに言葉を絞り出す。

「俺、意志の弱い人間だと思う。お前があんまり無防備だともう一緒にいられねぇ」

 黒猫君の言葉に私の胸がズキンと痛んだ。
 ずるいなぁ。
 こういう時ばかり正直で。
 私はため息一つ。ぶっきらぼうに答えた。

「分かったよ。気を付けるね」

 多分黒猫君が欲しかった言葉をあげられたのだろう。少し柔らかい安堵のため息と共にまたも黒猫君に抱え上げられた。まるで何も無かったようにそのままスタスタ歩いていく。

 いいな。心の区切りが簡単につけられて。
 私は憂鬱な気持ちでそのまま黒猫君に連れられて表通りへと向かった。
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